令嬢の独行奮闘21-6
「――――ふぅ。…勝てた」
小鬼の王との激闘から解放されたシャラナは、張っていた緊張を弛緩させ、全身の力を緩ませると共に深く安堵した。
「ンンンンン~!」(シャラナ~!)
ガイアは呼び掛ける様な声を発しながら、シャラナの下へと小走りで駆け寄る。
駆け出すガイアに釣られる様に、エルガルム達と堅実の踏破の一党もシャラナの元へと歩み寄って行った。
「ンンンンンン! ンンンンンン~!」(凄かったよシャラナ! 結構ハラハラしたけど凄かったよ!)
「ふふ。ありがとう、ガイア」
純粋な喜びを声で発しているガイアの様子に、シャラナは思わず顔が綻び笑みを浮かべた。
言葉は解らないが、勝利した自分に称賛を送ってくれている事は間違い無いとシャラナは思う。
「やったねシャラナちゃん! 凄かったよぉー!」
そこにミリスティが勢いに乗った抱擁をしに掛かる。
いきなりのハグにシャラナは吃驚するが、その後に感じる温かな安心感により安堵するのだった。
「良い立ち回りだった! 魔導師ならではの近接戦は中々の見物だったぞ!」
そんな彼女にヴォルベスも称賛の言葉を送る。
「ああ。けど何度か吹っ飛ばされた時は冷や冷やしちまったよ。腕の方は大丈夫か?」
ダムクは戦闘の過程で、小鬼の王の攻撃を防ぎ受けたシャラナの安否を尋ねた。
「はい。多少は力が入れ難いですが、動き回る分に支障は無いと思います」
「そりゃあ良かった。完全にと迄はいかないが、盾での受け流しは上出来な方だったぜ。あれなら大抵の攻撃を往なせるだろうから、後は速い攻撃への反射的対応力を養っていけば、あの小鬼の王水準の攻撃も全部往なせる様になるぜ」
盾の扱いに関して玄人であるダムクは、そうシャラナに今後の為の助言を告げた。
「御嬢様、見事な闘いでした」
そんな彼の後にライファがシャラナの元へ近付き、短いが静謐ながら真心が籠った称賛の言葉を送った。
「ありがとう、ライファ」
常に冷静な表情を浮かべるライファの目付きが安堵で柔らかく為っているのをシャラナは捉え、感謝の返答を送った。
「良い健闘じゃったぞ、シャラナよ」
「ええ、上出来だったわ」
最後にゆっくりと歩み寄るエルガルムとベレトリクスは共に笑みを浮かべ、シャラナを褒め称える。
「あたしが念入りに教えた岩石系の土系統魔法対策、ちゃんと実践に使えたのは良かったわ」
「うむ。落とし穴での時間稼ぎ、地面を変形させ相手の体勢を崩す隙作り、最適な選択とそれを行う際の判断、実に上出来じゃった」
「ありがとう御座います、先生、ベレトリクスさん」
エルガルムとベレトリクスからの高い評価に、シャラナは嬉々の色を浮かべる。
「賢者殿。今回の試験で御弟子である御令嬢殿の評価は如何に?」
シャラナの闘い振りに関し、ヴォルベスはエルガルムに尋ねた。
「今回の強敵と群れを相手にする際の適切な魔法の選択と戦術、近接戦闘の技量、そして魔力の消費を見て……試験は合格じゃ」
その言葉にヴォルベスはニカッと笑う。
「改めて御令嬢さんの闘いを観たが、魔法の威力と精度もそうだが、魔導師が近接戦闘であの小鬼の王と彼処まで遣り合えるとは正直驚いたぜ」
ダムクは冒険者人生を歩む中で様々な職業を修めた同業者を見てきたが、その中で魔導師職の者が近接戦闘をする光景は一度も見た事が無かった。
魔導師は基本的に身体能力は低い。それを覆す闘いを披露したシャラナに対し、ダムクは驚きと感心を口にする。
「同感だ、リーダーよ。冒険者組合での模擬試合の時は実力の表面を見れた程度だったからな」
「寧ろ、今回のが本当の試験と言うべきだろうな」
「くははは、違いない。何せ小鬼の王を初め、3種の上位種が相手だったからな。冒険者組合で試合った奴等3人では確実に負ける。勝てる可能性が在っても、十中八九は負けるだろうがな」
上位種だろうとたかが小鬼、負ける筈が無いと高を括る元貴族の恐怖で歪んだ泣きっ面をヴォルベスは想像しながら笑うのだった。
「ホッホッホッホッ。そうじゃな、出来れば等級審査試験を此方にして貰いたかったのう」
もしそうだったら、シャラナの等級審査の結果はA等級だったかもしれないだろう。そう胸中で思いながらエルガルムも笑った。
「けど今回の群れは質的に危険な方だったわねぇ。小鬼の魔導師もそうだけど、更に小鬼の邪教徒まで居たのは相当珍しかったわ」
「確かにあれは危険度が高いのは間違い無いですね。数の暴力に加えて近接戦闘能力が高い大柄な小鬼に、小鬼の魔導師の支援攻撃魔法と障壁、しかも小鬼の邪教徒の強化と治癒魔法、そんでそれ等を指揮する小鬼の王。ん~、6人か7人構成のB等級一党が妥当な水準か?」
ダムクは経験と見てきた同業者達の様々な職業による力量の見識、そして個人的な見解から小鬼の王とあの小鬼の群れを倒せる水準はこれ位が適切だろうかと考えた。
「かもねぇ」
そんな彼の意見を聞き、ベレトリクスは微笑を浮かべながら肩を竦め、肯定気味に短く答えた。
「しかし、あの小鬼の王の身体能力と戦闘技術、其処等の戦士を軽く凌ぐ強さだった。それにあの放つ斬撃は威力からし、武技〈烈風波斬〉だったな」
「ああ。それに近接戦の時には武技〈金剛烈斬〉も使ってた。多少なりとも受け流してたから未だ良かったが、あれを真正面で防いだら魔力の盾ごと斬られてほぼ即死だ」
そんなヴォルベスとダムクが口にした内容に、シャラナは先程の小鬼の王戦を思い返す。
小鬼の王の攻撃は単純に防いでは不味い、そう判断が出来て良かったと。
「私はあの執念深さには驚いたなぁ。戦斧を咥えてまで襲い掛かるあの様相はホント凄かった」
ミリスティはシャラナを抱擁から解放し、そう口にする。
「私もあの執念深さには驚きました。正直、あの圧力感には畏怖を抱かざるを得ませんでした」
シャラナも小鬼の王に相対した体感を口にする。
「それは無理も無い事じゃよ。あれは小鬼の上位種の中で別格じゃ。大抵の者なら恐れて当然の魔物じゃよ。なぁに恥じる事は全く無いぞ」
エルガルムの言う通り、小鬼の王は危険度B等級の強力な魔物だ。A等級未満の冒険者がその強さに恐れて逃げ出しても可笑しくない程に。自分よりも、自分達よりも強くて敵わなかったと言い訳しても、それは仕方ないと誰もが小鬼の王の脅威性から納得してくれる事だ。只の小鬼から逃げ出した場合は流石に馬鹿にされるが。
「この経験は非常に大きく貴重じゃぞ。これで小鬼の王の脅威性を直に知った御主は、小鬼種に対し軽視しなくなる。それにもしもの時、再び小鬼の王と相見えた際には、得た経験から対策を練る事も出来るようになる」
エルガルムはシャラナの頭にポンと手を乗せた。
「良くぞこの試練を無事に成し遂げた。我が弟子よ」
「……はい!」
師から送られた言葉から伝わる喜ばしき感情に、シャラナは愛らしい子供の笑みを浮かべた。
(うんうん。ホント無事に勝てて良かった良かった)
そんな様子を見ていたガイアは、心の中でシャラナに拍手を送った。
「リーダー、あの小鬼の死体、全部解体する?」
ミュフィは地面一帯に転がる多数の小鬼の死体を指差し、ダムクに問う。
「ああ、全部取り出した魔石は御令嬢さんに献上だ」
「ん、分かった」
「良し、それじゃあ先ずは死体を一ヵ所に集めるぞ。魔石を取り出すのはその後だ」
ダムクの言葉に全員は動き出し、各自で小鬼の死体を決めて場所に運搬をする。
そうして次々と集められた小鬼の死体は山の様に積み上げられた。
(これで最後っと)
最後に頭と胴体に別れた小鬼の王の死体を持って来たガイアは、それを無造作に置いて運搬作業が完了した。
(………うーん。これは……惨い光景だなぁ……)
積み上げられた死体――――殆どが焼死体――――の山を視界に映したガイアは、胸中に僅かに不快感が生じる。
死体が小鬼だから未だ良い方だ。これが若し人間や獣人といった人種だった場合、胸中にとても大きな不快感が生じ、直ぐにでも目を逸らすだろう。
「これは回収」
ミュフィは小鬼の王の死体に近付き、羽織られている真紅の外套を外し回収する。その後、纏っている鎧を軽く叩いて確認し出す。
「……鎧は鉄鋼製、上質な方だけど普通の鎧。複数個所壊れてるから金属廃品行き」
鎧の方は防具としての用途に余り価値が無いと、ミュフィは自分の鑑識を告げる。
(あ、そうだ。武器と王冠)
それを耳にしたガイアは、小鬼の王が所持していた特大戦斧と黄金の王冠を思い出し、それを拾いに行って皆の元へと持って戻る。
(お爺ちゃん、これ鑑定してー)
ガイアは両手に其々持った戦利品をエルガルムの前に差し出し、鑑定の願いを目で訴える。
「おぉ、それか。済まんのう、それは闘いの前に鑑定済みでな、特に効力は無い只の武器と王冠じゃよ」
(ありゃ)
何方とも何の効力の無い物品である事に、ガイアは気の抜けた顔をする。
(………これは売却決定かな)
ガイアは両手に持った特大戦斧と王冠を視界に映し、換金品として持ち帰った方が得だろうと考えるのだった。
「さて、ちゃちゃっと終わらせるぞ」
そうダムクが口にし解体を始めようとしたその時、この空間に居るある存在が騒ぎ出した。
「アギギギギ、アガギギギギガガ、ガギャガガガアガガ」
(ちょっ、何だ何だ!?)
ガイアの背に乗せられ鎖で縛られた擬態宝箱が急に声を発し出し、更には暴れ出したのだ。
さっきまで諦めて大人しくしていた擬態宝箱が突如と騒ぎ暴れ出した事に、誰もが不意を衝かれたかの様に驚くのだった。
「何だ? 急に暴れ出したぞ此奴」
「先程までずっと大人しくしていたが、何故急に暴れ出したのだ?」
ダムクとヴォルベスは、擬態宝箱の暴れ出す理由が解らず疑問を抱く。
「逃げ出す好機だと思ったから………な訳無いよねぇ。しっかり縛ってるし……」
ミリスティも疑問を抱き、逃げ出す事が叶わない状態での暴れ行動に対し理解が出来なかった。
そんな他の仲間とは他所に、ミュフィは擬態宝箱の様子を少し見た後に視線を小鬼の死体の山へと移す。
「……もしかして、あれ、食べたがってるんじゃない」
「え? この死体をか?」
ミュフィの予想を聴いたダムクは、ミュフィが指差す先の小鬼の死体の山に目を向ける。
「あー……なるほど。其奴にとっちゃあ他の魔物も餌食だもんな。なら機嫌が損ねない内に魔石を取り出さねぇと――――」
「アギャギギギガガガガ! ギャギガガガアガガ! ギギャギャギャガアガガガ!」
(うおわわわ?! 何だ!? 何でそんなに暴れるんだよ!?)
ダムクのある言葉に反応した擬態宝箱は怒りを混じらせた声で騒ぎ、更に激しく暴れ出す。
「随分な暴れようだな…。何か主張でもしてる様に見えるが、いったい此奴は何を欲しているんだ?」
ダムクと他の仲間、シャラナやガイアも擬態宝箱に対する謎が深まる中、とある者が確信の答えを出した。
「なるほど、魔石ね」
答えたのは、ベレトリクスであった。
「魔石?」
「そ。其奴、魔石も欲しがってるのよ」
それを聴いたダムクはある事を閃く様に思い出す。
「そうか! 擬態宝箱に魔石を喰わせれば何かしらの魔道具が出来る!」
他の仲間3人は「おお!」と声を上げ、シャラナとガイアは「なるほど!」と理解の色を浮かべる。
「普段なら小鬼の魔石は全部換金するもんけど、今回はガイアが捕まえた擬態宝箱が居るんだし、喰わせてどんな魔道具が創られるか試してみましょ」
「ほう! それは中々面白そうだ! 小鬼を糧にどの様な魔道具が出来るか興味深い!」
ベレトリクスの提案に、ヴォルベスは賛成の意を口にする。
「良し、それじゃあ解体は止めて死体処理は擬態宝箱に任せちまおう」
「はーい」
ダムクも同意し、ミリスティも賛成の返事をする。
「……何が出来るんだろ?」
ミュフィは出来上がる未知の魔道具に、内心ワクワクさせるのだった。
そうしてガイアは背に乗せた擬態宝箱を地面に降ろし、隙を見て逃げ出せない様に鎖の拘束を解いて口を開けられるようにする。念の為、鎖の手綱を付けてそれをガイアが持つ事にした。
「…………何か変な構図だな」
人が手綱を持って犬と共に居るというなら普通だった。
しかし、手綱を持つ人の代わりにガイアで、手綱に繋がれた犬の代わりが擬態宝箱。
何方も人外であるが為、その可笑しな構図はかなりの違和感を醸し作り出しているのだった。
(ほら、餌だよ~)
ガイアはそんな事に関しては気にせずである。
「ンギャ! ガギャガガガガ!」
口が開ける様に為った擬態宝箱は小鬼の死体の山に飛び付き、勢い良く喰らい始め出した。
次々と小鬼が武具ごと丸呑みされ、積み上げられた死体の山は低く小さく為っていく。
通常種は体格が小さい為、あっという間に丸呑み出来てしまう。
大柄な小鬼は全体的に大きいので、呑み込むのに少し時間は掛かってしまってはいるが、難無く喰らう。
そして最後の小鬼の王も呑み込み、肉片も骨も1つ残さず全て平らげるのだった。
「うわぁ……全部食べちゃったぁ…」
さっきまで在った筈の死体の山が綺麗さっぱり消えてしまった光景に、ミリスティは呆気な表情を浮かべる。
「擬態宝箱って相当な大喰らいな魔物なんだなぁ」
小鬼の死体の山を全て喰らい尽くし、実に満足そうな声を漏らす擬態宝箱に、ダムクも呆気な顔をするのだった。
「さて、これで後は出来上がるのを楽しみに待つだけね」
「そうじゃな。しかし、喰らったのは小鬼じゃから、曰く付きな魔道具が生成される予感がするのう」
「そうね。けど、それもまた一興よ」
たとえ扱いに危険が伴う曰く付きな魔道具が出来上がったとしても、ベレトリクスにとっては希少な収集品であり、研究対象物にも成り得る。
在り来りな魔道具よりも、そういった物をベレトリクスは欲しがるのだ。魔道具の作り出し研究する者として。
(良ーし、じゃあ行こうか)
ガイアは鎖の手綱をクイクイっと軽く引っ張り、食事を終えた擬態宝箱にそろそろ行くよと伝える。
口が開ける状態の今、いきなり襲い掛かって来る可能性が在るので多少は身構えたが、意外にも擬態宝箱は素直に従い、跳躍しながら戻って来たのだった。
自分達に襲い掛かっても、返り討ちにされると悟り諦めているのだろうか。
(まぁ、こうやって手綱を短く握っていれば他の皆に近付く事は出来ないし、僕なら喰い千切られる事は無いから一応大丈夫かな)
自分が捕まえて連行した以上、責任を持ってしっかり手元範囲で制御すれば良いとガイアは思いながら、擬態宝箱を連れて皆の下へと戻る。
(さて、これは持った儘だと邪魔だし〈収納空間〉にでも仕舞っちゃお)
そしてガイアは空いたもう片方の手で王冠と、肩に掛けて持った特大戦斧を〈収納空間〉に仕舞い込もうする。
その時――――
バクン!
「あ」
その一瞬の出来事にガイア以外、全員は思わず短く声を出すのだった。
ガイアの視界に擬態宝箱が突然現れ、左から右へと横切ったその直後、掌に在った王冠と肩に掛けていた特大戦斧が忽然と消えていた。
(……ふぁ?)
一瞬の事にガイアはポカンとした顔をする。
そして顔を右に向け、その向けた先に居る擬態宝箱を視界に映した。
擬態宝箱は口から食み出てている特大戦斧をいそいそと口の中へと引き摺り込み、大きな刀身をすっぽり入れ呑み込んでしまった。
ガイアは思考停止の硬直状態と為った数秒後、我に返り驚愕で目を見開いた。
(うおーい何勝手に喰っとるんじゃー!! 返せコラーっ!!)
ガイアは慌てて擬態宝箱の口を抉じ開けようとし出し、横取りされてからの吞み込まれた王冠と特大戦斧を取り戻そうとし出す。
「ムギィイイムギギギギィィィィ…!」
それに対し、擬態宝箱は「やなこったー!!」とでも言いたげに口を頑なに開けさせまいと抵抗する。
「あー……。何か……子供の喧嘩でも見てるみたいですね…」
玩具を勝手に取られてそれを取り返そうとし、奪った玩具を取られまいと抵抗する。
まるで子供同士の喧嘩。
そんな光景に対しシャラナは、何とも言えない困った笑みを浮かべながら感想を口にする。
「確かにあれは子供同士の喧嘩じゃのう。普通なら危なっかしいんじゃが、何故だか妙に危なっかしく感じないのう」
彼女の感想にエルガルムも同意する。
そんなガイアと擬態宝箱の幼稚染みて茶番的な喧嘩は少し暫く続き、それが終わるまで他の全員は成り行きを見守る様な形で待つ事にするのだった。
(返せやコラァー!!)
「ムギギギギ、ムギギギィィィ…!」




