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兎狩り3-2

 森の中はとても静かだ。

 ほんの少しだけ薄暗く、何だか独りでいると寂しさを感じてしまいそうだ。

 だが、()()や枝の隙間から射し込む木漏(こも)れ日が、寂しい森の空間を美しくを照らし彩り出していた。

 (たま)に聞こえる鳥の鳴き声が、よりポフォナ森林の美しい自然を引き立たせる様にさえ感じてしまう。

 森の樹々は余り背は高くなく、人の倍程度の高さしか伸びていない。

 岩石の魔獣にとっては低い枝葉の天井な為、ちょっとだけ狭苦しを感じる。

 森林の所々には開けた場所も在り、それなりに見渡しの良い空間でもあった。


 そんなポフォナ森林の中を散策する2人と1体は、目的の獲物である魔獣―――サーカスムフェイス・ラビットを探していた。

「さーて、何処(どこ)かなー?」

 弓を左手で持ち、何時(いつ)でも矢筒から矢を取り出し、直ぐに構えられる様に準備しながら、ロノタックは森林内の周囲を観察しながら歩いていた。

 この人の第一印象は結構気さくな人に見える。気は緩んでいる様に見えるが、すべき事をテキパキと準備をするし、狩人としての長い経験が有るのかしっかりと警戒をしているのが分かる。人を見る目が無い人からは()ず判らないだろう。

 彼は決して無謀はしない人だ。気楽な事をよく口にするが、それとは裏腹にしっかりとした危機管理能力を持った判断力を養っているのが、不思議と雰囲気から伝わって来る。

 身の程をしっかりと知る人はこういう人なんだろう。

「今回は多めにサーカスムフェイス・ラビットの肉を持って帰れると良いな」

 右手に抜き身のロングソードを握り締め、タンタは何時(いつ)でも魔物との戦闘を即座に出来る様に警戒をしていた。

 この人は一言で言うと堅実な人だろう。彼は元冒険者だったと言う事を、村の人の会話から小耳に挟んだくらいだ。

 冒険者だった頃はどんなに小さな依頼でも着実にこなしてきた様に見えるのだが、そんな彼が何故(なぜ)、冒険者を辞めてしまったのか。もしかしたら生きていくにもギリギリの生活が辛かったのか、それとも、何か不足の状況になり続けられなくなったのか。

 少なくともちゃんとした理由があるのだろう。

「ああ、獲れるだけ獲るさ。酒の(さかな)の為にな!」

「そうだな。あの兎は多く狩っても、(しばら)くすれば数が元に戻る様に繁殖するしな」

「肉は幾ら有っても困らないしな!」

「それに今回は〝恵みの使い〟さんが協力してくれるから、肉をお裾分けして上げなくちゃいけないしな」

「そりゃ当然だな! 何せ俺達の村に恵みの奇跡を与えてくれたんだからな!」

 如何(どう)やら、サーカスムフェイス・ラビットの肉をお裾分けをしてくれるみたいだ。

 サーカスムフェイス・ラビットは沢山獲っても、そこまで生態系が崩れる事は無い事を会話で聞いたので、折角なのでフォラール村の人全員に渡せる位の数を獲って来ようと考えた。

(僕だって村の皆に御礼を未だしたいし、それに明日はフォラール村を発つ事にしてるから、出来るだけの御礼は残して出発したいから頑張らなくちゃ!)

 そんな決意を抱き、岩石の魔獣は2人と共にポフォナ森林の中を散策し続けるのだった。


 森の中を歩き続けて10分くらい過ぎた頃に、大きく開けた場所に出た。

 日の光を遮ろうとする木の葉の屋根は途切れ、温かな太陽の光が地面に降り注いでいた。周辺の所々の地面には雑草が生えている。

 そして、開けた場所の中心に少し他の樹よりも大きく背が高い樹が生えていた。よく見てみれば実を付けている。その実の大きさは小さめで、黄緑色と薄い茶色が混じり彩っていた。

(あれ? これって杏子(アンズ)の実?)

 前世ではある程度は雑学を持ってはいたが、流石に学者じみた知識は持ってはいない。

 岩石の魔獣はその樹に近付き、杏子(アンズ)らしき実を観察する。

(うん、やっぱり似てる。けど………何だろこれ?)

 前世の知識を探っても、やはり分からなかった。

 そんな疑問を答えてくれるようにロノタックが口を開いた。

扁桃(アーモンド)の樹か、丁度良い拠点になるな。しかもお目当ての兎の足跡も彼方此方(あちこち)に在る。此処(ここ)を巣として縄張りにしてる筈だ。暫く待って見よう」

「了解。そんなに待たなくても直ぐ来る筈だ。後は警戒するだけだな」

(アーモンド? これ扁桃(アーモンド)なんだ! …という事は実の中に堅果(ナッツ)が入ってるのか!)

 まさかの答えが扁桃(アーモンド)だったとは、岩石の魔獣は思いもしなかった。

 堅果(ナッツ)は食べた事は良くあるが、その実に関しては実際に見た事が無かった。

(そうか! 扁桃(アーモンド)って杏子(あんず)と同じ種類の物なのか!)

 意外な発見に驚きを覚えた。

 岩石の魔獣は、頭の中にある雑学知識に意外な発見を書き記した。

 杏子(あんず)――――別称、アプリコットは梅に似た果実で果肉は砂糖漬けやジャム等に、種子は杏仁(きょうにん)と呼ばれる生薬――――咳止(せきど)め薬の原料が採れる。

 扁桃(アーモンド)は桃に似た果実であるが、果肉は薄く、熟すと果肉は硬くなり、熟し切ると裂開する。そして扁桃(アーモンド)には2種類存在し、岩石の魔獣の目の前に在る食用の物とは別に、苦扁桃(ビターアーモンド)と呼ばれる変種が在り、咳や痙攣(けいれん)(しず)める薬用として用いられる。

 これでほんの少しだけ賢くなった。そんな気がした。

 そしてこの扁桃(アーモンド)の樹付近を縄張りにしている理由が理解出来た。

 サーカスムフェイス・ラビットは扁桃(アーモンド)の種子を主食にしているからだと推測が出来た。

 それが分かれば、後は待ち伏せるだけだ。

(さてさて。サーカスムフェイス・ラビットってどんなのかな?)

 岩石の魔獣は自分以外の魔物を見れる事に期待が膨らませた。

 いったいどんな生態なのか。

 どの様な特徴を持っているのだろうか。

 (おす)(めす)で違う特徴を持っているのか。

 攻撃手段、知能、そして特殊技能(スキル)は何を持っているのか。

 心の中はそわそわし始める。

(早く来ないかなー)

 とても待ち遠しい思いが大きく膨らませる。

 しかし、岩石の魔獣は分っていなかった。

 お目当ての兎の名称が何を意味しているのか――――。


「来たみたいだ」

(えっ! どこどこ!?)

 ロノタックの声に瞬時に反応して辺りを見回した。

 辺りを見回し、視界に灰色の生き物が入った。

 岩石の魔獣は、視点をその灰色の生き物に向け固定した。

 見た目通りのずんぐりとした灰色の(うさぎ)が、後ろ足で直立していた。

 普通の兎より随分(ずいぶん)と大きく、少しぽっちゃりとした身体をしていた。

 大きな耳をピンと立てて、周りの微かな音を探るかの様にピコピコと動いていた。

 だが―――

(………えっ、あれが兎? ……ホントにウサギ?)

 ()()()()と聞いて可愛い兎を想像してはいたが、その想像は裏切られてしまった。

 (みにく)いと迄はいかないが、先ず可愛いとは言えない。決して不細工(ブサイク)とも言えないが、今視界に入っているサーカスムフェイス・ラビットは顔を除けば、身体が大きいだけの何処にでも居そうな灰色兎だ。

 このサーカスムフェイス・ラビットの顔を言い表す言葉は1つだけだった。


 物凄く憎たらしい顔をしているのだ。


 その顔に付いている目は線を引くように細く、目の(はし)が釣り上がっており、まるで嘲笑(ちょうしょう)に満ちた目付きをしていた。加えて口元も(わら)っている様に両端が釣り上がっていた。口元だけなら可愛さがあったであろうが、それを嘲笑(あざわら)う様な目付きの所為(せい)で、より嘲笑が更に増してしまっているのだった。

(エェエエエエッ!! 可愛くなぁああああぁい!!)

 いったい如何やったら、兎の顔をこうも憎たらしくする事が出来るのだろうか。

 岩石の魔獣の心の中はサーカスムフェイス・ラビットの顔に対する驚愕(きょうがく)とがっかりとした期待外れ感が交差していた。

 現れたサーカスムフェイス・ラビットは、2人の人間と1体の魔獣に気が付いた。

 そしたら此方(こちら)(さげす)むかの様に嘲笑の目で嘲笑っている様に見ていた。

 いや、蔑むかの様じゃない。絶対蔑んでる。

 嘲笑う様にでもない。絶対嘲笑ってる。

(うわああぁぁっ…!! 何つう憎たらしい顔なんだ…!!)

 本当に兎とは思えない憎たらしくも腹立たしい顔をしていた。

 魔獣といえど兎だからなと、この目で見るまではそう思っていたのだが、その皮肉が張り付いた顔を見て理解した。

 まさに皮肉な面(サーカスムフェイス)

 その顔だけで人に害を成す害獣と言葉の説明だけで納得がいってしまう程に。

 あんな憎たらしい顔で人の農作物を食い荒らす光景を浮かべてみればより理解出来る。

 そしてより更に腹が立つだろう。

 そんな兎に腹を立てている時、もう1匹のサーカスムフェイス・ラビットがひょっこり姿を現した。

 此奴(こいつ)も何とも腹立たしい顔で此方を嘲笑の目で見ていた。

 そして更にもう1匹憎たらしい顔の兎が出て来た。此奴も同じ様にこっちを見ている。

 更にもう1匹憎たらしい顔の兎が現れた。

 更にもう1匹腹立たしい顔の兎が現れた。

 更にもう1匹ムカつく顔の兎が現れた。

 更にもう1匹現れる。

 更にもう1匹。

 更に1匹。

 更に更にもう1匹と、どんどん現れてくる。


「あ…あれ? 何か多くないか?」

 更に更にと憎たらしい皮肉顔の兎が集まっていく。

 その数は50匹をとうに超えており、下手したら100匹は下らない程の数に増えていた。

 視界には灰色の憎たらしいずんぐり兎で一杯になっていた。

「ハ…ハハハ…、た…沢山の獲物が獲れるぞ」

 ロノタックは乾いた笑い声を発しジョークを言う。

 如何やら今回の狩りでのこの状況は初めての様だ。

 サーカスムフェイス・ラビットでもここまでの数が集まるのは滅多に見られないそうだ。

 そんな異常なムカつく顔の兎の群れの内、最初に見た1匹が憎たらしい顔の(まま)、鳴き声を発してきた。

「ギーッ! ギーッ! ギギーッ!」(ヤイコラ! ザコノクセニ、オレタチニイドムキカ!?)

(! あれ!? もしかして、僕、魔物の言葉が解るのか!?)

 岩石の魔獣は驚いた。そしてまた1つ知る事が出来た。

 如何やら魔物同士であれば、言葉は通じる様だ。これは特殊技能(スキル)以前に生まれ持った魔物ならではの特性の1つなのだろうと理解が出来た。

「ギーッ! ギーッ! ギーッ!」(ザコノテメェニ、キョウシャノチカラヲミセテヤル!)

(うわー声も可愛くなーい。中身もまるで暴君だよ。ホントに腹立つなぁ)

 サーカスムフェイス・ラビットの鳴き声から伝わる言葉を聴けば聴く程、より腹が立ってくる。

 そんな事を他所(よそ)に、ロノタックとタンタは何時でも戦闘に移れる様に武器を構えていた。

 この2人があの兎の言っている事を聞いたら、いったいどんな表情をするのだろうか。

 少なくとも絶対に腹は立つだろう。何せ憎たらしい兎は自分の事を強者だとほざいているのだから。

 そして100匹を超えるサーカスムフェイス・ラビットの群れが、じりじりと2人の人間と1体の魔獣に近付いて来た。

「さて…如何(どう)立ち回るか……」

 2人に緊張が(はし)っていた。

 サーカスムフェイス・ラビットは20匹程度なら上手く立ち回れば難無く倒せる魔獣ではあるが、今回は100匹を越える異常な数だ。たとえ1匹1匹が弱くても、集まれば集まる程厄介な存在になる。まさに数の暴力だ。

(一緒に来て良かった。この数は流石の2人でもきつい筈だ。ならここは僕が前に出るべきだ!)

 岩石の魔獣は2人の前に立ち、サーカスムフェイス・ラビットの群れに立ちはだかった。

 2人は岩石の魔獣の行動に少し驚いた。その行動がまるで無辜(むこ)の民達を救おうと、自らを盾にし護ろうと敵に立ちはだかる姿を連想してしまう様な。正義感溢れた行動だった。何より、今の状況が不味い事を察してくれた知能ある行動でもあったからだ。

 岩石の魔獣が立ち塞がり、サーカスムフェイス・ラビットの群れはピタリと(にじ)り寄る足を止めた。

 足を止めても、相変わらず嘲笑に満ちた目付きで此方を見る。

「ギーギーッ! ギギーッ! ギーギーギーッ!」(バーカバーカ! オマエミタイナザコジャ、オレタチニカテルワケナイダロ! チカラノサガワカランノカ!)

 一番前にいるサーカスムフェイス・ラビットが鳴きながら、此方を馬鹿にしてきた。それに続く様に他のサーカスムフェイス・ラビットも、可愛くもない鳴き声で相手を馬鹿にする内容を嘲笑いながら伝えてくる。

(………完全に調子に乗ってるよ。もしかして、此奴等(こいつら)頭悪いんじゃないの?)

 如何も伝わってくる内容が余りにも、我こそは強者なりと誇張している様にしか感じなかった。

(ああ……もしかして、自分達より強い相手とかに()った事が無いんじゃないかな)

 おそらくはこの森での暮らしで、過酷な環境や危険な魔物など無縁な所為なのだろう。

(ホント、何でこんな憎たらしい性格に成ってしまうんだろ?)

 こんなにも恵まれた環境に居るにも関わらず、過酷であればああいう性格に仕上がってしまうのは納得するが、何故この豊かな土地でこうも(ひど)い性格になってしまうのか理解が出来なかった。

 岩石の魔獣はサーカスムフェイス・ラビットの謎の性格形成を考えているのを他所(よそ)に、サーカスムフェイス・ラビットの群れが更に(わめ)く様に(うるさ)く鳴き、おそらく群れのリーダーであろうサーカスムフェイス・ラビットから言葉が伝わってきた。

「ギギーッ! ギギギーッ! ギイィィィィッ!!」(マズハオマエカラダ、デカブツ! ヤッチマエエェェェッ!!)

 サーカスムフェイス・ラビットの群れが一斉に岩石の魔獣へ飛び掛って行った。

 ギーギーギーギーと、憎たらしい兎達の煩い鳴き声が次から次へと耳に響く。

 自分の身体よりもかなり大きい魔獣に向かって突っ込んで来る。

 身体を()じ登りひたすら前歯で(かじ)り付く。

 勢い良く蹴り飛ばそうとする奴も居た。

 恐怖をものともせず、ただひたすら噛り付き、ひたすら蹴り飛ばそうとし、ひたすら突っ込んで来る。

(え、ちょっ―――)

 大量のサーカスムフェイス・ラビット達が岩石の魔獣に群がる。

 更に群がる。

 どんどん群がる。

「何だこりゃああああぁぁっ!!」

「エエエエッ!! 大丈夫なのかコレ!!?」

 岩石の魔獣はまるで大きな毛玉の珍獣の様になっていた。

 そんな光景を2人は口を開けたまま、驚愕の表情を(あらわ)にしながら凝視していた。


 岩石の魔獣は動かなかった。

(ヘヘヘッ、ヤッパリザコダ! タイシタコトナイナ!)

 岩石の魔獣は抵抗する素振りすらしなかった。

(オラオラドウシタ! テイコウスルチカラモナイノカ!)

 (ただ)そのままジッとしているだけだった。

(イタイカ!? イタイカ!? イタイダロウ!)

 そして岩石の腕が動き始め、そのまま身体に群がる1匹のサーカスムフェイス・ラビットを鷲掴(わしづか)みにした。

(フギュッ!?)

 岩石の魔獣はそのまま捕まえた1匹を、自分の眼前に持っていく。

(……全然痛くないんだけど)

 岩石の魔獣は平然としていた。

 痛みすら感じていない以前に、サーカスムフェイス・ラビット達は岩石の魔獣の身体を傷付ける事が全く出来ていなかったのだ。

 実は、岩石の魔獣は防御系特殊技能(スキル)を持っているのだ。

 特殊技能(スキル)鋼鉄(こうてつ)(はだ)〉と言う、名称通り肌を鋼鉄の様に硬く頑丈にする単純(シンプル)な効力を持つ特殊な技能だ。

 たとえ硬い鋼鉄の金鎚(ハンマー)鶴嘴(つるはし)でも、打ち砕く攻撃からの損傷(ダメージ)を防いでくれるのだ。

 しかし、岩石の身体なのに鋼鉄の肌を持っているのか良く分からなかった。せめて岩なんだから、岩石の肌じゃないのかと疑問に思ってしまう。

 大きな岩石の手に捕まったサーカスムフェイス・ラビットはジタバタと必死に抜け出そうとするが、がっちりと鷲掴みにされて(ほとん)ど動く事が出来なかった。

(サーカスムフェイス・ラビットってかなり知能が低いのかなぁ? 頭悪い事ばっかり言ってるし)

 そんな事を考えている中、捕まったた兎は皮肉な顔を初めて焦りの表情へと変化していた。

「ギギギッ! ギギッ! ギギギギッ!」(ナンダコイツ!? ハナセッ! ハナセーッ!)

 群れのリーダーであるサーカスムフェイス・ラビットは必死にもがきながら脱出しようとするが、頭以外はがっちりと岩石の手に拘束されている為、全く動けなかった。頭だけが無茶苦茶に激しく不規則に上下左右に振りまくっていた。

 他のサーカスムフェイス・ラビット達もよく見れば、前歯が欠けてしまい痛がってるのがいたり、さっきから蹴り続けていた奴も足を押さえながら痛がってる。突撃していた奴も頭を押さえながら(うつむ)いてさえいた。

 それでも同じ事を何度も繰り返してくる。

此奴等(こいつら)、間違い無く学習能力が無いんだな)

 サーカスムフェイス・ラビットの行動を観察し考察した結果、岩石の魔獣は理解した。

 サーカスムフェイス・ラビットは学習能力を持たない兎の魔獣なのだと、知識の白紙ページに記した。

 そして、手の中に納まり、顔だけ出ているサーカスムフェイス・ラビットに空いているもう片方の岩石の手を動かした。

 顔は見える様にサーカスムフェイス・ラビットの頭をグッと押さえ込んだ。

 頭を抑え込まれたその兎の魔獣は、ギョッと細い目を大きく見開いた。

(ナ……ナンダ?)

 サーカスムフェイス・ラビットは(もが)こうとする事を忘れ、固まった。

(ナンナンダヨ! コイツハ?!)

 サーカスムフェイス・ラビットは眼前の魔獣に困惑した。

(ソノ〝メ〟ハナンダヨ?! ナンデソンナ〝メ〟デミルンダヨ!?)

 その岩石の魔獣の瞳には、殺意という恐ろしさが全く感じなかった。

 (あわ)れむ様な目でも、嘲笑う様な目でも、ましてや蔑む様な目でもなかった。

 その青空の様に透き通る薄い青色の蒼玉(サファイア)の様な輝きを持った瞳は、まるでこれからする事を優しく(さと)し、如何か受け入れて欲しいと語っている様だった。

 そして頭を掴んでいる岩石の指に力が入り始めた。

 サーカスムフェイス・ラビットは漸く悟った。

 自分達は無謀な行為をしてしまったのだと。

 初めて後悔という重い感情を知った。

 そして自分達は、井の中の(かわず)と言う哀れな存在だと言う事を教えられたのだった。

(命に、感謝を)

 岩石の魔獣は目を閉じ、まるで神様に祈りを捧げる様に黙祷(もくとう)をした。

 その瞬間――――サーカスムフェイス・ラビットはこれから起こる事に初めて恐怖した。

 恐怖の感情は一瞬だけだった。

(戴きます)

 ――――コキャッ。

 サーカスムフェイス・ラビットの首の骨は、いとも簡単に()し折られた。

 手の中に納まっているサーカスムフェイス・ラビットは動かなくなった。

 憎たらしかった顔は命が(つい)えたからか、何処にでもいそうな普通の兎らしい顔に成っていた。


 辺りが静寂(せいじゃく)を支配した。

 サーカスムフェイス・ラビット達は1匹たりとも、耳障りな鳴き声を発する事を止めた。

 群れのリーダーが呆気(あっけ)なく命を奪われる光景を目にした。

 サーカスムフェイス・ラビット達の嘲笑に満ちた皮肉顔は消え去り、変わりに細い目を大きく見開き、驚愕の顔へと変化していた。

 誰も動かなくなった。

 攻撃する事を止めてしまった。

 ゆっくりと岩石の手の中に納まっていたリーダーだったサーカスムフェイス・ラビットが優しく大地に降ろされた。

 降ろされたリーダーを他の仲間は凝視した。

 ピクリとも動かない。

 群れは死という事実に心が凍り付いた。

 勝てない…。

 どんなに数を揃えても…。

 絶対に勝てない…。

 逃げなきゃ…。

 恐怖は一気にサーカスムフェイス・ラビットの群れに伝染した。

 


 ――――死ぬ!!!



 サーカスムフェイス・ラビットの群れは死への恐怖に支配され、一目散に逃げ始めた。

 今迄の嘲笑し蔑む憎たらしい顔は、何処にも見当たらなかった。見えるのは一方的に殺されると理解し、恐怖に染まった顔しかなかった。

 大地を蹴り、必死に前足と後ろ足を回転させる様に、脱兎(だっと)の如く、走り跳ぶ。

 ギーギーギーギーと、可愛くない声で悲鳴を上げながら走って行く。

「あっ! しまった! 逃げられる!」

 ロノタックは急いで弓を引き(しぼ)り狙おうとする。

(逃がさないぞ! それっ!)

 突如(とつじょ)とサーカスムフェイス・ラビットの群れの前に、壁が地面から出現した。それは石で出来た壁だった。

 そしてそれは目の前だけでなく、扁桃(アーモンド)の樹を中心に囲う様に石の壁が現れたのだ。

 サーカスムフェイス・ラビットの群れは困惑し、混乱に(おちい)っていた。

 石の壁はポフォナ森林の樹々よりも高く(そび)え立つ。

 サーカスムフェイス・ラビットの跳躍力では流石に飛び越える事は先ず不可能だ。

 逃げ道を完全に塞がれてしまったのだ。

 石の壁を囲う様に出現した原因は1つだ。

 岩石の魔獣の魔法だ。

 岩石の魔獣による土系統魔法で創り出した石壁だ。

(良し! 上手く出来たぞ! ちょっと規模が広いから創り出す速度が遅くなると思ったけど、思ったよりも速く壁を創れたぞ! いやー、練習した甲斐があった!)

 岩石の魔獣は練習の成果が出た事に満足を得ていた。

「うぉー! 凄ぇ! あっという間に囲んじまったよ!」

「驚いた…! まさか土系統の魔法をこうも上手く扱えるのか!」

 2人は此処に来て更に〝恵みの使い〟の頭脳プレイに驚いた。

 そんな中、サーカスムフェイス・ラビットの群れは必死に越えられない石壁を攀じ登ろうとしていた。他にも地面を掘って此処から逃げ出そうとする兎もいた。

 だが、石壁は垂直に(そび)え立っている為、攀じ登ろうにも登れなかった。凹凸(おうとつ)が無い壁に手や足を引っ掛ける所が無い為、登る事は出来ないのだ。仮に登れたとしても、この高さでは時間が掛かりあっさりと捕まってしまうだろう。地面に穴を掘って逃げるのも同じで時間が掛かってしまう。

 それでも必死に登ろうと、必死に穴を掘ろうと、迫り来る死から逃れようと足掻(あが)き続ける。


 だが、もう遅い。


「よっしゃー! 今度は此方(こっち)の番だな!」

「だな! 後は時間の問題だな!」

「そんじゃあ、始めるとするか!」

 引き絞った(つる)を離し、ビンッと弦が鳴った直後に空を切る様に勢い良く矢が放たれた。

 そして見事に1匹のサーカスムフェイス・ラビットの後頭部に突き刺さった。

 混乱状態の兎の魔獣の群れはいきなりの出来事に驚き、次々と後ろを振り返る。

 振り返った瞬間に、もう1匹のサーカスムフェイス・ラビットが腹部を剣で貫かれ即死した。

 死の恐怖に染まったサーカスムフェイス・ラビットの群れに、更に死の恐怖で追い討ちを掛ける様に染められていく。

「ギギーギギギギーギーギギギギギーギギーギギギギーッ!!!」

 サーカスムフェイス・ラビットの群れは(まと)まりが完全に失い恐慌(パニック)状態に陥り、蜘蛛(くも)の子を散らす様にバラバラに散り、囲いの中を逃げ回り始めた。

 サーカスムフェイス・ラビットに対して一方的な兎狩りが始まった。

 必死に飛んで来る矢を避けながら迫り来る剣から逃げ回るが、次々に撃ち抜かれて貫かれてパタリパタリと力無く倒れていく。

 必死に逃げ回る。

 サーカムフェイス・ラビット達は狩る側のつもりでいたが、今は完全に狩られる側となり追われている。

 ただの獲物でしかなかった。

 サーカスムフェイス・ラビット達は甘く見ていた。大自然に生きる野性の定め(ルール)を。

 弱肉強食。

 それを理解していない結果、この有様(ありさま)を招いてしまった。

 矢に撃ち抜かれる恐怖が、剣に貫かれる恐怖が、死という贈り物を持って迫り追って来る。


 だが、それよりも恐ろしいのがこの場に居る。


 群れの1匹が必死に逃げ回っていたが、いきなり目の前に巨大な岩石が立ち塞がり、反転して逃げようとする前に鷲掴みされた。

 そう、もっと恐ろしい存在。

 岩石の魔獣だ。

 その重い岩石の身体とは思えない速さで次々と捕まえて、そのまま首の骨を圧し折ってくるのだ。

 それがサーカスムフェイス・ラビット達にとって一番の恐怖だった。

 逃げ回れるなら未だ良かったのだが、岩石の魔獣から逃げようとしても恐ろしい速度で直ぐに追い付かれてしまうのだ。

 決して逃れられない恐怖。

 サーカスムフェイス・ラビットの群れはひたすら逃げ回った。

 決して助からないと分かっていても、必死に逃げ回る。

 弓の弦が鳴り響くと共に、矢で頭を撃ち抜かれ死に絶える。

 剣に切り裂かれ貫かれて、血を流し死に絶える。

 次々と生きているサーカスムフェイス・ラビットの数が減っていく。逆に死んだサーカスムフェイス・ラビットの数が増えていく。

 そして岩石の魔獣に捕まり、首の骨をへし折られ呆気なく死に絶える。



 100匹を超えるサーカスムフェイス・ラビットの群れは、2人の人間と1体の魔獣に、ものの数十分で全て狩られたのだった。

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