令嬢の独行奮闘21-5
「オォオオオオオオオオー!!!!」
小鬼の王の力強い雄叫びが響き渡る。
それも戦闘開始の時に発した配下の士気を高揚させるものよりも、物理的な圧力を感じさせる強者の雄叫びであった。
「ジィイアアア!!!」
雄叫びの後、小鬼の王は構えから特大戦斧をその場で勢い良く片手で振り抜き、重い斬撃を放った。
ごうっと空気が重く鳴った瞬間を耳にしたシャラナは悪寒し、反射的に素早く地面に伏せた。
地面に伏せたその直後、放たれ飛来した斬撃がシャラナの上を通過し、背後の硬い地面に衝撃が発生した。
シャラナは伏したまま後ろを見て、目にした光景に驚愕の表情を浮かべた。
背後の光景、地面にシャラナの3倍以上の斬撃の痕跡が深々と生じていたのだ。
その斬撃による切れ目は綺麗で、小鬼の王が放った斬撃が如何に鋭利かを物語っていた。
これは鋼鉄をも斬り裂く武技だ。
師から頂いた魔力盾の革手袋による防御では防ぎ切れないかもしれない。
魔法による障壁でも防げるか怪しい。
直感に従い――――避けて正解だった。
もし自分の直感に従っていなかったら、今頃は胴体が切断されていただろう。
そうシャラナは悟り、直感で避けれた事を幸運に思うのだった。
地面が深く斬り刻まれた後、重い足音が鳴るのを耳にしたシャラナは、我に返る様に視線を前方に戻す。
小鬼の王が此方に向かって疾走して来ているのを視界に映し、シャラナは直ぐに立ち上がり構えた。
石造りの玉座からシャラナの居る地点まで凡そ30メートル程の距離を小鬼の王は一気に詰め、たった3秒で特大戦斧による攻撃射程範囲内に入り掛かる所まで迫る。
刹那、小鬼の王の移動速度の速さを僅かな時間だけ目にしたシャラナは、己の移動速度を上げなければ追い付かれ、立ち回れなくなる事を悟る。
「〈敏速な脚〉!」
無意識かつ反射的に移動速度上昇の魔法をギリギリな場面で発動し、1秒後――――眼前に迫った小鬼の王が振り下ろした特大戦斧を避け、その場から離脱する様に距離を取った。
小鬼の王はシャラナが回避し移動した方向へ瞬時に視線を向け、二重強化された強靭にして剛力な脚で跳躍するが如く疾走し、透かさず距離を詰める。
「〈妨げの大逆風〉!」
シャラナは距離を詰め切られる前に小鬼の王に向け魔法を発動し、特大戦斧の射程範囲内に入る前に再びその場から離れる。
小鬼の王は再び逃げるシャラナを透かさず追い掛けるが、移動や動作を妨げる魔法の逆風が纏わり付き、疾走速度を抑えられるてしまうのだった。
「〈助力の大追風〉!」
今度は逆の効力である魔法の風をシャラナは自身に纏わせ、移動速度と動作を更に向上させた。
(これで機動力面は出来る限り万全。次は魔法防御に対する突破力!)
シャラナは逃げ回る様に疾走し出し、小鬼の王が初手に放った飛ぶ斬撃を警戒しながら更に魔法を発動する。
「〈中位魔力上昇〉〈中位魔法耐性突破〉!」
自身に内在魔力の質の向上と敵の魔法耐性に対する突破力を施し終えたシャラナは、逆風に苛立ちながらも無理矢理疾走し追い掛けて来る小鬼の王に短杖を差し向ける。
「〈疾風の矢〉!!」
シャラナは〈疾風の矢〉を高速連射し、小鬼の王の迎撃を開始する。
「小賢シイ!」
それに対し小鬼の王は特大戦斧を連続で素早く振り、疾風の如く飛来する風の矢を弾き防ぎながら走り迫る。
(この手は駄目ね。思ったよりも隙が出来ない)
このまま撃ち続けても魔力の無駄だと判断したシャラナは撃ち止めをし、大きな隙を作る別の手段を思考する。
そんな時、小鬼の王の武技によって放たれた斬撃が急速飛来する。
飛ぶ斬撃を警戒していたシャラナはそれを避け、思考が纏まるまでは無暗に接近せず、小鬼の王との距離を保ちつつ逃げ回る。
それを続けながら、時折視界の端で小鬼の邪教徒の様子を確認する。
(支援攻撃を仕掛ける気配は……今の所無さそうね。けど、攻撃や妨害を絶対にしない可能性は低い)
〈魔力感知〉を常時発動してさえすれば、魔法の発動に対し視界の外でも直ぐに判る。発動される前にそれに対抗出来る魔法を発動すれば良いだけ。
それに小鬼の王との接近戦と為れば、下手に魔法を放ち誤って小鬼の王ごと巻き込むような事は、流石に小鬼の邪教徒は避ける筈だ。
しかし、単純ではあるが大きな問題が1つ――――小鬼の邪教徒の治癒魔法だ。
治癒魔法で小鬼の王を回復させられるのは妨害攻撃されるよりもずっと厄介な事だ。
如何にかして小鬼の王を暫く抑え、小鬼の邪教徒を速やかに倒さなければならない。
それを成すには、少しの猶予を意図的に作る必要が有る。
シャラナは思考する。あの小鬼の王の動きを一時的に止められる最適な手段という魔法を。
損傷を与える必要は無い。それは出来たらという二の次だ。
修得した多くの魔法を次々と脳裏に浮かべ、その中から小鬼の王を一時的に止められるものをリストアップしていく。
(先ずは状態異常で様子見を)
シャラナはリストアップした中から選んだ魔法を発動させ、小鬼の王にそれを掛け出す。
「〈中度麻痺〉!」
麻痺状態を起こす魔法に掛かった小鬼の王の身体は、急に硬直し動きが止まる。
「ヌゥアアアッ!!!」
しかし、気合の雄叫びを上げた小鬼の王は、麻痺状態を無理矢理に打ち消した。
「状態異常を打ち消す特殊技能は持っていましたか」
麻痺による行動封じは余り意味が無い事を確認したシャラナは距離を保ちつつ、再び走り出される前に次の魔法を発動させる。
「〈神聖なる縛鎖〉!」
小鬼の王の周囲に複数の白き魔法陣が展開され、魔法陣の中心から神聖属性の魔力で構成された強力な鎖が出現する。
出現と同時に神聖な鎖が標的に向かって急速に伸ばし、小鬼の王の身体中に巻き付きその場から動けぬ様に縛り付けた。
「効カヌワァァァ!!!」
しかし、二重掛けによって強化された小鬼の王の怪力が神聖な魔力の鎖を引き千切り、力尽くで束縛を解かれてしまった。
だがシャラナはその光景には驚かず、既に次なる魔法を発動させようとしていた。
小鬼の王は束縛を壊し解いた直後、此方に短杖を向けているシャラナの姿のを目にする。
そしてその直後に、透かさず手に握る特大戦斧を後ろへ振り抜く構えを取り、武技による飛ぶ斬撃を放とうとし出す。
次は何を仕掛けるのか検討は付かないが、これ以上は好き勝手させまいと。
(―――間に合え!)
「〈仕掛け大穴〉!!」
シャラナが魔法を発動した瞬間、小鬼の王を中心に大きな落とし穴が突如と作り出された。
急に地面という足場を失った小鬼の王は体勢を崩され、特大戦斧を振り抜く事が出来ずにぽっかり開いた大きな穴の底へと落下するのだった。
「良し! 今の内に!」
シャラナは透かさず疾走し出し、突如と出現した大きな落とし穴に驚愕する小鬼の邪教徒に向かって魔法を放つ。
「〈疾風の矢〉!」
放たれたシャラナの魔法に気付いた小鬼の邪教徒は、慌てて〈魔力大障壁〉を発動させてそれを防ぐ。
しかし、ギリギリ張った魔力で構成した防壁が途中まで貫通し、罅が生じてしまっていた。
「〈疾風の投槍〉!」
接近しながら放たれた次なる魔法を目にした小鬼の邪教徒は嫌な予感を感じ、慌ててその場から移動し出す。
そしてその直後、シャラナが放った〈疾風の投槍〉が小鬼の邪教徒の魔力障壁を貫き粉砕した。
「逃がさない!〈空圧爆風〉!」
逃げ回ろうとし出す小鬼の邪教徒の逃走先に魔法の爆風を炸裂させ、此方へ飛んで来るように空中へと吹き飛ばす。
吹き飛ばされた小鬼の邪教徒は空中を不規則に回り、視界も定まらず対処が出来ない状態に陥る。
「〈魔力の刀剣〉!」
シャラナは手に握る短杖を媒体に魔力の刃を構成し、吹き飛んで来た小鬼の邪教徒との距離を一気に走り詰め、擦れ違い様に斬り付ける。
斬り付けられた小鬼の邪教徒はそのまま地面に不時着し、血を撒き散らしながら転がり伏す。
胴を斬られた小鬼の邪教徒は苦痛の声を漏らし、深い傷から生じる慣れない激痛に耐える。
激痛で意識が飛びそうになりながら、生き延びる為に自身に治癒魔法を掛けようとする。
しかし、その前に小鬼の邪教徒はシャラナの魔力の刃で首を刎ねられ、完全に死に至るのだった。
「後は小鬼の王だけ」
これで余計な邪魔は居なくなり、1対1で集中して闘える。
シャラナは魔法で作り出した大穴に視線を向け、底へと落ちた小鬼の王の様子を見ようと歩いて近付こうとした。
その直前、大穴の底から小鬼の王の怒号が轟き出す。
それと同時に小鬼の王が、大穴の底から飛び出した。
深さは大体15メートルで作り出した大穴を跳躍で脱出した小鬼の王に対し、シャラナは驚きを滲ませる。
膂力が二重強化されているとはいえ、〈妨げの大逆風〉が未だ纏わり付いている筈。その2つの要素の足し引きでプラス寄りではあるが、逆風による進行妨害を無理矢理押し退ける脚力は凄まじいものだった。
大穴から脱出した小鬼の王はシャラナへと視線を向けた直後、視界に映ったある存在に目を大きく開いた。
胴は伏し、首だけが転がっていた小鬼の邪教徒を目にした小鬼の王は面を怒りで染め上げ、より鋭くした眼光でシャラナを睨み付ける。
「絶対ニ生カシテ帰サンゾ、人間ノ小娘ェェェェ!!!」
唯一治癒魔法が扱える最も貴重な配下を殺された小鬼の王は、今の膂力以上の力を全筋肉に込め、今迄の疾走の速度を超えた速度を以てシャラナに急速接近し出す。
「さっきよりも速い?!」
あっという間に間合いを詰められたシャラナは、慌てて走り距離を取り出す。
怒りによる純粋な膂力の向上なのか、もはや逆風による動作阻害は意味を成さなくなっているとシャラナは悟る。
「〈空圧大爆風〉!」
シャラナは〈空圧爆風〉の上位互換魔法を発動し、迫り来た小鬼の王を強烈な爆風で吹き飛ばし体勢を崩そうと試みる。
「鬱陶シイ風ダ!!!」
それに対し、小鬼の王は両手で握り締めた特大戦斧を瞬時かつ力強く振り抜き、シャラナを中心に発生した爆風を捻じ伏せるが如く斬り裂いた。
「ジィイアアア!!!」
振り抜いた直後、更にその場から特大戦斧を往復させながら振り抜き、武技による飛ぶ斬撃を放つ。
今迄よりも速度を増した飛ぶ斬撃が急速に迫り、それをシャラナはギリギリに躱す。
だが回避直後、小鬼の王の接近を許してしまい、特大戦斧が直接届く射程範囲内に入ってしまった。
「今度ハ逃サンゾ!!」
威圧を放つと共に特大戦斧を片手で振り被り、シャラナの胴体を断ち斬ろうと勢い良く横に振り抜く。
ただ力尽くでは無く、戦斧を振るう方向と力を入れる方向をブレない剣術的動作による技術によって、威力を最大限に発揮させた斬撃だ。
「ヌァアアアァァァ!!!」
小鬼の王はそれを連続で繰り出し、眼前のシャラナを斬り殺そうとする。
その連撃はまさに卓越した戦士の動きである。
シャラナは小鬼の王の恐ろしい猛攻を必死に避け続ける。
魔法による俊敏性を強化と追い風による動作補助が無ければ、躱す事は出来なかったかもしれないだろうとシャラナは思い、肝を冷やすのだった。
(物理防御力を強化するのはやはり無駄ですね)
襲い掛かる特大戦斧の恐ろしい攻撃速度は、自身が使える強化魔法で物理防御力を上げても意味を成さないだろう。更に防壁魔法で防御する場合、最低でも三重張りしなければ防げない可能性が高い上に、特大戦斧に闇属性の魔力が宿っている為、此方は神聖属性の防壁魔法で防御しなければならない。
そうなると、特大戦斧の攻撃を防ぐ為に行使する防壁魔法は多くの魔力を消費してしまう。一々攻撃を防いで徒に魔力を消耗するのは悪手だ。
故にシャラナは、回避前提の近接戦闘に徹した。魔力消費が多い魔法防壁での確実な防御は、ここぞという時の手段として伏せておくべきだと判断して。
「〈空気の散弾〉!」
シャラナは魔法によって空気を固めた散弾を放つ。
放たれるその瞬間、小鬼の王は羽織る真紅の外套で己を隠すかの様に前に出し、空気の散弾を瞬時に防ぐ。
防いだ直後、小鬼の王は前方に出した外套を背中へと片手で払い戻し、片手で握る特大戦斧を透かさず振るい斬り掛かる。
「〈大発火〉!」
今度は魔法による大きな炎の発火を小鬼の王の眼前で起こす。
「チィ…!!」
小鬼の王は思わず目を瞑り、再び外套で炎の魔法を防いだ後に振り払う。
「〈大衝撃波〉!!」
その僅かな隙を衝き、シャラナは強烈な魔力の衝撃波を放つ。
小鬼の王は慌てて特大戦斧の広い地肌で防ぐが、高威力の衝撃波によって少しばかり後ろへ飛ばされる。
「〈聖なる騎士槍〉!!」
衝撃波で飛ばした小鬼の王に対し、シャラナは聖なる魔力で構成させた騎士槍を即座に放ち追撃を仕掛ける。
しかし、放った〈聖なる騎士槍〉を小鬼の王は特大戦斧で殴り付けるが如く、弾き払われてしまう。
小鬼の王は御返しだと言わんばかりに特大戦斧をその場から勢い良く振り抜き、シャラナに向けて飛ぶ斬撃を放つ。
小鬼の王との距離が開いた御蔭で攻撃の予備動作を目にしていたシャラナは、余裕を持って出来る限りに最小限の動きで飛来する斬撃を回避した。
小鬼の王は斬撃を飛ばした直後に疾走し出し、回避行動を行ったシャラナとの距離を縮め戻す。
「〈地面操作〉!!」
シャラナは完全に近付かれる前に、小鬼の王が走り足を踏む辺りの地面の段差を凸凹に変化させる。
「ナニ…!?」
突如と不自然な出っ張りと凹みが生じた地面に足を踏み入れた小鬼の王は、凹みに足を引っ掛けてしまい、驚愕の表情を浮かべながら身体の平衡を崩し倒れてしまうのだった。
「〈鋼鉄針〉!!」
シャラナは透かさず魔法を発動させ、地面から鉄製の鋭い針を創造し、倒れた小鬼の王の身体のあらゆる箇所を刺し貫く。
しかし、思ったよりも刺し貫いた鉄針の本数は少なく、魔法発動の後に鉄の針が圧し折れた様な硬質な音が鳴り響いた事にシャラナは違和感を感じた。
「ギゲェアアアアアア!!!」
そんな彼女を他所に、幾本か鉄針に身体中を刺し貫かれた小鬼の王は苦痛が入り混じる怒りの咆哮を上げ、刺さった儘の針を強靭な肉体のみで壊し折る。
小鬼の王が全身刺し貫かれる致命傷を免れたのは、身に纏っている鎧も要因に成ってはいるが、それよりも大きな理由は死した小鬼の邪教徒が施した魔法――――〈中位硬質化〉と〈中位魔法防護〉、そして〈冒涜の祝福〉による強化効力であり、その御蔭で重傷に至らず済んだのだ。
しかし、幾つかの箇所が貫かれてしまったのは、シャラナが自身に掛けた強化魔法〈中位魔法耐性突破〉による魔法に対する防御力を突破する効力が働いた為だ。
物理属性を兼ね備え、魔力強化と魔法耐性突破が加えられたシャラナの魔法と、物理と魔法を強化された小鬼の王の防御力。その2つが衝突し、結果シャラナの魔法攻撃力が小鬼の王の総合防御力を少し上回ったという事である。
小鬼の王は刺さった全ての鉄針を無造作に圧し折り、己の血液で濡れたそれを投げ捨てる。
「〈神聖なる投槍〉!!」
シャラナは更なる追撃を放ち、小鬼の王を仕留めに掛かる。
小鬼の王は急ぎ躱すが、迫り飛来する〈神聖なる投槍〉への反応が少し遅れ、脇腹辺りに攻撃が当たり肉が抉れるが如く貫かれた。
「グガァァ…!」
致命傷というには程遠いが、戦闘を行う為の状態に支障を来す重傷に近い。
小鬼の王は激痛に苛まれるが、無理矢理にでも動き、シャラナを殺そうと迫り行く。
更に怒り、更に殺意を膨張させ、内なる狂気を湧き起らせ、脳から膨大な量のアドレナリンを分泌させ一気に全身を巡らせる。
それによって小鬼の王は激痛に対し鈍くなり、何時も以上の膂力と身体的動作を無理矢理引き上げた。
「〈螺旋疾風衝撃〉!!」
小鬼の王が疾走し出し3歩目を踏み出す瞬間、シャラナは指向性を限定させた渦巻く疾風を発生させ、前方に放つ。
「オォオオオアアアアアア!!!!」
シャラナの魔法が直撃する直前、小鬼の王は咆哮を上げ、それによって発生させた強烈な衝撃波で迫り来た螺旋の疾風を相殺する。
強烈な風を咆哮で防ぎ消した小鬼の王は、そのまま一気に前進し、またシャラナの眼前へと接近し猛攻を繰り出す。
「〈高速水弾〉!!」
シャラナは圧縮し固めた水を高速で放ち、特大戦斧を振る瞬間を狙い撃つ。
特大戦斧を持つ片手を撃たれ、弾かれる様に振るう瞬間を止められた小鬼の王は怯む事無く、空いたもう片方の手で殴りに掛かる。
小鬼の王の拳を躱したシャラナは透かさず〈高速水弾〉を3連射で反撃をし、それに対し小鬼の王は外套で防いだ後に特大戦斧を瞬時に振り抜く。
小鬼の王の熾烈な猛攻とシャラナの魔法速射による反撃が幾度も起こり続ける。
小鬼の王は攻撃の軌道を幾度も変化させ、特大戦斧に限らず拳や蹴りを織り交ぜながら連撃を繰り出し続け、シャラナは魔法の系統を幾度も変え、無暗矢鱈に放たず隙が見えた瞬間を狙い魔法を撃つ。
そんな互いの攻防が永く感じてしまう短い時間が数分経過し、戦況が少しずつ変化し出す。
小鬼の王は息を切らし出し、僅かにあらゆる動作が鈍り始めていた。それが起因し、時折放たれる魔法を受けてしまう様にも為り、着用している鎧も命中した魔法攻撃によって凹みや斬撃の痕、貫通による穴が更に生じ出す。
そして特大戦斧の斬撃速度も僅かずつだが減速し出し、一定量の疲労が蓄積した腕に力が思うように込め切れなく為る。
一方、シャラナは師から贈られた革鎧に宿る効力の御蔭で未だ息は切らしておらず、鈍りつつある小鬼の王の攻撃を躱せる余裕が徐々に大きく為っていた。
しかし、魔力残量は既に半分を下回り、内心余り余裕が無くなりつつあった。
最悪でも魔力が尽きる前に、眼前の小鬼の王を倒さなければならない。
故にシャラナは攻撃魔法は確実に当てられ、かつ大きな損傷を与えられる瞬間のみに限定し、魔法の多用発動を控えるようにし出す。
「〈穿つ水圧大噴射〉!!」
シャラナは魔法で生み出した多量の水を圧縮させて急速に噴射し、小鬼の王の右肩を貫く。
右肩を貫かれた小鬼の王は右腕に力が込められなくなり、特大戦斧を左手に直ぐ持ち替え透かさずシャラナに斬り掛かる。
真面に攻撃を受けても怯みは極短く、右腕で武器を振るうのはもう無理だと己の状態を即座に悟るも、相手を完全に殺すまで攻撃の手を緩めない怒りと狂気による闘志。
小鬼の王がこれ程迄に強く恐ろしい魔物だという事実を、シャラナは身を以て体感し、その脅威性を理解した。
「ジィイアアア!!!」
小鬼の王は左片腕で斬り上げをした直後、そのまま勢い良く特大戦斧を振り下ろす。
それを捉えていたシャラナは回避する。
振り下ろされた特大戦斧はシャラナに当たらず空を斬り、地面に深い斬撃痕を付け、大半部分の刀身は地面に減り込むのだった。
(好機!)
特大戦斧が地面に減り込んだ瞬間を目にしたシャラナは魔法を発動させる。
「〈岩石の手〉!!」
魔法発動直後、小鬼の王の周囲に地面から突如と手の形をした岩石が複数突出し、それ等は小鬼の王の腕や脚、刀身が減り込んだ特大戦斧を掴み押さえ込む。
「ヌウ!? 糞ッ、邪魔ダァ!!!」
左腕と特大戦斧を中心に押さえ付けられた小鬼の王は抵抗し、岩石の手による拘束を力尽くで解き崩そうと左腕に力を入れ、地面に減り込ませてしまった特大戦斧を引き抜こうと、顔に焦りの色を滲ませながら急かす。
二重強化された膂力ならば、ほんの数秒程度で無理矢理解き壊す事は、今の小鬼の王には可能な事だ。
しかし、そのほんの数秒という必要時間が生じてしまった事で、戦況は大きく一変する。
「〈疾風の刃〉!!」
ほんの数秒という絶好の隙を作ったシャラナは即座に魔法を発動し、小鬼の王の左腕に鋭利な風の刃を3連発放った。
一撃目で小鬼の王の左腕を覆う鎧を斬り裂き、そのまま生身の左腕に到達させた風の刃で適度の斬り傷を負わせる。
続いて二撃目の風の刃をピンポイントで鎧の切れ目に侵入し、更にピンポイントで負わせた斬り傷を更に深くする。
そして最後の三撃目のピンポイント攻撃で、小鬼の王の左腕を完全に断ち斬るのだった。
一撃目から三撃目迄のその間――――僅か1秒に満たずの刹那である。
「グギ……!! グアァァァ……!!」
切断された事によって生じた激痛で、小鬼の王は悶える。
そして右手で左肩を抑える様に反射的に掴み、多量の血が噴き出す切断された左腕を目にする。
「これで止め!!」
絶好の隙を衝き、それによって生じた更なる絶好の隙を捉えたシャラナは間髪入れず、小鬼の王の首を狙って〈疾風の刃〉を放った。
至近距離からの一撃。隙を晒している現在の小鬼の王に、回避は間に合わないだろう。
勝敗が決する。
――――その瞬間を見る誰もがそう確信を抱いた。
だが、風の刃が直撃しようとするその時、小鬼の王は斜め左後ろへと身体を捻るよう瞬時に逸らし、急速回避したのだ。
だが、首を刎ねられるのは免れた代わりに、右耳だけが斬り飛ばされた。
シャラナは驚愕した。
修めた魔法の中で、最も攻撃速度が高い攻撃魔法を至近距離で回避された事に。
斬り飛ばされた右耳と共に、小鬼の王が被っていた王冠は地面へと落ちる。
その後、互いは不動と為り、空間に静寂が満ちた。
そしてそれはほんの僅か経過した後――――破られる。
「ジギェェアアアアアアアアアアア!!!!」
身体を捻り後ろへ逸らした小鬼の王が怒り狂った咆哮を上げ、身体全体を左へ一気に捻ると同時に右腕を勢い良く振り出し、眼前のシャラナに目掛けて右腕全体で殴り付ける。
「きゃっ!」
シャラナは咄嗟に魔力盾の革手袋で魔力の盾を展開し防御するが、膂力的に弱いシャラナは小鬼の王に殴り飛ばされてしまった。
殴り飛ばされ、宙に浮いたシャラナは両脚で着地し、直ぐに体勢を整え視線を小鬼の王に向ける。
小鬼の王は岩石の手を束縛を無理矢理解き、八つ当たりでもするかの様に全ての岩石の手を殴っては蹴り壊す。そして刀身が地面に減り込んだ特大戦斧を右手で掴み、腕の力では無く、後退して身体全体で引き抜いた。
右肩が貫かれている所為で持ち上げる事は出来ないが、特大戦斧を握り締める握力は健在。
小鬼の王は殴り飛ばしたシャラナに怒りと殺意が宿る鋭い目を向け、雄叫びを上げながら疾走し出す。
シャラナに接近した小鬼の王は跳躍と同時に全身を斜め横回転し、遠心力による特大戦斧の攻撃を繰り出す。
「〈疾風の―――――」
襲い来る特大戦斧の攻撃を回避したシャラナは、直後に透かさず魔法を放とうとするが、二撃目が迫り来る瞬間を目にし反撃を中断し、後方へと退避する。
小鬼の王は全身をあらゆる方向へ回転と逆回転を繰り返し、特大戦斧を振り回し続ける。
今迄の動きと違うその暴れ回るが如くの猛攻に、シャラナは必死に避け続ける。
見慣れない動きが故に特大戦斧の刃が掠りそうに為り、反射的に〈魔力の盾〉で受け流そうとする。
遠心力が加わった小鬼の王の高威力の攻撃を防ぐが、受け流し切れず、殴り飛ばされるが如く攻撃が加えられた方向へと幾度か吹っ飛ばされる。
シャラナは左腕にじわりと生じた鈍痛と、僅かに痙攣が起こっている事を感じ取る。
(こんな攻撃を正面から2,3回でも受けたら、間違い無く腕が動かなくなる……! もっと相手の動きを観て確実に躱さないと!)
シャラナは神経を研ぎ澄ませ、小鬼の王の猛攻を〈魔力の盾〉で受け流すという危険を行わないよう、確実な一撃が撃ち込める隙が訪れる瞬間まで回避に専念する。
そして意図的に隙が作れる瞬間が訪れるまで、猛攻の軌道を観察し続ける。
小鬼の王はひたすら特大戦斧を全身で振り回し、前へ跳躍回転しながらシャラナ目掛けて振り下ろそうとした。
(――――来た!)
小鬼の王の跳躍を観た瞬間、シャラナは好機を捉えた。
跳躍から振り下ろし攻撃迄の僅かな間ではあるが、シャラナにとってその僅かな時間は反撃を放つのに充分な間である。
シャラナは振り下ろされる特大戦斧の斬撃軌道を先読みし、左へと回避すると同時に魔法を発動させた。
「〈石柱〉!!」
小鬼の王の遠心力による振り下ろしに合わせ、互いの目下の地面から石の柱が突出し、急速に伸びる石柱は小鬼の王の右腕に衝突する。
石柱の突き上げ攻撃を喰らった右前腕に強烈な痛みが生じ、小鬼の王は堪らず特大戦斧を手放してしまう。
地面に落としてしまった特大戦斧を急ぎ拾おうと掴むが、激痛で掌に力が入らず、持ち上げようとしても手から柄が自重で滑り落ちてしまう。
「今度こそ!〈疾風の刃〉!!」
それを見たシャラナは今度こそ決着が付くと思い、小鬼の王の首を狙い魔法を放った。
しかし、また避けられる。
ここまで追い詰められても尚、諦めの色が見えなかった。
そんな小鬼の王は風の刃を躱し、その直後に起こしたまさかの行動を目にしたシャラナは驚き、動揺が生じた。
小鬼の王は特大戦斧を蹴り上げ、長柄を掴むが如く、口でがっちりと咥えたのだ。
「フゥゥゥゥ…! フゥゥゥゥ…!」
荒い息をしながら特大戦斧を咥え、シャラナを睨み付ける小鬼の王の目には未だ戦意は喪失していなかった。
あんな状態でいったい如何やって闘う気なのかと気にはなるが、それを確認出来る程自分は強く無いとシャラナはちょっとした好奇心を自制し、接近される前に速く止めを刺そうと魔法を放とうとする。
「〈疾風の―――――」
「ジィイイアアアアアアアアアア!!!!」
小鬼の王は魔法を放とうと短杖を差し向けるシャラナの動作を目にした瞬間、急速発進し間合いを一気に詰める。
魔法を放つ暇は与えんと言わんばかりに、全身を使って咥えた特大戦斧を振り回す。
小鬼の王から放たれる殺気の圧力、そして特大戦斧を口で振り回す異様な迫力に、シャラナは思わず後方へ大きく飛び退く。
飛び退き逃げたシャラナを逃がすまいと小鬼の王は即座に追い、眼前に近付いて咥えた特大戦斧を縦横無尽に振り続ける。
それを回避し続けるシャラナは、眼前の小鬼の王に対し畏怖の念を抱いた。
左腕を切断され、右肩の貫通負傷で腕は上がらず、右前腕も激痛伴い武器を握る事すら満足に出来ない。
だが絶望せず、戦意も放棄せず、特大戦斧を咥え殺しに迫って来る。
―――――何と恐ろしい執念だろうか。
小鬼の王の闘争と殺意の駆動力と成っているその執念は、いったい何処から湧き出ているのか。
全ての配下を殺された怒り。
王としての矜持。
この2つだけでも執念を形成するには充分な要素である。
だが後1つ、最も大きな要素が小鬼の王を衝き動かす執念を形成している。
――――それは〝生〟への執着である。
生きる為に殺す。
生き残る為に殺す。
それは小鬼が生まれ持つ性質――――ドス黒い強欲という根本から来るものである。
腕が斬り飛ばされようと腕が使い物に成らなくなろうと、小鬼の王は完全に死ぬまで止まらない。
己が持つ強欲がそうさせるからだ。
小鬼の王は口で特大戦斧を振り回すだけでなく、その場で軽い跳躍をすると同時に回し蹴りをシャラナに喰らわせる。
シャラナは咄嗟に〈魔力の盾〉を展開し防ぐが、当然膂力の差で負けている為、蹴り飛ばされてしまう。
蹴り飛ばされたシャラナは宙に浮くが、体勢を崩さぬよう上手く両脚で着地する。
(あんな状態で蹴りを織り込んでくるなんて……! 強化されているとはいえ、何て身体能力なの…!)
特大戦斧を咥えながらの跳躍回し蹴りを繰り出した小鬼の王の身体能力に対し、シャラナは驚異した。
威力的に特大戦斧の攻撃を防ぐよりは大分マシではあるが、それでも幾度も受け防ぎ続けるのは流石に厳しい蹴りの威力である。
(とはいえ、体勢の平衡は崩し易い筈。それなら――――!)
シャラナは魔法発動に必要な魔力を予め短杖に込め出し、何時でも即時発動出来るよう準備した。
小鬼の王は蹴り飛ばしたシャラナを追撃しようと疾走し、地面を力強く踏み、跳躍するが如く前進する。
これ以上何もさせん。
魔法を発動させる隙を与えん。
そして――――絶対に殺してやる。
そんなドス黒い思いを抱き、小鬼の王は眼前へと接近したシャラナに目掛けて咥えた特大戦斧を振るう。
(未だ…。此処じゃない)
シャラナはひたすら避け続け、発動すべき頃合いを見極めながら待つ。
小鬼の王が跳躍し、身体を横に傾けると同時に高速横回転させ、地面に叩き付けるが如く咥えた特大戦斧を振り下ろしてきた瞬間を目にしたシャラナは、その場から退避し大きく距離を取った。
退避する瞬間を目で追った小鬼の王は直ぐに両脚で立ち、隙を与えまいとシャラナに向かって疾走し出そうとした。
小鬼の王が走り出す瞬間、シャラナはそれを目視した瞬間に短杖を互いの中間辺りの地面に差し向け、前以て準備した魔法を瞬時に発動させた。
「〈地面操作〉!!」
小鬼の王が疾走し出し5歩目が踏み出す直前、再び地面の形状が凹凸に変化し、辺りの段差が滅茶苦茶に為る。
いきなり凹んだ地面箇所に足を踏み入れてしまった小鬼の王は身体の平衡を崩し、そのまま躓いて進行方向へと転倒してしまう。
そして転倒の際に、咥えていた特大戦斧を放してしまった。
左腕は無く、右腕も真面に動かせない為、直ぐに立ち上がるのは困難の状態。
小鬼の王は色濃い焦りを胸中に生じ、シャラナを視界に捉えようと顔を上げる。
既に魔法の発動が完了しているのを目にした小鬼の王は、あの風の刃がまた飛んで来ると予想し、特大戦斧が転がっている方向へと身体を横回転させ、その場から退避と同時に特大戦斧の回収しようとする。
だが――――小鬼の王は失敗を犯した。
その場からの即退避は良い。退避しなければ殺られるから。
問題は退避する方向――――退避先であり、その場所へ向かう目的である。
小鬼の王は地面を転がり特大戦斧へと急ぎ近付き、再びそれを咥えようとした。
「〈石塊の拘束〉!!」
その直前、小鬼の王の全身を多量の土砂が急速に包み込み石塊へと変化し固まった。
「何ィッ…!!?」
(風ノ刃ジャナイダト…!?)
予想を外した小鬼の王は目を丸くした。
頭を除き、全身を分厚い石の塊でがっちりと包み拘束されてしまった小鬼の王は、全身に力の限り込め脱出しようとするが、解き壊す事が出来なかった。
万全な状態なら可能ではあったが、左腕は失い、右腕は未だ続く激痛で力を入れられない状態では壊すのはとても困難である。
口が特大戦斧の長柄を掴める約10センチメートル手前の所で拘束されてしまい、小鬼の王は悔しさで顔を顰める。
だがその直後、自分は失敗を犯してしまった事に気付く。
武器を拾いに向かう事を先読みされた、と。
そして小鬼の王は己を叱咤する。
武器に固執しなければこうは成らなかった、と。
そんな後悔の短い時間が経過した後、小鬼の王は我に返る様に後悔から現実へと目を向け戻し、動かせる頭を動かし見れる範囲を慌てて見渡す。
――――奴は何処だ…!?
幾度も見渡しても視界にシャラナの姿が映らず、小鬼の王の内に在る不安が急激に膨張する。
何処に居るか分からない敵の存在を、小鬼の王は見付けようとする。
そのほんの短い時間が経過した瞬間――――突如と終わりが訪れた。
「――――〈魔力の刀剣〉!」
小鬼の王の背後へと跳躍し回り込んだシャラナは、短杖を媒体に魔力の剣を構成し、眼前に居る小鬼の王の首に目掛けて魔力の剣を横に振る。
魔力の刃が頸部を切断し、小鬼の王の首は胴体を置き去りに宙へと飛んだ。
小鬼の王の視界は横にグルグルと勝手に回り出す。
己の身に何が起こったのか、小鬼の王は直ぐに理解が出来なかった。
短く宙を舞った後に地面へと落下し転がった。
転がる自分の頭が自然に止まり、定まった視界に地面に転がり落ちていた黄金の王冠を映す。
小鬼の王は無念の思いで顔を歪ませた。
王という上位種への進化。
掻き集めた兵力。
冒険者を殺し奪い取った武具。
地上へ出て略奪と蹂躙をする為に費やした膨大な時間が水の泡と化した現実が認められず、断ち別れた身体を動かそうとする。頭を失った身体は当然ピクリとも動く訳が無かった。
小鬼の王の視界が徐々に狭窄し始め、同時に意識も徐々に薄れていく。
狭窄する視界は更に暗さを増し、己がたった1人の人間の雌に負けた現実を否定し続ける意志も弱々しく、そして小さく為っていく。
そして視界が暗闇一色に塗り潰された直後――――小鬼の王の意志はプッツリと途切れた。
地面に転がった頭だけの小鬼の王の瞳は光を失い、顔を無念で歪ませた儘――――死に至るのだった。
永い様で短い様な闘いが終わった。
シャラナの勝利という決着で。




