令嬢の独行奮闘21-2
シャラナは小鬼達が巣くう空間へと踏み入れ、堂々と前へ進む。
そんな彼女が侵入して来たのを視界に映した小鬼達は呆然とする。だがその僅か2秒か3秒程で、シャラナを視線で追った後、我に返る様に驚き騒ぎ出した。
普段なら獲物がやって来たと下卑た嗤い声で騒ぎ立てるのだが、今回は突然現れ、しかも堂々と侵入して来たという意外な事に小鬼達は動揺している様子だった。
しかし、シャラナはそんな小鬼達など気にせず、更に前進しながら視線を動かし、周囲の小鬼が装備している武器と防具を確認し、戦闘が始まる前に把握をし出す。
近接戦闘員の小鬼は直剣、曲剣、棍棒、鎚鉾、槍、と在り来りな鉄製武器だ。中には小盾を所持している小鬼もそれなりに居る。
遠距離支援の小鬼は木製の短弓を所持し、矢が入っている矢筒を背負っている。
通常種の下っ端は問題無い。気を付けるべきは上位種の方だ。
8匹の大柄な小鬼は特大剣に鉄製の特大棍棒と、中には鎖付き鉄球を持つ個体が1匹居る。間違い無く殆どが上位の近接戦闘員だと判断出来る。
小鬼の魔導師は、身丈程の長さの木製の杖を手にしている。それ以外に何か別の装備品は見当たらなが、目視する事が出来ない魔導衣の下に魔道具を隠している可能性は在るだろう。
小鬼の邪教徒だけは小鬼の魔導師と違い、手に持つ木製の杖の頭に髑髏が取り付けられ、其処に何かの怪鳥類の大きな羽根を多数飾り付けられていた。
髑髏の形からして人間のものではなく、何かの魔獣の頭蓋骨と思われる。そしてその髑髏には真っ赤な塗料で模様が彩られており、素朴よりだが邪悪さを感じさせる物であった。
小鬼の王を除き、特に警戒すべきは小鬼の魔導師と小鬼の邪教徒だろう。
近接戦闘を仕掛けて来る相手なら、近付かれる前に魔法で一網打尽にする事は容易だ。しかし、此方の魔法攻撃を小鬼の魔導師か小鬼の邪教徒が魔法に対する防壁で防がれると話は違ってくる。
攻撃魔法に対しては防御魔法を。
何方もその術が有る場合だと、数的にシャラナが不利に成る。
それだけなら良いが、彼方側には小鬼の邪教徒が居る。邪悪な奇跡による治癒魔法で負傷した小鬼達を回復し、幾度も戦線復帰をさせられるのは非常に厄介だ。
小鬼の邪教徒は最優先に倒さなければならない。
出来る限り、何もさせない様に何かしらの妨害が必要だ。
そしてその隙に絶命させられる一撃の魔法を放つか、一気に距離を詰めて〈魔力の刀剣〉で首を刎ねるかだ。
シャラナは戦闘開始時の初手は何が良いのか、その後に優先排除すべき標的を倒し、下っ端の小鬼の群れを如何やって一掃するか等と最適な戦術を思考する。
そう思考を巡らしている時、ガツンと硬質な地面を強烈に叩く音が空間全体に鳴り響いた。
騒ぎ立てていた小鬼達は一斉に静まり返り、その空間に居る全ての存在がその音の発生源に顔を向ける。
地面を強打し大音響を発生させたのは―――小鬼の王だ。自分が持つ特大戦斧の太い長柄の石突部分を強く地面に突き、静まれと言わんばかりに鳴り響かせたのだ。
小鬼の王は、突如として現れ己が領域に堂々と侵入して来たシャラナを睨み付ける。
小鬼達を統べる王に相応しい凶悪さが宿った鋭い眼光に、シャラナはほんの僅かながら内心たじろいだ。
これが小鬼の王。
その眼光から放たれる威圧。
いったいどれ程の力を有しているのだろうか。
シャラナはゆっくりと短杖ホルダーに右手を当て、何時でも短杖を引き抜ける様に小さな構えを取った。
もう直ぐ開戦する。
そう予感したシャラナは初手の魔法は何が最善で最適なのか、修得した数ある魔法の中から選択肢を絞り込み、その中からある魔法を選択した。
後は開戦の出出しだけだ。
シャラナは視線の先に居る小鬼の王の次なる行動に目を澄まし、魔法発動の丁度良い頃合いを見計らう。
そんな人間の女を小鬼の王は、下卑た笑みを一切浮かべず、眉間を寄せ注意深く窺う。
此方の兵数に対し彼方はたった1人、軀体は華奢、格好から見て魔導師である可能性は非常に高い。戦士である可能性は無いと断定する。
最初は此方の実力を軽んじているか、はたまた只迷い込んでしまったのかと思ったが、現れた人間の小娘の目を見て、何方も違う事が直感で理解出来た。
あの人間の小娘は強い。
恐らくは我が兵達を一網打尽にする力を持った魔導師だ。
それ程の力を有していなければ、たった1人で我々の前に出て来る訳が無い。
何よりあの表情――――我々小鬼という存在に対する軽視の色が無い。王である我に対する恐怖の色は少しばかり見受けられるが、戦意は充分に有る覚悟した目だ。
そう思考し予想した小鬼の王は、ある危惧を予想する。
だとすれば、あの人間の小娘の魔法一撃で、我が兵達が殲滅させられる可能性が在る。
折角集めた兵力を失う訳にはいかない。
それを防ぐ為には、配下の魔導師達に魔法に対する防御魔法を徹底させるべきだ。
初手は弓兵達による遠距離攻撃、その間に歩兵達で進攻させ、あの人間の小娘が広範囲魔法で一掃しに掛かって来た場合は魔導師全員で魔法防壁を張って堅実に防げば良い。
そして数で追い込んでから、大柄な小鬼達で仕留めに掛かれば此方の勝ちだ。
小鬼の王は人間の女を軽視せず、未知を含む広範囲型の魔法に対する警戒を念頭に置いた。
戦術は定まった。
小鬼の王は口を開き、覇気の有る大きな濁声を発した。
「総員、戦闘態勢ヲ取レ!!」
空間全体に響いた小鬼の王の号令に、全ての小鬼達は目の色を変え、一斉に隊列を成した。
「これは凄い。あの様に統制された小鬼共は初めて見る」
視界に映るその光景に、ヴォルベスは驚きの感想を口にする。
「ああ。小規模とはいえ、1つの軍隊と言っても可笑しくねぇな、ありゃあ」
ダムクも内心驚きが生じ、小鬼の王が居る小鬼の群れという脅威性を目にする光景から理解した。
兵力は数が増せば増す程に、それに比例し脅威度が増す。たとえ纏まりの無い群れだとしても、矮小な存在が1つの大岩の如く、1つの巨岩の如く一塊に集い雪崩れ込まれるだけでも充分な脅威である。
しかし、それが統率されると恐ろしい別物へと化ける。
たった100匹の小鬼でも、統制と連携という手段を有するだけで不利な戦局を覆す事が可能になる。
歴史上、小鬼の王率いる小鬼の群れに、幾つもの村落や町1つを滅ぼされたという伝説が現在の時代でも語り継がれており、その当時は万に近い驚異的な数だったと言い伝えられている。
「シャラナちゃん、大丈夫かなぁ…。彼方には魔導師も居るから、シャラナちゃんの魔法を徹底的に防ぎに掛かられちゃうよぉ」
ミリスティは未だにシャラナの心配をしていた。
「シャラナなら大丈夫よ」
そんな彼女に対し、微笑を浮かべるベレトリクスが平静な口調で語り掛ける。
「近接戦闘の技術は試験で観てたから判るでしょ? それに魔導師同士での戦闘に於ける対策と戦術、それに必須な魔法は叩き込まれてるわよ。そうでしょ、エルガルム」
「勿論じゃとも。魔導師同士の闘いは互いに魔法を打つけ合い、それを魔法で防ぐ、攻撃と防御の何方かを如何にかしなければ勝負が決まらぬ鼬ごっこに成ってしまうからのう。単純な撃ち合い防ぎ合いを突破する魔法はちゃんと修得させとるし、多数相手取る魔導師ならではの戦術も教授した。後はシャラナがそれ等を上手く使い実行出来るかじゃ」
エルガルムも、小鬼の群れを目の前に立つシャラナの様子を観ながら平静に語る。
「それに上位種が数匹に只の武装を整えても、小鬼は小鬼じゃ。シャラナが模擬試合や訓練で相手したガイアの動像なんぞと比べれば、大した事は無い」
以前の模擬試合でガイアが創り出した動像は、金属製と宝石製が殆どだ。何方も硬質かつ頑丈性が有り、魔法による防御力を強化せずとも物理的に於いて高い防御力を有している。
それに比べ、小鬼達が装備している防具は鉄鎧や革鎧だ。防御力的に鋼鉄の動像よりも圧倒的に劣っている。
何方が攻撃魔法で容易く貫き倒せるかと訊くなら、当然答えは小鬼である。
理由は簡単。鋼鉄の動像は分厚い鉄の塊ので貫き辛いのに対し、小鬼達が装備している鉄鎧の厚さは魔法に対する防護を施さなければ簡単に貫けられる。
視界に映る4匹の小鬼の魔導師と1匹の小鬼の邪教徒がどれ程の効力が有る防御魔法を扱えるかは、流石に見ただけで判断は付かない。
しかし、少なくともガイアが扱える上位級強化魔法よりは低い事だけは間違い無い。中位級の防御系魔法なら、現在のシャラナが修得している魔法を駆使すれば突破は可能である。
「そして何より、シャラナにとってこれが本当の等級審査試験じゃからな」
「そうね。これの方が等級審査の試験らしいわね」
エルガルムの言葉に、ベレトリクスは同感の意を口にする。
(確かに。冒険者組合で闘った相手はシャラナにとって総合面でも格下だったから、試験としては楽過ぎたしねぇ)
ガイアも胸中で同感する。
試験はその者の実力に見合った苦難を与え、それを乗り越えられるか否かを見定めるものだ。そしてその苦難を乗り越えた時、人は更なる成長が出来るのだ。
(お爺ちゃん的にあれがB等級位の難易度なんだろうな)
他のB等級冒険者から見て、小鬼の王率いる小鬼の群れの討滅難易度は高いのだろうか低いのだろうか。冒険者組合がこれを試験として採用する場合、おそらく複数構成の一党で挑む事が参加条件として定められるのだろうと、ガイアはそんな事を考えた。
(あれ? て事はこれ1人で挑むの結構難易度高くないか?)
極端な強者と弱者ばかりを見てきた所為か、その中間辺りの強さ基準が判らなくなるのだった。
恐らくシャラナにとって、難易度的に厳しめかもしれないこの試験に対し、ライファは如何思ってるのだろうとガイアはチラッと視線を彼女の方へ向けた。
(うーん……判らん)
しかし、覆面で口元が隠れている所為で、胸中に何の感情を抱いているのか判断出来ない。だがきっと、変わらず冷静な表情なのだろうとガイアは思った。
「さてさて、御令嬢殿はあの数を相手に、どの様な闘いを見せてくれるか楽しみだ」
「そうだな。冒険者組合での模擬試合は呆気無く終わっちまったからな。今回ならあの娘の実力をしっかり拝めそうだ」
ヴォルベスとダムクは、今回の護衛対象である彼女の実力をはっきり観れる事に期待をする。
「……そろそろ動き出しそうじゃ」
エルガルムは小鬼の王が玉座から腰を上げる動きを目にし、開戦の火蓋を切って落とすのは小鬼側――――小鬼の王であろうと確信をした。
そして心中で弟子の無事を祈り、師として見守る事を徹底するのだった。
(油断するでないぞ、シャラナよ)




