令嬢の独行奮闘21-4
シャラナが発生させた竜巻によって多数の小鬼達が宙を舞う現状の一方で、エルガルム達と堅実の踏破の一党はその光景――――独行奮闘するシャラナの闘い振りを見守る。
「くはははは! これは痛快な光景だ!」
竜巻に呑まれ、渦巻く気流の中で幾度も弧を描く様に回される小鬼達の光景にヴォルベスは笑う。
これ程の数を纏めてを巻き込み迎撃するのは、気分爽快と言えるだろう。
敵側からすれば、当然堪ったものではないが。
「こりゃあ彼方の数が多くてもあんま関係無ぇな」
ダムクも同様に、小鬼達が竜巻に呑まれ一掃される光景に思わず笑う。
「こういう相手の数が多い時、広範囲魔法は便利だよなぁ」
「大抵の格下である多数相手なら一掃出来る上に、数での不利を引っ繰り返せる強みが有るからな。範囲攻撃の手数に関しては魔導師職が1番だろうな」
広範囲魔法による戦況への影響力には、ダムクとヴォルベスは改めて認識するのだった。
「まぁ確かにそうかもしれんが、広範囲魔法は魔力の消費量が多い上に、魔法階位級が上である程に発動に時間が掛かる短所が有る。それ等の魔法術式を深く理解し、それを如何に速く構築し、必要魔力量を操作制御し、発現した魔法を自在に操れるかが魔導師としての力量が決まる1つの要素じゃ」
エルガルムは広範囲魔法の短所を含む特徴を口にしながら、シャラナを視界から外さぬよう全体の状況を把握し続ける。
「ふむ。となると、あの竜巻を発生させた御令嬢殿の魔法発動の速さと正確さは、其処いらの上級魔導師よりも上なのだろうな。賢者殿から観て、彼女は如何ですかな?」
ヴォルベスはエルガルムに尋ねてみた。
「もう少しで上級魔導師の中で上位の実力者に成るかのう」
エルガルムは髭を扱きながら個人的見解を口にする。
「上級魔導師の中で上位か。じゃあ近い内、熟達の女魔導師に成っちまうんだろうな。となると、ミリスティ越されちまうな」
「ええ、如何しよう。ホントに近い内越されそう」
ダムクにそう言われたミリスティは、先輩としての立場が危うい事に困った表情を浮かべるのだった。
「気にする必要無い。ミリスティは弓術士に特化してるから、無理も無い」
そんな彼女にミュフィは、物静かで平静な口調で慰める。
「奴ヲ止メロ!! コレ以上何モサセルナ!!」
小鬼の王が発した命令が空間に響き、鎖付き鉄球を持った大柄な小鬼が手に持つそれを振り回し出し、シャラナに目掛けて打ん投げ出す。
勢い良く投げ付けた鉄球をシャラナはその場から飛び退き回避する。
「魔法ヲ放テ!!!」
「あら、何か仕掛けるようね」
小鬼の王が命令を下し、奥に居る小鬼の王の近くに居る小鬼の魔導師2匹と小鬼の邪教徒1匹が魔法を発動し出すのをベレトリクスは目にする。
「へえ、〈豪炎球〉に〈巨石の牙〉か。それにこの感じは〈闇の投槍〉ね。小鬼の上位種にしては強力な魔法を持っている様ね」
彼女は培われた膨大な知識と感知経験による〈魔力感知〉で、発動される3つ魔法の術式と系統を瞬時に読解するが如く頭の中で解明する。
シャラナが後方へ飛び退き、飛び退いたその先の地面から〈巨石の牙〉が突き出すその瞬間、シャラナはこれを如何対処するのかを全員が視界に映し見守る。
地面から突き出した猛獣の牙の如く尖った巨石にシャラナは瞬時に短杖を差し向け、貫こうと迫る巨石に向かって魔法を即座に行使した。
突き出された巨石は急激に表面全体が粉末状と成り、シャラナは片腕を構え展開した〈魔力の盾〉で巨石を受け防ぐ。そして魔力で構成された盾に衝突した巨石は崩壊し、無数の石屑と砂粒と化した。
「今のって石質を脆くする魔法?」
ミリスティは突き出た巨石に起こった現象を見抜く。
「〈石質中脆化〉よ。ちゃんと教えた対策、憶えてくれたようね」
ベレトリクスは補足を含ませミリスティの答えを肯定し、シャラナが限定的状況で最適な対処方法の1つを見事に実践出来た事に内心喜ばしく思うのだった。
今度は飛来する大きな炎の球に対し、シャラナは〈大水柱〉を瞬時に発動させて迎撃する様に炎の球体を消火し、最後に放たれた〈闇の投槍〉を〈神聖なる防壁〉で邪悪な魔力を浄化し防ぐ。
「良し。最適な魔法を選択出来とるな」
炎には水、邪悪には神聖と、属性相性での有利な系統魔法で的確に打ち消し防ぐシャラナに、エルガルムは微笑を浮かべる。
「魔法ヲ撃チ続ケロ!! オ前達ハ回リ込メ!!」
小鬼の王の命令が再び響き、大柄な小鬼達には竜巻を迂回し接近し出す。
2匹の小鬼の魔導師と小鬼の邪教徒は、其々魔法を行使しようとし出す。
「ふむ、〈火の弾丸〉でシャラナの動きを阻害し、〈鉄鎖の束縛〉で行動を封じようとするか」
先程の中位級の炎系統魔法から低位級を行使するという事は、防がれる前提での牽制攻撃。そしてその間に鉄の鎖で完全に動きを縛る。
在り来りな戦術だが悪くは無い方法だ。
流石は魔導師なだけあって、頭が回る小鬼だ。そうエルガルムは感心する。
「けどその前に、あの小鬼の邪教徒、今度は〈恐慌誘発〉を使う気ね。やっぱ精神干渉魔法は持ってたか」
邪教徒が扱う邪悪系統魔法は、他者の精神に悪影響を及ぼす精神干渉系が在る。良く知られているのは精神を弱らせる〈下位精神衰弱化〉や精神状態を意図的に悪化させる〈精神汚染〉、更に〈恐慌誘発〉の下位互換である〈恐怖誘発〉による強制的な恐怖状態に陥らせる魔法が在る。
だが、状態異常を引き起こす邪悪系統魔法の中で最も恐ろしいのは呪い――――呪詛の魔法である。
様々な効力が存在する呪詛魔法で共通する特徴は、一度掛けられたら永遠と呪いの効力が続く厄介性である。そして掛けられた呪詛魔法を解除するには、神聖系統魔法の〈解呪〉や、それに類する特別な魔道具が必要不可欠となる。
あの小鬼の邪教徒が呪詛魔法を扱えるとなると、精神操作・精神汚染・呪詛の耐性特殊技能を有しているシャラナでも厄介となるかもしれない。
耐性が有るというのは抵抗する事が出来るという意味であり、完全に防ぐ事が出来る訳では無い。幾ら耐性が有っても、油断すれば精神汚染や呪いに掛かってしまう可能性は在るのだから。
〈恐慌誘発〉が発動される前に、シャラナが神聖系統中位級の防御系魔法〈清純なる精神〉を自身に施し、その直後に降り掛かる邪悪な魔法を難無く抵抗し不快な精神干渉を防いだ。
「良し。油断せず常に感知し続けておるな」
即時対応したシャラナに対し、エルガルムは高く評価を付ける。
ダンジョンに潜る前日、冒険者と成った祝いとして送った特別な武具と装身具の1つである護符首飾りによる精神干渉と呪詛への防護という保険を持たせた。その防護効力に甘え、油断しなければ良いがと不安は有ったが、それが杞憂だった事にエルガルムは内心安堵した。
戦況は続き幾本もの鉄の鎖が現れ、対象であるシャラナに巻き付き動きを封じようと急速に伸ばし出す。
全方位から急速に伸びて来る〈鉄鎖の束縛〉に対し、シャラナは魔法を使わず迫り来る鉄の鎖を軽快に避けながら逃げ回る。
そんな彼女に〈火の弾丸〉が連続して勢い良く飛来し、それに対しシャラナは革手袋に宿る〈魔力の盾〉を展開させ防ぎ続ける。
其処に鎖付き鉄球が勢い良く飛び、シャラナは飛来し続ける火の魔弾を掻い潜りながらそれを避ける。
「ふむ。敢えて魔力消費量と威力の低い魔法を連続で行使し、動きを制限させている所に鉄球の一撃か。普通は逆な気がするがな」
物理攻撃による手数で相手の動きを止める様に制限させ、合図などで敵を抑え込む役割の者を引かせてから、威力が高い魔法を叩き込むという戦闘で良く見る一連の流れだ。
それに対し、物理と魔法での役割が逆という現在目にしている光景は、ヴォルベスにとって珍妙な光景に映るのだった。
「確かに普通は逆だよな。だが小鬼側にとってはあの方法が最善の攻めなんだろう」
ダムクも同様にそう抱き、小鬼側の戦闘方法が悪手では無いものだと思うのだった。
そんな戦況を視界に映し続ける中、シャラナが短杖を小鬼の魔導師と小鬼の邪教徒が居る方へ差し向けた。
「お、仕掛けるか」
ダムクは彼女が何かを仕掛け出す行動を目にする。
「! 其処カラ今直グ離レロ!!」
短杖を差し向けられた事に悪い予感を感じたのであろう小鬼の王が、小鬼の魔導師と小鬼の邪教徒にその場から離れるよう慌てて指示を出す。
その瞬間、シャラナの魔法が炸裂する。
シャラナが発動した〈空圧爆風〉によって、2匹の小鬼の魔導師は背後から吹き飛ばされ、竜巻の中へと放り込まれるのだった。
「惜しい。小鬼の邪教徒が残っちゃったわね」
しかし、小鬼の邪教徒だけシャラナの魔法をギリギリ回避されてしまった。
シャラナは小鬼側に隙を与えまいと炎系統魔法の〈大放火〉を発動させ、竜巻に向けて勢い良く噴射する。
(あれって、僕が模擬試合で遣ったやつだ)
それは模擬試合という茶番劇で、炎系統魔法が実践的に使えないガイアが思い付きで遣った相手の〈大放火〉を利用した方法である。
(まさか僕の思い付きを少しアレンジして、それを打っ付け本番で遣るとは)
炎を吸い上げ赤熱の色に染まり、燃え盛る炎の渦へと変化する竜巻をガイアは見上げる。
渦巻く炎の竜巻が消失した後に、空中に巻き上げられ焼かれた小鬼達の焼死体が次々と落ちていくその光景は、無残なものだった。
それを目にした小鬼の王は顔を焦燥の感情で歪ませ、小鬼の邪教徒に強化魔法の命令を下した。
小鬼の邪教徒は俊敏性強化魔法を大柄な小鬼達に施し、動作が速く為った大柄な小鬼達は距離を一気に縮め、一斉にシャラナに襲い掛かり出す。
特大剣に特大棍棒と、大柄な小鬼達は鉄製の武器を振るいまくる。
地面を叩き付け、叩き斬り、地面以外へ振り抜いた際は風圧という強い余波を発生させる。
シャラナが攻撃後の隙を見計らい反撃の魔法を発動させようするが、武器を振り下ろした大柄な小鬼は空いた拳で殴りに掛かり、シャラナの反撃を許さなかった。
大柄な小鬼の拳を回避すると同時に、その場から退避したシャラナに、今度は鎖付き鉄球を持つ大柄な小鬼が容赦無く鉄球を打ん投げる。
(うわっ、危なっ…!)
勢い良く飛んで来た鉄球を慌てて回避するシャラナの様子に、ガイアは一瞬ヒヤッとするのだった。
雄叫びを上げる大柄な小鬼達が武器を振るい続ける猛襲に対し、シャラナはひたすら避け続けながら僅かな隙を逃さず鋭利な風の刃を大柄な小鬼に向けて瞬時に放つ。
大柄な小鬼は身体を素早く横へ逸らし、放たれた風の刃を回避しする。
「ほう、あれを避けるか。厄介だな」
魔法攻撃で速度が高い〈疾風の刃〉を避ける大柄な小鬼達を目にしたヴォルベスは、敵に対し感心を抱いた。
魔法による俊敏性をが強化されているとはいえ、大柄な小鬼達のその回避動作は中々のものだった。
だが攻防の時間が経過につれ、大柄な小鬼達は僅わずかな疲労で動きが少し鈍り出し、避けれた風の刃が当たり深い斬り傷を負い出す。
「優勢は御令嬢さんに傾き出したな」
その戦況を観てダムクはそう口にする。
「いや、未だじゃ」
しかし、エルガルムは彼の戦況見解を否定する。
「回復サセロ!」
エルガルムがそう言ったその後、小鬼の王の命令が発せられた。
小鬼の王の命令通りに小鬼の邪教徒は杖を掲げ、負傷した大柄な小鬼に魔法を掛ける。
(うげぇっ! 何だあれ、気色悪っ…!)
ガイアは大柄な小鬼に掛けられた魔法の現象を目にし、怖気を催す。
黒い瘴気の様なものが纏わり、深い斬り傷から奇怪にして不形状な肉塊がボコボコと肥大する様に吹き出し、その後に傷口に入り込む様に収縮し、大柄な小鬼が負った斬り傷が綺麗に完治された。
「何だありゃ? あんな気味の悪ぃ治癒魔法見た事無ぇぞ」
その怪奇的な治癒現象を目にしたダムクは、思わず眉を顰める。
無論、他の一党仲間も同様の表情である。
「あれは中位級の邪悪系統魔法〈中位邪法の治癒〉じゃよ。奇怪な現象じゃが、歴とした治癒魔法に部類する」
「でもあれって絶対何かしらの欠点が有る筈ですよね?」
ミリスティは引き攣った表情でエルガルムに問い掛ける。
「有るとも。邪悪属性の治癒魔法は悪に傾いた存在のみに効力を発揮し、逆に善に傾いた存在に対しては余り治癒効力が発揮されん。そして邪悪な魔力によるものである為、善の者、中立の者が幾度も掛け続けられると精神が徐々に歪まされ、心の性質を悪へと傾かせてしまう作用があるのじゃ」
「……まさに邪法だな」
ヴォルベスの言葉に、他の一党仲間は内心で頷き同意するのだった。
視界に映るシャラナと大柄な小鬼達の戦況は暫く拮抗が続くが、再び優勢がシャラナへと傾き出す。
「奴ノ動キヲ封ジロ!!」
劣勢へと傾き出した事を察した小鬼の王が命令を下し、小鬼の邪教徒はシャラナの動きを封じる為の魔法を掛けようとする。
(この感じは……麻痺の魔法か。それも中位級)
ガイアは常時発動している特殊技能〈魔力感知〉で、小鬼の邪教徒が発動しようとしている魔法を確認した。
(これは大丈夫でしょ)
案の定、それが発動される前にシャラナは〈中位抵抗力強化〉を自身に施し、仕掛けられた麻痺の魔法効力を抵抗し防いだ。
「状態異常ガ駄目ナラ束縛シロ!!」
状態異常が効かなくなったと悟ったのか、小鬼の王は束縛しろと命令を下す。
(なるほど、束縛なら状態異常への抵抗力なんて関係無いよね)
流石は小鬼の王、良く観察している。
そして判断力も良い。
そうガイアは思っているのを他所に、小鬼の邪教徒が魔法を発動させ、中空や地面から複数構成された黒い魔法陣から邪悪な気配を漂わせる魔力の鎖が出現した。
「何ですかあの魔法は?」
初めて見る魔法にダムクはエルガルム、若しくはベレトリクスに短く問う。
「あれは悪魔の呪いが鎖へと具現化させた魔法―――〈悪魔の呪縛〉じゃ。捕まれば全ての能力が弱体化され、脱出しなければ更に弱体化が進行し続けるものじゃ」
「脱出すれば呪いは解けるんですか?」
問いに対し答えたエルガルムに、ダムクは更に問い掛けた。
「いや、ただ脱出するだけでは意味が無い。一度捕まれば呪われ、解かぬ限りは消えぬまま対象者を蝕み続ける」
(解かない限りずっと呪いに蝕まれるのか…。それは厄介だな)
それを隣で耳にしていたガイアは、呪いの厄介性を理解した。
通常の状態異常を齎す魔法の効力はどんなに強力でも、一定の時間が経てば状態異常効力は消えてしまう。
しかし、呪いの類は解かない限り、その効力は延々と付き纏うが如く続く。
(シャラナはあれを如何やって対処する?)
シャラナに向かって急速に伸び迫る呪いの鎖が巻き付こうとするその瞬間を視界に映すガイアは、両手をギュッと握り締める。
急速に迫る呪いの鎖に対し、シャラナは即座に自身を中心に強力な神聖魔力の衝撃波を炸裂させ、周囲の大柄な小鬼達ごと束縛しに迫って来た悪魔の鎖を一遍に吹き飛ばす。
神聖属性の力に弱い呪いの鎖は粉砕されると同時に霧散し、吹き飛ばされた大柄な小鬼達は地面を転がり負傷する。
「それで良い。それが最良じゃ」
シャラナがその瞬間に応じて最も適した魔法〈神聖力の炸裂〉を選択し、それを発動させ見事その状況を打破した事にエルガルムはニッと笑みを浮かべた。
「直グニ立テ!!! 殺ラレルゾ!!!」
小鬼の王は吹き飛ばされ地面に転がり付す大柄な小鬼達を、早く立ち上がらせよう命令する。その様子から直ぐに訪れる何かに危惧し、それを回避しようとする焦りが窺えた。
「もう遅いわよ」
そんな小鬼の王に対しての言葉をベレトリクスが独り言の様に口にした直後、シャラナの魔法〈疾風の刃〉が発動され、連続で8発放たれた鋭利な風の刃が慌てて立ち上がろうとした大柄な小鬼8匹全ての首を刎ね飛ばした。
(良し!! やった!!)
見事、大柄な小鬼8匹を倒したシャラナを目にするガイアは思わずガッツポーズする。
それに対して小鬼の王と小鬼の邪教徒は目を見開き、顔を苦渋の思いで歪ませていた。
残るは小鬼の王と小鬼の邪教徒の2匹だけ。
優勢はたった1人であるシャラナに大きく傾いた。
兵力をほぼ失った小鬼の王は殺意を剥き出しにし、特大の戦斧を強く握り締める。
そして小鬼の邪教徒に何か指示を下し出す。
「ほう、配下のをほぼ失っていながら心が折れぬとは。小鬼ながらあの意志は称賛に値するな」
有象無象の強者にして司令官であっても、精鋭が含まれた己の兵力をほぼ倒された光景を目にすれば戦意喪失するのは無理も無い。
しかし、視界に映る小鬼の王は己の劣勢状況に苦渋しているが戦意は手放していない。
殺意と生への執着、そして小鬼達を統べる王としての矜持が、兵を失っても尚そうさせているのだろうとヴォルベスは思うのだった。
小鬼の王に何かを指示された小鬼の邪教徒は魔力を込め出し、小鬼の王に向けて何かの魔法を施そうとし出す。
(この感じ……強化魔法!)
ガイアは特殊技能〈魔力感知〉で、小鬼の邪教徒が最初に行使しようとしている強化魔法が〈中位敏捷力強化〉である事を瞬時に理解する。
小鬼の邪教徒の行動に対し、シャラナはそれを妨害すると同時に一撃で倒そうと〈疾風の投槍〉を発動させ、小鬼の邪教徒に向けて即座に放つ。
「フン!!」
急速に飛来するシャラナの〈疾風の投槍〉を小鬼の王は特大戦斧一振りで弾き防ぎ、狙われた小鬼の邪教徒を護った。
「弾きやがった…! あんなデカい戦斧をああも速く振れるのか」
特大戦斧を片手で振った初速度の高さを目にしたダムクは、静かに驚きを口にする。
並みの戦士職の者では、特大系の武器を高速な初速度を出すのは難しい。相当な迄に膂力を鍛えなければ出来ない芸当である。
護られた小鬼の邪教徒は急ぎ複数の強化魔法を発動させ、小鬼の王の強化を開始する。
(最初は〈中位敏捷力強化〉で、次は〈中位硬質化〉、更に〈中位魔法防護〉か)
小鬼の邪教徒が発動している強化魔法を、ガイアは〈魔力感知〉でその強化効力を感じて読み取る。
(ん? 今度は何の強化魔法だ? 感じ的には邪悪系統の類だよね…)
しかし、感じた事の無い魔法効力にガイアは僅かに眉間を顰める。少なくとも、魔力の感じ的には邪悪系統の類である事だけは判るが。
「なんか凄く嫌な感じがする強化魔法……。戦斧も明らかに邪悪属性の魔力が付与されてるし」
黒く鈍い魔力の光が小鬼の王の全身に纏わる複数の強化魔法、そして特大戦斧に施された黒く禍々しい靄の様な魔力。感知が鋭いミリスティは、邪悪な魔力から成るそれ等を嫌と言う程に感じ取ってしまう。
「賢者様。あの小鬼が使った邪悪系統の強化魔法はどんなのですか?」
最初の3つの強化魔法は判るが、最後以外の効力が分からないミリスティはそれについてエルガルムに尋ねる。
「1つ目は〈冒涜の祝福〉と言って物理と魔法への防御力を強化、更に邪悪系統の攻撃系魔法を限定に強化させるものじゃ。2つ目は〈上位神聖からの護り〉と言い、これは単純に神聖属性魔法への耐性を上げる防御系魔法じゃ。3つ目は〈邪悪なる精神〉で恐怖耐性強化と特定の精神干渉から護るもので、シャラナが使用した〈清純なる精神〉と効力はほぼ同じじゃが、性質的に相反しておる魔法じゃ。4つ目は〈狂人の大力〉は〈中位筋力増強〉よりも膂力の強化効力が高い魔法じゃが、精神に狂暴性を植え付け、既に有る狂暴性を促進させる欠点が有る。そして最後は〈中位武器不浄化〉じゃが、これに関しては説明しなくとも解るじゃろう」
「狂暴性による膂力強化。まるで狂戦士の持つ強化特殊技能みたいな魔法だな」
〈狂人の大力〉の効力を聴いたヴォルベスは、それに類似する特殊技能を持つ職業を脳裏に浮かべ、それを口にした。
「その通りじゃ。狂気による強化は凄まじい反面、意志が弱い者や軽薄な者では狂気に呑まれ暴走し続ける危険性が有る。特にあの魔法の場合は邪悪な魔力による強化な故、狂戦士の強化特殊技能よりも危険性が高いものじゃよ」
「……となると、ちょっと不味いかもな」
ダムクは不安の色を薄っすらと滲ませる。
「あれ程の物理と魔法への耐性強化だけでも厄介な上に、俊敏性まで強化されたら近接戦闘は間違い無く不利に成る」
「確かに、更に駄目押しの膂力強化された一撃は、彼女にとって恐らく即死水準。そしてあの小鬼の王には、戦士職の武技と特殊技能を有していると賢者殿は仰っていた。身体能力の強化特殊技能と強力な一撃の武技、それを御令嬢殿が防御魔法で防げるか如何か怪しくなるな」
(重ね掛け強化か…。確かにそれはシャラナにとって不味いかも……)
ダムクとヴォルベスの口にした内容を耳にしたガイアは、じわりと不安が内に生じるのだった。
「小鬼の王に損傷与えられても、あの娘が凄く不利。小鬼の邪教徒の支援回復があるから、持久戦でも短期戦でも負ける可能性が高い」
ミュフィが口にした意見に、ガイアの内に生じた不安が大きく為った。
そう。ミュフィの言う通り、ある意味一番厄介な存在は小鬼の邪教徒の治癒魔法だ。
苦労して小鬼の王に深い損傷を与えられても、それを安全地帯から魔法で治癒されれば体力も魔力も無駄に成ってしまう。回復役である小鬼の邪教徒の魔力量――――言い換えれば治癒魔法の発動可能回数にもよって、小鬼の王との戦闘難易度が変動する。
ならば先に小鬼の邪教徒を倒せば良いと思うが、それを小鬼の王がさせないよう猛攻撃を仕掛けるだろう。
小鬼の王に強化魔法を施し終えた小鬼の邪教徒は、シャラナの魔法攻撃の射線上から隠れる様に後ろへと下がる。恐らくは支援回復に徹する為と、シャラナからの攻撃魔法に対処し易い様にする為だろう。
そして数歩前へ出た小鬼の王は、有する特殊技能を発動させた。
「あれは〈強靭豪腕〉と〈強靭豪脚〉か。中々良い強化特殊技能を持っている」
小鬼の王が行使した2つの特殊技能を、ヴォルベスは瞬時に見抜く。
「ああ、これはヤバいぞ。一時的だが現在の小鬼の王の強さは危険度Aだ」
(危険度Aって……!)
ダムクが口にしたその言葉にガイアは更に不安を大きくし、思わず視線をエルガルムへと向ける。
エルガルムの表情は平静だった。
彼は〈鑑定の魔眼〉の特殊技能で、少なくとも小鬼の上位種全ての能力を把握している。
扱える魔法の数とその1つ1つの詳細までは覧る事は出来ないが、小鬼の邪教徒が行使した魔法も予想していた筈。
(まさかお爺ちゃん……これを見越した上でシャラナに挑ませたのか…!?)
師が弟子を落命の危険が伴う試練に、たった1人で送り出す無慈悲に近い行為。
所謂、獅子の子落としと言えるものである。
「……流石に救助の準備はしといた方が良いよね」
ミリスティは弓を手に持ち、矢筒から1本の矢を取り出し矢筈を弓弦に当てる。
「した方が良いな…。救助の許可が下りたら奴の脚を射ってくれ。ヴォルベスは奴の真正面に出てあの娘を護れ。本当なら俺の役割だが、俺の脚の速さじゃちょいと間に合わねぇ。ミュフィは小鬼の邪教徒の排除だ」
ダムクは他の仲間に救助の許可が下りた瞬間に、シャラナを即座に護れるよう予め役割を決め、一党代表の彼に指示を受けた3人は何時でも即座に行動出来るよう身構え、シャラナの闘いを見守るのだった。
小鬼の王が片手で特大戦斧を振り抜く構えを取り出す。
その姿は王にして屈強な戦士であり、鋭い眼光から放たれる殺意という威圧感が、エルガルム達と堅実の踏破一党の所にまで漂い出す。
いよいよボスとの直接対決。
先程迄の闘いは前座、此処から本番である。
(頑張れシャラナ! 負けるな!)
ガイアは不安を更に大きく膨らませ、シャラナの無事を祈るのだった。




