導きの小さな虹23-2
(うわぁ。如何なってるんだ……これ)
上層部から中層部へと下り、出入口の通路を出て目にした光景に、ガイアは胸中で感動に近い驚きを抱いた。
視界に映るは砂が何処までも広がった黄土色の世界――――砂漠である。
しかし、左右の端から天井は岩石の壁。
空が無いのに関わらず、盛夏の様な――――いや、それよりも更に暑い。軽く気温40度は超えている。
しかし、上層部での地下沼地とは違って、空気は乾燥している。
広大な砂漠には風が不規則に吹き荒び、それによって生じた幾つもの砂丘が遥か遠方の先に在るであろう出口を覆い隠す。
「あー……。あっつい……」
そんな中層部内最初の領域――――地下砂漠の環境を久々に体感するベレトリクスは気怠い声音を発する。
「凄い暑さですね……」
シャラナも40度超えるこの暑さに参る。
「皆さんは慣れているのですか?」
「多少はな。それにこの鎧は耐熱魔法が付与された特別な防具だから、俺は平気だ」
シャラナの問い掛けに対し、ダムクが答える。
「初めて此処を探索した時はキツかったぜ。未だ耐熱の魔道具を持って無かったから、昼の暑さと夜の寒さには参ったよ。ヴォルベスとミュフィは獣人族だから、昼間の暑さに遣られた事もあったもんだ」
「懐かしいな。未だ未熟だった頃にこの地下砂漠を探索し、暑さと出口見付からず迷い続けて困苦したものだ」
ダムクが口にした下積み時代での地下砂漠初探索で苦労した時を、ヴォルベスは思い返し口にする。
獣人族で男性の場合は全身、女性の場合は腕と脚と尻尾に各種族で特徴的な毛を生やした亜人だ。そんな生まれ持った種族的生体によって寒さに強い者は多いが、代わりに暑さには弱い者も多い。
だが、その先天的な弱さは耐性特殊技能を取得すれば克服する事が可能だ。
堅実の踏破で本来一番に暑さに弱いヴォルベスは永年に亘り、あらゆる過酷な環境下に自ら浸り、耐えに耐え続けた結果、耐性特殊技能の1つ〈灼熱環境耐性〉を取得したのだ。
永い冒険者稼業で炎系の魔物との闘いの過程で得た〈炎属性耐性〉との相乗効果で、より暑さへの耐性が強く成る。
「その時は帰還の巻物が有ったから未だ良かったよねぇ。無かったら絶対此処で干乾びて死んでただろうし」
ミリスティも昼と夜の暑寒と長時間の探索で無駄に体力を消耗し疲れ果てた当時を思い返し、うんざりとした表情を浮かべる。
「一応下見って言ってたけど、1日中彷徨った。砂蠕虫の群れに追い回されたし、夜は砂漠の死霊にも付き纏われた」
ミュフィもうんざり気味な表情を浮かべながら思い返し、嫌な目に遭った出来事を口にする。
「とても暑いとはいえ、日差しが無いのは救いですね」
シャラナの言う通り、熱された空間で熱い日差しを浴びれば、余りの暑さで体力も水分も消耗してしまう。そんな灼熱な環境への対策をしなければ身体に支障を来し、最悪死に至ってしまう。
「そうじゃな。ラウツファンディル王国の西側の遠方の地――――ガラバディーナ大砂漠じゃとこうはいかんからのう」
「あぁ、ガラバディーナ大砂漠かぁ。彼処のアラディバーダ砂漠王国、あたし好きだわぁ。小麦肌で良い身体付きした男達が沢山居るし」
(ガラバディーナ大砂漠の国、アラディバーダ砂漠王国……。遠くの西側かぁ)
ガイアは初めて耳にした地名と国名に興味を抱き、何時か訪れるであろうその国の場所を憶えておく。
「御主、その歳で男漁りでもする気か」
「その歳って如何いう意味かしらぁ~?」
「あ痛だぁああ痛だだだだぁあー!」
エルガルムは禁句を口にし、ベレトリクスに頬を抓るが如く髭を引っ張られるのだった。
「あたしも世界中に存在する乙女の1人なのよぉ。良い男を1人や2人求めて何が悪いのぉ~?」
「済まんて、済まんて! 御願いじゃから髭引っ張らんでくれ!」
仲良いな、とガイアは2人の様子を観ながら心の中でぽつりと呟く。
「他の皆さんはダムクさんみたいに耐熱の魔道具を持っているのですか?」
偉人2人のちょっとした寸劇を他所に、シャラナはダムク達に質問をする。
「有るよぉ。私達は環境に応じた特別な外套で対策してるの」
ミリスティはそう答え、魔法の小袋から外套系の魔道具――――炎天下歩む旅人の長外套を取り出し見せる。
「じゃん! 派手さは無いけど綺麗でしょ」
「わぁ、素敵な外套ですね」
魔道具の名称で旅人という言葉が入っているが、それに反し生地は赤味のある綺麗な橙色で、芸術的な刺繍模様が施された深い頭巾付きの外套だ。
とても普通の旅人が羽織る様な素朴さが余り感じられない代物である。
「私は貴族が羽織る派手な外套より、こういった落ち着いた物が好きです」
(良いな。こういう適度な御洒落な感じ、僕も好きだ)
そんなシャラナの感想に対し、ガイアもその外套を目にし同感だと内心頷く。
「これね、随分前なんだけど〝セグメイスルーシャ〟っていう山小人族の魔法衣屋が売ってる商品なの。そのお店の店主からの素材納品依頼でね、妖害毒蛾とか幻妖炎蛾の蚕繭の大量採取での報酬として貰った物なのぉ」
「こんな貴重な品を報酬として出す依頼人も居るんですか?」
「そういった貴重な物は依頼の書面上だけじゃ普通は無いさ。その外套は依頼人に名指し依頼された際に色々話し合って、最初に提示してた金銭報酬を代わりとして提示してくれたんだ。しかも提示金額よりも高い外套4人分をだ」
シャラナの疑問に対し、ダムクは依頼での書面上のみと名指しでの報酬変化を語る。
「仲を深めれば、そういった貴重な代物を報酬提示してくれる。運次第だけど、名指ししてくれるちゃんとした依頼人は大事にするべき」
ダムクに続き、ミュフィも名指ししてくれる依頼人の大切さを語る。
「その外套を未だ持って無かった時は、やはり耐熱の魔法薬で対策していたのですか?」
「ああ。この地下砂漠を通る様に為ってからは、清涼魔法薬も買う様に為ったな。潜れば潜る程、色んな必要経費がどんどん増えてくのさ」
ダムクは肩を竦ませ、わざとらしい困った笑みを浮かべながら口にする。
「暑さに弱い獣人族にとっては非常に助かる代物だが、其処等の魔法薬屋に売ってる物は下級品ばかりで効力が30分しか続かない。探索は基本時間を掛けるもの故、大量に買わなければ為らんのが悩み所だ」
ヴォルベスも逞しい腕を組み、そんな冒険者あるあるの悩みを口にする。
「そんな御悩みのあんた達に、良い代物が有るわよぉ~」
エルガルムとの寸劇を終えたベレトリクスが話を聴き付け、腰に付けた魔法の小袋から液体が入った透明な硝子瓶を取り出す。
「あたしの特製魔法薬――――上級清涼魔法薬~。上質な下級の魔法薬なら良くて1時間、中級でも良くて6時間だけど、この上級製は12時間の耐熱と冷却効能が続くわ。砂漠地帯で朝から日が沈むまで、これ1本で楽に1日凌げるわよぉ」
そんな魔法薬の効能紹介に、ダムク達は「おお!」と感嘆の声を上げる。
「しかも直射日光による日焼けも完全に防ぐ、お肌手入れにも優れた逸品よぉ」
その情報には、女性陣ほぼ全員が感嘆の声を上げながら目を輝かせた。
「それ羽織って此処を突き進むのも良いけど、今回はこれで行きましょ。その方が動き易いし」
ベレトリクスはそう言い上級清涼魔法薬を1人1本、全員に配布する。
(良いなぁ。僕も飲んでみたいけど、今はダンジョン内だから消耗品を無駄にしちゃいけないからなぁ…)
ガイアは特殊技能〈灼熱環境適応〉が有る為、飲んでも全く意味が無いので当然貰えない事は理解している。
しかし、ガイアは魔法薬の味や効能感覚に興味深々だった為、皆が清涼魔法薬を飲む様子を観ながら、今回は自分だけ飲めない事を少々残念に思うのだった。
「カーッ! 実に爽やか!」
清涼魔法薬を飲み干したヴォルベスは、爽快感のある声を吐き出す。
(美味しいのかな?)
そんな彼の様子を観て、ガイアは心の奥に仕舞った満たせない好奇心を疼かせる。
「良いねぇ、この一気に涼しく為る感じ。気持ち良いね」
「うん。快適快適」
ミリスティとミュフィも、不思議な清涼感に対する心地良さを口にする。
「流石は上級製の魔法薬。効き目が違うな」
ダムクは今まで飲んでた清涼魔法薬なんかよりも効能が良いと体感する。
「さぁて。飲んだ事だし、清涼効果が効いてる内に進みましょ」
「了解です。それじゃあ地下砂漠を抜ける迄は暫くミュフィとライファさんは先行せず、一緒に行動だ」
「了解」
「畏まりました」
先行せず、全員と共に行動するというダムクからの指示に対し、ミュフィとライファは了承する。
「では、また不可視看破と感知力の強化魔法を掛けますね」
シャラナは〈不可視看破〉と〈中位感知力増幅〉を全員に施す。
「良し。それじゃあ進むとするか」
ダムクの一言で一行は歩み出し、地下砂漠領域へと足を踏み入れた。
広大な砂漠を踏み締め、砂丘を登っては降り、己の視界に映らぬ出口を目指しひたすら進み続ける。所々で見掛ける大岩で小休止も取り、無理をせずに進んで行く。
狭い空洞や樹々が立ち並ぶ森林とは違い進行する際の障害物は無い為、ガイアは身体を本来の大きさに戻し、全員の歩く速度に合わせてのんびりと歩む。
(何か居ないかなぁ~)
そんな開けた砂漠をガイアは見渡しながら、未だ見ぬ魔物や、隠されたお宝といったものを探す。
「あ。此方に来る」
そんな時、ミリスティが唐突に不明瞭な報告を口にする。
「もしかして砂蠕虫か」
「うん、そう」
ミリスティは少々嫌そうな表情を浮かべ、ダムクの問いに対し短く肯定する。
(サンドワーム……。虫嫌いなのかな)
ガイアはそんな彼女の表情を目にし、芋虫や毛虫といった軀体が長くニョロニョロした虫が苦手だという事を読み取る。
「数はどの位だ?」
ダムクは苦笑しながら続けて尋ねる。
「……8匹」
ミリスティは嫌そうな表情を少し濃くし、感知した砂蠕虫の数を答える。
「しゃあない。迎撃するぞ」
ダムクはそう言い大剣を鞘から引き抜き、大型の盾を構え出す。
「蠕虫系かぁ。素材に成らないから倒しても得しないのよねぇ~」
「まぁ御主の言う事には同感じゃが、怪昆虫種を主食にする魔獣を飼っとる調教師にとっては良い餌じゃよ」
蠕虫系の魔物に対するベレトリクスの意見に、エルガルムは同じ意見を含ませ素材以外での使い道も在る事を口にする。
「じゃあ餌は擬態宝箱に全部上げるわ」
「賛成です!」
ベレトリクスの提案にミリスティは強く賛成の声を短く上げた。
「ははは。それよりミリスティ、砂蠕虫の位置と移動先を教えてくれ」
「前方から真っ直ぐ地中を突き進んでるよ」
ミリスティは感知で捉えている砂蠕虫の居る方角と移動先を報告する。
「あ、6匹左右に別れた」
しかし、その直後に左右に別れ出した6匹の砂蠕虫の行動をミリスティは捉える。
「なるほど、俺達を囲って襲う気だな。なら円陣を組んで迎撃準備だ」
ダムクの指示に全員はその場で円陣を組み、全方向に対応出来る様にし各自武器を構える。
「御令嬢さん、常に〈魔力感知〉で把握し続けろ。言う迄も無いが、地中からいきなり獲物を捕食しに来るのが砂蠕虫の常套手段だから気を付けろよ」
「はい」
ダムクからの助言に対し、シャラナは承知の返事をする。
陣形を組んで数十秒後、周囲の遠くの地表が変化しているのを全員が視界に映す。
砂の地表が時折盛り上がり、それが徐々に此方へと近付いている。地中を進んでいるがそれは全て砂である為、砂蠕虫が砂の中を進む音は殆ど聴こえない。
聴力が優れてる者、特殊技能や魔法で聴力を強化すれば聴き取れるだろう。
なので聴力が常人並で感知系特殊技能が無ければ、蠕虫系の怪昆虫種に真下から丸呑みされてしまう。特に地中からの音が余り立たない砂地帯に生息する砂蠕虫は。
「一応は1人1匹ずつって所だが1人余っちまうな。ミリスティ、御令嬢さんの補佐を頼む」
「了解。任せて」
ダムクからの指示にミリスティは2つ返事で了承する。
「残り20メートル。そろそろ顔出す」
ミュフィはそう言いながら〈気配感知〉で常に地中の砂蠕虫の進行方向を把握し、優れた耳を欹て砂の中から何時姿を現すかを探り続ける。
「! リーダー、1匹だけ深く潜った」
砂蠕虫の1匹が他の砂蠕虫よりも距離が離れ、地中深くに潜る別行動をミュフィは〈気配感知〉で直ぐに気付く。
「おっと、其奴だけ真下から来るか」
「恐らくは俺達をバラバラに分断しようとしてるのだろうな」
ミュフィの感知情報から、ダムクとヴォルベスは砂蠕虫の別行動の目的をほぼ確信に近い予想を口にする。
知恵による行動なのか、生まれ持った本能による行動なのかは定かでは無いが、此方としては面倒な行動である。
「なら真下から来る奴は俺が遣る。戦闘開始の合図は俺達の真下から出て来る直前に、散開って所だ」
ダムクは真下から此方を捕食しに掛かる砂蠕虫の迎撃は自分が引き受ける事を告げ、他の砂蠕虫への対処は皆に任せる事にするのだった。
一党仲間や賢者と魔女、神獣は問題無い。万が一に侯爵令嬢が危険な状況に為った場合の援護は頭の中に入れ、ダムクは余裕を持って地中から迫り来る砂蠕虫に警戒する。
「真下に入った。来るよ」
ミリスティの予告に全員は脚にある程度の力を入れる。
(お。来た来た来た)
ガイアは〈魔力感知〉で真下の地中深くから昇って来る砂蠕虫の距離が縮んでいくのを把握し、周囲を囲み砂の中から接近して来る他の砂蠕虫の位置を感知し続ける。
真下から迫り来る砂蠕虫との距離が10メートルを切った瞬間、ダムクは声を張り上げる。
「散開!!」
ダムクの一声に全員は一斉にその場から離れ、その直後に砂蠕虫が砂の中から突出する。
「武技〈烈風波斬〉!!」
全員が散開した直後、ダムクは即座に振り向き烈風の如き威力の斬撃波を放った。
真下から現れた砂蠕虫は鮫の様な幾多数もの鋭い乱杭歯を剥き出し、獲物をぐちゃぐちゃに齧り喰らおうとしたが、頭部を断ち斬られ、呆気無く倒されるのだった。
そんな寸秒の戦闘開幕から続き、7匹の砂蠕虫が砂の地中から姿を現し、一行を四方八方から襲い掛かり出す。
「武技〈暗殺烈斬〉」
ミュフィは目にも止まらなぬ速度で1匹の砂蠕虫に接近し、跳躍した後、下から擦れ違い様に頭部を斬り飛ばす。それは刹那の如く――――常人では決して視認する所か、反応すら出来ない静かな一撃である。
「〈剛烈蜻蛉脚〉!!」
ミュフィに続きヴォルベスも別の砂蠕虫に急速接近し、腹部辺りに武技による強烈な宙返り蹴りで上空へと蹴り飛ばす。当然の如く、豪快な一撃で葬る。
「武技〈湾曲射撃〉!」
そしてミリスティは武技による特殊な射撃技術で射線が曲がる矢を3連射し、襲い来る砂蠕虫の動きを止めシャラナの補佐をする。
「〈巨石の牙〉!」
ミリスティの射撃で怯んた瞬間に、シャラナは先端が牙の如く鋭利な巨石を砂の地面から突出させ、砂蠕虫の頭部を貫き倒した。
「〈影縫束縛〉」
ライファは迫り来る砂蠕虫に掌を向け、魔法を発動させる。
砂蠕虫の影に干渉し、幾多数の細長い尖った暗影を具現させ、それを全身を貫き縫い付け、損傷を与えると同時に拘束する。
「武技〈暗殺烈斬〉」
影による魔法で確実に動きを封じた直後、ライファは武技による高速の斬撃を繰り出し、砂蠕虫の頭部を切断する。
「〈巨石斧の断撃〉」
「〈焦熱の刃〉」
エルガルムは斧の刀身を模した巨石を上空から目掛けて勢い良く落とし、ベレトリクスは少し触れただけで対象を焼き焦がす高熱の刃を放ち、砂蠕虫をいとも簡単に断ち斬り葬った。
(うへぇ、やっぱ気持ち悪いなぁ。口の中メッチャ歯が有るぅ)
一方ガイアは、迫り来た砂蠕虫を簡単に片手で捕まえ、少し観察をしていた。
ヌラヌラとした口内に幾多数の鮫の様な乱杭歯が幾列にも並び生え、捕食対象を喰らい殺そうと一番前の列に並び生えた剥き出しの歯を前へと動かすのが視界に映る。
(うぇ~、もう見れない。〈魔力の刀剣〉)
気味の悪い幾多数の歯の動きにガイアは生理的嫌悪を抱き、人差し指を軸に魔力の剣を構成し、砂蠕虫の頭を斬り落とした。
「良ーし、迎撃完了」
ダムクは大剣を背に有る鞘へと納め、全員の無事を目視で確認する。
「ヴォルベス、倒した砂蠕虫集めるぞ。ミリスティは感知特殊技能で周囲の警戒をしててくれ」
「了解だ」
「はーい」
そんなダムクの指示を耳にしたガイアはヴォルベスの手伝いをし、倒した8匹の砂蠕虫を一ヵ所に集めた。
(良ーし〝ミッくん〟、御飯だよー)
ガイアは〝ミッくん〟と勝手に名付けた擬態宝箱を降ろし、砂蠕虫を与えてみる。
擬態宝箱よりも身体が太く大きいので、そのままでは食べれないのではと誰もが思っていたが、擬態宝箱ことミッくんは相変わらず躊躇い無く喰らい付き、砂蠕虫の太い身体を圧縮させるかの様にモグモグと口を動かし、苦も無く全身を丸呑みするのだった。
「良く口の中に入るなぁ」
ダムクの口にした言葉に誰もがそう思う中、擬態宝箱はガイアに与えられる砂蠕虫を次々を喰らい呑み込んでいく。
(はい、最後1匹ー)
ガイアは最後の砂蠕虫を擬態宝箱に与えようとしたその時――――。
「リーダー、別のが此方に向かって来てる!」
ミリスティは魔物が〈気配感知〉の範囲内に引っ掛かり、此方に向かって来てる事を報告する。
「数は?」
「3匹。この気配に地中の移動速度――――迅速な砂漠土竜で間違い無いよ」
ダムクの問いに、ミリスティは正確な数と此方へ向かって来る魔獣の名称を答えた。
(ヘイスティ・デザートモール? モールって…土竜の事なのかな?)
ガイアは擬態宝箱に最後の餌を与えるのを止め、初めて耳にした魔獣の名称に興味を持つ。
その際、擬態宝箱は「早くくれ」と、口蓋を何度も開閉しながら催促するのだった。
「迅速な砂漠土竜か。餌を嗅ぎ付けたんじゃろうな」
エルガルムは土竜の魔獣が此方に向かって来る理由を、即座に理解する。
「折角じゃ、ちと土竜の狩り方でも教えようかの」
此方に向かって来る以上は迎撃した方が良い上、シャラナにこういった地中に潜る魔物への対策や撃退方法を教えておくには良い機会だとエルガルムは考えた。
「ガイアよ、その砂蠕虫を持って暫く逃げ回って欲しいんじゃが」
(ほぇ?)
エルガルムにそう頼まれたガイアは、思わず手に持った砂蠕虫に視線を向ける。
(あ、なるほど。これで誘き寄せるのか。良いよー)
砂蠕虫を持って逃げ回る理由を理解したガイアは視線をエルガルムに向け、握り拳に親指を立てて承諾の意を示した。
(という訳だから。最後の一匹はちょっと待ってね)
ガイアは擬態宝箱をひょいと持ち上げ、自分の背に乗せ鉤付き鎖で逃げ出されない様にした。
擬態宝箱に何かしら不満の声をブツブツ吐き散らすかと思ったが、此方が何をするかを理解したのか大人しくするのだった。
広大な地下砂漠内で、ガイアはたった1人で砂地にポツンと待機する。
いや、もう1人――――もう1体、擬態宝箱のミッくんが背中に居る。
そしてガイアの背に宿る樹木から太い枝が幾本か絡み合い、ガイアの後方、斜め上空へと伸びていた。その枝はガイアが意図的に自分の背に在る樹木を媒介し生やした物だ。
そんな枝に魔力の糸――――ミュフィの魔法の籠手による物――――が結び付けられ、枝から伸びた糸の先には砂蠕虫の死骸が括り付けられていた。
因みに、他の皆は少し離れた先に鎮座する岩の上で待機している。
今から遣るのは砂蠕虫の死骸を餌に、地中の迅速なの砂漠土竜を誘き出す狩猟方法だ。
名付けるなら―――――土竜釣りだ。
迅速な砂漠土竜は普段砂の地中で過ごし、獲物を捕食する時以外は中々地表に出て来ない魔獣種である。故に生息地の1つである地下砂漠全体を幾ら探し回っても、余り遭遇しないし見付からないのだ。
そこで砂蠕虫の出番である。
迅速の砂漠土竜は砂蠕虫が好物であり、地中深くからでも鋭い嗅覚で臭いを嗅ぎ付けられ、地中を高速で掘り進み獲物を捕食するのだ。
出来る限り短時間で狩る場合は、この方法に限るという事だ。
(お。来た来た)
ガイアは自身の〈魔力感知〉範囲に入った存在を感知し、此方へと速い速度で迫って来るのを捉える。
(砂蠕虫よりも結構速いなぁ)
感知し捉えた迅速な砂漠土竜であろう気配が移動する速度に、ガイアは少しばかり驚きを抱きながら、どんな姿をした土竜の魔獣なのだろうかとワクワクする。
そして急速に縮まりつつある自身との距離を把握しつつ、頃合いの距離と為るまでガイアはその場でジッと待機する。
地中深くから斜め上へと掘り進み、此方へと迫り来る存在を感じ取り続ける。
(そろそろかな)
ガイアは脚に力を入れ、走り出す構えを取る。
そして砂を掻き分ける音が聞こえ出して焼く3秒後――――。
(――――来た!)
ガイアは急速発進し出し、その場から即座に離れた。
その直後、ガイアが居た場所の下から勢い良く巨大な土竜が顔を突き出した。
(わぉっ! 大きい土竜さんだ!)
体毛は短く焦げ茶糸に赤い線の模様が入った毛色、鼻が前に突き出た特徴的な前面に円らな瞳、そして大きな前足には先端が尖った太い爪。全身の大きさは判らないが、顔の大きさから見て大柄な男よりも大きいと予想が出来る。
(しかも可愛い!)
もし自分が人間で魔獣使いという職業を修めていたなら飼ってみたい、そうガイアは思うのだった。
地中から顔を出した迅速な砂漠土竜は鼻をヒクヒクさせながら臭いを嗅ぎ、獲物が居る方へと顔を向ける。
そしてガイアの背から吊り下げられた獲物を発見し、大きな前足を高速で動かし出すと同時に急速発進し出した。
(うおっ、速っ!)
此方へと一気に迫って来たのを目にしたガイアも急速発進し、辺りを適当に逃げ回り出した。
逃げ回り出してから数秒後、更に別の迅速な砂漠土竜が2匹姿を現し、ガイアの背に釣り下がった砂蠕虫を捕食しようと追い掛け回すのだった。
「おー出た出た。迅速な砂漠土竜だ」
一方、少し遠く離れた鎮座する岩の上でダムク達とエルガルム達はガイアと土竜魔獣の様子を観察していた。
「あれが迅速な砂漠土竜ですか。随分可愛い魔獣ですね」
シャラナは初めて見た魔獣の姿――――特に顔――――に対する感想を口にする。
「可愛いけど危険な魔獣だよぉ。あの爪、岩とか簡単に砕けるし、怒らせると鉄も斬り裂く武技とか使ってくるよ」
そんな彼女にミリスティは迅速な砂漠土竜の太く大きな爪の危険性を教える。
「見ての通り、あの土竜は砂地じゃ移動速度が速い。常人よりもそれなりに脚が速い程度じゃ追い付かれちまうから、逃げ回って引き付ける方法は御勧めしない」
ダムクの言葉に、シャラナは遠くでガイアを追い回す土竜魔獣の移動速度を観察し、例え移動速度上昇の魔法を自身に施しても長時間逃げ回るのは厳しいと理解する。
「餌で誘き寄せて、地中から顔を出した所を仕留める。これが土竜狩りの基本だ」
「では、あの土竜を狩る度に砂蠕虫を用意しなければいけませんね。砂蠕虫が出て来なかった場合は如何するのですか?」
「そうだな…、万が一出て来ない場合は日を改めるしかないな。けど、現れないってのは中々無ぇな。此処の砂蠕虫は常に獲物を探して彼方此方に移動し続けてるし、生息数だって多い。それに彼方から来るから、此方から探す必要が無いのさ」
シャラナから問い掛けられた疑問に、ダムクは気楽な口調で答える。
「なるほど。では、あの魔獣はどの様にして敵対した相手と闘うのでしょうか?」
「奴は地中からあの爪で攻撃を仕掛ける習性が有る。真正面から襲い掛かる事は余りしない上、常に安全地帯といえる地中に潜って隠れるのだ。地中から地表へと炙り出す特殊技能や魔法、魔道具が無いと真面に攻めれない。先程ミリスティが言っていたが、あの爪で獲物を斬り倒す。獣人族の戦士なら有している武技〈剛爪斬〉を使う上、爪は鋼鉄並に硬い故に岩など簡単に裂ける。そしてその爪に武技の力が合わされば、鋼鉄程度も裂く高威力な斬撃を生む」
更なる質問に対し、今度はヴォルベスが答える。
「まぁ面倒な魔獣ではあるが、対処方法さえ解れば大した事は無い」
彼の言葉に続き、エルガルムも口を開く。
「注意すべき点は複数に追われる時じゃな。1匹が追い回している間、他は落とし穴を作って地中の何処かで待ち伏せたりするからの。そして知らず知らず逃げ回りながら其処へ誘導され――――」
「ンアァァ?!!」
エルガルムが説明している途中、遠くで逃げ回っていたガイアが素頓狂な声を上げながら落とし穴へと落っこちる姿を視界に映す。
「……ああ成る訳じゃ」
実に解り易い実例を目に、全員は何とも言えない表情を浮かべるのだった。
落とし穴に落ちたガイアは跳躍で脱出し、捕まる前に慌ててその場から離れ再び走り出す。
そんな様子を観ていた時、ミリスティは別の気配を感知する。
「あれ、増えちゃった」
「増えた? まさか別の土竜か?」
「うん、そう」
「で、何匹来てる?」
「更に4匹」
ダムクの問いに対しミリスティが答えた数秒後、迅速な砂漠土竜が更に4匹出現し、追い掛けっこは更に慌しく為るのだった。
本来ならば危機的状況といえる光景あるのだが、ガイアの場合だと滑稽な追い掛けっこ劇へと変わってしまう光景である。
「ん? 何か持って此方に向けてるわね」
土竜の数が増えた後、ガイアが両手で何かを持ち、それを高く上げて見てと言わんばかりに此方に向けている様子をベレトリクスは目に映す。
「薄板に紙……何か書いてあるけど遠くて読めないわね」
ベレトリクスは目を凝らすが、魔法で強化していない地の視力では流石にはっきりと視認する事は出来なかった。
「ミリスティ、見れるか?」
「ちょっと待ってねぇ」
ダムクに頼まれたミリスティは、視線の焦点をガイアの持つボードに付いた紙に合わせ、逃げ回る動きを目で追いながら紙に書かれた文字を視認する。
「〝おーい!! まだですかー!!〟だって」
「おっと、そろそろ仕留めんとな」
ガイアなら1日中逃げ回る事は可能だろうが、流石に此処で油を売るのは時間が勿体無いとエルガルムは思う。
「ではシャラナよ、あの土竜を7匹を全て仕留めてみなさい」
「はい、分かりました」
エルガルムからの指示にシャラナは了承の返答をした後、ホルダーから引き抜いた短杖を前へと差し向ける。
視線の遠く先でガイアを追い回す迅速な砂漠土竜7匹を目で捉えながら、一遍に纏めて倒す為の方法とその手順、そしてそれを可能にするこれまで修得した幾多数の魔法の中から最適なものを選択する。
「〈砂渦〉!」
最初の一手として発動させた土系統魔法で、迅速な砂漠土竜が7匹全て居る広範囲を円状の激流を発生させ、砂地を渦巻かせる。通常よりも多めに魔力を使用した為、通常よりも発生範囲が大きく為る。
シャラナの魔法に逸早く気付いたガイアはその場から大跳躍し、発生した激流の砂渦から逃れた。
そして迅速な砂漠土竜は、通常よりも広範囲に作られた砂の渦に捕らわれる。
突如と発生した砂渦から逃れようと大きな前足を動かし、自慢の砂掻き爪で抗おうとする。しかし、砂の激流によって思う様に前足を動かす事が出来ず、弄ばれるが如くグルグルと砂の渦に押し流されるのだった。
「〈竜巻〉!」
二手目は砂渦の中心に竜巻を発生させ、砂の激流によって渦の中心へと引き寄せられる迅速な砂漠土竜をそのまま渦巻く風の激流に吸い込ませる。
辺りの砂を巻き上げ吸引し続ける竜巻は土色に染まり、砂塵の竜巻へと成ったそれは、砂渦に捕らわれた砂漠の土竜達を吸い寄せ、そのまま渦巻く風の激流で上空へと飛ばし捕らえる。
砂地から上空へと離されてしまった迅速な砂漠土竜は竜巻から逃れる手段は当然無く、弄ばれるが如く幾度も強烈な風の渦に回されるのだった。
「良し。7匹全部飛んだ」
シャラナは特殊技能〈魔力感知〉で、発生させた渦巻く砂煙で視認出来ない土竜の魔獣が上空に巻き上げた事を確認し、最後の三手目の魔法に必要な魔力を消費し発動準備を整える。
必要魔力量を消費し7つの魔法陣を展開し、何時でも即時発動可能の準備を終えたシャラナは〈魔力感知〉で捉えている土竜の位置に狙いを定める。
そして竜巻を維持する魔力を意図的に切り、渦巻く風の激流を消し去る。
視界の遠く先、消え去った竜巻の中から上空に放り出された迅速な砂漠土竜7匹を視認した。
「〈疾風の投槍〉!」
その瞬間、シャラナは風系統魔法の〈疾風の投槍〉を7発同時に射出させた。
〈疾風の投槍〉は長距離を飛んでも威力が落ちない遠距離攻撃特化の風系統魔法であり、遠く先に居る敵を確実に倒すのに適した魔法だ。
しかし、威力が強い分、照準精度はブレ易い。遠方の敵に命中させるには術者の魔法操作制御技術に依存し、その技量が低ければ思い通りには飛ばず、本来定めていた射線上から大きく外れてしまう。
シャラナにとっては難易度が高い魔法技術だ。
敵が止まっているなら命中成功率は高いが、敵が動いているとなると非常に低く為る。
今回は砂の地表へと落下し出した迅速な砂漠土竜を全て穿ち仕留めるのだが、それでも命中させるのは難しい。
放たれた風属性の魔力で形成された7つ投槍は疾風の如く飛行し、空中で脚をバタつかせる砂漠の土竜達へと一気に迫る。
ある1匹の胴体に命中し心臓を穿つ。
ある1匹の下顎から頭頂部を貫く。
ある1匹の眉間に命中。
ある1匹の側頭部を貫通。
一気に迅速な砂漠土竜達を一撃で倒す。
「あ…!」
しかし、1匹だけギリギリ掠った程度で仕留め損ねてしまう。
空中で倒された砂漠の土竜達の中で唯一生き残った1匹は地表に落下した後、その場から逃げ出そうと慌てて砂の中へ潜ろうとし出す。
(逃がさーん!)
其処へ透かさずガイアが勢い良く飛び出し、地中へ潜って逃げ出そうとしていた迅速な砂漠土竜を大きな片手でガッチリ掴み捕らえるのだった。
それを目にしたシャラナはホッとし、7発同時発動による精神的負荷から生じた疲労を腹から吐き出す。
「惜しかったのう。別の魔法を並列制御するよりかは楽じゃが、7発同時の操作制御はキツいか?」
「はい…。最後の1発は……少し操作制御が荒く為ってしまいました…」
「そうか。じゃがそれでも中々の出来じゃったぞ」
エルガルムは、シャラナの現段階の魔法制御の技量に称賛を送る。
「良し、倒した土竜を回収するぞ」
そしてダムクの一言に全員岩から降り、ガイアの下へと向かう。
一方のガイアは捕まえた最後の1匹を拳一撃であっさり倒した後、周囲に転がり伏した迅速な砂漠土竜を拾い、7匹全てを一ヵ所へと集めた。
集め終わった少し後にエルガルム達とダムク達が戻り、倒した7匹の土竜魔獣の内3匹は魔法の小袋へ、残りは擬態宝箱の腹の中へと納め、隊列を組んで再び先へと進み出す。
そんな一行はある存在に気付いていなかった。
彼等から少し離れた後方に、空中を静かに漂い、仄かに輝く小さな虹色の光が付いて来てる事を――――。




