兎狩り3-3
「いやー! こりゃあ凄ぇ大猟だなぁ!」
ロノタックは上機嫌に倒したサーカスムフェイス・ラビットを拾い集める。
「まさかこんなに出て来るとは、こんなの誰が予想出来るんだか!」
タンタも上機嫌に地面に転がっているサーカスムフェイス・ラビットを拾い集めていた。
辺り一面にはサーカスムフェイス・ラビットの死体が彼方此方と転がっていた。
岩石の魔獣も一緒に拾い集め、持参した収集用の革袋の中に入れ込む。
しかし、倒した数が多く、容量的に袋が足りなく為る。そこで岩石の魔獣は土の魔法で、大きな石瓶を作り出し、その中に入れていく。
全部集め終わった頃には、革袋と石瓶の中は憎たらしかった兎で溢れていた。
そして岩石の魔獣は石瓶を魔法で綺麗に蓋をし、中身が零れ落ちない様に石瓶の口と石蓋を魔法で接合した。
(良し! これで大丈夫!)
岩石の魔獣は、今回の兎狩りで沢山獲れた事に満足していた。
それに初めての異世界で刺激のある経験だ。今思い返すと、可笑しくも面白い経験をする事が出来たのだ。
そんな経験を心の中に仕舞い込み、魔法で創り出した石壁を綺麗に消し去った。
「おー、やっぱ魔法は便利だなぁ」
ロノタックはその光景を見ながら感想を口にする。
「やっぱり良いよな、魔法が使えるって。冒険者をやってた頃は魔導師をそれなりに見掛けてたけど、俺が居た所だとここまで扱える奴はそこまで居なかったな」
「確か…魔法ってのは適性が有って使えるものだったっけか? 魔法に関しては解んないが、本当にそうなのか?」
「さぁな。貴族魔導師のお偉いさん共はそれは絶対としか言わないし、その理由も何も言わないからな」
「それは可笑しな話だよな。解ってんなら理由ぐらい言える筈だろ? 魔法を使える癖によ」
ロノタックの疑問に、タンタは肩を竦めながら答えた。
「只の貴族魔導師共の傲慢だろ。もし誰でも簡単に使えるとなったら、奴等はそれを不愉快がるんじゃないか?」
「あぁ……あれか、生まれながら魔力が強い奴等の魔法技術独占みたいなものか」
「冒険者の魔導師とかはそういうのは無いけど、大抵の貴族の魔導師は魔法が使えない奴を見下すんだよなぁ。魔法が使える者は地位が高い存在だ、何て言う馬鹿も結構居るし。だから魔法が使えない平民は貴族の魔導師に対して、余り良い目では絶対見れないんだよなぁ」
(へぇー、魔法の適性かぁ。多分それ、間違いじゃないかなぁ。魔法だって簡単なのから使って練習してけば、出来る様に為ると思うんだけどなぁ。……話の内容から察すると、貴族の魔導師よりも平民の魔導師の力が上だと、貴族としての威厳ってヤツが関わってくるから、わざと教えない様にしているのかもね。酷い人も居るもんだな)
話によると、魔法適性が無いとは、魔力量がほんの僅かしかない者を指し示すらしい。
岩石の魔獣は、そこに疑問を浮かべるのだった。
たとえほんの僅かでも有るのなら、その魔力量に応じた比較的に簡単なイメージでの魔法を教えて訓練させてけば、身体を鍛えるのと同じ様に魔力量だって徐々に増す筈だ。
なのに、そう教えようとはしていない。
それを貴族出身の魔導師がそうさせている傾向があるらしい。
岩石の魔獣は、この世界の魔法の見方と価値観に疑問を感じた。
もしかすると、この世界の魔法は未だ発展途上の可能性があるのでは、と。
「けど真っ当な魔導師様だって居るだろ」
「ああ、賢者エルガルム様か」
〝賢者〟と言う言葉に、岩石の魔獣は興味が湧き出た。
(エッ! 賢者!? 何か凄そう!)
賢者エルガルム。
彼は平民出身でありながら、生まれながら多くの魔力量を有し、幼い頃には殆どの系統魔法を独学で習得し、史上最年少で王都の魔導学院を卒業した魔導師だそうだ。未だ20歳にも満たない歳の頃にはあらゆる国を巡り、魔物が蔓延る危険地帯を旅しながら更なる高みを目指し、魔導師の修行と知識の探求をしていたと言う。
そしてある戦争に参加した彼は、たった1人で幾万幾千もの侵略敵兵軍を半壊させる程の偉業を成し遂げ、王国を救った最強の魔導師そうだ。その功績をラウツファンディル王国の国王から、英雄と賢者の称号を与えられたそうだ。
そして魔法適性の疑念と見直しを広めており、貴族魔導師の間違った魔法の価値観を物ともせず捻じ伏せているとの事らしい。
老いても尚、魔導師としての魔法技術を高め、今も世界を巡っているのだとか。
(賢者エルガルムかぁ…。会ってみたいなぁ!)
もしかしたら、僕が如何いう魔獣なのかを知っているかもしれない、と自分自身を知れる機会が在るかも知れないと心の中に期待が生まれた。
「さてと。それじゃ沢山のお土産が出来た事だし、とっとと帰るとするか」
ロノタックは満面の表情で、岩石の魔獣が持っている大きな石瓶を軽く叩きながら帰宅宣言を口にする。
しかし、魔獣は兎が詰まった石壺を地面に置いて、何故か扁桃の樹に近付いて行ってしまった。
「あれ? 如何したんだろ?」
タンタは魔獣の行動に疑問を感じた。
もう用事は済ませたのだから後は村に帰るだけだというのに、他に何かやる事があるのか、と。
岩石の魔獣は扁桃の樹の前に立った。
そのまま岩石の腕を上げ、樹に向けて手を翳す。
(特殊技能〈栄養素譲渡〉発動!)
岩石の魔獣の身体が淡い緑の優しい発光に包まれる。
そして目の前に在る扁桃の樹も優しい光に包まれた。
「こ、これって…!」
恵みの奇跡が起こった。
樹の枝に付いた扁桃の実が次々に硬く焦げ茶色に変色し、実は驚異的な早さで成熟し、そのまま大地へと落ちていく。硬くなった実は大地に衝突すると同時に果肉であった殻が裂開し、中の扁桃の種子が割れ目から顔を覗かせていた。
そして更に実の無くなった樹の枝から新たな扁桃の小さい実が付き、一気に小さな実は栄養を注がれ大きく膨らむ。そしてまた実が硬く焦げ茶色に変色し、大地へと自ら落ちる。実が割れ新たな種子が顔を覗く。
今度は扁桃の樹の周り一帯が、扁桃の割れた実でごろごろと溢れ返っていた。
次から次へと実は風船を膨らむ様に大きくなり、成熟し切ったら大地に落ちていく。
2人はまた、恵みの奇跡による不思議で神秘的な光景に目を奪われた。
「うおおおっ!! 何だこりゃあ!! スゲェェェェッ!!」
奇跡の大豊作に子供の様に驚愕する。
「凄いぞ!! 堅果採り放題だ!! 酒の肴がもう一品が増えるぞ!!」
不思議な恵みに純粋に歓喜した。
岩石の魔獣は土の魔法でもう1つ石瓶を作り出し、転がっている実の殻を割り、堅果を瓶の中に放り込む。
タンタとロノタックも無我夢中の様に、沢山の実の中のけんか堅果を搔き集めた。
これだけの量を持って帰れば、村の人達は喜ぶだろう。
岩石の魔獣はフォラール村の人達が喜ぶ光景を浮かべていた。
沢山の恵みを分け与え、感謝される幸せ。
これだ。
この幸せだ。
白石大地が望んでいた幸せ。
たとえ人外の存在でも、お互いを助け合い、お互いを知り、感謝し、幸せを分け合う生き方。
それが叶えられる身体に生まれ変わり、実現させる事が出来る力を生まれ変わって手に入れた。
(あぁ……神様。もし本当に居るのなら、ちゃんと会って感謝の言葉を届けたいな)
岩石の魔獣は空を見上げ、誰にも聞こえない小さな声で感謝を囁いた。
「ンンンンンン」(僕をこの世界に生まれ変わらせてくれて、ありがとう)
辺りは未だ割れた実が転がっていた。
だがもう拾う必要は無い。
魔法で作られた石瓶の中には、ぎっしりと扁桃の堅果が大量に詰まっていた。
時間は掛かったが、漸く堅果拾いを終えたのだ。
「おおおお…! 堅果がこんなに…!」
「こりゃあ今夜の酒が待ち遠しいな!」
溢れんばかりのぎっしり詰まった扁桃の堅果を2人は目を輝かせながら覗き込む。
そして石瓶に蓋を閉じ、魔法で接合して密封した。
「よっしゃ! 後は持ち帰るだけだ!」
ロノタックは相当楽しみにしている様だ。
(まぁ流石に何方も重過ぎるから僕が持つけどね)
「村の皆が喜ぶぞ! さあ、帰る――――」
タンタが来た道に戻ろうと振り返った先に、何時の間にか何かが1匹だけ現れたのだ。
狼だ。
見た目そのままの狼が其処に居たのだ。
その狼の毛皮は灰色で、ほんの少し大きめの黒い斑模様が点々とある。猟豹と言うより鬣犬の様な斑模様を印象に受けた。身体はそこそこ大きいが、脚は身体の大きさには見合わず、足払いするだけで簡単に圧し折れそうな細さだった。
そして何より、狼として最も似合わない顔をしていたのだ。
物凄く気の抜けた様なぐってりとしている感じで、全くやる気の無いぐうたらな情けない表情をしていた。目もちゃんと開こうともせず、半開きのままだ。
(…えっ? 何だ? あのお間抜けな顔。変な狼だなぁ…)
まさに一言でその顔を言い表すならそのまんま、お間抜けだ。
「やべっ、イナクティブ・ウルフだ! サーカスムフェイス・ラビットを探しに来たのか」
不意に現れたイナクティブ・ウルフに対し、ロノタックは焦り出した。
普段であれば寝そべっている時を狙って狩るのだが、今回は獲物を探しに来た所に出遭してしまった事が焦り出す理由である。
(そんなに危なそうには見えないけど……)
如何見ても危険そうな魔獣には見えない。
岩石の魔獣は首を傾げながらそう思っていた。
そして突然――――
「ガウガウガウガルルルルガウガウガウ!!!」
(ほあっ?! 何だあっ!?)
岩石の魔獣はイナクティブ・ウルフの急激的な変化に驚いた。
先程までのお間抜けな顔が一変して、鋭い歯を剥き出しにした凶悪な顔へと歪められていた。さっきまでは半開きのやる気の無い目も大きく見開き、殺意剥き出しの視線を浴びせてくる。
そしてそのまま一直線に、2人の方に向かって走って来る。
あの細い脚の何処にそんな力がと思える様な速さで、喧しく吠えながら迫って来た。
イナクティブ・ウルフはほんの数秒でタンタとロノタックの前まで接近していた。
そのままロノタックに向かって飛び掛ろうとした。
「っ! しまった!」
ロノタックは反応に遅れてしまい、無防備状態だった。
タンタも反応に遅れ、イナクティブ・ウルフの前に立ち塞がろうと焦り動いたがもう遅かった。
凶悪に歪んだイナクティブ・ウルフの口が大きく開き、獲物を思いっきり鋭い牙で噛み殺そうとする。
だが、獲物に噛み付く前にイナクティブ・ウルフの視界は一瞬にして岩石の壁へと変わっていた。
ゴチンッ! とそのまま硬い岩石の壁に激突するのだった。
「キャンキャンキャン?!」
そしてイナクティブ・ウルフは鳴き喚く。視界に現れた岩石の壁が急に現れた事に対する困惑よりも、激突した時の痛みで考える余裕が無く地面を転げ回るのだった。
(危ない危ない。させないよ)
岩石の壁の正体は、岩石の魔獣の掌である。大きな岩石の手がロノタックとイナクティブ・ウルフの間に割り込み、素早く遮ったのだ。
そんな硬い岩石の掌に勢い良く激突したイナクティブ・ウルフは今もキャンキャンと鳴き喚き、顔を抑える様にしながら今も痛がっていた。
「済まねえ、助かった! いやー危ねぇ危ねぇ。喰い千切られるかと思ったぜ」
ロノタックは額から滲み出た冷や汗を拭い、一息吐きながら安堵した。
「本当に助かった! お前が居なかったら間違い無く喰い殺されてたよ! 済まない、ロノタック! 反応が遅れた!」
タンタも安堵し、岩石の魔獣に感謝を告げ、ロノタックに自分の不甲斐無さを謝罪した。
そんな彼に対し、ロノタックは謝罪を笑って受け入れた。
「気にすんな。俺だって反応が遅れちまったんだから仕方ねぇよ」
そんな短い会話をしている中、イナクティブ・ウルフはキャンキャンと鳴き喚くのを止め、唸り吠えながら此方を睨むのだった。
(しっかしまぁ……おっそろしい変貌振りだなぁ! さっきのお間抜け顔いったい何処にいったの!? 怖ッ!!)
岩石の魔獣はイナクティブ・ウルフの急激な変貌に驚愕していた。
「ガウッガウッガウッ! グルルルルル! ガウッガウッ!」(ニクッニクッニクッ! ニクウゥゥゥゥ! ニクッニクッ!)
(………へ? 肉? ていうかさっきから彼奴、肉しか言ってなくない?)
イナクティブ・ウルフから伝わってくる言葉に疑問を感じた時に、イナクティブ・ウルフは再び獲物に向かって無茶苦茶に吠えながら走り迫って来た。
「ガウガウガウガウガウガルルルルガウガウグルルガウガウ!!!」(ニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニク!!!)
(お前は肉しか言えんのかいっ!!)
岩石の魔獣は心の中で思いっ切りツッコみを入れた。
そしてまたさっきと同じ様に直ぐ其処まで迫っていた。
今度はタンタが余裕を持って立ち塞がり、ロングソードを構える。
ロノタックも何時でもイナクティブ・ウルフを仕留められる様に弓を構えながら動きを観察する。
今度は遅れを取らぬ様に。
そのまま迫って来たイナクティブ・ウルフをタンタは剣を振り抜く――――が、斬られる前にイナクティブ・ウルフは飛び掛らずに右に曲がった。剣は虚しく空を斬る。
その後に透かさずロノタックは矢を放つ。
だが、イナクティブ・ウルフは瞬時に反応し回避する。
猛スピードで背後に回り込み、もう一度ロノタックを喰い殺そうと飛び掛って来た。
ゴチンッ! と同じ様に今度は岩石の手の甲に激突した。
(そうはさせないよ!)
イナクティブ・ウルフはまたキャンキャンと鳴き喚きながら痛がる。
さっきと大体同じワンパターンだった。
イナクティブ・ウルフは頭に血が上ったのか凶悪な顔が更に歪み、殺意剥き出しに唸り出した。
そしていきなり、2人と1体の周りを猛スピードで走り出した。イナクティブ・ウルフは相手を惑わそうと狙い辛くしようと隙を突こうと走り回る。
此方も隙を見せない様に身構える。
イナクティブ・ウルフも凶悪な殺気を宿した目で此方を観察しながら走り回る。
猛スピードで走り回る。
走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。未だ走る。
速度を一切落とさず走る。
走る。走る。走る。走る。走る。走る。まだ走る。走る。走る。
唸りながら走り、吠えながら走る。
走る。走る。走る。走る。走る――――。
だが、いきなり速度が落ちた。
走る、ではなく、歩く――――。
そして、走る事を止め、歩く事を止め、遂には脚を止まってしまった。
ゼェゼェと息を吐き、呼吸を整えようとそのまま地面に伏してしまい、力が抜けた様にグッタリと疲労してしまったのだった。
あの凶悪な顔は何処にも無く、最初に見た時のやる気の無いお間抜け顔に戻っていた。
走る事1分も満たずに疲れ果てたのだった。
つまり、イナクティブ・ウルフは勝手に自滅したのだ。
(体力無さ過ぎるでしょ!!)
岩石の魔獣は更に心の中でツッコみを入れた。
(頭悪いにも程があるでしょ! 自分の体力全然把握してないな、このお間抜け狼!!)
まるで先程の凶悪さがあったとは思えない阿呆丸出しの狼がグッタリと伏せていた。
(うーん…。知能が低い魔獣って大抵がこんな頭の悪い奴ばっかりなのかなぁ? 面白いっちゃあ面白いんだけど。イナクティブ・ウルフだっけ? ホントに可笑しな狼だなぁ)
この先、出会うであろう魔獣の中に真面に話せる奴が居るのだろうかと岩石の魔獣は不安になる。
「フーッ。フーッ」(ニ……ニ……)
(ん?)
「ガフーッ。ガフーッ。ガフーッ」(ニクー。ニクー。ニクー)
(未だ言うんかいっ!! どんだけ肉の事しか頭にないんだよっ!!)
また心の中でツッコみを入れる。
顔だけでなく、頭の中までお間抜けな狼だった。
「はぁー、焦ったー」
ロノタックは構えを解き、肩を落としながら安堵した。
「全くだ。後は俺が仕留める、休んでてくれ」
タンタはロングソードを握り締め、疲労で動けなくなったイナクティブ・ウルフに近付いて行った。
そしてロングソードをイナクティブ・ウルフの心臓へと突き刺した。
「キャンッ!」
グデゥウルフは苦痛を感じると同時に鳴く。そして段々と意識が遠退いていく感覚に沈んでいく。
「カ……カフゥ……」(ニ……ニクゥ……)
掠れた鳴き声を出し、そのまま命の灯火が消えていった。
(………最後まで肉しか言わなかったよ。このお間抜け狼…)
何だか締まらない終わり方に、岩石の魔獣は何ともスッキリしない微妙な気分に成ってしまった。
「はぁー、やっと終わった。今度こそ村に帰るぞ」
漸く帰れる事に安堵したロノタックは、両腕を力無くダランと下げながら再び帰宅宣言をする。
タンタも同じ様に安堵し剣を鞘に収め、表情が緩んでいた。
岩石の魔獣はサーカスムフェイス・ラビットの詰まった石瓶と扁桃の堅果が詰まった石瓶を抱え込み、2人と一緒にフォラール村に戻る事にした。
ただ2人には「帰りは歩いて行こう! なっ! 急いでる訳じゃないし!」と必死に念押しされる様に御願いされたので、そのままゆっくりと歩いて戻る事にした。
(…やっぱ、怖かったんだろうな)
岩石の魔獣は心の中で、今後の為に反省をしたのだった。