招かれざる暗殺者22-5
「これで良しっと」
奇襲を仕掛けて来た暗殺者2人を迎撃し、気絶している内に武器や投矢、掛けていた不可視を看破する防護眼鏡、革製の小袋とその中身全てを取り上げ、手脚を縄でしっかり縛って拘束する。
「囮役お疲れ、リーダー」
「おう。ミリスティも援護助かった」
ミリスティとダムクは、お互い労いの言葉を交わす。
「ヴォルベスも良いタイミングだった」
「うむ。リーダーも良い追撃だった」
そしてヴォルベスも労いの言葉を交わした。
「シャラナちゃん、魔法のタイミング良かったよぉ」
「ミリスティさんの御蔭で上手く当てられました」
「跳躍中の無防備の狙い撃ち、良い予測だっだぜ。御蔭で手間取らずに手早く済んだ」
追撃の援護魔法をしてくれたシャラナに対し、ミリスティとダムクは感謝する。
「エルガルム様も御助力、ありがとう御座います」
「いやいや、儂は最後に電撃喰らわして気絶させただけじゃ。大した事はしとらんよ」
ダムクに感謝を告げられたエルガルムは笑みを浮かべる。
「あたし、出る幕無かったわぁ」
何もする事が無かったベレトリクスは、何とも言えない困った笑みを浮かべ、肩を竦める。
(うん、僕も出る幕無かったなぁ)
ジッとしていただけで何もしてなかったが、無事に捕まえられた事にガイアは安堵するのだった。
「ギギャギャギャギャ、ンギャガガギャ」
(はいはい喰っちゃ駄目だよ~)
そして暗殺者を喰い殺さない様に擬態宝箱をがっちり掴み、自分と一緒に寝ていた場所へと戻して置くのだった。
「それにしても、此奴の動きは中々の速さだったな。ギリギリとはいえ、長外套で隠れたミリスティの射撃を躱すとはな」
ダムクは背が高めの暗殺者へと視線を向ける。
「見た感じは直感で避けたんだろうけど、ライファさんが言ってた通り手練れに部類するね。リーダーの追撃も、軌道に合わせて上手く損傷軽減してたし」
「確かに、此奴の動きは熟練的なものだったな。少なくとも力量はB等級辺りって所か」
ミリスティとヴォルベスも視線をその暗殺者へと向け、油断すれば殺られてしまう危険な相手だと口にする。
「けど、持ってる物が暗殺向きなのばかりね」
ベレトリクスは暗殺者2人から没収した所持品の内、大型の短剣を手に持ち、目を僅かに細めてそれを鑑識する。
「この大型の短剣、短剣自身と接触した対象の発生する音を消す魔法が付与された特別な武器ね。それに加えて薬品も塗ってあるわ」
その後、ベレトリクスは暗殺者2人の小袋から全て取り出した物の中から液体が入った小瓶を手に取り、張られた付箋を目にする。
「なるほど…麻痺毒薬ね。一応は確認してみましょうか。―――〈上位鑑定〉」
そして魔法を発動し、小瓶に入っている麻痺毒薬の効能を確認する。
「へぇ……持続は短いけど即効性の在る代物ね。しかも麻痺効能もかなり強力。暗殺に於いて徹底してるわね」
「そうなのですか? 麻痺よりも致死性の猛毒の方が確実性が有ると思うのですが」
(確かに、何で?)
ベレトリクスの言葉に、シャラナとガイアは疑問を浮かべる。
「毒で相手が死ぬのを待つのは多少なりに時間が掛かるからです、御嬢様」
そんな時、ライファとミュフィがヴォルベスの大きな影から姿を現した。
「即効性の有る毒でも、解毒出来る猶予が御座います。毒に侵されても身体は動かせますので、暗殺手段としての確実性はそこまで高くはありません」
「だけど麻痺毒なら、一度でも僅かな損傷を与えれば、身体の自由を大抵奪える。動きを封じれば、防御出来ない。確実に殺れる。麻痺の効き目は相手によるけど隙を作れる」
ライファとミュフィの説明を聴き、シャラナとガイアは納得の色を浮かべた。
何方共に職業は暗殺者――――しかも上位に位置する職業、そんな彼女2人が口にした内容は説得力が在る。
「其奴が3人目か」
「はい。ミュフィ様の御蔭で容易に済みました」
ダムクは彼女2人の後ろで横たわった大柄な者を目にしながら訊ね、ライファは返答する。
「リーダー、人質は無事、救出した」
そして今も気絶している4人の獣人族冒険者も居た。
(おお…初めて見る獣人さん達だ。兎さん小柄だなぁ、まるで大きな兎の縫い包みみたい。此方の狐さん尻尾フワフワ。此方の娘は猫耳ちっちゃいけど尻尾が太目……、虎さんかな。フワフワした髪の毛にこの角、この娘は羊さんだ。可愛いなぁ)
ガイアはそんな獣人冒険者4人の姿を、興味津々に観察する。
「良し、彼等は自然に起きるまで暫く寝かせておこう」
ダムクはそう言った後、暗殺者3人の元へと近付く。
「さて、此奴等の顔を拝見させて貰おうか」
そして顔全体を覆う黒布を引っぺがし、隠された素顔を目にする。
「! 此奴等だったのか…」
「知っている方なんですか?」
僅かに顔を顰めたダムクに、シャラナは尋ねた。
「ああ、俺達と同じ冒険者だ」
「え!?」
(えっ!? 此奴等、冒険者だったの!?)
ダムクが口にした言葉に、シャラナとガイアは驚きを浮かべた。
「確かB等級冒険者、一党名は〝幸運の採掘〟。代表はベグダット・ヘイマー、何時も冷静で用心深い。エゲン・ボンドルは良く掘り出し物探しをする魔道具好き。ボルゴ・ヌッタは力自慢の酒好き。申し分ない依頼達成実績もそうだけど、ダンジョン内でのお宝の発見数が冒険者の中で最多」
ミュフィは暗殺者3人の知る素性を口にする。
「此奴等は発見して手に入れた宝を換金して大金を得るのが主なんだ。普通はそう何度も多く発見出来るもんじゃないが、この一党は他の冒険者よりも発見数が群を抜いていたんだ」
「! お宝ってまさか……」
シャラナが察したのを目にしたダムクは頷き、彼女の予想を肯定する。
「少しは妙だとは思ってたが、此奴等は〝宝〟と称して奪い取った物を換金してたって訳だ」
(うわっ、何て奴等だ!)
その確信と言って良い予想を聴いたガイアは眉間を寄せる。
「折角此処まで進んだとはいえ、未だ上層部だ。直ぐにでも冒険者組合に戻って此奴等を突き出さねぇとな」
「仕方ないが、今後の為にそうした方が良いじゃろうな」
ダムクの判断に、エルガルムは同意を示す。
「だったらこの子達に御願いしたら?」
それに対し、ベレトリクスは未だ気絶中の獣人冒険者4人に指を差し提案する。
「この子達が帰還の巻物を持ってなくても、此奴等のを使えば良いんだし。ほら」
そしてB等級冒険者一党の幸運の採掘から没収した所持品の1つ、帰還の巻物を手に取る。
「こういう奴等は逃走用として大抵持ってるのよねぇ」
ベレトリクスの言う通り、盗みや暗殺を生業としている悪人は帰還の巻物を初めとした煙幕や閃光玉、不可視化させる類の魔道具といった逃走に役立つ物を常備している。
そういった類を持たない悪人は、己の力量を過信している愚か者くらいだろう。
「ねぇ、未だ撮ってるかしら?」
ベレトリクスはライファに尋ねる。
「はい、現在も撮り続けております」
「なら先にこの子達を起こして一応事情を聴きましょ。被害者本人の証言は大事だし」
そう言いベレトリクスは獣人冒険者4人の下へ近寄り、掌を向けてを発動させる。
「先ずは回復から―――〈心霊療術〉」
薄っすらとした緑色の光が4人の全身を包み込み、身体の芯に浸透する。
「これで良し。―――〈精醒衝撃療術〉」
其処に別の魔法発動後、4人の身体にバチンッと強烈な放電に似た奇妙な現象が起こる。
「ふぎゃっ?!」
その現象が起こると同時に、4人の獣人は素頓狂な声を上げ気絶から目覚めた。
(えっ!? 何今のっ!? 何か変な音したよ!?)
ガイアは起こった魔法現象に、身体を反射的にビクッとさせ驚くのだった。
「……え? あれ? 此処……何処だ?」
狐人族の男性は、細い目をぱちくりさせながら視線を左右に動かす。
「僕達……生きてる…?」
兎人族の男性は、少し呆けながら自分の両手を見ながら呟く。
「リテット! 無事だったか!」
「スラーフ! 君も無事だったんだね!」
2人は互いに無事な姿を見て、安堵の色を滲ませる。
「お前達も無事だったんだな」
そんな2人に虎人族の女性は、目覚めが悪そうな表情を向ける。
「良かったぁ。皆生きるぅ」
羊人族の女性は少し泣きそうな顔を3人に向ける。
「デリネア! フィルフィ!」
もう2人の仲間の無事に、スラーフと呼ばれた狐人族の男性とリテットと呼ばれた兎人族の男性は安堵の色を濃く浮かべた。
「災難だったな、お前達」
「え……?」
ダムクから声を掛けられた4人は彼の方へと目を向け、ポカンとした表情を浮かべる。
「え?! 〝鉄壁の剛堅剣士〟!?」
狐人族の男性は、思わず驚きの声を上げる。
他の獣人仲間も当然の様に、驚愕の声を上げるのだった。
「すっ、凄い! S等級冒険者一党の堅実の踏破だ!」
兎人族の男性は、可愛い目を純粋な子供の様に輝かせる。
「ふむ、身体に支障が無さそうで何よりだ」
「武傑の覇狼……! や~ん、良い男ぉ」
ヴォルベスの筋骨隆々で逞しい身体を目にした虎人族の女性は、キラキラとした乙女の目に為り、愛らしい猫撫で声を漏らす。
そんな彼女の反応に対し、狐人族の男性と兎人族の男性は「え!? 此奴こんなんだっけ!?」と信じられんと言わんばかりの驚愕顔を浮かべた。
そんな2人の視線と心境を察したのか、虎人族の女性は「何だよ! 文句あるのか!」と言いたげに睨み付け、睨み付けられた2人は瞬時に顔を逸らすのだった。
「ホッホッホッ。元気で何よりじゃな」
「ええーっ!!? 賢者エルガルム様!!?」
その声の主へと顔を向けた4人は目を大きく見開き、全身の毛を逆立たせながら驚愕する。
「無理矢理起こしちゃって御免なさいねぇ」
「錬金の魔女ベレトリクス様も!!?」
更に毛を逆立たせ、驚愕を色濃くする。
「えっ!? えっ!? ええっ!!? 本物!!?」
彼等が驚くのも無理も無い。今彼等が目にしているのは、世に存在する魔導師の中で偉大な人物なのだから。
「あー、驚いてるとこ悪いが良いか?」
「あっ、はいっ、何でしょう!?」
ダムクに問い掛けに、狐人族の男性スラーフが少々混乱しながらも代表で応答する。
「お前達は彼奴等に襲われたのは間違い無いか?」
ダムクは拘束した黒尽くめ3人を指差しながら尋ねた。
「あ、彼奴等…!! そうです! 俺達が野営してた時いきなり襲い掛かってきたです!」
思い出したかの様に、狐人族の男性スラーフは黒尽くめ3人を指差す。
「奇襲して来た彼奴等を迎撃しようとしたけど、最初の奇襲で気絶させられたフィルフィが人質に取られて、何も出来ずに全員気絶させられたんです」
彼は悔しさを面に滲ませ、奇襲された時の詳細を伝える。
「御免ね、皆ぁ。私が人質に為った所為で…」
「謝る事は無いよ。俺達も不審な気配に気付けなかったんだから」
「そうだよフィルフィ、君は悪く無いよ」
あっさり人質と為ってしまった不甲斐無さに落ち込むフィルフィに、デリネアとリテットはそんな事無いと優しく慰める。
「それは無理も無いよ。あの盗人3人組は感知力が高くないと感知出来ない隠密系の特殊技能を持ってたし、何より冒険者等級は君達よりも1つ上の手練れだからね」
「え!? 彼奴等、冒険者なのか!?」
ミリスティが口にした事実に、狐人族の男性スラーフは驚き少し声を荒げる。
「ほら、これ」
ミュフィは暗殺者3人の内1人の首元を探り、隠れていた冒険者証の金属板を取り出し獣人冒険者4人に見せた。
「白金の金属板…。B等級冒険者だったのか」
それを目にしたスラーフは悔しい表情を浮かべるが、自分達よりも実力が上の相手に負けた事実に納得をするのだった。
「あれ、あの人達ってもしかして……幸運の採掘じゃないの!?」
暗殺者3人の顔を凝視したリテットは思い出し、もしかしてと浮かんだ記憶を口にする。
「ほら、冒険者の中でお宝発見数の実績が最も高い冒険者一党だよ!」
「あ! ホントだ!」
そういえば見た事があるとスラーフは思い出す。
「これ等はお前達の所持品ではないか?」
ヴォルベスは武具や装身具といった様々な物を纏めて持って、彼等に確認を問う。
「俺達の装備品!! そういえば俺達、全部剥ぎ取られてる!」
それを目にしたスラーフは思わず声を上げ、自分達の装備していた武具が身に付いていない事に気付く。
「奴等からは全て取り上げた。お前達のはこれで全てかは判らない故、後で其処に置いてある物の中から確認して見てくれ」
ヴォルベスにそう言われた4人の面々は、歓喜と安堵の色を浮かべるのだった。
「ありがとう御座います! この御恩は一生忘れません!」
スラーフは座った儘の姿勢を正座へと変え、両手を地面に付け、頭を深々と下げた。
「良いって事よ。それにお前達は運が良かったな。彼奴等が俺達を襲いに来なければ、盗まれた物全部換金されちまう所だったろうな」
「盗まれた物を換金……。まさか彼奴等、今迄奪い取った物を宝とか抜かして儲けてやがったのか!」
ダムクの言葉を聴いたスラーフは、暗殺者3人組もとい幸運の採掘のお宝発見が高実績である理由を察する。
「今回の犯罪行為と、これまでの実績から見ての予想だけどな」
予想とはいえ、それには4人は面に怒りを顕わにした。
「あんにゃろう! 打ん殴ってやる!!」
中でも一番に怒り心頭のデリネアが立ち上がり、気絶し拘束されている幸運の採掘3人を気の済むまでメタメタに殴り付けようと近付き出す。
「う……? あれ…?」
しかし立ち上がって歩き出した直後、力がいきなり抜けたかのようにデリネアは地面にへたりと膝を付いてしまった。
「あれ? 力が入んない…」
デリネアは思うように身体に力が入れられない事に困惑する。
「麻痺毒薬を打たれたのよ。時間が経過して大分効力は薄まってるみたいだけど」
ベレトリクスの言葉に、他の3人は力の入れ具合を確かめ出す。
「ホントだ、上手く力が入らない」
リテットは可愛い掌を幾度か開いては閉じて、動作に余り力が入らない事を確認した。
「万が一に目覚めても、逃げられない様にする為でしょうね。此奴等の用心深さが窺えるわね」
ベレトリクスは視線を幸運の採掘の3人に向けながらそう口にする。
「シャラナよ、治して上げなさい」
「はい、先生」
エルガルムはシャラナに彼等の麻痺治療を仰ぎ、シャラナは従い彼等の元へと近付く。
「少しジッとしていて下さい。〈下位麻痺状態治癒〉」
シャラナは麻痺に対する治癒魔法を発動させ、麻痺毒薬という異物を奇跡の力で消し去り、彼等の身体を正常へと治した。
「終わりました。身体に力は入りますか?」
「……うん、入る! 変な痺れも完全に無くなったよ」
リテットは明るい表情を浮かべ、発条の様に幾度か跳ねながら跳躍の具合を確かめる。
(やだ、如何しよう。メッチャ可愛い)
そんな兎人族の男性の跳ねる様子に、ガイアは愛玩動物を観ている様な和んだ気持ちを抱くのだった。
「驚いた。あんた、フィルフィと同じ聖職者なんだな」
「えっとぉ……彼女がですか?」
「そう。そうだ、紹介が遅れた。俺は結束の勇獣の一党代表、狐人族のスラーフ・ナフテンだ。職業は熟練の軽剣士さ」
スラーフは自分を含む一党仲間を紹介し始める。
「小さいのは兎人族のリテット・スワロープ」
「初めまして。職業は熟練の斥候と熟練の追跡者で、一党の斥候役を担ってます」
リテットは礼儀正しく御辞儀をする。
「ちょいとガサツなのは虎人族のデリネア・ディネーシャ。喧嘩早い所が玉に瑕の熟練の格闘士だ」
「おい、俺はそんなに気性荒くないぞ」
デリネアはムスッとした表情を浮かべ、スラーフが口にした紹介内容の大体部分を否定する。
「んで、何時も気持ちがフワフワしてる羊人族がフィルフィ・メムゥ。あんたと同じ聖職者で、俺達一党の回復役さ」
「初めましてぇ、職業は高位聖職者のフィルフィ・メムゥです。数少ない聖職者の方と会えて嬉しいです」
ほんわかな表情に加え、とても穏和な口調でフィルフィはシャラナ近付き挨拶を交わす。
「此方こそ初めまして、私はシャラナ・コルナ・フォルレスと申します。聖職者職業の等級は女神官です」
「ふぇ!? 女神官なんですか!? 凄い人に出会っちゃった!」
自分よりも聖職者職業の等級が上の彼女に、フィルフィは驚く。
「ん? フォルレス…? その家名って……もしかしてラウツファンディル王国のフォルレス侯爵家!?」
シャラナの家名を耳にしたリテットも、驚きの色を浮かべる。
「はい。私はフォルレス侯爵家の1人娘です」
シャラナが貴族で階級が高い侯爵家の令嬢である事実を知った獣人4人は、失礼な態度を取ったり発言をしてしまっただろうかと混乱気味に為る。
「そんなに気負いしなくても大丈夫ですよ。それに此処では身分に関係無く互いが対等ですし、私も皆さんと同じ冒険者ですから」
そう口にしたシャラナは、首に掛けている冒険者証である白金の金属板を彼等に見せる。
「白金の金属板!? お前……じゃなくて、貴女、B等級冒険者だったのか!?」
まさか彼女が自分達よりも1等級上の冒険者である事に、デリネアは意外だと言わんばかりに驚きを口にした。
「凄いや…。フィルフィと同じ位の歳なのに、女神官の職業に加えてB等級冒険者だったなんて」
「ああ。しかもあの〝豪炎の侯爵〟の令嬢様が俺達と同じ冒険者とはな」
リテットとスラーフは互いの顔を見て、感心しているかの様に口にするのだった。
「というか、全員凄い人ばっかなんだけど」
デリネアの言葉に対し、「確かに」とスラーフとリテットは同時に同意を口にする。
「くははははは。賢者殿や魔女殿よりも偉大な彼の者が居るぞ」
ヴォルベスのその言葉に4人は互いの顔を見て「如何いう事だ?」と今一ピンときていない表情を浮かべる。
「其処に居るぞ」
エルガルムが指を差す方向に4人は顔を向けた。
(やぁ)
指が差し示した場所に居るガイアを目にした彼等は、僅かな間だけ硬直する。
そしてその後、驚愕――――いや、愕然し出す。
「ほわぁああああああああ!!! 何かデカいの居るぅううううう!!!」
「ななななななな何あれぇえええええ!!!」
「びやぁああああああああ!!!」
(うん、だよねー)
予想通りの愕然っ振りだ。そうガイアはほんの少しだけ困った様な笑みを浮かべ思うのだった。
(……あれ?)
しかし、獣人冒険者4人の中でたった1人――――羊人族の女性フィルフィだけは愕然の声を上げておらず、大きく開いた目でガイアをジッと見詰めていた。
そんな様子にガイアは意外と肝が据わった娘だなと思った時、彼女の口から言葉が出て来た。
「………もしかして、聖獣?」
「え!!?」
フィルフィから出た言葉に対し、他の獣人仲間3人は目を丸くする。
(おっと、惜しい)
けど、正解に近い。
「惜しい。流石は聖職者の職業を修めてる事はある」
「ふえ? 惜しいんですか?」
ヴォルベスにそう言われ、フィルフィはちょっとばかし驚きを見せる。
如何やら口にした答えに自信が有ったらしい。
「ガイアは神獣じゃよ」
「…………え?」
エルガルムの言葉を耳にした4人は間の抜けた声を思わず発し、もう一度ガイアの方へと顔を向けた。
「えぇええええええええええええええええええええええええ~?!!!!」
そして当然、今迄に無い程の愕然をし、大音量の声を上げるのだった。
ガイアにとって、もう定番な反応である。
「な、な、な、なん、何でこんな所に…!!!? 本物…!!!? これは夢か…!!!? 夢なのか!!!??」
スラーフは信じられないと言わんばかりに動転する。
「リテット、リテット!! 神獣様って事はあの神狼フェンリルと同じ幻神獣って事なんだよな!!?」
「も、もしそうならそういう事になるけど、僕あんな幻神獣、今迄読んだ神話関連で見た事が無いよ! っていうかデリネア、掴まないで、揺らさないで! 僕も皆と同じ気持ちだから!」
デリネアは小柄なリテットを両手でヒョイと持ち上げ、前へ後ろへと交互に幾度も揺らしながら問い質すかの様に確認する。リテットは幾度も揺らされながらも答え、彼女の前腕をぺちぺちと叩いて「下ろして」と必死に訴えるのだった。
「お、御初、御初御目に掛かります! し、神獣様!」
聖職者の身であるフィルフィは神聖にして偉大な名も知らぬ幻神獣に対し、その場で両膝を地面に付き、両手を組んで頭を下げ、祈祷の姿勢を取る。
彼女を見習う様に続き、3人も慌てて同じ祈祷の姿勢を取り、目にした神獣を崇め出した。
(あらー、崇拝し出しちゃったー)
これも定番。ガイアにとって見慣れた光景であり、これから先も見るであろう光景である。
「ホッホッホッホッ。そう固く畏まらんでも大丈夫じゃよ。ガイアは高い知性に善悪の区別が出来る理性を持っとるが、未だ赤子じゃよ」
「赤子…!!?」
エルガルムが口にしたガイアに関する事実に4人は驚く。
「……幻神獣にも幼少期って在るんだ。何か驚きの発見」
そうリテットは感想を呟く。
「リーダー」
「如何した?」
そんな時、ミュフィはダムクを読んだ後、指を暗殺者3人組に差し向ける。
「う……うーん……」
暗殺者3人組が呻き声を漏らし出す。
如何やら気絶から目覚め出そうとしている。
獣人冒険者の4人が驚きの連続で何度も声を上げていたのだ。喧しさの余りに起こされたという感じである。
「起き出したか。次は其奴等の番だな」
ダムクはそう言い、暗殺者3人組の下へと近付く。
他の全員も彼が向かう場所へ近付いた。
(それじゃあ僕は後ろに回ろっと)
ガイアは暗殺者3人組の死角となる背後へと回り込み、完全に目覚める僅かな時間を待つ。
「う……」
1番に目覚めたのは幸運の採掘の一党代表――――ベグダット・ヘイマーである。
「よう、目覚めの気分は如何だ?」
ダムクは目覚めたベグダットに声を掛ける。
「……最悪な方だ」
それに対し、ベグダットは困惑し慌てた様子も無く冷静に返答する。
「う…う~ん……」
続いて仲間のエゲン・ボンドルが目を覚ました。
「糞……頭痛ぇ……」
ヴォルベスに頭を地面に叩き付けられた際の痛みが未だ残っている様だ。
「やっぱエゲンも捕まっちまったか…」
ベグダットは捕まってしまった彼を責める気は一切無かった。何せ相手はS等級冒険者、逃げ切れる可能性が在っても極僅かと言える。無理も無い。
如何したものかと、ベグダットは視線を動かし周囲を見渡す。
「! 何でお前等が此処に?」
人質として捕らえていた筈の獣人冒険者4人を目にしたベグダットは、僅かな驚きと動揺を滲ませた。
そしてまさかと思い、背後へと振り向いた。
「ボルゴまで捕まっちまったのか…!」
まさかボルゴまで捕まってしまうとはと、気を失い横たわる彼を見たベグダットは驚きと動揺を更に少しにじませた。
仲間は全員拘束され身動きは取れない。
いざという時の保険が奪われ、逃げ出す為の交渉すら出来ない。
何より――――顔を見られてしまった。
「そんな格好して如何したんだ? 俺達が知ってるお前達は、普段そんな全身真っ黒装備なんてしてなかっただろ。印象変えか?」
「……場合に応じてその場で変えてるだけだ」
ダムクは如何でも良い質問を幸運の採掘の一党代表ベグダットに問い、それに対しベグダットは生じた驚きと動揺を呑み込んで冷静に返答する。
「此方も質問させて貰おう。鉄壁のお前は兎も角、他の仲間は天幕の中に居た筈だ。それもバレてからもずっと中に居る事は感知していた。なのに弓乙女も覇狼も外に居たのは如何いう事だ?」
ベグダットは不可解な疑問を問い、それを隣で聴いていたエゲンもそれについての答えを聴こうと耳を傾ける。
「お前さん達が感知した気配は、儂とベレトリクスが魔法によって創り出した偽物の気配じゃよ」
「偽物……だと…!?」
エルガルムが口にした事実にベグダットは驚きを顔に滲ませた後、ある事実に気付いた。
(遣られた…! 侵入―――いや、数十か数百メートル近付いた辺りで既に気付かれてたのか!)
気配は限界まで薄め隠した。しかし、此方の接近を感知されていた。
(糞! S等級冒険者の感知力を侮っちまったか…!)
戦舞の弓乙女の感知力を侮った。ベグダットはとんでもない失態をしてしまったと内心で己を叱咤する。
「待て待てっ! その偽物が魔法で創られた奴なら生き物じゃないだろ! それなら〈気配感知〉に引っ掛からない筈だぞ!」
エゲンが発言した疑問は、ベグダットも抱いていた。
魔法は魔力によって発現させた力だ。生き物には生命力と魔力を宿してはいるが、魔力と生命力は同じものでは無い。
生命力から創り出したのなら納得は出来た。
「それに個人の気配を再現するなんて、如何考えても無理だ!」
「可能よ」
エゲンの否定的な疑問に対し、ベレトリクスは短く否定する。
「あんた達は〈気配感知〉しか持って無いから解らないだろうから、特別に教えて上げるわ。魔力と生命力の気配波長は同じなのよ」
彼女の口から告げられた内容に、エルガルム以外の者は驚きと不可解を其々口にし出す。
「生物は大なり小なり、個体別ごとに違う気配を生まれ持っておる。感知系特殊技能を有してる者なら実感して理解している事じゃ」
「なるほど、何方も気配波長が同じだっていう事実には驚きだ。だがそれだけじゃ〈気配感知〉を騙せる説明には成らねぇ。俺達は生命力から発生する気配を感知してたんだ。魔力なんざ感知して無ぇ」
ベグダットは納得出来ないと否定的な意見を口にする。如何にして自分達の感知を騙したのかを知る為に。
「あんた達は感知してたわよ、魔力」
「………は?」
ベレトリクスの言葉に、ベグダットとエゲンは理解出来ないと言わんばかりの声を上げる。
エルガルム以外、如何いう事だと疑問を浮かべたり呟くのだった。
「いや、可笑しいだろ! 俺達は魔導師みたいに〈魔力感知〉なんて持って無いぞ! 魔力を感知出来ないのに如何やって感じ取れるんだよ!」
エゲンは異議有りと言わんばかりに声を荒げながら反論する。
「あら、言葉が足りなかったわね。正確にはね、あんた達は魔力を生命力から発する気配だと誤認して感知してたのよ」
「な…に……!?」
ベグダットは目を見開き、大きく動揺した。
感知していた気配を誤認させられていた事は理解した。しかし、誤認させる理屈に関しては全く理解出来ずだった。
「ちょっと待て! 誤認させられたのは解ったが、その理屈がサッパリだぞ!」
エゲンも同様に理解出来ずであった。
「……認識阻害系、若しくは精神干渉系の魔法ってのは何となくだが予想は付く。掛けられて感知を誤認させられるってなら納得出来るが、俺達は此処へ侵入するまで直接魔法を掛けられて無ぇ! 実際に長距離から感知されたとしても、俺達に感知誤認の魔法を掛けるには距離があり過ぎる!」
ベグダットは誤認させられた事に、如何しても納得が出来なかった。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――――五感といった様々な知覚の認識機能を異常状態にさせるには直接対象に魔法を掛けなければならない。
対象の知覚を誤認させる何かしらの魔法を掛けられたなら納得がいく。だが、自分達は掛けられてはいない筈が誤認させられているのは可笑しい。
なのに何故、特殊技能〈気配感知〉は偽物から発する魔力を生命から発する気配として感知してしまったのか。
ベグダットやエゲンに限らず、この場に居る殆どの者が解らずといった色を浮かべる。
「何言ってるのぉ、其方が〈気配感知〉を発動させて探ってくれたじゃない」
「探ってくれた…? 如何いう事だ?」
ベレトリクスの言っている内容に理解出来ず、ベグダットは訝し気に訊ねる。
「此方が創った偽物は特殊技能〈気配感知〉に反応する仕組みなのよ。〈気配感知〉に対する逆探知の術式を応用して、その感知者に対して誤認させる特殊な魔力波長を半ば強制的に感知させるのよ。感知者が複数人でも反応するわ」
「〈気配感知〉に……反応だと…?」
「あら、未だ解んない? あんた達は感知特殊技能で自ら魔法に掛かりに行ったのよ。因みに、個人別の魔力波長は〈魔力感知〉で記憶した波長をそのままトレースしただけだからぁ」
その説明を聴いたベグダットは漸くその理屈を理解した。
直接魔法を掛けずに特殊技能〈気配感知〉を誤認させる魔法――――その名は〈無形なる虚構気配〉。
これは感知で常に警戒する者、感知を過信する者にとって、非常に厄介極まり無い幻覚魔法だ。
知覚誤認の魔法を掛けられなければ問題無いと感知を使えば勝手に引っ掛かり、誤認している事すら知らぬ儘に感知した偽物を人や魔物といった生物だと認識してしまう。
そして創り出された視認出来る無形の偽物は、上位級の不可視化の術式も組み込まれていた為、ベグダット達が装着していた看破の効力が低い防護眼鏡でも視認する事は出来ない。
(そんな魔法、如何対策すりゃあ良いってんだ……!)
ベグダットは目の前に居る偉大な魔導師――――賢者エルガルムと魔女ベレトリクスに対し戦慄した。
「疑問は晴れたか? まぁ、俺も今のお前達と同じ心境だ」
ダムクは肩を竦めた後、彼等を問い詰め出す。
「さて、今回の件を含めて幾つかお前達の所業について訊かせて貰おう。何時から同業者を襲って身包みを剥いでた?」
「…さぁな、そんな些細な事は憶えちゃいねぇな」
「これまで発見して得た宝は全部奪った物だな?」
「……今回の件で俺達の素性はバレたんだ。言う迄も無ぇだろ」
「それで、全部奪った物なんだな?」
「いや、全部じゃねぇさ。中には偶然発見して得た宝も入ってる」
「なるほど。なら、これまで同業者を何人殺害した?」
「そうだな……はっきり憶えちゃいねぇが、大体40人辺りだな」
殺害人数を聴いたスラーフとデリネアは顔を顰め、怒りを宿した目で睨み付ける。
「素直に認めるんだな」
「お前達を暗殺しようとした俺達の行動はその目で見ただろ。弁明なんざ出来ねぇだろ?」
「まぁな。お前達が万が一の為に交渉の人質として生かしてた被害者も居るからな。証言だけでもお前達が〝黒〟だっていう信憑性が出る」
「…お前達の事だ、証言だけじゃねぇんだろ」
ベグダットは確信を持った予想を訊ねた。
「ほう、お前さんは常に最悪な事態を想定する様じゃな」
それに対し、エルガルムは感心の言葉を口にし、視線をライファへと向ける。
「その通りじゃ。彼女に持たせた魔法装身具――――監視目の下げ飾りでお前さん達の様子や会話を記録しておる」
「人質を担ぎ、此方へ近付く所から現在も現状を、私の目が届く範囲を通して記録し続けております。先程の質問と返答の遣り取りも証拠として撮らせて頂きました」
やはりな、とベグダットは心の中で呟く。
「……暗殺者の職業持ちの女。エゲンの予想は当たったな」
「こういう状況で当てても嬉しく無いんだけどなぁ。なぁ、あんたも冒険者か?」
エゲンは興味本位でライファに訊ねる。
「いいえ。私は只の護衛です」
「護衛?」
彼女からの返答にエゲンは首を傾げる。
「そういやその女2人について未だ訊いてなかったな。お前達2人は何者だ? 喋り方や雰囲気が其処等の人とは思えねぇ。娘の方は貴族、その護衛を務めてるお前は使用人って所か」
「……仰る通りです」
ベグダットの予想発言に対し、シャラナが答えた。
「彼女は私の専属侍女にして護衛です。そして私はフォルレス侯爵家1人娘、シャラナ・コルナ・フォルレスです」
「フォルレス侯爵家!!? あの〝豪炎の侯爵〟の1人娘かよ!」
とんでもない大物の令嬢だという正体を知ったエゲンは、驚きの声を上げた。
「それと、貴方達と同じ冒険者です」
「白金の金属板…! 嘘だろ、その歳で俺達と同じB等級冒険者なのか…!」
シャラナが首に下げた冒険者証を見せ、それを目にしたベグダットも驚き動揺する。
「貴方達の動向を彼女が監視し、行動の変化が有る毎に情報を伝えて貰っていたのです。此方への接近から二手に別れ、入れる隙間が在る高所から侵入して来るまでの動向全てを」
「くっそ、遠感通信の魔道具を持ってたのか」
「いいえ、違います」
エゲンの発言に対し、ライファはスパッと否定する。
「ベグダット……」
「! ボルゴ、やっと起きたか」
ベグダットとエゲンは、呻く様な声を発し起きたボルゴへと顔を向けた。
「気を付けろ…。其奴、只の暗殺者じゃない…」
「何…?」
ボルゴが口にした言葉に、ベグダットとエゲンは理解出来ずといった表情を浮かべる。
そんな彼等に対し、ライファは掌を向ける。
その直後、ベグダット達の影から形が定まっていない真っ黒な実体が出現する。そしてそれは瞬時に先端が尖った多数の針へと変形し、全ての尖端を全方位から彼等を囲い向ける。
「影…!? まさか、影術師か!」
「はい。御覧の様に、私は影を操作する魔導師でもあります。そして影の中に潜む事も可能です」
それを聴いたベグダットは戦慄した。
現在、この地下原生林は闇夜の世界――――全てに影が覆われている。
影を自在に操り、その身を影に沈ませ潜む事が出来る者にとって、其処は広大にして最高の地の利である。
そしてそれは敵にとって、死の恐怖が付き纏い続ける広大な蜘蛛の巣である。
つまり、彼女は何時でも容易に殺す事が出来たという事。
「その御顔の色からして、御理解して頂けた様で何よりです」
「く……!」
ライファに心境を読み取られたベグダットは、苦い顔を浮かべ睨み付ける。
「さて、他の仲間とか組織とかの尋問を含めたお前達の処遇は、冒険者組合の方で任せるとしよう。という訳で」
ダムクは獣人冒険者4人に目を向ける。
「此奴等を冒険者組合への連行を御願いしたい」
「は、はい。良いですけど……俺達なんかで良いんですか?」
ダムクの頼みに対し、スラーフが確認を取る様に訊ねる。
「実はさ、俺達此処に潜って未だ1日目なんだ。折角此処まで進んでまた直ぐ最初からってのは……ちょっとな」
ダムクは困った笑みを浮かべ、申し訳無さそうに言う。
「それなら問題無いですよ。俺達、明日に依頼の素材を持て帰る予定でしたし」
本来なら自分勝手な理由だが、此方は行き、此方は帰りという互いの都合が合った御蔭で揉める事は無かった。
「徒歩で戻るのか? 帰還の巻物は持って無いのか?」
「いやぁ……、資金に余裕を作る為に暫く節約中で買ってないんです」
「なら丁度良い。此奴等の帰還の巻物を使うと良い」
ダムクは幸運の採掘から取り上げた帰還の巻物をスラーフに渡す。
「序でにこれ上げる。全部この小袋に突っ込んどいたから」
ベレトリクスも同じく幸運の採掘から取り上げた所持品を革製の小袋に纏め、それを彼等にポンと渡した。
「あ、おい! 返せ!」
「散々奪ってたんでしょ。盗人が返せだなんて言える立場じゃないでしょ」
エゲンの短い物言いに対し、ベレトリクスは揶揄う様な口調で言い返す。
「良いんですか? こういうのはあの3人を捕まえた皆さんが貰うべきだと思うんですが」
「そんなの気にしなくて良いわよ。それに彼奴等を突き出したらそれは誰の所持品でも無くなるんだし、貰える物は貰っちゃいなさい」
「そ……それじゃあ御言葉に甘えて、有り難く頂きます」
ベレトリクスにそう言われ、尋ねたリテットは嬉しそうな笑みを滲ませる。
「帰還を為さる前に、此方も持って行って下さい」
そしてライファも彼等に小さな水晶玉を1つ手渡す。
「その水晶には、先程迄に至る音声と映像が記録されております。冒険者組合に証拠資料として必ず提出して下さい」
「勿論ですとも!」
受け取ったスラーフは力強く了承する。
「良し! じゃあお互い遣る事は決まったし、寝るとしようか。お前達も此処で休みな。朝に為る迄は俺達が交代しながら彼奴等を見張るからさ。ちょっと天幕の中は狭くなるけど良いか?」
「良いんですか!? ありがとう御座います!」
ダムクからの歓迎に獣人冒険者4人は心に深い安堵を抱き、朝までに残った就寝の時間を共にする提案を受け入れた。
「スラーフ、明日は休もう。朝帰りの後にまた依頼を受けるのは身体に堪えるしさ」
「そうだなぁ。流石に身体が怠い儘じゃ真面に動けないしな」
リテットからの提案に、スラーフは気の抜けた声で賛成する。
「俺は早く身体が洗いたいよ。今日は汗かいたし、着る物も洗いたいし」
「はいぃ。シャワーがとても恋しいですぅ」
デリネアとフィルフィも同様に賛成を口にする。
「――――けど寝る前に」
デリネアは幸運の採掘一党の元へと近付き、バシンッと左の掌と右の拳を合わせる。
「此奴等を打ん殴るっ!!」
彼女は猛獣特有の唸り声を喉から鳴らせ、額には血管が浮かび上がらせる。
「ちょちょちょっ、殴り殺すなよデリネア。因みに何発殴るつもりだ?」
スラーフは彼女に対し遣り過ぎない様に釘を刺し、嫌な予感から何発殴るのかを訊ねる。
「気が済むまで。最低は100発っ!!」
あ、これアカンやつだ!
下手したら殺り兼ねないデリネアを、他の仲間は慌てて取り押さえ出す。
「駄目だって! 気持ちは解るけど殺っちゃ駄目だって!」
「そうだよ! 幾ら犯罪者が相手だからって、殺害しちゃったら僕達も此奴等と同類に為っちゃうってば!」
「落ち着いて下さいデリネア、罪を犯してはいけません~!」
「ウガァー!! 放せぇぇ!! 遣られっぱなしな儘は性に合わないんだ!! 殴らせろぉーっ!!」
デリネアは仲間に抑えられながらも、怒り増し増しで幸運の採掘の3人に殴り掛かろうとする。
「そんなに殴りたいなら殴らせてやるよ」
そんな彼女に対し、ボルゴが嘲りを含ませた口調で挑発する。
「手前、舐めてんのかコラァ!!」
ボルゴに挑発され、デリネアの怒りが助長される。
「舐めるも何も、俺にとって子猫風情のお前程度に何発殴られても死なないね」
「猫じゃねぇ!! 俺は虎だぁ!!」
(あれ? 虎って猫科の動物だから強ち間違っていない様な…)
それを聞いたガイアはふと疑問に思ったが、この異世界に存在し生きる獣人族の場合だと猫科とか犬科といった括りをせずはっきり分けているのだろうと予想を浮かべる。
「何だったら武傑の覇狼の拳を受けてやるよ。幾らS等級でも、一発なら耐えられるさ」
「ほう…。それはつまり、俺はお前に一発殴っても良いという事だな?」
それを耳にしたヴォルベスはボルゴの前に近付き、指の関節をベキバキと鳴らす。
「止せボルゴ。そんな無駄な事遣っても何にも成んねぇぞ」
ベグダットはボルゴの無意味な挑発を諫めようとする。
だがその時、彼の言葉を無為にする発言が飛び出す。
「だったら賭けをしないか?」
発言をしたのは――――エゲンである。
「賭けだと?」
彼の発言にヴォルベスは僅かに眉間を寄せる。
「!? お前っ、いったい何を――――」
ベグダットはその可笑しな事を言い出したエゲンも諫めようとしたが、エゲンから「任せてくれ」と目を送られ、諫め言葉を途中で途切らせた。
「如何いう理由や依頼でダンジョンに潜ってるかは判らないが、あんた等の事だ、少なくとも下層部には行くんだろ?」
「……例えそうだとして、それが何だ?」
「まぁ話を最後まで聞いてくれよ。俺達は腐ってもB等級冒険者、下層部に行く事だってある」
エゲンの語り出した内容に、ベグダットは察した。
此方が知り得ている情報を交渉に使ってエゲンは逃げ出す算段を試みているのだと。
「そんで最近、下層部のある領域に宝探しと洒落込んで潜ったんだ。……其処で異様な光景を俺達は見ちまったんだ」
「異様な光景? 何を見た?」
下層部で異様な光景という内容にダムクは気に為り、エゲンに問い質す。
「おっと、それを言っちゃったら賭けが出来なく成るから、これ以上は言えないな」
それに対しエゲンは当然答えは言わず。
「其方が賭けに勝ったら、ここ最近の下層部について教えてやるよ。但し、俺達が勝った場合は見逃して貰う。後さっき其処の狐に渡した記録映像が入った水晶も渡して貰おうか」
「手前ふざけてるのか!! 賭けが釣り合ってないぞ!!」
今も仲間に抑えられているデリネアは異議を唱える。
「出来れば所持品全部返して貰いた所なんだ。此方なりに譲歩してるんだから黙ってな」
そんな彼女の異議に対し、エゲンはあしらう。
「勝負方法は簡単だ。この場に居る誰か1人を代表として決めてボルゴを殴り気絶させるだけだ。但し、攻撃は拳一発だけだ。如何だ、解り易い賭けだろ?」
「そんな賭けで良いのか? 其方が不利なのは明らかだぞ」
「かもな」
ダムクに賭けの勝率の低さの指摘に対し、エゲンは開き直ったかの様に短く肯定寄りな返答をする。
「如何する? 乗るか? 降りるか?」
そう口にしたエゲンは、視線をデリネアへと向ける。
「折角だからS等級冒険者に頼ったって良いぞ。お前だと賭けに負けちまうかもしれないし」
「んだとぉ!!」
エゲンから嘲りが含まれた言葉を飛ばされ、デリネアの怒りは更に増す。
「別に弱い自分より強い奴に任せて、確実に勝ちを取るのは悪い事じゃないさ。寧ろそうした方が賢い」
明らかに挑発しているのは見聞きして判る。そして挑発の矛先はデリネア。意図的に彼女を勝負に引っ張り出して賭けに勝とうとしている。
「そうだ、何なら武技や特殊技能を使って良いぞ。じゃないと俺の意識を吹っ飛ばせないだろう?」
エゲンの挑発発言に便乗し、ボルゴも挑発を投げ掛ける。
「上等だこの野郎!! 手前のその顔面今直ぐ凹ませてやるからな!!」
「落ち着けデリネア! 気持ちは解るが考え無しに乗っちゃ駄目だ!」
スラーフは殴りに掛かろうと暴れるデリネアを抑えながら宥める。
「そうだよデリネア! それに、賭けに勝っても彼奴等が約束通りにさっき言ってた情報を教えてくれる可能性が低いよ!」
リテットも必死に彼女を抑え、相手が賭けとして提示したここ最近の下層部に関する情報は何も無いかもしれないと主張する。
「心外だなぁ。其方が勝てばちゃんと教えるって。ま、其奴じゃボルゴを一撃で気絶させるのは無理だとは思うけどな」
エゲンの言葉にデリネアの怒りは更に増し、唸り声をより大きく喉から鳴らす。
「ねぇ、誰でも良いのよね?」
そんな時、ベレトリクスがニコーっと笑みを浮かべながら訊ね出す。
「え? あ…あぁ、1人が代表なら誰でも」
訊ねられたエゲンは、彼女の笑みから感じた妙な違和感に少し動揺しながらも答える。
「そう」
そしてベレトリクスは視線を彼等の後ろへと向ける。
「じゃ、という訳で御願いするわねぇ――――ガイア」
「ンンンン?」(え? 僕?)
ベレトリクスの声掛けに対し返事をした謎の声。それを耳にした幸運の採掘の3人は不意と衝かれたかの様に驚き、無意識に身体を硬直させてしまう。
彼等は謎の声の発生源である後ろへと振り向き、そして――――目にする。
「え? は!? ええ!!?」
エゲンは吃驚仰天と言わんばかりの素頓狂な声を上げ、目にした存在から離れようと芋虫みたいに地面を這う様に動く。
「何だ、このデカい奴は!!?」
自分よりも大きな体格をした存在にボルゴも驚き、両脚を動かして地面をズリズリと鳴らしながら離れ出す。
「おいおいおいおい、いったい何時からこんなのが居たんだ!!?」
これにはベグダットも驚愕し、余りにも予想外な存在の出現に冷静さを欠いてしまう。
「…!! あの樹木……鉱石に原石…!! まさか、あの妙な岩?!!」
侵入前に目にした奇妙な岩が、眼前に居る謎の存在である事にベグダットは気付く。
「うぇえ!!? あのお宝岩!!? 岩石動像だったのかよ!! っていうか、見た時とデカさ違くない!!?」
「いや、此奴は動像なんかじゃねぇ!! 魔獣の類だ!!」
何故此処に魔獣が居るのか。その理由をベグダットは閃いたかの様に予想が浮かび、顔をある人物2人へと向ける。
「おい何方だ!!? 何方が調教師だ!!? 何方が此奴の主人だ!!?」
ベグダットは魔導師の偉人2人――――エルガルムとベレトリクスに問い質す。
こんな魔獣は今迄見た事が無い。
それにこのダンジョン上層部で極偶に出現する異常的存在とも何かが違う。
そんな魔獣が居るのに他の者達は平然としている。
そこから考えられる可能性――――それはこの魔獣は此処に居る誰かに飼われているという事。
もしそうなら、これ程の魔獣を調教出来る候補はこの偉人2人の何方かとしか考えられない。
「ん? 儂もベレトリクスも調教師系の職業は修めとらんよ」
しかし、エルガルムから予想した可能性をあっさり否定され、ベグダットは困惑してしまうのだった。
「まぁそう予想するのが普通じゃろうが、本当じゃよ」
「……有り得ねぇ…! 調教師が居なきゃ……それも上位の職業じゃなきゃ魔獣がこうも大人しくしてる訳が無ぇ…!」
ベグダットは信じられないと否定を口にする。
「……ボルゴ。なぁボルゴ。あれの攻撃に耐えられる自信有る?」
「………死ぬ気で耐えれば、多分ギリ意識保てる」
エゲンはボルゴに密やかに問い、ボルゴは不安を滲ませながら何とか成るかもと答える。
「じゃ、とっとと賭けを始めましょ。ガイア宜しくぅ」
ベレトリクスに勝ってに開始進行され、ベグダット達は顔をギョッとさせ如何しようと焦り出す。
(宜しくって言われても……。う~ん)
代表として選ばれたガイアは不安を抱く。
不安といっても賭けに負ける事ではなく、殴る相手を一撃で撲殺してしまう可能性の方である。
(さっき迄とは変わって不安が色濃く出てるし、思いっ切り脅せば参ったしてくれるかな?)
ガイアは彼等の様子をチラッと窺い、うっかり殺してしまう可能性の在る方法以外で負かす遣り方を自分なりに思考する。
(ん~。もし参った言わなかったら、強化特殊技能解除して普通に殴るしかないか)
少し考えた末、単純な方法で負かそうとガイアは決めた。
(それじゃあ、行きまーす)
ガイアは一回大きく息を整え、目を閉じた。
そんなガイアに対し、ボルゴは全身の筋肉を硬直させ身構える。
彼に限らず、ベグダットとエゲンも思わず身構えるのだった。
その場の空気は静寂に満ちる。
だが、その短い静寂は一瞬で塗り潰さ、空気が一気に重く為る。
目を開いたガイアの目付きは一変し、穏和や慈悲の欠片すら宿っていない畏怖を刻み込む恐ろしい目と為り、眼前の3人に威圧を放つ。
ガイアからの威圧を全身で浴びる幸運の採掘は色濃い恐怖一色染められる。そして彼等に限らず、少し離れた場所から観ていた結束の勇獣も畏怖を抱かされ、全身の毛を逆立たせる。
その圧力感は此処野営場だけに留まらず、視界や感知の外に居る地下原生林全ての生物もそれを感じ取り、余りの恐ろしさに畏怖を放つ圧倒的強者から安全圏まで逃げ出す。
ガイアが放つ特殊技能〈威圧〉はこの場に居る者全てに限らず、超広範囲に渡る全ての生物に対し圧倒的な畏怖を齎すのだった。
ガイアは右腕を上げながら後方へと引き絞り、握り拳をゆっくり作る。
来る…! 今迄に無い強烈な一撃が!
ボルゴは決死の覚悟を抱く。
しかし――――
(特殊技能〈強靭金剛腕〉)
ガイアの腕全体が一気に膨れ上がり、筋肉が隆々とした岩石の腕と成る。
「…………は??」
それを目にしたボルゴとベグダットとエゲンは、眼球が飛び出るのでは思える位に見開いた。
無論、彼等と同様に結束の勇獣もガイアの腕を観て愕然とする。
ガイアは左脚を前に出し、右拳を振り抜く構えを取る。
「え、ちょ、ちょっと待って…?!」
左脚の大きな一歩で距離を迫られ、ボルゴは圧倒される。
(如何か参ったを言ってくれますように)
ガイアはこれから行う恐ろしい事とは裏腹な事を祈り、引き絞った腕を放とうとする。
その僅かな攻撃前の動作をボルゴは己の絶対な死を直感した。
そしてガイアが拳を振り抜き出した瞬間――――
「うわぁあああああああ無理無理無理無理無理無理俺の負けです許して下さいぃいいいやぁああああああ!!!!」
ボルゴは今迄上げた事が無い情けない声を上げながら、大号泣をし出しだ。
彼の懇願な叫びを瞬時に聴き取ったガイアは、拳をギリギリな所で急停止させる。
ガイアの拳の振り被りから生じた強烈な風圧は、炸裂する様な音を鳴らし吹き抜けた。
その後、空間はシンと静まり返った。
(ふぅ。良かった、参った言ってくれた)
撲殺せずに済んだ事に安堵したガイアは拳を引き、ボルゴの様子を見た。
(……あり?)
ガイアの視界に映ったボルゴは――――気絶をしていた。
白目を剥き、多量の涙を流し、倒れず身体を硬直させた儘、意識を完全に失っていた。
(真っ白に為っとる……)
参ったを言わせる目的の脅しだったが、流石に度が過ぎた様だ。
(……うん、まぁ勝利条件満たせてるし……結果オーライかな)
そう思いながら、ガイアは視線をボルゴからベグダットとエゲンに向ける。
ガイアに視線を向けられたベグダットとエゲンは、ビクッと身体を一瞬振るわせた。
「賭けは此方の勝ちね。じゃ、約束通り――――下層部について教えてくれるわよね?」
そんな恐怖に支配された彼等に、ベレトリクスはにまにまと笑みを浮かべ揶揄う様に訊ねる。
「言いますっ、言いますっ!! 嘘偽り無くっ!!」
此方に謎の魔獣を嗾けられたくないエゲンは素直に負けをはっきり認め、ここ最近の下層部についての情報を教えると何度も頷いた。
「…………付けが回って来るにしたって……最悪にも程があるだろ」
ベグダットは力無く項垂れ、死に恐怖して生きたいと願ってしまった己を情けなく思いながら諦めるのだった。
こうして、奇襲者を迎撃して同業者である冒険者一党を救出という深夜の出来事は終わり、朝までの残り数時間を就寝し心身を休ませるのだった。




