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招かれざる暗殺者22-2

 何処(どこ)まで広がっているか、検討が付かない鬱蒼(うっそう)とした世界。

 周囲の木々は地に深く根を張り、不均等な間隔を空けて立つ。

 ほんの僅かに風が(そよ)ぎ、地面に生えた草や木々の枝葉がささやかす。

 微風(そよかぜ)に乗って、青臭い自然の香りが鼻腔(びこう)に入って来る。

 悪く無い匂いだ。実に自然らしい森の香りである。

(……本当に地下とは思えないなぁ)

 ガイアは視界を動かし、森が奥まで広がる空間を見渡す。

 地下原生林と呼ばれる領域(エリア)に入ってから洞窟の岩壁が見当たらず、上を見上げても()(はず)であろう岩石の天井は木々が宿す無数の()()に覆い隠され、高さも目測出来ない。

 この地下原生林で生まれた生き物からすれば、此処はまるで外と変わらない環境と言える。

 ずっと此処(ここ)で暮らしてしまうと外の森だと錯覚し、地下世界である事を忘れてしまいそうだ。

 地の草を踏み、草木を分け、狭き道を通り、高所を登っては下へと降り、ひたすらに進む。

 とても静かだ。

 そんな森の空間に時折(ときおり)、奇妙ながらも綺麗な鳥の鳴き声が響く。

 鳥の魔獣種も生息しているのだろう。

(それにしても…、遠くではあるけど彼方此方(あちこち)に居るなぁ)

 特殊技能(スキル)〈魔力感知〉を常時発動し周囲を探ると、遠方の存在を多く感知に引っ掛かる。ちょろちょろと動き回ったり、その場からジッと動かなかったりと、群れで行動している生き物や単独で行動している生き物等である。

(うーん……。感知特殊技能(スキル)で把握は出来ても、それがどんな生き物かが判らないんだよなぁ)

 この特殊技能(スキル)はどの方角でどれ位の距離に居るかは判るが、感知した存在が何なのか(まで)は判断出来ないのが悩み所である。

 あくまで感知するだけ。

 だがそれを補う魔法や特殊技能(スキル)は、ちゃんと存在している。

生命識別(ディサーン・ライフ)〉と〈魔力識別(ディサーン・マナ)〉と呼ばれる2つの魔法と、〈気配識別認知〉〈魔力識別認知〉と呼ばれる特殊技能(スキル)である。

 これ等の効力は其々(それぞれ)に応じた感知特殊技能(スキル)の性能を上昇させ、感知した存在を識別出来るようにさせる。

 ガイアはその魔法と特殊技能(スキル)については教わったが、修得したのは戦闘系のものが中心だった。

(識別出来る魔法……覚えとくんだった……)

 こういった時の事も考えて覚えておくべきだったと、ガイアは少々後悔するのだった。

(ん?)

 そんな時、感知で捉えていた存在が此方(こちら)へとゆっくり近付いて来るのをガイアは気付く。

 後方からだ。

 ガイアに限らず、感知特殊技能(スキル)を持つ者全員、そして感知特殊技能(スキル)を有してしないダムクも何かが近付いて来るのを感じ取っていた。

 しかし、誰も何かが来てると口にせず、振り向きもせず、()えてそのまま前進し続ける。

 そんな一行(いっこう)を尾行するかの様に地を静かに()いずり、胴が非常に長い何かが最後尾のヴォルベスへと接近する。そして口を大きく開き、()き出した鋭く長い2本の牙で眼前の獲物の首に目掛けて噛み殺そうと急速接近した。

 その直後、その何かは噛み付く前に頭を(つか)まれ阻止されてしまうのだった。

「やはり此奴(こいつ)だったか」

 ヴォルベスは後方を一切見ず、背後から襲って来た何かの頭を難無く片手で捕らえる。

 彼の一言に全員が後方へと向け、忍び寄って来た存在を視界に映す。

 ヴォルベスが片手で摘まむ様に掴んでいたのは、森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークと呼ばれる蛇の魔獣種である。皮膚表面は無数の小さな鱗が瓦状(かわらじょう)に覆い、手脚の無い円筒形の長い身体は成人男性の腕よりも太く、頭から尻尾の先まで色鮮やかな黄緑色で(いろど)っていた。それはまるで、前世の世界に居るミドリニシキヘビの様である。

森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークですか。ダンジョン内にも生息しているんですね」

 シャラナは掴まれた森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークを見てそう口にする。

 以前エルガルムと修業の旅をしていた時期、森での魔物との実戦訓練で森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークと対峙する事が良くあった。そんな経験が有る(ゆえ)、彼女は驚きはしなかった。

 幾度か対峙していれば、ある程度は慣れるものである。

「ダンジョン(がい)で闘った事があるのか」

「はい。先生と修業の旅をする中、実戦訓練で対峙した経験は有ります」

「なら、此奴の説明は大丈夫だな」

 森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークとの戦闘経験有りだとシャラナから確認するダムクを他所(よそ)に、捕まっている森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークは長い胴をヴォルベスの首に巻き付け、絞め殺そうとする。

 しかし、ヴォルベスは平然とした(まま)、空いているもう片方の手だけで首に巻き付いた森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークの身体を簡単に解く。

 そしてヴォルベスは躊躇(ためら)い無く、森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークの首を()し折った。

「食糧と皮素材が取れた。直ぐに解体するか?」

「いや、其奴(そいつ)の解体は後だ。するのは休息前が良い」

「うむ、分かった」

 ダムクからの意見を聴き入れたヴォルベスは、森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークを自分の大収納小袋ラージ・ストレージ・ポーチに収納した。

(わぁ、何か不思議な光景)

 かなり胴が長い蛇が魔法の小袋(ポーチ)へと入って行くその光景は、まるで手品の様だとガイアは思うのだった。

(ん? 上から何か来てる?)

 そんな時、今度は頭上から何かが落ちて来るのを感知したガイアは上を見上げた。

 当然、他の全員も気付き上を見上げる。

「また森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークか」

 ダムクは此方に向かって落下して来る蛇の魔獣種を視認する。

 落ちて来る森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークはパックリと口を開け、(どれ)かの標的目掛けて喰い付こうとする。恐らくは樹の高所から此方の様子を(うかが)い、別の同種を倒したという隙のある状況と判断してでの行動なのだろう。

 しかし、ダムクを除く全員は感知系特殊技能(スキル)を有してる為、高所からの奇襲は簡単にバレる。そんな事など判らぬ儘、森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークは標的に目掛けて飛び付こうと降下する。

 その結果――――

「ン」

 あっさりガイアに捕まってしまうのだった。

 捕まった森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークは逃れようと藻掻(もが)くが、それは叶わず、ガイアの硬い岩石の手によって首を圧し折られ、呆気無く死に至った。

「ンンンン」(はいこれ)

 ガイアは死した森林緑蛇フォレスト・グリーンスネークをヴォルベスに渡し、ヴォルベスはそれを大収納小袋ラージ・ストレージ・ポーチへと仕舞い込んだ。

 ちょっとした奇襲を簡単にあしらった後、一行は進行を再開する。


 (しばら)く歩き続け、奥へと進んでから森の中が暗さを増した。

「ふむ、そろそろ日が沈む時間じゃのう」

 如何(どう)やら地下ダンジョンの光量は、時間帯によって変化するそうだ。いったいどんな原理なのかは未だ解明されていないという。実に謎だ。

「そうですね。これ以上無理に進むのは良くないですね」

 エルガルムの言葉にダムクは歩みを止めた。

「良し、今日は此処までにして野営をしよう」

 周囲には樹々や苔が生えた岩が在るが、適度に開けた見通しの良い野営場所である。

「ミリスティ、2人を呼び戻してくれ」

「了解。直ぐ戻るね」

 ダムクに頼まれたミリスティは高く跳躍し、軽快かつ迅速に先行するミュフィとライファの元へと向かった。

「さてと、()ずは此奴(こいつ)の設置からだ」

 ダムクは自分の大収納小袋ラージ・ストレージ・ポーチから、ある魔道具(マジックアイテム)を取り出す。

「これを此処から半径20メートルから25メートル位離れた場所に設置してくれ」

 取り出したそれを1つ、シャラナに渡す。

「これは……魔物避(まものよ)けの御香(おこう)ですか」

「そうだ。これを四方に置いて、魔物を近寄らせない様にするんだ。使い方は解るか? 此処の輪っか状の(ふち)をしっかり回し切れば、中の香草が()かれ出すから」

(へぇー)

 シャラナの隣に居たガイアは、魔物避けの御香をマジマジと見る。

「神獣様も()ってみます?」

「ンンー」(遣るー)

 遣りたそうに見えたのかダムクに尋ねられたガイアは返事をし、物を強請(ねだ)るかの様に両手を差し出す。

「良し、それじゃあ御令嬢さんと神獣様は彼方(あっち)の方を頼む。俺とヴォルベスは此方(こっち)の方に設置する。設置したら直ぐに焚いてくれ」

「解りました」

「ンンンンー」(りょーかい)

 そうしてダムクはその場から離れ、ヴォルベスにも魔物避けの御香を渡した後に設置する場所へと向かう。

「じゃあ、私は彼方(あっち)の方に設置して来るね」

 シャラナはガイアにそう告げた後、その場から離れる。

 ガイアもダムクから渡された魔物避けの御香を持って、設置場所へとのそのそ向かって行くのだった。

(んーっと……この辺かな?)

 ガイアは後ろへ振り向き、さっき居た場所からの距離を目測する。

 確認した後、手に持った魔物避けの御香を地面に置く。

(えっと、此処を回せば良いんだよね)

 そして丸みのある金属製容器の輪っか状の縁を回し切る。カチッと鳴った直後に容器内から高熱が発生し、3秒か4秒後に容器の天辺(てっぺん)部分に空いた小さな(あな)から香煙が噴き出す。

 噴き出す香煙は薄っすらな紫色をし、(ほの)かな熱と嗅いだ事の無い不思議な香りが辺りを漂い、範囲を徐々に広げていく。

 魔物はこういう匂いが嫌なのだろうかと、ガイアは漂う香りを嗅いで思考する。

(それにしても………何か加湿器に似てる気がする)

 そして香煙を噴き出す魔物避けの御香を観て、そう思うのだった。

 魔物避けの御香の設置を終わらせ元の場所へと戻った時、ミリスティとミュフィ、そしてライファが戻って来た。

「ただいまぁー」

「おう、御帰り。周辺の様子は如何だ?」

 ダムクは帰って来た3人に周辺状況を尋ねる。

「現状此処から大体200メートル範囲内には居ないよぉ」

 ダムクからの問いに対し、ミリスティが答えた。

「そうか。なら範囲外の方は如何だ?」

「それなりに魔物や魔獣が徘徊してたよ。視認したのは森林狼(フォレストウルフ)隠伏の紫毒蛇ヒドゥン・パープルヴァイパー暗森の蝙蝠ダークフォレスト・バットの群れだね。後は小鬼(ゴブリン)とか森大鼠ビッグ・フォレストラット、ジッと擬態してる怪樹人(トレント)を感知で確認したくらいだよ」

「他の冒険者一党(パーティー)も居た。一応偵察したけど、万が一接触しても問題無いと思う」

 ミュフィもミリスティの報告内容を補足する様に答える。

「なるほど、()()()()()()()()()()()。なら今の内に鳴子(なるこ)も張っちまおう。ミュフィ、糸を頼む」

「了解」

 ダムクに頼まれたミュフィは腕に装備している魔糸紡ぎの籠手マジックスレッド・スピナーの力を行使し、魔力で構成された極細の糸を作り出す。

「リーダー、持ってて」

「はいよ」

 ミュフィは魔力の糸をダムクに手渡した。

 その直後、ミュフィは音を立てる事無く疾風の如く跳躍する。

 跳躍した先に在る1本の樹を素早く1週し、魔力の糸を巻き付ける。そして次の樹へと迅速に移り巻き付け、更に別の樹へと移り巻き付ける作業を幾度か繰り返し、野営場所の周辺を魔力の糸で囲った。その範囲は魔物避けの御香の設置場所より5メートルの誤差である。

 糸の張り巡らしたミュフィが戻り、ダムクに持たせた糸と籠手から伸びた糸をキツく結ぶ事で、魔力の糸による結界が完成する。

 後は多数の鳴子(なるこ)を魔力の糸に付ければ終了である。

 そんな時にベレトリクスから張った糸に不可視化の魔法を付与すると良いとシャラナは教わり、糸全てに付与するコツを教わりながら、魔力の糸と全ての鳴子に不可視化の魔法を施す。

 最後の仕上げはベレトリクスの魔法〈上位魔力エンチャント・グレータ隠蔽付与(ー・コンシール・マナ)〉により、魔力の糸から発する僅かな魔力気配を隠蔽した。

 魔物の警戒対策を整え、火を焚いて周囲の明かりを確保し、天幕(テント)を張り出す。

 金属製の天幕(テント)用骨組を組み立て、断熱性と弾水性が優れた丈夫な布を張り、男女別々に分けた2つの天幕(テント)が完成する。

 後は食事と解体作業を済ますだけ。

 食事はライファが作り、ミリスティは彼女の手伝いをする。

 未解体の魔物の解体作業はダムク、ヴォルベス、ミュフィの3人で行う。

 エルガルムとベレトリクスは宝石に魔法を付与と鋳塊(インゴット)を〈金属錬成(メタル・フォージング)〉で形を変え、何かしらの魔道具(マジックアイテム)を作成する。無論、素材は擬態宝箱(ミミック)から取り出した物である。

 シャラナは食事が出来る間に特殊技能(スキル)〈精神統一〉で魔力の自己回復に専念し、明日に備えて万全な状態を整える。

 そしてガイアは、篝火(かがりび)を眺めながらボーっとする。

 遣る事が無い。

 あるとすれば、傍に置いた擬態宝箱(ミミック)が、篝火で焼かれる肉を勝手に喰わない様に見張っては止めるくらいだ。

 後で食べさせてやるからと(なだ)め、ガイアは〈豊穣の創造〉で背に宿る樹木に実らせた林檎(リンゴ)を与えて擬態宝箱(ミミック)を大人しくさせる。

 暫くして、森全体は完全に真っ暗な世界へと成った。

 暗闇は通常の生物にとって本能的に恐怖する環境だ。何かが潜んでいるかもしれないという疑心、そして暗闇の中を(うごめ)く見えない存在がいきなり襲い来るかもしれないという暗鬼が生ずる。

 夜目の利かない生物は夜行性の魔物の獲物と成り得る故、暗闇と成った世界では何処か安全な場所に隠れて夜を過ごす。

 人も同様に、何も見えない環境下に置かれれば恐怖が生じる。

 そんな暗闇の世界のほんの一部を照らす篝火は、見ているだけで恐怖が和らぎ、近くで暖を取れば不思議と安心を抱ける。

(………落ち着くなぁ)

 火の大切さ、明かりの安心感をガイアは静かに堪能する。

「食事出来たよぉ」

 食事の用意が出来、ミリスティが皆に声を掛けた。

「お、丁度良いタイミングだ」

 丁度解体作業を終えた3人は素材の整理をし、大収納小袋ラージ・ストレージ・ポーチに突っ込んでから篝火へと向かう。エルガルムとベレトリクスも切りの良い所で作業を終わらせ、シャラナと共に篝火へと向かう。

 全員が集まったところで、出来上がった料理が配膳(はいぜん)される。

 大きめな木製の皿には携帯食である数種の乾燥野菜をお湯で浸し水分を含ませた温野菜、茹でて水分を入れた乾燥馬鈴薯(ジャガイモ)を丸々1個、そして肉料理として道中で倒した好戦的な山羊(ウォーライク・ゴート)の焼肉である。

「おお、これは実に美味そうだ」

 盛られた山羊肉を目にしたヴォルベスは尻尾を振り出す。

 彼の言う通り、焼かれた山羊肉から立ち上る良い匂いだ。それに加え香辛料(スパイス)の香りも相俟(あいま)って食欲がそそられる。

 料理に使用された携帯食は(ただ)の乾燥では無く、魔法によって凍結乾燥された物だ。乾燥されているので長期保存が出来、水やお湯さえ有れば数分程度で食べられる様に為る冒険者にとっての必需品の1つである。

 ガイアからすれば、()わば即席(インスタント)食品である。

保存(プリザベイション)〉の魔法が施された携帯食の場合は直ぐに食べれるという利点(メリット)が有るが、その魔法効力は無限では無い。効力が切れればその瞬間から時間が経つにつれ品質は徐々に劣化し、賞味期限が切れれば腐り出す。

 だが凍結乾燥した物の方が多少安価であり、腐る事は無い。

 この異世界にも凍結乾燥(フリーズドライ)食品が存在している事に、ガイアは意外という心境を抱き驚いた。

 本当に魔法は便利である。

 料理が全て配膳され、全員は木製の肉刺(フォーク)を持って食し出す。

(うはーっ! 山羊肉美味(うま)ーっ!)

 口に広がる山羊肉の旨味汁に、ガイアは顔を(ほころ)ばせる。

「やっぱこの肉は美味いなー」

 ダムクの言葉に、他の一党仲間(パーティーメンバー)はうんうんと頷き肯定する。

「それに焼き加減も実に良い。流石は侍女(じじょ)殿だ」

「ありがとう御座います」

 ヴォルベスからの褒め言葉に対し、ライファは微笑を浮かべて返答する。

「野営での食事なんて随分久しいわ。何時(いつ)振りかしら」

「御主は研究やら支給する魔法薬(ポーション)の生産で、永い間引き籠ってたからのう。久方じゃから多少感覚が鈍ったのではないか?」

「そうねぇ。実戦から離れて随分経つし、下層に入る前に感覚は取り戻しておきたいわねぇ」

「まぁ儂も多少は鈍っているじゃろうな。危険度(ランク)A以上の魔物との実戦は暫くしとらんし」

「そうだ賢者殿、魔女殿。御二方(おふたかた)に訊いてみたい事がありまして」

 ベレトリクスとエルガルムのある会話内容に気になったヴォルベスは尋ね出す。

「種は問わず、是迄(これまで)の人生の中で倒した一番の強敵は何なのでしょうか?」

 その言葉に誰もが視線をエルガルムとベレトリクスに向け、偉人2人の口からどの様な内容が聴けるのか耳を傾ける。

「倒した中で最も強かった奴か。そうじゃな……、輝焔老竜エルダー・ブレイズ・ドラゴン……いや、天嵐老竜エルダー・テンペスト・ドラゴンかのう。剛地老竜エルダー・アース・ドラゴンもかなり苦戦したしのう……いや、地の利的には蒼海老竜エルダー・オーシャン・ドラゴンかの」

(すげ)ぇ!! その老竜(エルダー・ドラゴン)全部1人で倒したんですか?!」

 老竜(エルダー・ドラゴン)の名称にダムクは子供の様な心境で驚く。

(エルダードラゴン……!)

 ガイアもそれを耳にした瞬間、内に在る好奇心を輝かせる。

 (ドラゴン)はこの世で最強種に部類される生物だ。(ドラゴン)息吹(ブレス)は上位(クラス)の魔法に匹敵する威力を誇り、(ドラゴン)の種類によって様々な属性の息吹(ブレス)を有している。

 在る(ドラゴン)は全てを灰塵(かいじん)にする灼熱の炎を。

 在る(ドラゴン)巨鎚(きょつい)の如き破壊を(もたら)す衝撃の風を。

 在る(ドラゴン)金剛鉄(アダマンタイト)をも容易く貫き切断する鋭利な水を。

 息吹(ブレス)に限らず、肉体的能力は巨人族を上回る個体は数多く、多数の攻撃・強化・耐性の上位特殊技能(スキル)を有しており、中には魔法を操る(ドラゴン)種も多く存在する。

「魔導の探究にして世界を知る1人旅をしていた(なが)い時期、各地での危険地帯を探索していた過程で遭遇してのう。当時は()特殊技能(スキル)〈鑑定の魔眼〉が発現していなくてな、それまでは至近距離での〈審明鑑定クリアー・アプレイザル〉を多用してたわい」

老竜(エルダー・ドラゴン)相手に接近するって、魔導師なのに凄い肝が据わってますね」

「ホッホッホッ。通常の(ドラゴン)種との戦闘は幾度か経験しとったから、動きは大体見切れる。じゃがその時はいきなり襲って来た(ドラゴン)老竜(エルダー・ドラゴン)種じゃと思わなくてな、鑑定を成功させてその結果を()た時はそりゃあ愕然(がくぜん)したものじゃよ」

「あんた良く生きていられたわねぇ。あれは普通1人じゃ倒せる存在じゃないわよ」

 自身の体験を語るエルガルムに対し、ベレトリクスは呆れを含ませた微笑を浮かべる。

 永き年月を積み重ねて成長し、上位種へと進化した(ドラゴン)種―――――老竜(エルダー・ドラゴン)

 通常の生物は歳を取り、高齢と成れば肉体能力が落ちてしまう。しかし(ドラゴン)種の場合それが無く、逆に歳を積み重ねれば積み重ねる程にあらゆる能力が強く為る。その為、老竜(エルダー・ドラゴン)は通常の(ドラゴン)種を遥かに凌ぎ、たった1体だけで大国を滅ぼす事が出来る生きた災害と言われているのだ。

 そう。ベレトリクスの言う通り、老竜(エルダー・ドラゴン)種は1人で相手取れる存在では無いのだ。

 単独で勝とうとするなら、英雄や超人といった更に先の領域に到達しなければならない。

 大雑把ながら解り易い基準を示すなら、S等級(ランク)で上の下が良い所だろう。

「つまりは賢者殿は竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)ならぬ――――老竜殺しエルダー・ドラゴン・スレイヤーの栄誉を有しておられるのか! いやぁ俺達も(ドラゴン)種は幾度か倒した事はありますが、老竜(エルダー・ドラゴン)には(いま)()った事が無い」

竜殺しの栄誉(ドラゴン・スレイヤー)! 良いな、何か格好良い!)

 男なら誰もが憧れる偉業を成した証にして英雄の称号に、ガイアは男心が(くすぐ)られた。

「皆さんは(ドラゴン)種を倒した事があるのですか?」

 ヴォルベスが口にした内容に、シャラナは堅実の踏破ステディー・プログラスの4人に問い掛ける。

「あるよぉ。此処(ここ)のダンジョン下層部に居る(ドラゴン)をね」

 シャラナの質問にミリスティが答える。

「どの様な(ドラゴン)を討伐したのですか?」

「えっとねぇ、初めて倒したのは緑森竜(フォレスト・ドラゴン)だったねぇ」

「懐かしいな、緑森竜(フォレスト・ドラゴン)。危険度A等級(ランク)(ドラゴン)種の中じゃ強くない方だが、A等級(ランク)だった当時はかなり苦戦したもんだ」

 それを聞いたダムクは思い出深そうに口にする。

「リーダー、ちょっと油断したよね。鷲掴(わしづか)みされてメタメタに叩き付けられてたし、(ドラゴン)特有の息吹(ブレス)は持って無かったけど、咆哮の衝撃を数え切れない程喰らってた」

「あったなー……。あれは神秘胴の鎧(これ)が有った御蔭(おかげ)で何とか助かったもんだよ。(なん)せ上等な鋼鉄鎧を一撃で砕く程の威力(パワー)だったしな」

 ミュフィに失態経験を言われたダムクは、困った笑みを浮かべる。

(ドラゴン)種で最初に倒した緑森竜(フォレスト・ドラゴン)もそうだが、俺は氷霜竜(フロスト・ドラゴン)との激闘―――そして勝利したあの時が冒険者として一番の充実と達成感を得たな」

 緑森竜(フォレスト・ドラゴン)と続き、ヴォルベスが氷霜竜(フロスト・ドラゴン)の話を上げる。

凍結の息吹(フリージング・ブレス)、かなり厄介だったけど、それ以上に自身を中心に起こすちょっと触れるだけでじわじわ凍傷を引き起こす冷気には凄い苦戦した」

「あれは今でも憶えてるよぉ。開戦した直後に周り一帯を寒冷地帯に変えられちゃったから、凄ぉく闘い辛かったなぁ」

 それに対し、ミュフィとミリスティも氷霜竜(フロスト・ドラゴン)との激戦を思い返す。

(この人達も(ドラゴン)を倒した事があるのか…。凄いな…)

 流石はS等級(ランク)冒険者――――そうガイアは改めて思うのだった。

「下層部にはどれ程の(ドラゴン)種が生息しているのですか?」

 シャラナは更に質問をする。

現在(いま)このダンジョンで確認されてるのは、俺達が闘った2体の(ドラゴン)を含めて4種類さ。(ドラゴン)種で最も有名な輝焔竜(ブレイズ・ドラゴン)剛地竜(アース・ドラゴン)だ。この4種をダンジョンで発見したのがエルガルム様なんだけどな」

「では、下層部には(ドラゴン)種がそれなりの数が居るのという事ですか」

「いや、片手の指で数えられる程しか()らんよ」

 シャラナの質問に、エルガルムが答えた。

「下層部に現れる(ドラゴン)種の出現率は非常に低くてな、下層部全体を根気良く探索しても中々見付からんのじゃよ」

「そうなのですか?」

「ああ。下層に挑めるA等級(ランク)以上の冒険者で、(ドラゴン)種に遭遇出来た奴はかなり少ない。そして討伐して無事帰還した冒険者は、少数の中からほんの一握りだけだ。俺達もさっき言った(ドラゴン)2体を倒してから暫く見てないし、出現したっていう情報も暫く入って来てない」

 そしてエルガルムの説明にダムクが補足を口にする。

「そうか、現在(いま)の所は出現しておらんか」

「ええ、ですが今回の探索で遭遇する可能性は高いと俺は思いますね」

「そうねぇ、今回のダンジョン探索で出て来て貰いたいわ。あたしが保管してる(ドラゴン)の素材も少ないし、出来れば会いたいわねぇ」

 (ドラゴン)に遭遇する可能性が在る話に、ベレトリクスは期待の笑みを浮かべる。

「ベレトリクス様も老竜(エルダー・ドラゴン)を倒した事はあるのですか?」

 そんな彼女にミリスティは尋ねる。

「いやぁ、あたしは老竜(エルダー・ドラゴン)に遭った事無いわ。通常の(ドラゴン)なら1人で倒せるけど、老竜(エルダー・ドラゴン)相手に1人で勝てる自信は余り無いわねぇ~」

「なぁにを言う、覇豪なる魔虎スプレマシーマイト・ツゲー魔豪の巨妖蜘蛛デモニック・ギガントタランチュラを1人で倒した御主なら可能じゃろう」

「マジですか!! そんなのたった1人で倒したんですか!?」

 新たに上がった魔物の名称にダムクは驚愕し、他の仲間(メンバー)も同様に目を見開く。

「え~、それは老竜(エルダー・ドラゴン)よりかはマシな方でしょ~」

「いやいやいやいや、そうだとしても何方も危険度(ランク)Sは災害(クラス)ですよ?!」

 ベレトリクスの言葉に対し、ダムクは驚愕しながらツッコみを入れる。

 普通ならばS等級(ランク)冒険者で最低4,5人構成された一党(パーティー)で討伐する脅威の魔物である。それをたった1人で成し得るには、エルガルムの様な逸脱した力を有してなければならない。

「あたしはエルガルムと違って力とか戦闘技術じゃなくて、分析した敵の情報を基に魔法の罠や魔道具(マジックアイテム)による仕込みで闘うのが得意なの。魔法や武技と特殊技能(スキル)、その生物が持つ習性や性格、そしてその場の環境や地形を利用して()(たお)すの」

「御主の闘い方は嫌らしいからのう。嵌め倒される哀れな敵に同情してしまう程、恐ろしいったらありゃしないもんじゃ」

「効率的に嵌め倒してるだけよぉ」

(効率的って………如何やって嵌め倒してるのやら……)

 ベレトリクスがどんな遣り方で闘うのか未だに知らないガイアは、効率的に嵌め倒してるだけという言葉から、きっとえげつない闘い方をするのだろうなと漠然とした予想を浮かべるのだった。

 それから食事をしながらの話が続き、食事を終えてからも篝火を囲んで話は弾み続けた。


 ダムク達からは是迄の冒険者人生が語られた。

 受けてきた依頼や指名依頼された時の内容、それ等の大成や失敗、ダンジョン内での異常的(イレギュラー)なトラブル、超膨大な数の魔物との大規模戦闘、一攫千金のお宝の発見、幾度も死に掛けるといった心躍る冒険談だ。

 そしてエルガルムとベレトリクスの2人からは、実在するある伝説の話が語られた。

 その内容はある歴史書に、遥か昔にとある竜種(ドラゴン)1体が大国の王都に現れたという記録だ。

 上空に現れた(ドラゴン)は巨大な紫黒(しこく)軀体(くたい)と翼から光を発しながら帯び、全身に紫電を(まと)い仁王立ちするその威風堂々たる姿は雷の化身と思わせるものだったという。

 そしてその(ドラゴン)が突如として王都中を暴れ回り出し、無慈悲な大殺戮を行ったそうだ。

 巨大な(ドラゴン)は全身から紫電の波動を放ち、周囲のあらゆる生物を一瞬で感電死させ、死した者は超高圧電気によって焼き焦がされたという。

 口から放たれた息吹(ブレス)は雷を圧縮された光線であり、(とどろ)く直後、生物に限らずあらゆる建造物を粉砕した。

 それはまさに轟雷そのものだったという。

 大国の王都が襲われたのは、大国の王がその(ドラゴン)が住まう(ほこら)に兵達を送り込み宝を全て盗んだのが発端だったらしい。

 しかも最悪な事に、相手は通常の竜種(ドラゴン)でも無く老竜(エルダー・ドラゴン)を遥かに凌駕する最強の代名詞―――――古竜エンシェント・ドラゴンだったそうだ。

 当然ブチ切れた古竜エンシェント・ドラゴンは財宝を返せと言わんばかりに暴れ回り、王城へと侵攻し眼前に映る壁や床、天井を破壊し、途中で目にした高価値な代物を次々と奪っていき、宝物庫に隠された自分の財宝とその国の財源全てを根刮(ねこそ)ぎ奪い取ったそうだ。

 そして最後は強大無慈悲な雷を落とし、王都を瓦礫(がれき)の山と化させ、其処(そこ)に暮らし済む全ての生命を根絶したという。

 その内容は御伽噺(おとぎばなし)で有り勝ちなものだが、実際に在った出来事と古竜エンシェント・ドラゴンの存在には驚かされるものだった。

 エルガルム(いわ)く、(いま)古竜エンシェント・ドラゴンをこの目で見た事が無いそうだ。


 そんな話を聴いている内、あっという間に2時間も経過した。

 1日中ダンジョン内を歩き進み、魔物に遭遇し戦闘もすれば流石に疲労で眠気が生じ出す。

 全く疲労はしていないガイアでも、体内時間的にちゃんと眠く為る。

 ダムクが最初の夜間の見張り役として外に残り、他の全員は其々天幕(テント)に入り就寝する。

 ガイアも外で適当な場所に座り込み、今日の出来事を振り返りながら微睡(まどろみ)に身を任せ、鎮座(ちんざ)する岩と為って静かに眠りに就くのだった。

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