毒沼の主25-4
シャラナ除く一行は一斉に迎撃を本格的に開始し出し、戦況は急激に動き出す。
「〈高速礫弾〉!」
「〈渦水の奔流〉!」
それと同時に、シャラナと毒沼の精霊との戦闘も本格的と為る。
「防ぎなさい!」
毒沼の精霊に命令を下された2体の内1体の毒妖精は前に出て、前方に手を翳し〈魔力大障壁〉で渦巻く多量の水を遮る。
「強化魔法!」
攻撃を防いでいる内にもう一方の毒妖精に強化魔法の要請し、〈中位魔法防護〉〈中位魔力上昇〉〈妖精の祝福〉〈中位毒抵抗突破〉をその身に施して貰う。
「〈上位魔力光線〉!」
そして魔力を強化した事により、通常よりも威力を増した光線をシャラナに向けて放つ。
2体の毒妖精もそれに続いて、魔力の光線を撃ち出し応戦する。
「〈魔力大障壁〉!」
放たれた魔力光線をシャラナは魔力障壁で防ぎ、防御している短い間に腰に付けた魔法の小袋から特別な魔道具――――召喚の聖鈴を取り出す。
「〈天使召喚〉!」
手に持った振鈴を掲げ、振り鳴らす。
澄んだ音色が空間を響かせ、それに呼応するかの様に黄金の輝きと思わせる光を放つ召喚魔法陣が2つ出現する。
魔法陣から顕現するは、頭上に魔法陣と思わせる神秘の光輪が浮かび、鎧全体に赤色の煌めく美しく微細な細工が施されていた純白の全身鎧を身に纏い、同じく赤色の極細線の芸術的な細工が施され強い神聖な力を宿す大剣を持った2体の騎士の大天使である。
呼び出された2体の大天使は瞬時に動き出し、高速飛行で毒沼の精霊へと迫り、手に握る聖なる大剣を一閃振るう。
しかし、毒妖精が身投げする様に召喚者の盾と為り、大天使の白刃をその身で受け邪魔をした。
「天使!? 貴女、聖職者なの!?」
毒沼の精霊は、シャラナが聖職者の職業を修めている事は予想だにしていなかった。
(聖職者って事は治癒魔法が使えるって事じゃない! それに天使も召喚するなんて……!)
聖職者は傷の治癒と様々な状態異常を治療する奇跡の魔法を扱う事を、毒沼の精霊は知っている。しかし、天使という存在は今迄見た事が無い為、どの様な能力が有るのか、どれ程の強さなのかは全く知らない。それ故、如何対処すべきか明確な判断が付かない。
「〈中位魔法防護〉〈中位全抵抗力強化〉〈中位魔力上昇〉〈中位魔法耐性突破〉!」
毒沼の精霊が驚き戸惑っているそんな中、シャラナは再び召喚の聖鈴を鳴らし、自身を含み2体の騎士の大天使に強化魔法を施した。それに加え、召喚の聖鈴によって呼び出された大天使は全能力を常時強化される。
「おお、天使か! 初めて見たな!」
毒岩の動像や毒怪樹人を一太刀で斬り伏せる最中、天使の優美な姿にダムクは思わず目を遣る。
「あれを使ったか。試すには丁度良い機会じゃのう」
エルガルムは紫毒の大粘体を見もせずに強烈な落雷であっさり葬り、シャラナが聖遺物具を使用する判断を良しと胸中で頷きながら目にする。
「毒妖精を引き剥がし、各個撃破せよ!」
シャラナは指示を下し、それを聴き入れた2体の騎士の大天使は瞬時に大剣を構え、直後に急速前進して毒妖精に迫る。
「ヤバ…! 迎撃して!! 早く!!」
毒沼の精霊は慌てて命令を下し、2体の毒妖精は急ぎ〈猛毒液の飛沫〉をばら撒くが如く、連続で放ち出す。
それに対し、2体の大天使は飛行軌道を瞬時に変え、左右に別れ半円を描く様に召喚者であるシャラナを害する敵を挟み撃ちしようと迫る。
「何してるのよ!! 糞!〈穿ち樹槍〉!!」
毒沼の精霊は多数の植物種子を生み出し、樹木へと急激成長させる。そして硬い根を切っ先が尖った槍の様に束ね、シャラナと迫り来る大天使に向けて放つ。
「〈疾風の騎士槍〉!」
放たれた敵を穿つ樹木に対し、シャラナは風属性の魔力で構成した多数の騎士槍を放ち、次々と粉砕する。
2体の騎士の大天使は空中を前進しながら大剣を素早く振るい、降り掛かる槍の樹木を薙ぎ払う。そして全ての樹木を排除した後に、聖なる力を強く輝かせた刀身を連続3回振るい、光の刃を飛ばした。
騎士の大天使が使用したのは〈聖光波斬〉と呼ばれる神聖属性の斬撃を飛ばす武技。聖なる力を剣に強く宿し、振るう瞬間にその力を解放する様に放つ事で発動が成立する聖なる剣技である。
そしてこの武技は剣を扱う天使だけの剣技では非ず、聖騎士の職業を修めた者なら修得する事が出来る特殊な剣技である。
「防御!!」
毒沼の精霊は防御する事を急かせ、毒妖精も急ぎ魔力障壁を展開する。
直後、障壁の展開とほぼ同時に光の刃が激突する。
ギリギリ間に合った。
後ほんの僅かでも障壁展開が間に合わなかったら、確実に身体を真っ二つにされていた所だ。
そう思わせるその瞬間、障壁が硝子窓の様に断ち砕かれ、放たれた光の刃はそのまま毒妖精の身体を一瞬で通り過ぎる。
魔力の障壁が無数の光の粒と為って消滅し、それに続く様に身体を真っ二つにされた2体の毒妖精も同様に、煌めく無数の粒子と為って消滅した。
「ちょっ、嘘!」
護衛を失い、このままでは天使の刃に斬殺される直ぐ目の前の未来から逃れようと、毒沼の精霊は焦りながら魔法を発動させる。
「〈猛毒の渦柱〉!!」
一定範囲の毒沼が大きな渦の柱を形成し、毒沼の精霊の全方位を分厚い渦巻く猛毒液が包み込む。騎士の大天使はシャラナの魔法と聖遺物具によって毒への耐性を大幅に上げてはいるが、そのまま突っ込んでしまえば多量の毒液の渦に呑み込まれてしまう事を危惧し、渦柱を目前に急停止する。
だが、騎士の大天使に為す術は有る。急停止後、透かさず〈聖光波斬〉を一振り放ち、渦巻く毒液の中心に居る毒沼の精霊に攻撃を仕掛ける。
聖なる光の斬撃が渦柱を通り抜けるが、中に居る筈の毒沼の精霊に何かしらの変化が感じられない。渦巻く猛毒液の現象も保たれた儘である。
「逃がさない!〈高速魔力弾〉!」
シャラナは渦柱から毒沼の別の辺りへ視線と短杖を向け、魔力の弾丸を毒沼へと数十発連射した。
毒沼の精霊が渦柱の中から毒沼へと潜り、別の場所へと移動していたのをシャラナは〈魔力感知〉で捉えていた。それはシャラナだけでなく、2体の大天使も同様に素早く毒沼の中へと潜り移動しているのを感知で捉え、瞬時に追跡していた。
「邪魔しないでよ!!〈猛毒波〉!!」
炙り出された毒沼の精霊は魔力で毒沼全体に干渉し、視界を覆い尽くす程の毒沼の波を発生させ、追撃しようとする2体の大天使と遠方から魔法を撃つシャラナに向けて放つ。
騎士の大天使は怯まず、押し寄せて来る猛毒の高波を斬り裂く。その後に生じた大きな隙間を高速で通り抜ける。
「〈疾風衝撃〉!」
シャラナは広範囲に亘る爆風を前方へ拡散させ、吹っ飛ばすが如く猛毒の波を押し返した。
波が崩れ失せるも、毒沼の精霊が突貫でもする勢いで飛行し、シャラナ達に向かって迫り行く。
シャラナの視界に映るそれは、必死の色がはっきりと窺える表情を浮かべていた。そしてその背後から2体の騎士の大天使が高速飛行で追い掛ける。飛行速度では大天使の方が上である為、シャラナの下に辿り着く前には追い付く。
「邪魔しないでって言ってるでしょーっ!!〈猛毒魔素炸裂〉!!」
毒沼の精霊は自棄に為ったのか、シャラナに向けて、大天使に向けて、視界が遮られる程の範囲に彼方此方と猛毒性の魔力の爆裂現象を数度起こす。
これには流石の騎士の大天使は急ぎ後退し、召喚の聖鈴による能力強化で防御性能が増した〈聖なる防壁〉を展開して、猛毒を撒き散らす強烈な爆裂から身を護る。
「〈魔力大障壁〉…!」
シャラナも障壁を展開し、爆裂による損害から身を護る。
猛毒性魔力の爆裂後に立ち込める煙で標的を見失ってしまったが、〈魔力感知〉で動向は大体把握出来る。
此方へ迫って来ているのを感知能力で捉えているシャラナは、どの頃合いで障壁を解除し、即座に魔法を放つかと短杖を感知先に居る方へと向け、煙立ち込める光景を目に映しながら見計らう。
「……え?」
しかし、毒沼の精霊が別の方向へと急に曲がったのをシャラナは感じ取る。
(標的を変えた!?)
煙は晴れ、視界が通る様に成った時、シャラナは毒沼の精霊が向かう先を目にした。
毒沼の精霊は毒沼に潜り逃げ出した時に、ある獲物から魔力を奪い取ろうという勝機を見出していた。とはいえ、自身より明らかに強い魔導師のエルガルムやベレトリクスを襲って奪い取るのは余りにも危険が高過ぎる。シャラナは闘いの中で魔力を奪うのは難しいのも理解した。特に堅実の踏破一党は一目瞭然で、次々に凡そ1秒毎に1匹から4、5匹の僕達を容易く葬る脅威の実力であるので、射程距離内へと近付いた瞬殺されるのは目に見える。
だが、そんな彼等の中、唯一襲い掛かれるであろう存在が1体居る。
それは岩石の動像に似て非なり、その背に極小規模の草原と小さな樹木を生やし、幾種もの煌めく鉱石や原石を宿す謎の生命体。
ガイアである。
「〈絡み付く樹木〉!!」
毒沼の精霊は束縛の魔法を発動し、幾本もの丈夫な樹木でガイアの全身に巻き付かせる。
(え、ちょ、何々? ……ん?)
樹木に絡み付かれたガイアは何事かと少々困惑し、迫り来る毒沼の精霊に気付く。
「キャハハハハハハ!! 捕まえたぁ、私の御馳走~!!」
ガイアの動きを封じ、毒沼の精霊は狂喜の声を上げる。
「あ! ガイアに手を出しちゃ……!」
「貴方のその上質な魔力、沢山味合わせてぇ~!!」
シャラナは焦り止めようとするが、ガイアとの距離は後数秒で接触してしまう。
間に合わない。
「戴きま~す!!」
そして毒沼の精霊はガイアの眼前へと迫り、無理矢理に魔力を吸い取ろうと触れようとした。
――――その瞬間、ガイアに秘めたる強大にして巨大なる魔力の一端をはっきりと感じ取り、垣間見てしまった。
「…………え…」
毒沼の精霊は強大な力に中てられ、恐ろしいものを目にしてしまう。
それは全てを吹き飛ばす巨大暴風であり、巨大な奔流が生み出す大海の巨大渦。乱れ渦巻き、絶え間無く流れる超膨大な魔力が形と成った巨大にして強大な活力の塊である。
毒沼の精霊が今目にしているそれは――――意思を持ち、形を成した超自然という名の災害。
上位精霊すら足元にも及ばない絶対的な存在である。
目の前の小さい筈だったガイアの身体が超巨大に映り、岩石の身体は実体の無い超膨大にして超高密度の活力体だと認識させられていた。巨体全体に迸る強大にして膨大な魔力を触れようものなら、その身が爆ぜるが如く弾かれるか、逆に呑み込まれ只の魔力という一部にされ、意思が消失してしまうだろう。
そんな意思有る形を持った災害から、巨大な2つの眼を向けられていた。
俯瞰される毒沼の精霊は全身を小刻みに震わせ、呼吸を忘れる程の恐怖に陥る。
満ち溢れていた狂喜は一瞬で塗り潰され、心の中は恐怖一色で染まった。
だが染まるだけでは止まらず、絶対的な存在を前に居続ければ居続ける程に底から恐怖は溢れ続け、心は急激に膨張し圧迫されていく。
そして、過剰な迄に溢れた恐怖で膨張した心は――――決壊した。
「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアー!!!」
毒沼の精霊は甲高い悲鳴を上げ、逃げ出した。
「うおっ!? 何だ!?」
それを耳にしたダムクは思わず驚きの声を出す。
他の者達も不意を衝かれたかの様に驚く。
その悲鳴は恐怖によるものだと、誰もが聴いても直ぐに理解出来る程の叫び声である。
そんな悲鳴の発生源へと、その場に居る全ての存在がぱっと目を向けた。
「イヤアアアアァァァ!!! イヤアアァァアアアァァー!!!」
圧倒的な恐怖に支配された毒沼の精霊は何度も悲鳴を上げ、溢れんばかりの涙を流す。必死な所為で周囲の状況を把握する余裕が無く、追い掛けて来ていた騎士の大天使に突っ込んで行ってしまう。
そんな冷静皆無な行動に、2体の大天使は動揺し、突っ込んで来たそれをうっかり素通りさせてしまう。
「……精霊がマジ泣きするの、初めて見たわ」
もはや恐怖で泣き喚く無力な女の子と言える毒沼の精霊の様子に、ベレトリクスは唖然とした表情を浮かべていた。
「……まぁ、そりゃああなるわな。精霊が不用意にガイアの魔力に触れてしまえば」
エルガルムもその様子を目にし、呆気な表情を浮かべる。
精霊は自然と密接な関係を有している上位生命体であり、世界に漂い流れる自然活力を感じ取れ、それを己の力として扱うのに長けている。それ故に、ガイアの内に秘めた強大で膨大な魔力と共に在る、強大な超自然の活力をその身その心全てで感じ取れてしまう。
強大過ぎるが故、膨大過ぎるが故、恐怖してしまったのだ。
(あれぇ~……? ちょっと脅かしただけなんだけどなぁ……)
眼前から慌てて逃げ出した毒沼の精霊を目に、ガイアは絡み付いた丈夫な樹々を軽々と圧し折り、自力で束縛を解いた後に頭を人差し指でポリポリと掻く。
毒沼の精霊が直に触れようとした直前、ガイアは抑えていた魔力を軽く解放しただけだ。
それ以外は何もしていない。
しかし、思った以上に恐怖を刻み込む結果と成ってしまった。
小さな子供をちょっと驚かすだけの筈が、逆に怖がられ泣かせてしまった様な心境をガイアは抱く。
「……ガイア、流石に泣かせちゃ可哀相でしょう」
「ンン!?」(ええ!?)
シャラナからまさかの注意されたガイアは、困惑めいた驚きの表情を浮かべた。
(抑えてた魔力ちょっと解いただけだってぇ! 不可抗力ですぅ!)
故意に虐めてないのに、まるでその子供の親や他者から虐めをしていると勘違いされているかの様である。
「それよりシャラナよ、毒沼の精霊が逃げ出してしまうぞ」
「あ、そうでした」
シャラナはふと思い出すかの様に遠く逃げ出す毒沼の精霊を視界に捉え、逃亡先に魔法を発動させた。
「〈空圧大爆風〉!」
逃亡先の空気を急速に圧縮し、直後に炸裂する。
「ピャン?!!」
強烈な風圧による衝撃に真正面から受けた毒沼の精霊は、逃走方向とは真逆の方角へ跳ね返る様に吹き飛ぶ。そしてそのまま毒沼へ落ち込み、ドボンと大きな音を立てて飛沫を上げた。
毒沼の精霊は慌てて水面下から上半身を出し、周囲を目で確認する。
「あれ……? 私の僕は……?」
一行を視界に映した時、襲い掛かっていた魔物と動像が力尽き、地面に横たわって居るのに気付いた。
「全て倒した。残っとるのはお前さんだけじゃよ」
エルガルムから告げられた現状に、毒沼の精霊は戦意を失ったかの様な表情を浮かべる。
「こんな……こんな筈じゃ無かったのに……!」
たった1人だけと為ってしまい、もはや生き残れる可能性は無い。獲物とは到底言えない強過ぎる存在を相手にすれば、嫌でも勝てないと誰もが理解させられる。それに――――
「何なの其奴……!? 何でそんな化け物を従えられるのよ……!?」
毒沼の精霊は視線を向けた謎の存在について、恐怖が籠った声を漏らす。
「魔力を奪ってあたし達の力を凌駕しようとしたんだろうけど、ガイアに手を出すのは無謀にも程があるわよ。奪うんだったらシャラナを狙うべきだったわね。ま、それも無理だろうけど」
ベレトリクスは呆れた口調でそう告げる。
「さ、残るはシャラナだけよ。決めて来なさい」
「はい」
ベレトリクスの言葉にシャラナは再び短杖を構え出し、それに合わせて2体の騎士の大天使は召喚者の隣に伴い剣を構え直す。
「…………嫌…」
毒沼の精霊は絶望する。
「嫌…。嫌嫌嫌嫌……」
間近の死という未来に絶望する。
「嫌イヤ嫌イヤ嫌いや嫌イヤ嫌イや嫌イヤいヤ嫌イヤいヤ嫌イヤいやイヤ嫌イやイヤイヤイヤいやイヤイヤアアアァァァァァ!!!!」
毒沼の精霊は絶望の余りに狂乱し出し、怨嗟の如き病的興奮状態の様な声を広範囲に亘って響かせる。
(ちょ、うわぁ…怖ぁ…)
その様相はもはや怨霊の類と思わせる姿に、ガイアは若干引くのだった。
今迄の可憐な少女と思わせる顔が、ああも悍ましく歪むものなのかと。
「死んデたまるカアアアアアァァァァァァ!!!!」
毒沼は巨大な粘体の様に盛り上がり、周囲の歪な樹々がベキバキと音を立てながら幾多の大枝を伸ばし、地表に岩石を突出させ、地中や毒沼の中から多数の茨が次々と生え出す。それは毒沼の精霊の叫びに呼応しているかの様な光景である。
目に映るその光景は、全て毒沼の精霊が引き起こしている現象だ。
毒沼は自身を癒し、獲物を蝕む恵みの水。
歪な樹々は獲物を穿つ槍にして、打ち付ける鞭。
地面は獲物を潰す拳にして、獲物を捕らえる植物を生み出す領域。
この場に存在する自然物は、毒沼の精霊の力と成る物。
シャラナの周囲を囲い、歪な樹々が伸ばした槍の大枝を、突出させた先端が尖った岩石を、殺意と共に差し向ける。
「おっと、これはちょっと不味いか?」
それを目にするダムクは手を貸すべきではと思う。
そしてダムクと同様に、他の仲間も何時でも助太刀出来る様、其々が構える。
「未だ様子を見よう。援護の有無はシャラナの戦況次第じゃ」
そんなダムク達に対し、エルガルムは手は出さない様に止める。
「キィエアアアアアアアアァァァァァ!!!!」
毒沼の精霊は奇声を上げながら、更に魔法を発動させた。地面や毒沼の其処から多数の岩石が出現し、それ等が毒沼の精霊へと集まり、積み重ね、結合し、歪ながら形を変え巨大な物へと創造されていく。
生み出されたそれは上半身は岩石で構成され、その上半身を支えるは半液状と成っているかの様に盛り上がった毒沼。毒沼の水面上から天辺迄は凡そ15メートルの高さに及ぶ巨大な毒岩の動像である。
「ほう、自らを動像の中に入り、それを巨大な鎧とするか」
ヴォルベスはそれを見上げ、冷静に口にする。
其処にミリスティが詳しい補足を口にする。
「毒沼の精霊が核に成ってる影響で動像が高い魔法耐性を得てるから、魔法での攻撃も通し難いよ。それに動像内部全体には魔力が通った毒沼が内包されてるから、ちょっとの傷じゃ直ぐに修復されるだろうし、中の本体に攻撃が通っても、一撃で倒さないと回復されちゃうね」
「ふむ…。ミリスティは武技と魔法を組み合わせれば可能だが、御令嬢殿にとっては厄介だな」
「一撃必殺が無理なら、引き摺り出て叩く」
一撃で倒せない場合の方法をミュフィが言う。
「さて、御令嬢さんはあれを如何倒す?」
ダムクはそう口にし、シャラナの闘いの行方を見守るのだった。
巨大な毒岩の動像が拳を天高く振り上げ出し、それに連動するかの様に多数の毒茨と大枝と突出した岩石が一斉に動き出す。毒茨は締め付け拘束しようと、大枝は尖った先端で貫こうと、岩石は地面から突き出し穿とうと、全方位から囲いシャラナを襲い出す。
「〈魔力大障壁〉!」
シャラナは自身1人分を包む球体状の障壁を展開し、周囲から迫る攻撃から身を護る。
2体の騎士の大天使はその直前に召喚主から瞬時に離れた。
(えっ!? 何で!?)
それを目にしたガイアは目を丸くする。
本来なら護るべきの召喚者を置いて、自分の身だけを護る為に回避する大天使の行動は異常である。
だが、その行動はシャラナの意思伝達による指示によってのものである。
シャラナを護る頑丈な魔力の障壁を毒茨がぎゅうぎゅうに締め付け、槍の大枝は貫こうと切っ先を押し付け、地面から弾かれる様に伸び出した岩石は多数打ち付ける。
これでは手も足も出せない状態だ。
「潰れロオおおオオオォォォォ!!!」
其処に巨大な毒岩の動像が振り下ろす拳が、障壁ごとシャラナを粉砕し潰そうと追撃を仕掛ける。
その追撃が開始される直前、2体の騎士の大天使が目にも止まらぬ速度でシャラナの周囲を動き回り、瞬速の連続剣撃で毒茨と大枝と岩石を全て斬り払う。剣舞の如きその動きは実に巧みかつ力強い剣技である。
自身を襲う攻撃が完全に払われた瞬間、シャラナは障壁を解除し、前方の斜め上から迫り来る巨大な岩の拳に短杖を差し向ける。2体の騎士の大天使も同調するかの様に、剣を持っていない空いた片手を、彼女と同じ方向へと掲げる様に向けた。
「〈聖なる騎士槍〉!」
シャラナが発動した魔法によって具現化した騎士槍は、本来よりも明らかに大きく成っていた。
その要因と成ったのは、騎士の大天使がシャラナに合わせて同じ魔法を発動したからである。シャラナと共に同じ魔法を同時発動する際、互いの魔力を同調し調和させる事により、通常の数倍の威力へと上昇させたのだ。
術式はそのままだが、威力は通常とは比べ物にならないその魔法をシャラナは放ち、巨大な毒岩の動像の振り下ろされる拳を穿ち、片腕を破壊した。
(おお! 凄い、あんな風に魔法の連携が出来るんだ!)
そんな魔法の一連を目にしたガイアは感心する。
しかし、破壊した巨大な片腕は再生するが如く、新たな岩石を生成して再構築し出す。
「波状攻撃を仕掛け、私への注意を逸らして!」
シャラナの指示に2体の騎士の大天使は宙高く飛び立ち、毒沼の精霊が纏う巨大な動像へと迫り攻撃を仕掛ける。
初撃は〈聖衝撃波〉を放ち、敵の巨体全体を大きく凹ませると同時に撃ち飛ばす。そして体勢が崩れた所に武技〈聖光波斬〉を飛ばし、もう片方の腕を粉砕し、再生中の腕を再び破壊する。
「邪ぁアあ魔ァあああアァああアあアア!!!」
怨嗟の如き苛立ち狂った声を響かせた毒沼の精霊は、膨大な猛毒の濃霧を発生させた。毒々しい緑色の濃霧は巨大な毒岩の動像をあっという間に隠し、急激に膨張する様に広がりながら全方位に押し寄せる。
視界の邪魔と成るその霧を吹き飛ばそうと、2体の騎士の大天使は風系統魔法を発動しようとする。しかし、霧の中から何かの魔法が発動されるのを感知し、発動させる魔法を防御系へと即座に変更する。
立ち込める濃霧の中から、針の形に結晶化した毒が無数に飛び出し、上空の騎士の大天使に襲い掛かる。
異変を直ぐに察知した大天使は前方に〈聖なる防壁〉を即座に展開し、飛来する毒の針を防ぐ。
「〈疾風衝撃〉!」
その戦況を観ていたシャラナは指向性の爆風を放ち、射出される無数の毒針を弾く様に飛ばし、猛毒の濃霧を吹っ飛ばす。
飛来する毒針が吹き飛ばされた後の頃合いに騎士の大天使は防壁を解除し、その直後に〈聖衝撃波〉を行使し巨大な毒岩の動像に撃ち付ける。
(さて……どの様に闘うべきでしょうか…)
2体の騎士の大天使が毒沼の精霊の行動を阻害し注意を逸らしている間、シャラナ如何攻めるか思考する。
毒沼の精霊の居場所は、動像の胸部辺りに居る事を〈魔力感知〉で常に捉えている。正確に狙うのは其処まで難しくは無い。今なら強化した魔力と魔法耐性突破力で、威力と貫通性が高い魔法を撃てば、分厚い岩石の胸部を貫く事が可能だろう。
しかし、問題は内部に居る毒沼の精霊を如何倒すかである。
動像の内側は魔力が通った毒沼が内包し、毒沼の精霊はその中を自由に素早く移動する事が出来る。そしてそれは下の毒沼と常に接している為、仕留め損ねれば毒沼の底に逃げ込まれ、回復されてしまう。
シャラナの頭の中に2つ、現在の毒沼の精霊を倒す方法が浮かぶ。
1つ目は回復すら間に合わない強烈な魔法で動像ごと一撃で貫き仕留める。
2つ目は中から引っ張り出してから一度拘束し、回復出来ぬ状態で畳み掛けて仕留める。
前者の場合、騎士の大天使と魔力を同調し調和させた魔法でなら、動像という鎧ごと貫き葬る事が可能だ。しかし、本体である毒沼の精霊は内部で自由に移動が出来、魔法発動時に躱される可能性は高い。
後者の場合、毒沼の精霊が居る箇所に穴を開けた直後に何らかの方法で中から引っ張り出す。巨大な毒岩の動像から完全に分離した状態にすれば、毒沼によって回復される事が無くなり、倒し易く為る。
何方の方法も、巨大な毒岩の動像の動きを封じる事が前提である。
(先ずは中に居る本体を一時的に行動不可に。その後は拘束系魔法で動像の動きを封じる)
シャラナは手順を頭の中で積み上げていく。
(行動不能の内に抉じ開けて、直ぐに中から引き剥がす。そして最後は毒沼に逃げられる前に畳み掛ける!)
そしてそれを可能にする魔法を幾つか選択し、騎士の大天使に自身が思考した作戦を精神的な繋がりを介し意思を伝える。
2体の騎士の大天使は彼女の意思通りに動き出し、巨大な毒岩の動像へと急速接近する。
接近した大天使は動像の巨体に触れた瞬間に〈接触聖衝撃〉を発動させ、内部の毒沼の精霊に聖なる魔力衝撃を喰らわせる。
「ウギィィィ…?!!」
動像という鎧を透過し、己の身を浸す内部の毒沼全体に伝い奔る二重衝撃を諸に受けた毒沼の精霊は、奇妙な苦痛を伴い意識を揺らされる。
「〈神聖なる縛鎖〉!」
其処にシャラナは神聖な魔力で構成された大きな鎖を発現させ、動きが止まった動像の全身に巻き付け拘束する。
動像の両腕は未だ半分にも満たない不完全な状態。拳という強力な物理的攻撃は出来ない。
「こ……これで私を封じたつもり――――」
「もう一度!!」
シャラナの一声に、2体の騎士の大天使は再び〈接触聖衝撃〉を発動する。
「イギャアァァァ…!!」
動像を残して下に繋がる毒沼へと逃げようとした所に、再び魔力による衝撃を受けた毒沼の精霊は苦痛の声を上げ、意識を更に大きく揺らされた。
「〈疾風の投槍〉!」
シャラナは高威力の遠距離風系統魔法を、動像の胸部中央に居る毒沼の精霊に目掛けて放つ。その直前に2体の騎士の大天使はシャラナの魔法攻撃射線上に入らない様に上昇し、瞬時に〈聖光波斬〉を放ち、動像の胸部中央に✕印の斬撃を刻み込む。
放たれた風属性魔力で構成された投槍は命中し、大天使が刻み傷付け防御力が薄れた印中央を貫き、大きな風穴を開けた。
(お! 遣ったか!? ……ありゃ)
その瞬間を目にしたガイアはそう思ったが、倒せていないと〈魔力感知〉で直ぐに把握した。
毒沼の精霊はギリギリの瞬間に崩れた意識を戻し、既の所で回避行動をする事が出来た。完全と迄は行かなかったが、掠り傷程度で済んだ。
(あ…危なかった…! 後ほんの少し遅かったらかなりの重傷に――――)
そう安堵していた僅かなその時、突如と白光の鎖が侵入し、毒沼の精霊の全身に巻き付く。
その鎖は騎士の大天使が発動した魔法、〈聖なる縛鎖〉によるものである。
「えっ!? ちょっと――――」
毒沼の精霊が驚き困惑する短い最中に、大天使は操る聖なる鎖を魔法陣ごと勢い良く引っ張り、動像の中から外へと引き摺り出す。そしてそのまま、シャラナの居る方角へと投げ飛ばした。
「〈疾風の刃〉!」
「え、ヤバ…!〈魔力大障壁〉…!!」
シャラナは鋭利な風の刃を連続で撃ち出し、毒沼の精霊は慌てて強力な魔力の障壁を前方に展開し己の身を護る。
其処に2体の騎士の大天使は障壁が張られていない背後を狙い、武技〈聖光迅連波斬〉で一気に攻め立てる。
「え、ヤダヤダヤダ…!!」
背後から飛来する多数の光の刃に対し、毒沼の精霊は展開している障壁を球体状へと変形させ、背後を含む全方位からの攻撃から身を護る。
(このまま毒沼に……!)
障壁で身を包んだ状態で移動し、自分以外が入れない毒沼へと一時避難しようとする。しかし、それを察知した1体の騎士の大天使が下へ回り込み、神聖属性魔力の衝撃波を幾度も撃ち込む。
「ウゥ~…!! 邪魔ぁ~…!!」
下から衝撃波を障壁に撃ち込まれる事で上へと押し返され、毒沼の精霊は通せんぼされるのだった。
疾風の如く飛来する鋭利な風の刃と聖なる力が宿る光の刃、そして聖なる衝撃波の波状攻撃により、毒沼の精霊はその場から移動する事が出来なかった。防戦一方である。
障壁が破壊されぬ様に維持し続けなければならないが、魔力が尽きてしまうのは時間の問題だ。このままずっと防御するだけでは意味が無い。
「こうなったら……!!」
毒沼の精霊はこの劣勢を打開する為、一か八かの行動に出ようとする。
障壁を解除すると同時に魔力の衝撃波を全方位に放ち、打ち付け続ける魔法と大天使を全て吹き飛ばす。無理矢理な方法だが、今の毒沼の精霊にはこれしか打開出来る手段が無い。
障壁を維持しつつ、別の魔法を発動する為の魔力を大量に込め出す。
一発で決めなければならない。
毒沼の精霊は魔力を込め切り、障壁解除とほぼ同時に魔法を発動させようとした。
「消し飛べ…!!〈大衝げ――――」
その瞬間、障壁が突き破られ、何かが身体を貫く。
「アガ……?! エ……!?」
毒沼の精霊は発動しようとしていた魔法を止めてしまう。いや、止められたと言った方が正しい。
何が起こったのか直ぐに把握する事が出来ず、身体に生じる違和感に目を向けた。
彼女が目にしたのは、自身の身体に大きく開けられた風穴である。
「嘘……。何これ……何これ……!?」
己の身に起こった事をはっきりと認識し、激痛をじわりじわりと感じ出すと同時に、信じられないと言わんばかりに動揺する。
障壁ごと毒沼の精霊を貫いたのは、〈疾風の投槍〉――――シャラナの魔法である。
シャラナは2体の騎士の大天使と共に波状攻撃を仕掛けながら、障壁を確実に貫く魔法発動に必要な魔力量を通常よりも多く準備していた。そして毒沼の精霊が何かしらの行動を起こす前に放ち、見事穿ち、致命傷を負わせたのだ。
全身の力が抜け落ちた毒沼の精霊は落下し出す。
「痛い…! 痛いイタイ痛いイダいいだいイダイいダいイダい……!!」
攻撃を直に喰らう経験が無かった毒沼の精霊には、耐え難い激痛であった。全身に奔り巡る痛みで飛行移動する意識が定まらず、魔法を発動させようにも精神的な集中が出来ない。
抵抗する意思があれど、激痛伴う身体はその意思を受け付けなかった。
毒沼の精霊は心の中で毒沼へと手を伸ばす。
毒沼は力の源にして生命の源。毒に満ち溢れたその中に浸れば、自身の能力で傷を治す事が出来る。
(毒沼……毒沼にさえ入れば……!)
己が身が早く毒沼へと落ち込む事を願い、落下に身を委ねる。
だが刹那――――その願いは二筋の聖なる一閃によって、無慈悲に断ち斬られるのだった。




