招かれざる暗殺者22-2
何処まで広がっているか、検討が付かない鬱蒼とした世界。
周囲の木々は地に深く根を張り、不均等な間隔を空けて立つ。
ほんの僅かに風が戦ぎ、地面に生えた草や木々の枝葉がささやかす。
微風に乗って、青臭い自然の香りが鼻腔に入って来る。
悪く無い匂いだ。実に自然らしい森の香りである。
(……本当に地下とは思えないなぁ)
ガイアは視界を動かし、森が奥まで広がる空間を見渡す。
地下原生林と呼ばれる領域に入ってから洞窟の岩壁が見当たらず、上を見上げても在る筈であろう岩石の天井は木々が宿す無数の木の葉に覆い隠され、高さも目測出来ない。
この地下原生林で生まれた生き物からすれば、此処はまるで外と変わらない環境と言える。
ずっと此処で暮らしてしまうと外の森だと錯覚し、地下世界である事を忘れてしまいそうだ。
地の草を踏み、草木を分け、狭き道を通り、高所を登っては下へと降り、ひたすらに進む。
とても静かだ。
そんな森の空間に時折、奇妙ながらも綺麗な鳥の鳴き声が響く。
鳥の魔獣種も生息しているのだろう。
(それにしても…、遠くではあるけど彼方此方に居るなぁ)
特殊技能〈魔力感知〉を常時発動し周囲を探ると、遠方の存在を多く感知に引っ掛かる。ちょろちょろと動き回ったり、その場からジッと動かなかったりと、群れで行動している生き物や単独で行動している生き物等である。
(うーん……。感知特殊技能で把握は出来ても、それがどんな生き物かが判らないんだよなぁ)
この特殊技能はどの方角でどれ位の距離に居るかは判るが、感知した存在が何なのか迄は判断出来ないのが悩み所である。
あくまで感知するだけ。
だがそれを補う魔法や特殊技能は、ちゃんと存在している。
〈生命識別〉と〈魔力識別〉と呼ばれる2つの魔法と、〈気配識別認知〉〈魔力識別認知〉と呼ばれる特殊技能である。
これ等の効力は其々に応じた感知特殊技能の性能を上昇させ、感知した存在を識別出来るようにさせる。
ガイアはその魔法と特殊技能については教わったが、修得したのは戦闘系のものが中心だった。
(識別出来る魔法……覚えとくんだった……)
こういった時の事も考えて覚えておくべきだったと、ガイアは少々後悔するのだった。
(ん?)
そんな時、感知で捉えていた存在が此方へとゆっくり近付いて来るのをガイアは気付く。
後方からだ。
ガイアに限らず、感知特殊技能を持つ者全員、そして感知特殊技能を有してしないダムクも何かが近付いて来るのを感じ取っていた。
しかし、誰も何かが来てると口にせず、振り向きもせず、敢えてそのまま前進し続ける。
そんな一行を尾行するかの様に地を静かに這いずり、胴が非常に長い何かが最後尾のヴォルベスへと接近する。そして口を大きく開き、剥き出した鋭く長い2本の牙で眼前の獲物の首に目掛けて噛み殺そうと急速接近した。
その直後、その何かは噛み付く前に頭を掴まれ阻止されてしまうのだった。
「やはり此奴だったか」
ヴォルベスは後方を一切見ず、背後から襲って来た何かの頭を難無く片手で捕らえる。
彼の一言に全員が後方へと向け、忍び寄って来た存在を視界に映す。
ヴォルベスが片手で摘まむ様に掴んでいたのは、森林緑蛇と呼ばれる蛇の魔獣種である。皮膚表面は無数の小さな鱗が瓦状に覆い、手脚の無い円筒形の長い身体は成人男性の腕よりも太く、頭から尻尾の先まで色鮮やかな黄緑色で彩っていた。それはまるで、前世の世界に居るミドリニシキヘビの様である。
「森林緑蛇ですか。ダンジョン内にも生息しているんですね」
シャラナは掴まれた森林緑蛇を見てそう口にする。
以前エルガルムと修業の旅をしていた時期、森での魔物との実戦訓練で森林緑蛇と対峙する事が良くあった。そんな経験が有る故、彼女は驚きはしなかった。
幾度か対峙していれば、ある程度は慣れるものである。
「ダンジョン外で闘った事があるのか」
「はい。先生と修業の旅をする中、実戦訓練で対峙した経験は有ります」
「なら、此奴の説明は大丈夫だな」
森林緑蛇との戦闘経験有りだとシャラナから確認するダムクを他所に、捕まっている森林緑蛇は長い胴をヴォルベスの首に巻き付け、絞め殺そうとする。
しかし、ヴォルベスは平然とした儘、空いているもう片方の手だけで首に巻き付いた森林緑蛇の身体を簡単に解く。
そしてヴォルベスは躊躇い無く、森林緑蛇の首を圧し折った。
「食糧と皮素材が取れた。直ぐに解体するか?」
「いや、其奴の解体は後だ。するのは休息前が良い」
「うむ、分かった」
ダムクからの意見を聴き入れたヴォルベスは、森林緑蛇を自分の大収納小袋に収納した。
(わぁ、何か不思議な光景)
かなり胴が長い蛇が魔法の小袋へと入って行くその光景は、まるで手品の様だとガイアは思うのだった。
(ん? 上から何か来てる?)
そんな時、今度は頭上から何かが落ちて来るのを感知したガイアは上を見上げた。
当然、他の全員も気付き上を見上げる。
「また森林緑蛇か」
ダムクは此方に向かって落下して来る蛇の魔獣種を視認する。
落ちて来る森林緑蛇はパックリと口を開け、何かの標的目掛けて喰い付こうとする。恐らくは樹の高所から此方の様子を窺い、別の同種を倒したという隙のある状況と判断してでの行動なのだろう。
しかし、ダムクを除く全員は感知系特殊技能を有してる為、高所からの奇襲は簡単にバレる。そんな事など判らぬ儘、森林緑蛇は標的に目掛けて飛び付こうと降下する。
その結果――――
「ン」
あっさりガイアに捕まってしまうのだった。
捕まった森林緑蛇は逃れようと藻掻くが、それは叶わず、ガイアの硬い岩石の手によって首を圧し折られ、呆気無く死に至った。
「ンンンン」(はいこれ)
ガイアは死した森林緑蛇をヴォルベスに渡し、ヴォルベスはそれを大収納小袋へと仕舞い込んだ。
ちょっとした奇襲を簡単にあしらった後、一行は進行を再開する。
暫く歩き続け、奥へと進んでから森の中が暗さを増した。
「ふむ、そろそろ日が沈む時間じゃのう」
如何やら地下ダンジョンの光量は、時間帯によって変化するそうだ。いったいどんな原理なのかは未だ解明されていないという。実に謎だ。
「そうですね。これ以上無理に進むのは良くないですね」
エルガルムの言葉にダムクは歩みを止めた。
「良し、今日は此処までにして野営をしよう」
周囲には樹々や苔が生えた岩が在るが、適度に開けた見通しの良い野営場所である。
「ミリスティ、2人を呼び戻してくれ」
「了解。直ぐ戻るね」
ダムクに頼まれたミリスティは高く跳躍し、軽快かつ迅速に先行するミュフィとライファの元へと向かった。
「さてと、先ずは此奴の設置からだ」
ダムクは自分の大収納小袋から、ある魔道具を取り出す。
「これを此処から半径20メートルから25メートル位離れた場所に設置してくれ」
取り出したそれを1つ、シャラナに渡す。
「これは……魔物避けの御香ですか」
「そうだ。これを四方に置いて、魔物を近寄らせない様にするんだ。使い方は解るか? 此処の輪っか状の縁をしっかり回し切れば、中の香草が焚かれ出すから」
(へぇー)
シャラナの隣に居たガイアは、魔物避けの御香をマジマジと見る。
「神獣様も遣ってみます?」
「ンンー」(遣るー)
遣りたそうに見えたのかダムクに尋ねられたガイアは返事をし、物を強請るかの様に両手を差し出す。
「良し、それじゃあ御令嬢さんと神獣様は彼方の方を頼む。俺とヴォルベスは此方の方に設置する。設置したら直ぐに焚いてくれ」
「解りました」
「ンンンンー」(りょーかい)
そうしてダムクはその場から離れ、ヴォルベスにも魔物避けの御香を渡した後に設置する場所へと向かう。
「じゃあ、私は彼方の方に設置して来るね」
シャラナはガイアにそう告げた後、その場から離れる。
ガイアもダムクから渡された魔物避けの御香を持って、設置場所へとのそのそ向かって行くのだった。
(んーっと……この辺かな?)
ガイアは後ろへ振り向き、さっき居た場所からの距離を目測する。
確認した後、手に持った魔物避けの御香を地面に置く。
(えっと、此処を回せば良いんだよね)
そして丸みのある金属製容器の輪っか状の縁を回し切る。カチッと鳴った直後に容器内から高熱が発生し、3秒か4秒後に容器の天辺部分に空いた小さな孔から香煙が噴き出す。
噴き出す香煙は薄っすらな紫色をし、仄かな熱と嗅いだ事の無い不思議な香りが辺りを漂い、範囲を徐々に広げていく。
魔物はこういう匂いが嫌なのだろうかと、ガイアは漂う香りを嗅いで思考する。
(それにしても………何か加湿器に似てる気がする)
そして香煙を噴き出す魔物避けの御香を観て、そう思うのだった。
魔物避けの御香の設置を終わらせ元の場所へと戻った時、ミリスティとミュフィ、そしてライファが戻って来た。
「ただいまぁー」
「おう、御帰り。周辺の様子は如何だ?」
ダムクは帰って来た3人に周辺状況を尋ねる。
「現状此処から大体200メートル範囲内には居ないよぉ」
ダムクからの問いに対し、ミリスティが答えた。
「そうか。なら範囲外の方は如何だ?」
「それなりに魔物や魔獣が徘徊してたよ。視認したのは森林狼に隠伏の紫毒蛇、暗森の蝙蝠の群れだね。後は小鬼とか森大鼠、ジッと擬態してる怪樹人を感知で確認したくらいだよ」
「他の冒険者一党も居た。一応偵察したけど、万が一接触しても問題無いと思う」
ミュフィもミリスティの報告内容を補足する様に答える。
「なるほど、現状は暫く安全の様だな。なら今の内に鳴子も張っちまおう。ミュフィ、糸を頼む」
「了解」
ダムクに頼まれたミュフィは腕に装備している魔糸紡ぎの籠手の力を行使し、魔力で構成された極細の糸を作り出す。
「リーダー、持ってて」
「はいよ」
ミュフィは魔力の糸をダムクに手渡した。
その直後、ミュフィは音を立てる事無く疾風の如く跳躍する。
跳躍した先に在る1本の樹を素早く1週し、魔力の糸を巻き付ける。そして次の樹へと迅速に移り巻き付け、更に別の樹へと移り巻き付ける作業を幾度か繰り返し、野営場所の周辺を魔力の糸で囲った。その範囲は魔物避けの御香の設置場所より5メートルの誤差である。
糸の張り巡らしたミュフィが戻り、ダムクに持たせた糸と籠手から伸びた糸をキツく結ぶ事で、魔力の糸による結界が完成する。
後は多数の鳴子を魔力の糸に付ければ終了である。
そんな時にベレトリクスから張った糸に不可視化の魔法を付与すると良いとシャラナは教わり、糸全てに付与するコツを教わりながら、魔力の糸と全ての鳴子に不可視化の魔法を施す。
最後の仕上げはベレトリクスの魔法〈上位魔力隠蔽付与〉により、魔力の糸から発する僅かな魔力気配を隠蔽した。
魔物の警戒対策を整え、火を焚いて周囲の明かりを確保し、天幕を張り出す。
金属製の天幕用骨組を組み立て、断熱性と弾水性が優れた丈夫な布を張り、男女別々に分けた2つの天幕が完成する。
後は食事と解体作業を済ますだけ。
食事はライファが作り、ミリスティは彼女の手伝いをする。
未解体の魔物の解体作業はダムク、ヴォルベス、ミュフィの3人で行う。
エルガルムとベレトリクスは宝石に魔法を付与と鋳塊を〈金属錬成〉で形を変え、何かしらの魔道具を作成する。無論、素材は擬態宝箱から取り出した物である。
シャラナは食事が出来る間に特殊技能〈精神統一〉で魔力の自己回復に専念し、明日に備えて万全な状態を整える。
そしてガイアは、篝火を眺めながらボーっとする。
遣る事が無い。
あるとすれば、傍に置いた擬態宝箱が、篝火で焼かれる肉を勝手に喰わない様に見張っては止めるくらいだ。
後で食べさせてやるからと宥め、ガイアは〈豊穣の創造〉で背に宿る樹木に実らせた林檎を与えて擬態宝箱を大人しくさせる。
暫くして、森全体は完全に真っ暗な世界へと成った。
暗闇は通常の生物にとって本能的に恐怖する環境だ。何かが潜んでいるかもしれないという疑心、そして暗闇の中を蠢く見えない存在がいきなり襲い来るかもしれないという暗鬼が生ずる。
夜目の利かない生物は夜行性の魔物の獲物と成り得る故、暗闇と成った世界では何処か安全な場所に隠れて夜を過ごす。
人も同様に、何も見えない環境下に置かれれば恐怖が生じる。
そんな暗闇の世界のほんの一部を照らす篝火は、見ているだけで恐怖が和らぎ、近くで暖を取れば不思議と安心を抱ける。
(………落ち着くなぁ)
火の大切さ、明かりの安心感をガイアは静かに堪能する。
「食事出来たよぉ」
食事の用意が出来、ミリスティが皆に声を掛けた。
「お、丁度良いタイミングだ」
丁度解体作業を終えた3人は素材の整理をし、大収納小袋に突っ込んでから篝火へと向かう。エルガルムとベレトリクスも切りの良い所で作業を終わらせ、シャラナと共に篝火へと向かう。
全員が集まったところで、出来上がった料理が配膳される。
大きめな木製の皿には携帯食である数種の乾燥野菜をお湯で浸し水分を含ませた温野菜、茹でて水分を入れた乾燥馬鈴薯を丸々1個、そして肉料理として道中で倒した好戦的な山羊の焼肉である。
「おお、これは実に美味そうだ」
盛られた山羊肉を目にしたヴォルベスは尻尾を振り出す。
彼の言う通り、焼かれた山羊肉から立ち上る良い匂いだ。それに加え香辛料の香りも相俟って食欲がそそられる。
料理に使用された携帯食は只の乾燥では無く、魔法によって凍結乾燥された物だ。乾燥されているので長期保存が出来、水やお湯さえ有れば数分程度で食べられる様に為る冒険者にとっての必需品の1つである。
ガイアからすれば、謂わば即席食品である。
〈保存〉の魔法が施された携帯食の場合は直ぐに食べれるという利点が有るが、その魔法効力は無限では無い。効力が切れればその瞬間から時間が経つにつれ品質は徐々に劣化し、賞味期限が切れれば腐り出す。
だが凍結乾燥した物の方が多少安価であり、腐る事は無い。
この異世界にも凍結乾燥食品が存在している事に、ガイアは意外という心境を抱き驚いた。
本当に魔法は便利である。
料理が全て配膳され、全員は木製の肉刺を持って食し出す。
(うはーっ! 山羊肉美味ーっ!)
口に広がる山羊肉の旨味汁に、ガイアは顔を綻ばせる。
「やっぱこの肉は美味いなー」
ダムクの言葉に、他の一党仲間はうんうんと頷き肯定する。
「それに焼き加減も実に良い。流石は侍女殿だ」
「ありがとう御座います」
ヴォルベスからの褒め言葉に対し、ライファは微笑を浮かべて返答する。
「野営での食事なんて随分久しいわ。何時振りかしら」
「御主は研究やら支給する魔法薬の生産で、永い間引き籠ってたからのう。久方じゃから多少感覚が鈍ったのではないか?」
「そうねぇ。実戦から離れて随分経つし、下層に入る前に感覚は取り戻しておきたいわねぇ」
「まぁ儂も多少は鈍っているじゃろうな。危険度A以上の魔物との実戦は暫くしとらんし」
「そうだ賢者殿、魔女殿。御二方に訊いてみたい事がありまして」
ベレトリクスとエルガルムのある会話内容に気になったヴォルベスは尋ね出す。
「種は問わず、是迄の人生の中で倒した一番の強敵は何なのでしょうか?」
その言葉に誰もが視線をエルガルムとベレトリクスに向け、偉人2人の口からどの様な内容が聴けるのか耳を傾ける。
「倒した中で最も強かった奴か。そうじゃな……、輝焔老竜……いや、天嵐老竜かのう。剛地老竜もかなり苦戦したしのう……いや、地の利的には蒼海老竜かの」
「凄ぇ!! その老竜全部1人で倒したんですか?!」
老竜の名称にダムクは子供の様な心境で驚く。
(エルダードラゴン……!)
ガイアもそれを耳にした瞬間、内に在る好奇心を輝かせる。
竜はこの世で最強種に部類される生物だ。竜の息吹は上位級の魔法に匹敵する威力を誇り、竜の種類によって様々な属性の息吹を有している。
在る竜は全てを灰塵にする灼熱の炎を。
在る竜は巨鎚の如き破壊を齎す衝撃の風を。
在る竜は金剛鉄をも容易く貫き切断する鋭利な水を。
息吹に限らず、肉体的能力は巨人族を上回る個体は数多く、多数の攻撃・強化・耐性の上位特殊技能を有しており、中には魔法を操る竜種も多く存在する。
「魔導の探究にして世界を知る1人旅をしていた永い時期、各地での危険地帯を探索していた過程で遭遇してのう。当時は未だ特殊技能〈鑑定の魔眼〉が発現していなくてな、それまでは至近距離での〈審明鑑定〉を多用してたわい」
「老竜相手に接近するって、魔導師なのに凄い肝が据わってますね」
「ホッホッホッ。通常の竜種との戦闘は幾度か経験しとったから、動きは大体見切れる。じゃがその時はいきなり襲って来た竜が老竜種じゃと思わなくてな、鑑定を成功させてその結果を覧た時はそりゃあ愕然したものじゃよ」
「あんた良く生きていられたわねぇ。あれは普通1人じゃ倒せる存在じゃないわよ」
自身の体験を語るエルガルムに対し、ベレトリクスは呆れを含ませた微笑を浮かべる。
永き年月を積み重ねて成長し、上位種へと進化した竜種―――――老竜。
通常の生物は歳を取り、高齢と成れば肉体能力が落ちてしまう。しかし竜種の場合それが無く、逆に歳を積み重ねれば積み重ねる程にあらゆる能力が強く為る。その為、老竜は通常の竜種を遥かに凌ぎ、たった1体だけで大国を滅ぼす事が出来る生きた災害と言われているのだ。
そう。ベレトリクスの言う通り、老竜種は1人で相手取れる存在では無いのだ。
単独で勝とうとするなら、英雄や超人といった更に先の領域に到達しなければならない。
大雑把ながら解り易い基準を示すなら、S等級で上の下が良い所だろう。
「つまりは賢者殿は竜殺しならぬ――――老竜殺しの栄誉を有しておられるのか! いやぁ俺達も竜種は幾度か倒した事はありますが、老竜には未だ遇った事が無い」
(竜殺しの栄誉! 良いな、何か格好良い!)
男なら誰もが憧れる偉業を成した証にして英雄の称号に、ガイアは男心が擽られた。
「皆さんは竜種を倒した事があるのですか?」
ヴォルベスが口にした内容に、シャラナは堅実の踏破の4人に問い掛ける。
「あるよぉ。此処のダンジョン下層部に居る竜をね」
シャラナの質問にミリスティが答える。
「どの様な竜を討伐したのですか?」
「えっとねぇ、初めて倒したのは緑森竜だったねぇ」
「懐かしいな、緑森竜。危険度A等級で竜種の中じゃ強くない方だが、A等級だった当時はかなり苦戦したもんだ」
それを聞いたダムクは思い出深そうに口にする。
「リーダー、ちょっと油断したよね。鷲掴みされてメタメタに叩き付けられてたし、竜特有の息吹は持って無かったけど、咆哮の衝撃を数え切れない程喰らってた」
「あったなー……。あれは神秘胴の鎧が有った御蔭で何とか助かったもんだよ。何せ上等な鋼鉄鎧を一撃で砕く程の威力だったしな」
ミュフィに失態経験を言われたダムクは、困った笑みを浮かべる。
「竜種で最初に倒した緑森竜もそうだが、俺は氷霜竜との激闘―――そして勝利したあの時が冒険者として一番の充実と達成感を得たな」
緑森竜と続き、ヴォルベスが氷霜竜の話を上げる。
「凍結の息吹、かなり厄介だったけど、それ以上に自身を中心に起こすちょっと触れるだけでじわじわ凍傷を引き起こす冷気には凄い苦戦した」
「あれは今でも憶えてるよぉ。開戦した直後に周り一帯を寒冷地帯に変えられちゃったから、凄ぉく闘い辛かったなぁ」
それに対し、ミュフィとミリスティも氷霜竜との激戦を思い返す。
(この人達も竜を倒した事があるのか…。凄いな…)
流石はS等級冒険者――――そうガイアは改めて思うのだった。
「下層部にはどれ程の竜種が生息しているのですか?」
シャラナは更に質問をする。
「現在このダンジョンで確認されてるのは、俺達が闘った2体の竜を含めて4種類さ。竜種で最も有名な輝焔竜に剛地竜だ。この4種をダンジョンで発見したのがエルガルム様なんだけどな」
「では、下層部には竜種がそれなりの数が居るのという事ですか」
「いや、片手の指で数えられる程しか居らんよ」
シャラナの質問に、エルガルムが答えた。
「下層部に現れる竜種の出現率は非常に低くてな、下層部全体を根気良く探索しても中々見付からんのじゃよ」
「そうなのですか?」
「ああ。下層に挑めるA等級以上の冒険者で、竜種に遭遇出来た奴はかなり少ない。そして討伐して無事帰還した冒険者は、少数の中からほんの一握りだけだ。俺達もさっき言った竜2体を倒してから暫く見てないし、出現したっていう情報も暫く入って来てない」
そしてエルガルムの説明にダムクが補足を口にする。
「そうか、現在の所は出現しておらんか」
「ええ、ですが今回の探索で遭遇する可能性は高いと俺は思いますね」
「そうねぇ、今回のダンジョン探索で出て来て貰いたいわ。あたしが保管してる竜の素材も少ないし、出来れば会いたいわねぇ」
竜に遭遇する可能性が在る話に、ベレトリクスは期待の笑みを浮かべる。
「ベレトリクス様も老竜を倒した事はあるのですか?」
そんな彼女にミリスティは尋ねる。
「いやぁ、あたしは老竜に遭った事無いわ。通常の竜なら1人で倒せるけど、老竜相手に1人で勝てる自信は余り無いわねぇ~」
「なぁにを言う、覇豪なる魔虎や魔豪の巨妖蜘蛛を1人で倒した御主なら可能じゃろう」
「マジですか!! そんなのたった1人で倒したんですか!?」
新たに上がった魔物の名称にダムクは驚愕し、他の仲間も同様に目を見開く。
「え~、それは老竜よりかはマシな方でしょ~」
「いやいやいやいや、そうだとしても何方も危険度Sは災害級ですよ?!」
ベレトリクスの言葉に対し、ダムクは驚愕しながらツッコみを入れる。
普通ならばS等級冒険者で最低4,5人構成された一党で討伐する脅威の魔物である。それをたった1人で成し得るには、エルガルムの様な逸脱した力を有してなければならない。
「あたしはエルガルムと違って力とか戦闘技術じゃなくて、分析した敵の情報を基に魔法の罠や魔道具による仕込みで闘うのが得意なの。魔法や武技と特殊技能、その生物が持つ習性や性格、そしてその場の環境や地形を利用して嵌め倒すの」
「御主の闘い方は嫌らしいからのう。嵌め倒される哀れな敵に同情してしまう程、恐ろしいったらありゃしないもんじゃ」
「効率的に嵌め倒してるだけよぉ」
(効率的って………如何やって嵌め倒してるのやら……)
ベレトリクスがどんな遣り方で闘うのか未だに知らないガイアは、効率的に嵌め倒してるだけという言葉から、きっとえげつない闘い方をするのだろうなと漠然とした予想を浮かべるのだった。
それから食事をしながらの話が続き、食事を終えてからも篝火を囲んで話は弾み続けた。
ダムク達からは是迄の冒険者人生が語られた。
受けてきた依頼や指名依頼された時の内容、それ等の大成や失敗、ダンジョン内での異常的なトラブル、超膨大な数の魔物との大規模戦闘、一攫千金のお宝の発見、幾度も死に掛けるといった心躍る冒険談だ。
そしてエルガルムとベレトリクスの2人からは、実在するある伝説の話が語られた。
その内容はある歴史書に、遥か昔にとある竜種1体が大国の王都に現れたという記録だ。
上空に現れた竜は巨大な紫黒の軀体と翼から光を発しながら帯び、全身に紫電を纏い仁王立ちするその威風堂々たる姿は雷の化身と思わせるものだったという。
そしてその竜が突如として王都中を暴れ回り出し、無慈悲な大殺戮を行ったそうだ。
巨大な竜は全身から紫電の波動を放ち、周囲のあらゆる生物を一瞬で感電死させ、死した者は超高圧電気によって焼き焦がされたという。
口から放たれた息吹は雷を圧縮された光線であり、轟く直後、生物に限らずあらゆる建造物を粉砕した。
それはまさに轟雷そのものだったという。
大国の王都が襲われたのは、大国の王がその竜が住まう祠に兵達を送り込み宝を全て盗んだのが発端だったらしい。
しかも最悪な事に、相手は通常の竜種でも無く老竜を遥かに凌駕する最強の代名詞―――――古竜だったそうだ。
当然ブチ切れた古竜は財宝を返せと言わんばかりに暴れ回り、王城へと侵攻し眼前に映る壁や床、天井を破壊し、途中で目にした高価値な代物を次々と奪っていき、宝物庫に隠された自分の財宝とその国の財源全てを根刮ぎ奪い取ったそうだ。
そして最後は強大無慈悲な雷を落とし、王都を瓦礫の山と化させ、其処に暮らし済む全ての生命を根絶したという。
その内容は御伽噺で有り勝ちなものだが、実際に在った出来事と古竜の存在には驚かされるものだった。
エルガルム曰く、未だ古竜をこの目で見た事が無いそうだ。
そんな話を聴いている内、あっという間に2時間も経過した。
1日中ダンジョン内を歩き進み、魔物に遭遇し戦闘もすれば流石に疲労で眠気が生じ出す。
全く疲労はしていないガイアでも、体内時間的にちゃんと眠く為る。
ダムクが最初の夜間の見張り役として外に残り、他の全員は其々天幕に入り就寝する。
ガイアも外で適当な場所に座り込み、今日の出来事を振り返りながら微睡に身を任せ、鎮座する岩と為って静かに眠りに就くのだった。




