虫蠢く暗き迷路26-2
何処迄も続く暗闇の空洞。
常人の肉眼では見通せない静寂な空間に、其々違った足音が複数小さく反響する。
そんな闇一色に染まった道狭き世界を揺らめく火の光で照らし、先が見えぬ迷路を歩み進む。
斥候役のミュフィとライファは経路上に危険が無いか、常に先を行き確認し続ける。彼女2人は特殊技能〈暗視〉が有る為、景色は真昼の様に映る。罠が在るならミュフィが探知し、行く先を阻む敵の暗殺はライファが影による魔法で瞬殺する。
その後を追う様に、ダムク、ミリスティ、エルガルム、シャラナ、ガイア、ベレトリクス、ヴォルベスの順に並び、空洞を進んで行く。
その中で周囲を照らすは、ダムク、シャラナ、そしてヴォルベスの3人である。
明かり1つだけでは全員に充分な視界を確保するのは出来ない故、前、中央、最後尾と均等に明かりの範囲を広げ、視界を確保している。こうすれば足元の安全確認が出来る。
ダムクは瞬時に防御出来るよう左手に大型の盾を装備し、右手に持った火を噴く松明を少し前に突き出しながら進んで行く。
本当に先が見えない。
進む先をガイアは幾度か覗くが、炎が照らす範囲の外は真っ暗だ。
光が届かないその先からプッツリと途切れたかの様に、闇が光の周囲を黒く塗り潰す。
(こんなに暗いものなんだな……)
ガイアは背筋に小さな寒気を生じていた。
例えるなら、深夜に心霊スポットの長い隧道をたった1人で進んでいる様な心境だ。
明かりを持っていても、こんな所を1人で進むのは勇気が要る。
もう1人、誰かが傍に居て欲しい。そんな寂しさが生じた恐怖を更に助長させる。
幾ら神獣という絶対的な存在であるガイアでも、元は人間であり、精神も前世の時の儘だ。誰かが付いて居て欲しいと思ってしまうのは無理も無い。
暫く進み、先のある所から火の明かりが視界に映る。
其処へ近付いて行くと、火を灯した短杖を手にしているミュフィが待っていた。
そしてミュフィが居る所は、分かれ道である。
右へと緩やかに曲がったちょっとした上り坂の空洞と、左へと斜面がやや下へと続く空洞。左右に別れた道である。何方も先は真っ暗であり、一行が持つ火の明かり程度では果てが判らない深い闇を払い除ける事は出来ない。
何方に進めば安全なのか。
何方が正しい経路なのか。
この蠱毒巣窟の全貌を知らない者は必死に悩み、何時も以上に慎重と為る。
しかし、ミュフィはダムク達が残り2、3メートル程まで近付いた時、何も言わずにスッと迷いの様子無く右の空洞へと進み出し、あっという間に先へ行ってしまう。
ダムクも引き留めようと声を掛ける事は一切せず、彼女が進んだ右の空洞へと躊躇わず進んで行き、彼の後ろを歩く者達は疑問も迷いも無く付いて行く。
堅実の踏破が迷わぬ理由、それはこの蠱毒巣窟内に張り巡らされた空洞を把握しているからだ。
未だS等級でなかった彼等は当時、永い時間を掛けて内部構造を調べ、何度も往復して殆どの経路を頭の中に刷り込んだのだ。迷い脚で脱出出来なかった時は、潔く帰還の巻物で地上に帰還し、別の機会で幾度も挑み続けた。
そんな苦労を積み重ね続けた為、進むべき経路を感覚的に憶えているのだ。
右へと曲がり、左へと曲がり、急な斜面を上る。下へと続く空洞は、ミュフィの魔法の籠手から生成した太い魔力の縄に金属製の大きな鉤を装着させ、しっかり鉤を引っ掛けた事を確認してから下へと静かに下りて行く。
ミュフィが最初に魔力の縄を伸ばしながら下りて行き、安全を確認してから縄を大きく揺らし合図する。
その合図の後、1人ずつ魔力の縄を掴んで下へ行き、また1人と順番に魔力の縄を伝って下りて行く。ガイアは自身に重力魔法を掛け、体重を著しく軽くしてから縄を伝って下りた。
道中では何かが蠢く足音を耳にした時、全員はピタリと歩みを止め、ゆっくりと戦闘態勢を取る。足音が遠ざかれば構えを解き、進行を再開する。
(………何か、変に為りそう……)
永い無言の行進が続き、狭く暗い環境に慣れていないガイアは精神的な圧迫に苛み出す。
無暗に声を発すれば、それを遠くから聴き付けた魔物が遣って来てしまう。なので会話は極力控えなければならない。
しかし、それが永く続けば続く程、気分が重く為っていく。
常人並の体力と精神力では耐えられないだろう。
ガイアと同様に慣れていないシャラナにも、僅かに辛い表情を滲ませ、必死に気を張りながら耐えていた。
「大丈夫?」
そんな様子の彼女にベレトリクスは肩に手を置き、一声掛ける。
「は…はい。何とか大丈夫です…」
声を掛けられたシャラナは微笑を浮かべるが、僅かに滲ます疲労の色は隠し切れていなかった。
「未だ少し先は長いが、予定通り、途中に在る部屋で休息する。もうちょい頑張れ」
ダムクはシャラナに励ましの言葉を送り、休息出来る空間へと目指し歩を進め続ける。
いったいどれ位の時間が経過したのだろうか。
今は昼なのか夜なのかも判断が付かない。
暫く進んだ途中で、空洞の壁に空いた横穴が視界に入り込む。
そして其処にミュフィが待っていた。
「何も居ない。大丈夫」
ミュフィは既に横穴の先に在る空間内を調べ終えており、中は問題無い事をダムクに伝える。
ダムクは頷き、後ろへ振り返る。
「時間的にも丁度良い。飯食って永めに休息を取ろう」
如何やら、この横穴の先に在る空間は一時的な休息場の様だ。
一行はその横穴へと入り、僅か5メートル程の短い空洞を抜けた先の空間へ出た。
其処は行き止まりのやや広い空間と成っており、10人くらいならある程度の空間的余裕を持って過ごせそうな場所だ。天井の高さもそこそこある。そして中央辺りを照らして見れば、中途半端に炭化した薪と積もった灰がポツンと在った。それは不特定多数の冒険者が此処を休息場として使われていた証拠である。
此処は冒険者の誰かが掘って造ったのか、それとも元々は何かの巣だったのかは定かでは無い。
(フゥ、狭苦しかった)
ガイアは堪った精神的負担を息と共に吐き出す。
外では無いとはいえ、多少広い空間に入った事で狭い空洞での窮屈感から解放され、重く為っていた心が軽く為った。
シャラナも安堵に近い息を吐き、肩の力が抜け落ちる。
「御嬢様、大丈夫ですか?」
「ありがとう、ライファ」
ライファは精神的に疲労したシャラナの背中をそっと添え、身体を支える。
「はい、座ってて良いよ」
其処にミリスティが魔法の小袋から折り畳み式椅子を取り出し、座って休む様に促す。
「ミュフィ、魔物避けの御香の設置を頼む。量は1時間分だ」
ダムクの頼まれたミュフィは御香の器を取り出し、必要分の香料粉末を入れてから出入口に向かう。
ダムクは溜め込んでいた乾燥した薪を取り出し、火を噴く松明で火を灯して篝火を作る。
食事は幾種もの野菜に塩漬けの燻製肉で味を調整された簡単なスープのみ。
温かな丁度良い塩味のスープを飲み、胃の中へ流し込み、身体と心に凝り固まった疲労を温め解す。
(ア~。やっぱ温かいスープはホッとするなぁ)
今回はガイアも一皿貰い、じんわりと全身に巡るスープの塩気と温もりを堪能する。
腹八分目よりもやや少なめの量を食し終え、食器や鍋を洗浄して片し、暖かな篝火に当たって食休みをする。
「はい、精神的負担の御供に1本。気分が楽に為るわよ」
ベレトリクスは魔法薬を取り出し、それを全員に1瓶ずつ渡す。
彼女が渡したのは寛ぎの魔法薬と呼ばれ、交感神経の活発状態を抑制し、副交感神経の作用を促進させる物である。言い換えれば、神経の興奮や緊張を鎮める魔法の精神安定剤だ。
「はい、あんたにも」
(お?! マジで?!)
渡されるとは思っていなかったガイアは意外と言わんばかりに目を丸くし、手の中に納まった魔法薬を凝視し嬉しそうな表情を浮かべた。
人生ならぬ、神獣生で初めての魔法薬。
いったいどんな味がするのか。
飲んだ後の感覚――――効能はどんな感じなのか。
ずっと気になっていた魔法薬を飲める機会が訪れた事にガイアは喜び、ワクワクしながら魔法薬瓶の栓を抜き、一気に口の中へと流し込む。
(あれ? 思ったより苦くない。ほんのちょっとほろ苦い感じだ)
ガイアは直ぐには飲み込まず、口に含んだ魔法薬を舌の上で転がす様に味を確かめる。
(何かの果実っぽい甘さも有るけど、そんなに甘さは無いな)
何とも形容し難い不思議な味を味わった後、ごくりと飲み込んだ。
(お? おお?)
すると、全身が心地良い熱に覆われ、身体の芯にじんわりと浸み込み出す。
(あ~。何か凄く心地良いや~)
溜め込んでいた精神的負担は洗い流され、頭は風船の様にフワフワと軽く為る。心臓の鼓動も安定し、無意識に強張らせていた身体も弛緩する。
まるで温泉にでも浸かっている様な心地良い寛ぎ感である。
いや、この場合は蒸し風呂で身体を温めている様な感覚と言った方が正確な喩えだろう。
「ふぁ~。とても落ち着きます」
シャラナも緊張が解れた状態と為り、表情が緩み安堵する。
「此奴は良いや。変に気を張り続けちまって休めない時には持って来いだ」
ダムクも寛ぎの魔法薬の効能の良さに、椅子の背凭れに遠慮無く大きな背中を凭せ掛ける。
「うむぅ、この様な狭き洞穴は余り気を休められないからなぁ。……実に心地良い」
ヴォルベスは魔法薬の効能が随分効いているのか、普段の力強さが感じられない気の抜けた声と為っていた。
「こういう所に永く潜ってると、精神結構削れちゃうもんねぇ」
「沢山有っても、困らない」
ミリスティとミュフィも、安堵に満ちた気抜けた声で口にする。
「やっぱ一流の錬金術師が作った魔法薬は効き目が良いな。今迄俺達が飲んでた奴は何かと中途半端寄りだったからなぁ」
「あら、テウナク迷宮都市に上質な魔法薬って今も余り流通が少ないのね」
ダムクの口にした内容にベレトリクスは反応する。
「テウナク迷宮都市内に魔法薬専門の店は在るんですけど、売ってる質の高い物や上級物とかは商人から仕入れた物が殆どですよ。そういうのは仕入れ数は少ないし、いざ買うにも通常よりも値が張っているんですよね」
「なるほど。上級の錬金術師が少ないのが結構大きいわね」
「そうですねぇ……上級以前に、錬金術師の職業を修めた人って意外と少ないんですよねぇ」
テウナク迷宮都市内に居る者の中で錬金術師の職業持ちは少なく、職業等級が1つ上である上級錬金術師の者は両手の指で数えられる程しか存在しない。そして生成出来る魔法薬は中級が限界であり、都市内で店を構え、必要な素材を冒険者組合や商人から仕入れ、生成して売り出せる数は下級品よりもやや少ない。
そして店に置いてある上級魔法薬は殆どダウトン鉱山国から仕入れた物であり、テウナク迷宮都市の魔法薬店は上級魔法薬を生成出来る錬金術師の店と契約を結び、仕入れた物を輸送して貰っているのだ。
契約の内容は、仕入れたい物の量に応じた値に加え、輸送費分の料金を支払う事だ。
その為、仕入れた上級魔法薬類の値段は仕入れ先である店での値段より上げなければならない。どんなに売れても、仕入れ先と同じ値では赤字と成る為、そうせざるを得ないのだ。
「冒険者の中に上級職業を修めた錬金術師って居ない?」
ベレトリクスは、現在の数多の冒険者の中に一番優秀な錬金術師が居ないか尋ねる。
「ええっとぉ……確か1人だけなら優秀な上級錬金術師が居たなぁ…。冒険者等級はBで……名前何だっけな?」
「アルチャット・ピネクス」
ダムクが思い出すのに手間取っていた所に、ミュフィがすんなりと答えを口にする。
「そうそう、それ!」
「あら、それは凄いわね。錬金術師の冒険者って余り居ない方なのに、それでいてB等級の実力持ちは珍しい」
「ええ、でもアルチャット・ピネクスの魔力の質と量は上級魔導師と比べて少し低いらしいんですよ。それが理由なのか、ダンジョン探索の過程で手に入れた魔道具や自作の物を主力で闘うんだそうです。昔は魔道具に依存し頼り切ってるとか努力しない怠慢野郎なんて貶されてたんですが、魔道具の扱い方が相当巧みで、状況に応じて反射的に複数の魔道具を使い分けて闘うらしいです。錬金術師としての技量や知識もそうですが、戦闘での高い対応力が冒険者組合から認められて、B等級に至ったそうです」
(へー、そういった面でも昇格されるのか)
ダムクの口から語られる人物に対し、ガイアは凄いと評価する。
「けどあの人って、今も一党に所属しようとしないんだよねぇ。自分の都合に合う所に入ってはいきなり出てっちゃったり、冒険者の中では変わり者なんだよねぇ」
「それは……一党側からすれば迷惑なのでは…?」
ミリスティから語られた内容に、シャラナは意見を口にする。
「いや、彼は入った一党に迷惑を掛ける事はせず、一時的とはいえ充分と言える程、一党に貢献を必ずしている。性格は変な印象を持つが、意外だと思わせる人格者だそうだ」
ヴォルベスはアルチャット・ピネクスという人物が良き冒険者であると口にし、ミュフィは2度頷き同意と肯定をする。
「冒険者組合は随分前から彼に結構期待を寄せてるんですよ。必要な素材さえ有れば、上級魔法薬の生成が可能なんじゃないかって」
「なるほどのう。それは期待してしまう貴重な人材じゃな」
実力が高い冒険者となれば、それに応じた危険の高い場所へ赴く頻度が多い。そんな危険な場所に生息する強力な魔物との戦闘で、重傷を負う危険性は常に伴う。特に下層ではそうだ。軽傷で済む攻撃は無く、一撃一撃が重傷を負わせる鋭く重い攻撃が殆どである為、中級魔法治癒薬では回復が間に合わない。
無事に戦闘を終えても、受けた深い傷を回復し切れていないと後の戦闘に大きく影響してしまう。更には傷が最低限まで塞がり切っていなければ、多量出血で死に至ってしまう。
故に高等級冒険者は求めている。
都市内に居る数少ない錬金術師の中で高い技術と実力を有する上級錬金術師である彼――――アルチャット・ピネクスが上級魔法薬を生成出来る様に為れば、生存率は高まる。
そして冒険者組合は期待を寄せている。
上級魔法薬が現状よりも多くかつ、手頃な適正価格で都市内に流通すれば、高等級冒険者の人材減少を大幅に防ぐ事が出来る。
そんな話をしている途中、ミリスティは人の気配に気付く。
「……ん? 誰かが此処に近付いてる」
「何人だ?」
ダムクは平静に問い掛ける。
「4人、隠蔽魔法で気配を隠しながら進んでる。上位の隠蔽魔法だから、ある程度近付いて来るまで気付けなかった。足音も魔法か魔道具で消してるみたい」
問いに対しミリスティは答え、素直な驚きの感想を口にする。
隠蔽魔法の効力が高いとはいえ、ミリスティの感知能力を完全に欺く事は出来ない。しかし、一定離れた距離から彼女の感知から隠れられるという事は、魔法での高い気配隠蔽技術を有している術者が居る証と言える。
「ほう、確かに高度な隠蔽魔法じゃ。感じからするに、魔力と気配の隠蔽魔法を使用しているのう」
エルガルムは〈魔力感知〉でその4人に纏う隠蔽魔法を認識し、その効力が上位のものだと確認する。
「此処が慣れてるのかな? 動向に迷いが一切無いね」
「迷い無くねぇ……。B等級の冒険者一党って所か」
ダムクはその4人の冒険者等級を予想する。
「未だ此処で休息する予定だし、来たら歓迎してやらねぇとな。そうだミリスティ、一応確認だが魔物とかは如何だ?」
「それは大丈夫だよぉ」
ミリスティが大丈夫と言うのなら大丈夫だろう。それに狭い空洞の世界が故、焚いた魔物避けの御香の仄かな煙は奥深くまで漂っている。
(お。来てる来てる)
暫く経過した後、ガイアは〈魔力感知〉で冒険者であろう4人の気配を捉え、此方へと近付いて来るのを感じ取る。
「――――お! 魔物避けの御香の匂いが濃くなってきたぞ!」
空洞の向こう側から、戯けた様な男性の声が反響した。
「きっと途中に在る横穴の部屋に同業者が居ると見た。折角だから、休息がてらに魔物避けの御香の恩恵に肖ろう」
「ちょっと待て下さいって! そんな不用心に声を出したら怪昆虫共が寄って来ますよ」
駆け出す音が鳴り出した後に、別の男性の声が聴こえた。戯けた様な声とは違い、野太い声である。
「大丈夫だってぇ。たとえ足音聴き付けても御香の匂いを嫌がって近付こうとしないさぁ。それにこの蠱毒巣窟内の道は狭いから、かなり奥深くまで広がるのさぁ」
「そりゃ良いんだがよ、俺っち達を置いてかれると困るんだが」
今度はまた別の男性の声が聴こえて来た。少し濁った特徴的な声である。
「俺っち達はお前さんと違って、この迷路を把握してねぇんだ。置いてかれたら迷子に為っちまうって」
「おっとっと、そりゃ済まん済まん。でも、今は大丈夫なのは保証するさぁ」
戯けた声の男性は、随分と余裕を持っているのが口調から判る。
後1人は一言も喋らずだ。無口な人なのだろうか。
そして数分程経過―――。
「ホラ、明かりだ! 篝火の明かりだ!」
直ぐ近くまで来た様だ。
戯けた声の男性が篝火の明かりを一番に目にし、喜々とした声を上げる。
そんな声が一行が居る空間に反響した後、出入口から揺らめく火の明かりが暗闇を押し退け遣って来た。
「どうもー、御邪魔しまーす」
火を灯した松明を持って最初に入って来たのは、30代程と思える眼鏡を掛けた人間の男性だ。
明かりで照らされた頭髪はやや焦げ茶色で、肩よりもやや下へ伸びたそれは少しもっさりとした量感だ。顔立ちはそこそこ整っており、下がった目尻は優しそうな印象を抱かせる。長袖の頭巾付き外套の内側には革鎧と、その上に魔法薬専用と短杖専用のホルダーをしっかりと巻き付け、腰には革製の小袋を3つ――――恐らくは収納空間魔法が施された魔道具――――も付けていた。
身に纏う衣服や身に付けた道具類から察するに、彼は魔導師だと予想が付く。
そしてよく見れば、手に持った松明は短杖――――火を噴く松明である。
「おや? おやおやおや~!?」
そんな彼はダムク達とエルガルム達を目にした直後、驚きと喜々の色が混ざった表情を浮かべる。
「あれ? お前もしかして……」
現れた彼の姿を目にしたダムクは、何かを訊ねようとする。
「いきなり入っちゃ駄目ですって。それじゃ休息中の人に刺激を与えちゃいますよ」
続いて姿を現したのは、ヴォルベスと同じ位に大柄の蜥蜴人族の男性だ。
人間の様に手脚が発達しているが故に二足歩行を可能とし、腰からは長い爬虫類の尻尾が伸びており、頭部は人間的要素が無い蜥蜴の頭をした爬虫類と人間が掛け合わさった姿である。全身の筋肉が隆起していながらギュッと引き締まった身体に生えた暗い緑色の鱗は、蜥蜴というより鰐に近いものと思わせる硬質な見た目である。
身に纏う物は身体の半分程の丈の外套に、広い胸に白銀色の金属製胸当て、そして腰には何かの魔獣の毛皮で作られた太腿半分を覆う丈の長さの腰巻だけ。大半以上の生身が剥き出しの防御面が緩い格好だが、下手な金属よりも硬質な鱗が鎧の役割を果たしている為、余計な防具は身に付けていないのだろう。
その代わりに、片腕と片脚に白銀の金属製装身具を身に付けている。魔道具の類である事は間違いない。秘められた効力は身体強化系の可能性は高い。
背に背負うのは太い刀身である大剣。そして胸当ての右脇腹辺りに付けた短い鞘には、大型の短剣が収まっていた。
年齢は見た目から判断するには難しいが、声音からして青年の印象がある。
「いきなり入り込んで申し訳……え?」
蜥蜴人の男性は謝罪の言葉が詰まり、目を丸くした。
「如何した如何した? 顔見知りの奴でも居たんか?」
魔導師らしき人間と蜥蜴人の間から小人の男性――――山小人がひょっこりと出て来た。
身長は140センチメートル程で、手脚は共に短く、体格は纏う防具ではっきりとは判らないが、ビア樽の様な印象を受ける。そしてぼっさり生えた長い髭で、見た目が大体40代に見える。まさに山小人族だと言わしめる特徴が揃っている。
纏う金属製鎧は上半身の胴と肩、手には前腕の外側と手の甲に金属板が付けられた厚手の皮手袋、脚にも同様に脛部分と爪革に付けられた革靴、頭には軽歩兵が装備している様な金属製防護帽を被っている。
そして手に持ち肩に掛けているのは、自身の身長よりも凡そ10センチ程長い頑丈な金属の柄、頭部には人の顔よりも大きい鎚が付いた鈍器――――大型金鎚である。
「お!? おいおいおい、まさかこんな所で遇えるなんてな!」
山小人の男性は驚きで一瞬固まった後、嬉しそうに笑い出す。
「何騒いでんだよ、煩ぇな…」
そんな彼に対し、出入口の少し奥から知らない男性の声が嫌味を吐く。
「何って堅実の踏破だよ! あのS等級一党が居るんだよ!」
「はぁ?」
最後に影の中からヌッと姿を見せたのは、4人の中で一番若い印象の人間の男性だ。
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべている。元からなのか定かでは無いが、目付きも悪い。
頭を覆い隠す様に被るは縁に金糸が刺繍された黒い頭巾、上半身全体を覆う黒革製の鎧は魔法陣の様な紋様が金糸で縫い描かれている。左肩には鷹の紋様が施された肩甲と、伸縮性が良さそうな指だけ剥き出しにした薄手の長手套、脚には黒革の長靴を身に付けている。
腰や上半身に巻き付けた革帯には3本もの短剣を鞘に収めている。そして短剣の柄と鍔は凝った意匠で、1本ごと其々が多少異なり、柄と見えぬ刀身の間には小振りの宝石が赤・黄・青と其々1本ごとに1つ嵌め込まれていた。
そんな様相から見て、盗賊職を修めた冒険者なのだろう。
「……!」
そんな彼はダムク達を目にした瞬間、驚愕の表情を浮かべる。しかし、目付きは変わらず悪い儘であった。
「ほう、噂をすれば影が差したか」
ヴォルベスは魔導師らしき男性を目にし、そう口にする。
「噂……て事は、あの方が話していた」
シャラナはヴォルベスの言葉から、現れた魔導師らしき彼が誰なのか答えが浮かんだ。
「ああ、彼がさっき話した上級錬金術師のB等級冒険者だ」
ダムクが口にした答えが魔導師らしき彼の正体が明かされる。
そう、彼がこのテウナク迷宮都市内の冒険者の中で最も優れた錬金術師――――アルチャット・ピネクスである。
「あれれ? もしかして僕の事で話してたのかな? 何か嬉しいねぇ~」
アルチャット・ピネクスは嬉しそうに緩い笑みを浮かべ、一行に歩み寄る。
「ん? お!? もしかして、賢者エルガルム・ボーダム様!?」
歩み寄る際に視界に映ったエルガルムに驚愕し、更に喜々の色を濃く浮かべる。
「如何にも。御主がアルチャット・ピネクスか」
「はい~。いやぁ、まさかこんな狭くて陰鬱な所で御会い出来るとは~。実に光栄で――――」
そしてベレトリクスの姿を目にした彼は一瞬固まり、似つかわしくない真剣な表情を浮かべ口にする。
「エロスの美魔女様が居る…!」
まさかの彼の発言に、変な空気と為った。
「ちょっと?! 何言い出してるんですか!」
彼の仲間である蜥蜴人は慌て困惑し出す。
「それを言うなら〝錬金の魔女〟様ですよ!」
「そうとも言う」
蜥蜴人の訂正に対し、アルチャットはきりっとした顔で言い返す。
「止めて下さいよ、そういう発言! 他の女性に変な目で見られるじゃないですか!」
「何を言うかねシュグーザ君。あの美麗な肌に妖艶な顔、そしてあの豊艶な身体を持った彼女をエロスの美魔女以外無いではないか」
シュグーザと呼ばれた蜥蜴人は止めようとするが、アルチャットは真面目な口調でベレトリクスの性的魅力を堂々と語る。
「いや、だからそういう事を女性の前で言うなって言ってるんですよ! デルグさんも何か言って下さい!」
「……まぁ確かに、ありゃあエロスの美魔女と言っても過言じゃないのは解る」
「ちょっとーっ!」
山小人のデルグに援護の要請をするがアルチャット側に乗ってしまい、蜥蜴人のシュグーザは困り果てるのだった。
そんな中、盗賊らしき人間の男性は彼等から距離を置き、巻き込まれない様に無言を貫いていた。
(……うん、なるほど。変人だ)
アルチャット・ピネクス本人を目にしたガイアは彼の為人を何となくだが理解した。
「おや? 君、この都市では見ない顔だねぇ」
次にアルチャットはシャラナを目にし、遠慮無しに近寄り観察し出す。
「中々の美少女だねぇ~。君、もしかして貴族令嬢でしょ」
「え、は…はい」
そんな彼にシャラナは困惑気味に返事をする。
「やっぱりぃ。一目で見て貴族令嬢特有の御淑やかさが有ったから、そうだと思ったよぉ」
彼女が貴族令嬢だと解っても、アルチャットは戯けた調子を変えずに接する。
「それで、君は何処の貴族家なん―――――」
「何だコレ!!? おい、何だコレ!!?」
質問をしようとした時、突如と山小人のデルグが驚きの声を上げる。
「ななな何々!? どしたのデルグく――――」
それに驚いたアルチャットはデルグが居る方へと視線を向けた。
「ウピャー?!! 何アレー!!?」
視線を向けた先に居た人外――――ガイアを目にした瞬間、眼球が飛び出してしまうかと思える程に驚愕する。
デルグとアルチャットに驚かれたガイアは吃驚して一瞬肩を竦ませ、思わず全身を硬直させてしまう。
「小さな岩石の動像っぽいコレは生物なのか!? この竜種に近しい顔の骨格からして剛地竜の近親種か!? それに背中から生えた樹木はいったい何だぁ!?」
「背中に生えてるっつったらコレだろコレ! 見ろこの鉱石と原石! しかも結構な種類だ! 此奴の身体いったい如何なってやがんだ!?」
興奮するアルチャットとデルグはガイアの周囲を幾度もグルグル回りながら、その奇妙にして神秘的な身体の全体を興味と喜々の色で輝かせた目で観察する。
(ちょっ、何々、何で僕の周りを回るの!? 何かの儀式!?)
自分の周囲をひたすら回りながら観察されるガイアは困惑するのだった。
「おや? この宝箱は?」
アルチャットはガイアの背に生えた樹木に鎖で縛り付けられた宝箱に気付き、それに手を伸ばした。
「アガギャギャギャガァ!」
「ヒョワッ!?」
急に動き出した宝箱――――擬態宝箱にアルチャットは驚き、瞬時に伸ばした手を引っ込める。
「おービックリしたぁ。擬態宝箱だったのか」
「驚いた。まさか擬態宝箱を背負ってるなんて、誰も予想が付かねぇよこりゃあ」
デルグは驚いた後、思わず笑うのだった。
「2人共、そろそろ俺達の自己紹介を。これ以上は流石に失礼に当たりますよ」
シュグーザは2人の自由さに呆れながら、言い出しっぺである自分から自己紹介をし出す。
「休息中、いきなり入り込んでしまい申し訳ありません。俺はシュグーザ・ジジャーと言います。B等級冒険者です。他の3人も同様の等級です」
「僕の事を知ってる人が居るからする必要無いとは思うけど、知らない御嬢さんの為に改めて自己紹介を。僕はアルチャット・ピネクス、錬金術師さぁ。魔法薬は勿論、ちょっとした便利魔道具が作れるよぉ。素材が無いと作れないけど」
「俺っちはデルグ・パブロックだ。見ての通り鈍器で敵を打ん殴る戦士だ。それと鍛冶師として製作依頼を時折受けたりしってから、大抵の金属製武具の製作や補修は御手の物だぜ」
3人は其々自己紹介をしたが、残りの1人である盗賊らしき男性は何も言おうとしなかった。
「ほらジルットさん、君も挨拶を」
シュグーザに自己紹介を促された盗賊らしき男性――――ジルットは舌打ちをし、口を開く。
「……ジルットだ。これで良いだろ」
嫌そうな口調で自分の名だけ告げ、ずっと浮かべる不機嫌そうな顔を外方向くのだった。
「ジルットさん、その態度は無いだろう」
これにはシュグーザは顔を顰める。
「済みません、不快にさせてしまって。彼は盗賊と斥候、暗殺者の職業持ちで、この一党の斥候役を担っている方です」
「余計な事言ってんじゃねぇよ」
ジルットからの一言に、シュグーザは呆れた顔へと変える。
「おいおい、流石にそりゃあいかんって。彼方さんは俺っち達からすりゃ天の様な人達だぜ。ちっとは言葉に気ぃ付けた方が良いぞ」
デルグに態度を指摘されたジルットはまた舌打ちをし、浮かべる不機嫌そうな色を更に濃くする。
改めようとしない彼に対し、シュグーザとデルグは如何しようも無さそうに困った顔をするのだった。
仲が悪いのだろうかと、そんな様子を見ていたガイアはそう思う。
「まぁまぁ、取り敢えず篝火に当たって休も休も。疲れてるとイライラしちゃうもんねぇ」
「ちょ、おい、押すんじゃねぇよ」
そんな嫌な空気をアルチャットは戯けた調子で和ませ、半ば強引にジルットの背を押して篝火へと近付く。
それに続く様に、シュグーザとデルグも篝火へと近付いた。
「ふぃ~。あったか~」
アルチャットは篝火の近くに座り込み、遠慮無く暖を取る。
「済みません、無遠慮に入ってしまって」
シュグーザも座り込み、ダムク達とエルガルム達に高い頭を下げ、申し訳無さそうに謝罪をする。
「良いさ。俺達は未だ休息するし、遠慮せず暖に当たっとけ」
ダムクは寛容に彼等を受け入れる。
「いや~、まさかS等級冒険者だけじゃなく、彼の偉大な魔導師である御二方に遇えるとは夢にも思いませんでしたよぉ。実に幸運だぁ~」
アルチャットは浮かべる緩い笑みに、喜々の色を輝かせながら喋り出す。
「それにこんな場所に似合わない綺麗所が5人。目の保養に成りますねぇ~」
「5人? 4人では?」
シュグーザは視界に映るダムク達とエルガルム達を端から端まで視線を動かすが、後1人が誰なのか判らず首を傾げる。
「あの娘の隣に居る黒装束の人だよ。シュグーザ君は殆ど顔が隠れた人間の性別判断は苦手なのもあるけど、彼女が付けてるあの覆面、他者からの認識を阻害する魔道具だよ。でしょ?」
「はい、御明察の通りです」
アルチャットの確信と言って良い予想に対し、ライファは肯定する。
そしてアルチャットは戯けた口調に好奇心の感情を乗せ、質問をし始める。
「それじゃあ折角遇えたから色々訊いちゃおっかなぁ。今回の堅実の踏破の皆様は賢者様の依頼で潜ってるのかな? いや、依頼主は魔女様だったりするのかな? 依頼内容は護衛なのは予想が付くけど、ダンジョン内での目的は何かなぁ?」
「書面上での依頼名義はエルガルム様だ。護衛対象は此方のフォルレス侯爵家の御令嬢さんだよ」
ダムクの口から答えられた内容――――シャラナの正体を聴いたアルチャット、シュグーザ、デルグは目を見開き、視線をシャラナの方へと向ける。
「これはまた驚きだぁ~。あの〝豪炎の侯爵〟の娘さんなのかぁ。あ、そういえば名前訊いてなかったね」
「あ、はい、シャラナです。シャラナ・コルナ・フォルレスと申します」
「シャラナちゃんね、良い名前だぁ。それで、このダンジョンには実戦を経験する為に赴いたって所かな? 君の家での通過儀礼とかかい?」
「いえ、家にはその様な決まりは有りません。私は先生の指導の下、今回ダンジョンに来た次第です」
「ほぉ、先生とな? 誰々?」
アルチャットはシャラナの先生に興味を覚える。
「儂じゃよ」
「何とぉ!?」
まさかシャラナの先生が賢者である事実に対し、わざとらしいながら本心から驚愕だと言わんばかりの反応をする。
「いや~更に驚きだぁ~! まさかの賢者様の御弟子さんかぁ~! なるほど、なるほど。道理で魔力の質が良い訳だぁ」
「凄ぇな嬢ちゃん。賢者様の弟子な上にあの侯爵家の令嬢となりゃあ、将来はとんでもねぇ有名人に為っちまうんじゃねぇか?」
「いえいえ、そんな……」
シャラナはアルチャットとデルグに褒めちぎられ、何とも言えない困った笑みを浮かべながら謙遜する。
「賢者の弟子だからって、所詮は世間知らずの御嬢様だろうが」
そんな盛り上がった空気に、ジルットは口から発した嫌味を投じる。
「ジルットさん」
これにはシュグーザは顔を顰め、これ以上失礼な事を言わないでくれと目で訴える。
しかし、ジルットはそれを無視し、更に嫌味を言い続ける。
「此処は探検ごっこをする遊び場じゃねぇんだよ。如何せ其奴も只々魔法を打っ放すしか能が無ぇ身の程知らずなんだろう」
(何なんだ此奴……)
シャラナに対し嫌味を堂々と口から放つジルットに、ガイアは嫌悪をジワリと生じ出す。
此奴は何様のつもりなのか。この場に居る誰もがそう不快に思わせる失言である。その中でライファは目を細め、瞳には怒りと僅かな殺意を密かに宿していた。
だが彼はそんな事など気にせず、更に続ける。
「此処じゃ貴族なんて身分は武器にも成らねぇし、賢者の弟子の肩書も、手前を強くする魔道具じゃねぇんだよ。他よりちょっと優れただけで自分は強いなんて勘違いしてて、いざ魔物に襲われれば泣いて喚いて無様に逃げ出すのが目に見えてるんだよ」
「おいおいおい、流石に口が過ぎてるぞ。初対面の娘っ子にいったい何が気に入らないんだ?」
「フン、初対面なんざ関係無ぇ。ちょっと腕に自信が有るだけの貴族が気に入らねぇんだよ」
デルグは咎めるが、ジルットの口は止まらずである。
「特にその上物の装備品、親に強請って買って貰ったって所なんだろ。分相応って知ってるか? 弱ぇ奴が高性能な武具を身に付け使ってもな、只の飾りにしかならねぇんだよ」
ジルットはそう言いシャラナの前にずいっと近寄り、自分の首に下げた金属板を見せ付ける。
それは冒険者証――――白金製の金属板。B等級を示す冒険者の認識票である。
「その装備を身に付けるんだったら、せめて俺達くらいの実力付けてからするんだな」
恐らく彼はシャラナに対し、自分はお前より強く優れている事を解らせようとしているのだろう。
過去に貴族と何か遭り、それが原因で貴族という存在を毛嫌いしているのだろうか。
しかし、だからといって人柄も過去も知らない相手を悪く言うのは如何かと思う。
それにシャラナは良識で己の力を過信しない少女だ。身分など関係無く優しい子である。
「ジルット……好い加減に――――」
「落ち着け~い」
「ムゴッ!?」
これ以上は看過出来ないとシュグーザが怒りの感情が噴出し掛かった時、アルチャットがジルットの口に液体が入った瓶を華麗にポンと突っ込む。
「寛ぎの魔法薬だよぉ。溜まったイライラは解消しないとね。はいコレ、2人も飲んでおきなよ」
「あ、あぁ、済まない」
「おう、あんがとよ。……それとナイスだぜ」
シュグーザとデルグは渡された寛ぎの魔法薬をグイッと仰ぐ。
「あら、その魔法薬はあんたの御手製?」
「えぇ、この一党で魔法薬とかの消耗品魔道具は僕が賄ってるんです。効能とか性能は、魔女様が作った物と比べれば大した事無いですよ。この寛ぎの魔法薬も気休め程度ですから」
ベレトリクスからの問いにアルチャットは肩を竦めながら答えた後、自分も寛ぎの魔法薬を飲む。
「ジルット君、この娘は強いよ」
「あぁ? おいおい、媚びて後援者にでも為って貰うってか」
「はっはっは。それは魅力的だねぇ」
アルチャットはジルットの嫌味を物ともせず、シャラナの下へ近寄る。そして彼女の首に下げられた金属板を手に取ってジルットに見せ付ける。
「ほら、コレ」
シャラナの首に下げられたそれを目にしたジルットは目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「B等級……!?」
まさか彼女が冒険者であり、更には自分と同じ等級である事にジルットは動揺が隠せなかった。
「何だ嬢ちゃん、俺っち達と同じ冒険者だったのか!」
「しかもその歳でB等級とは驚きですね!」
シュグーザとデルグも驚くが、ジルットの反応とは違い感心から来る感情である。
「僕達と同じ等級って事は、僕達と大体同じ実力を持ってるって事だ。君の言う通り、僕達くらいの実力が有るなら問題無いよねぇ?」
アルチャットはにへらと浮かべた緩い笑みをジルットに向けながら問い掛ける。流石のジルットは何も言い返す事が出来ず、バツが悪そうに目を逸らすのだった。
「何時から冒険者を始めたのですか?」
シュグーザはシャラナに質問をする。
「ざっと1週間……いえ、10日前くらいに冒険者登録したばかりで、冒険者としては新参者です」
「そうでしたか。初めての汚染毒沼は如何です? 初めての人にとってもですが、女性である御令嬢様にはさぞ劣悪な環境でしょう」
「正直……辛いですね。毒や悪臭もそうですが、此処に来る途中で通った毒沼林で黒光りする虫の群れに追われたのが特に……」
「黒光りする虫………あぁ、大蜚蠊。……ん? 毒沼林で? という事はあの時、聴こえた悲鳴は貴女だったのですか」
「え? もしかして、その時あの場所の何処かに居たのですか?」
「いえ、その時は毒沼林前から数十メートル離れた所でしたよ。林の奥から突如上がった少女の悲鳴には驚きました。最初は救助に向かうべきかと戸惑ったのですが、悲鳴が随分永く続いてたもので途中から呆然してしまいましてね。悲鳴が途切れずに遠ざかってく様子から、これは大丈夫なのではと思ってしまいました」
まさか自分の悲鳴が聞かれていた事に、シャラナは真っ赤にした顔を両手で隠すのだった。
「あっはっはっは! そっかぁ、あの可愛らしい悲鳴は君のだったのかぁ」
悲鳴の正体がシャラナだと判明し、アルチャットは笑うのだった。
「それで、いったい何処まで潜るんだい? これ程の面子となるとやっぱ下層かい?」
そしてコロッと話題を変えたアルチャットは、興味津々と言わんばかりの表情を輝かせながら訊ねる。
「ああ、今回は最下層だよ」
ダムクが口にしたその答えに、アルチャット達は驚愕した。
「挑むのですか! あの未開の階層へ!」
シュグーザは生じた感情をそのまま言葉として口にする。その言葉は彼に限らず、アルチャット、デルグ、ジルットの内にも生じている。
「なるほど納得だぁ! 最下層へ探索するとなれば、S等級冒険者一党を護衛はとても必須だぁ! 賢者様、最下層部でいったい何を探しに参られるのです!? その階層に生息する未確認の魔物の調査ですか!? それともその階層にしかない素材の採取採掘ですか!?」
そんな中、アルチャットは未知に対する好奇心が溢れ、速い口調でエルガルムにグイグイ詰め寄るかの様に訊ねるのだった。
「まぁまぁ落ち着きなさい、とは言っても無理そうじゃな。御主が言ったそれ等も含まれておるが、今回はある鉱石を探す事が目的じゃ」
「ほう! その鉱石とは!?」
鉱石と聴いてアルチャットは目を更に輝かせる。
(錬金術師ってこういう人が多いのかなぁ?)
そんな彼の様子を見ていたガイアは、世の中の錬金術師への印象は大体こんな感じかと頭の中で定まりそうになるのだった。
「アポイタカラという鉱石じゃ」
「アポイタカラだって!!?」
エルガルムが目的の鉱石の名称を口にした時、デルグが突如と大きな声を上げた。そんな彼の声に、その場に居る大半以上の者が吃驚する。
「それって伝説上の鉱石じゃねぇか!!」
デルグは幻の鉱石に興奮する。その様子はアルチャットを超える程だ。
それは彼が山小人族であるが故、当然の反応である。
「僕も鉱石に関する文献を読んで知ってますよぉ! 確か色は紺碧で、虚ろな輝きは夜光蛍石の発光とは比べ物に成らない美しい、まるで青い月の様な光を宿すそれは宝石と遜色無い神秘の鉱石!」
アルチャットも負けじと言わんばかりに熱く語り出す。
「餓鬼んちょの頃に、その鉱石で作られた伝説の剣が出て来る童話を良く聞かされてたぜ! 月光を宿した剣は持ち主に悪しき者の惑わしを受け付けない加護を与え、振い放った神秘の力は干渉する事叶わぬ悪夢を斬り裂く! 山小人族なら誰もが知っているぜ!」
(へぇ、月光を宿した剣か…)
デルグの口から明確な名称が無い伝説の剣の内容を聴いたガイアは想像する。アポイタカラという幻の鉱石で作られた剣だ。きっと想像が付かない程に美しく神秘的な造形をしているのだろう。
「そういえば、賢者様はこのダンジョンの最下層を探索為さった事がありましたよね! 其処で発見した素材を是非教えて欲しいです!」
「いやぁ、済まんのう。当時は儂1人で探索してた故、跳梁跋扈する魔物の大群に襲われるばかりで真面に出来んかったのじゃ。危険度Aの奴がわんさか出おるし、其処に危険度Sの奴が突拍子無く乱入して来るわで、もう生き残るのに必死じゃったわい」
エルガルムは肩を竦め、最下層探索での苦労を口にする。
「あんた良く1人で遣ったわよねぇ。普通はS等級と数人組んでじゃないと出来る階層じゃないわよ」
そんな彼の苦労に対し、ベレトリクスは呆れながらも感心する。
「若気の至りという奴じゃよ。御主だって若かった頃はかなりのやんちゃ―――――」
「あたし、今も若いわよぉ~」
「痛だだだだ! 分かった、分かったから止めとくれ!」
ベレトリクスは満面な笑みを浮かべながら、エルガルムの髭を容赦無く引っ張る。
そんな彼女から滲み出す黒い気配に、アルチャット達は顔を引き攣らせ悟る。
この人に決して歳を訊いてはいけない、と。
「そ、そういえば、お前達はダンジョン内の何処に向かうんだ?」
「あ、あぁはい、俺達の目的はこの領域に生息する魔物の素材納品依頼です。毒怪樹人の樹幹に隠伏の紫毒蛇の皮と肝、この蠱毒巣窟に生息する暗窟毒蜘蛛の外殻と蜘蛛糸です」
ダムクからの問いに、シュグーザが答える。
「後は序でにですが、アルチャットさんが魔法薬や魔道具を製作する為に必要な素材収集ですね」
「此奴は見ての通り変人だけどよ、御蔭で魔法薬の出費がかなり抑えられるし、強力と迄はいかないが便利な魔道具も拵えてくれっからな。協力してやるのが道理ってモンよ」
「えぇ~、僕そんなに変なのぉ~?」
「変な人ですよ」
「変な奴だろうが」
「あれぇ~」
シュグーザとデルグはそう一笑し、されたアルチャットも笑うのだった。
一方のジルットは不機嫌そうな顔を変えぬ儘、会話に入ろうとはしなかった。
「皆さんは冒険者に為った時から組んでいるのですか?」
シャラナは仲の良さそうな彼等――――1人除いて――――の様子を見て、ずっと永い付き合いで共に冒険者稼業を遣っているのだろうかと思い質問を投げ掛けた。
「いえ、俺達は組んで未だ1ヶ月くらいなんです」
その問いにシュグーザが答える。
「お互いB等級に成る前は単独で活動したり、臨時で他所の一党を転々として一人では難しい依頼を受けていました。B等級に昇格してから最初に組んだのはデルグさんで、2人で活動して暫くしてからジルットさんが加入して来ましたね」
「あん時ジルットの奴はいきなり現れて「俺を入れろ」なんて上から目線で言われたな。あんま嫌な態度だったから断ったんだけどよ、呆れる程しつこいかったぜ。そんで仕方なく入れて上げる事にしたもんだ。なぁ?」
当時の事を語ったデルグはジルットに確認でも取るかの様に笑いながら目を遣り、ジルットは不機嫌そうな顔をより強張らせるが、反論せず黙りする。
「そして最後に最近入ったのがアルチャットさんです。彼が加入してからは物事が円滑に進む様に為りましたね。様々な魔法薬や魔道具を提供してくれる御蔭で探索もし易く依頼も多く熟せる。この一党を一番支えてくれると言っても過言では無いですね」
「おっとぉシュグーザ君、嬉しい事言ってくれるじゃないですか~」
アルチャットは顔に嬉しそうな色を浮かべる。
「そう言われたら、何か新しい魔道具とか作ってやりたくなっちゃうなぁ。それに大した魔力を持って無いこんな僕でもB等級だし、もっと良い装備品を身に付けたいねぇ」
「おいおい、お前は上物の装備品の前に色々な魔法を修得すんのが先だろ。出来れば上位級のとかよ」
「ははは、そうかも~」
デルグにそう指摘を受けるアルチャットは頭を掻きながら笑うのだった。
(うん、良い人達だ)
彼等が会話するその様子を観ていたガイアはそう感じる。
但し、1人だけは除く。
(あの人そんなに他人と関わるのが嫌なのかな? まぁ、世の中ああいう人も居るし、今回は出会っちゃったって割り切るしかないな)
ガイアは自ら仲間との輪から外れるジルットをこっそり窺う。
対面した時から今も不機嫌そうな顔の儘。
彼が出せる表情はそれ1つだけなのだろうか。
一応は驚く時は表情に変化はあったが、印象の悪い顔は変わらない。
「装備品といえば、そろそろ今のよりも性能が高い武具が欲しいですね。特殊技能と武技が有るとはいえ、それだけじゃ心許無いですし」
「だよなぁ。俺っちもこの武具とは永ぇ付き合いしてるけどよ、そろそろもっと良い武具に変えてぇもんだ。じゃねぇとこの先どん詰まりしちまうんじゃねぇかって思うぜ」
シュグーザとデルグは新しい武具が欲しい事を口にし出す。
冒険者は等級――――つまりは力量に見合った武具を自然と求める。それは魔物の危険度に応じ、通用する質の良い武器や特別な武器が必要になるからだ。
E等級以下の者は只の武具した身に付けていないが、C等級からは魔法の武具を持つものがそれなりに居て、大体のB等級の者は魔道具類を複数所持している。
冒険者が魔道具類を入手する手段は大まかに2つ。
ダンジョン内に存在する不規則な秘密部屋の宝箱から入手、若しくは当たりの擬態宝箱を倒して入手。
都市内に幾つも在る露店、武具系や装身具系の魔道具専門の店から購入。
複数の魔道具類を有している大半以上の冒険者は、後者に当たる。
「そういやジルット、お前は良くそんな上物を揃えたよな。特にその短剣3本かなり高かったろ。組んだ当時はそんな高価な代物買える余裕は俺っち達に無かったろ。まぁ、飯と酒を満足に飲み食い出来るくらい金は持ってたけどよ」
「俺はお前達と組む前から貯めてたんだよ。俺はお前達と違って出来るんでな、以前一時組んでた一党で色々と貢献してた時期が有るんだよ」
(ん…?)
その時、ガイアはジルットが口にした内容を耳にした直後、ピクリと直感が反応した。
「まぁ、組んだ一党の数は忘れちまったが」
「俺っち達と組む前はかなりの依頼でも熟して稼いでたのか?」
「ああ、そうだ。これ等は苦労して稼いだ金で得た代物だ」
ジルットが口にした短い肯定の答えに、ガイアの直感がまたピクリと反応した。
(何だ…この感じ…?)
独りでに2度も動き出した妙な感覚に、ガイアは少し戸惑う。
「なるほど。なら俺達も多くの依頼を熟して稼がないといけませんね」
「だな。もっと稼ぐってんなら素材収集もしねぇとな。冒険者同士、協力し合わなきゃな。だからこれからも頼むぜ、ジルット」
「ああ、ちゃんと協力するよ。仲間だしな」
(……!)
三度、ガイアの直感が反応した。
それも今度ははっきりと。
ガイアは一瞬だけ、直感から生じたある感情によって顔に動揺の色を浮かべた。
だが理解した。直感が反応した理由を。
(――――彼奴、嘘を吐いてる…!)
ガイアはジルットの発した言葉が偽りの物だと感じ取った。
全て嘘で並べられた内容ではないが、その中に在る虚言全てから――――悪意が潜んで居るのを感じ取ってしまった。
(不味い…! あの3人が…!)
それを直感で知ってしまったガイアは、内心に焦りを生ずる。
今この場でジルットが嘘を吐いていた事を教えれば――――。
(いや、駄目だ。彼奴が居るこの場じゃ意味が無い)
直ぐにこの場の皆に伝えても、証拠と成る何かが無ければ妄言と化すだけ。憶測にすら成り得ない。
(取り敢えず、伝えるべき事を書いて置かなくちゃ)
ガイアはこの場に居る全員の目を盗み、魔法の収納空間から羽根洋筆と白紙が載った板を取り出し、こっそりと伝えたい内容を綴った。
(これで良し。後は彼奴にバレない様にどうやって見せるか)
ガイアは羽根洋筆と内容を記した紙と板をサッと収納空間へ仕舞い込み、最初に伝えるべきは誰にするべきか考え出す。
「さてと、そろそろ先に進むとするか」
(えっ…! ちょ…!)
ダムクが口にし出した再出立の言葉に、ガイアは焦り出す。
このまま別れてしまえば、あの3人が酷い目に合ってしまう。
何とかしてジルットに気付かれぬ様に伝えなければ。
(如何しよう…如何しよう…)
ガイアが困惑しているのを他所に、ダムクの仲間やエルガルム達も立ち上がり出す。
(去り際にあの3人の内の誰か1人に見せるか?)
ガイアは視線をアルチャット達の方へチラッと向ける。
(駄目だ、3人共彼奴の視界の中だ。もうこうなったら強引にいくしか――――)
「ねぇねぇ、僕達も一緒に付いてって良いかなぁ?)
少々自棄気味と為るガイアは突貫する勢いの気持ちで近付こうとし出すその直前、アルチャットが同行したいと申し出た。
「この偶然も何かの縁だ。魔物避けの御香にも肖らせて貰ったし、御礼と言っちゃあなんだけど、協力させて欲しいのさぁ」
それは実に幸運だった。
ガイアは心の中でアルチャットに「ナイス!」と称賛を送る。
「ちょっとアルチャットさん、それは流石に迷惑に為りますよ」
しかし、それをシュグーザが止めようとする。
「俺達の実力では足手纏いに為りますよ。開けた場所なら未だしも、通路が狭いこの蠱毒巣窟内を大人数は動き辛いですよ」
(う……それは確かにそうだけど……)
彼の言う通り、一列に並ぶ事を強いられる狭い空洞では人数が多いと、空洞内での魔物との戦闘が非常に遣り難い。先頭か最後尾以外の者は戦闘に参加する事が難しく、特に近接系の者が前に出ようとすれば却って邪魔に為ってしまう。魔導師なら背後から援護する事が出来るが、それは先頭から2番目と最後尾から2番目の位置に居る場合だ。
そして前後共に3番目以降に位置する者は、攻撃に参加する事はほぼ出来ない。出来る事が在るとすれば、支援強化や状況打破の道具の準備が良い所である。
「折角の縁じゃねぇか。お前の言う事も解るがよ、手数が多いのは悪い事じゃねぇさ」
「広い空間でしたらそうですけど、此処で発生する戦闘は大半以上狭い空洞ですよ。早々に敵を殲滅するには手数が制限されるし、止むを得ず一時退却するにも素早く動けないですよ」
デルグは人の数だけ様々な状況の打破手段を取れる利点をやんわりと言うが、シュグーザは人数が多過ぎれば狭い場所での戦闘や撤退に支障を来す欠点を不安げに主張する。
「良いんじゃねぇの」
其処にジルットの言葉が割り込んできた。
「生存率と依頼成功率の事を考えりゃ、同行した方が良いと俺は思うね。頼れる相手が其処に居るなら、俺は遠慮無く頼らさせて貰うさ」
「ジルットさん、それは寄生行為ではないですか」
「まぁ、それは完全に否定は出来ねぇが、何もせずただ付いてくなんてのは流石にしねぇよ。けどな、依頼は競技じゃねぇんだ。偶然でも何でも達成出来ればそれで良いだろ。冒険者組合には偶然会った別の一党と協力したって素直に報告すりゃあ問題は無ぇ」
「確かにそうですが……」
「頭が固ぇよ、シュグーザ。要は生きて依頼を達成する、冒険者組合側が望んでるのはそれだ。お互ぇ利用し合って何方とも目標達成すりゃ丸く収まるだろ」
(こ、此奴……利用するだけ利用して、その後に僕達にも何かする気だ…!)
ジルットが口から発する意見は合理的な面では割と真面ではあった。しかし、それは秘められた悪意を隠す内容である事を、ガイアは直感で見抜いていた。
「おいおいジルット、利用し合うなんて悪い印象を与えちまうだろう。それを言うなら助け合う、だろ」
ジルットはデルグに言葉の注意をされるが、何も言わず聞き流す。言葉遣いを直す気は無いらしい。
「それで、俺達は同行しても良いのか?」
そしてダムク達とエルガルム達に問い、良いか悪いかの答えを求める。
「ふむ……まぁ良いじゃろう」
それに対し答えたのは、エルガルムである。
「い……良いのですか?」
その答えに、シュグーザは不安げに問い返す。
「如何せ進む方向は同じじゃ。協力してくれるのなら構わんとも」
そんな彼に対し、エルガルムは鷹揚に答えた。
「俺達はこの蠱毒巣窟を抜けて先に進むが、其方は如何するんだ?」
ダムクはアルチャット達の行動予定を訊く。
「僕達は納品素材を集めた終える迄は此処に残るさぁ。けど終わっても直ぐ帰還せずに、此処を抜けた先で素材採集もする予定だよぉ」
「となると、途中で別れる事には為るな」
「そう為りますねぇ。皆様とは比べて僕達は微力ですが、御別れの時迄はしっかり協力させて頂きますよ」
そう言いながらアルチャットは頭を下げ、それに続く様にシュグーザとデルグも頭を下げた。
しかし、ジルットだけは頭を下げずであった。
そんな彼の変わらぬ態度に対し、ダムク達とエルガルム達は何も触れずといった平静な態度で流す。指摘をしても直そうとしないだろうと悟っているからだろう。
しかし、ガイアだけはムッとした表情を浮かべ、細めた目でじろっと睨むのだった。
「それじゃ、休息はこれ位にして進むとするか」
ダムクの一声にその場の全員が動き出し、狭い空洞へと向かって行き出す。
ガイアも後に続きのそのそと歩き出したその時、左肩辺りをコンコンと2度叩かれた。
(ん?)
ガイアは思わず左回りで振り向き、自分を叩く人物を視界に映した。
目の間近に居たのは――――アルチャットであった。
彼は自分の口元で人差し指をピンと立てて、静かにと伝えていた。
いったい何だろう、そう思ったガイアは声を発さない様に口をギュッと結ぶ。
口元から人差し指を退かしたアルチャットは、神妙と言える真剣な表情で、周りには聞こえない小声でガイアに話し掛け出す。
「――――君、さっきジルット君を見た後、何か書いてたよね?」




