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第19話 魔術技法師キャロナ







 ◆◇◆









 定休日二日目、木の曜日。

 昨日宅配を頼んだ荷物が全部届いてから、エリーちゃんと一緒に腕まくりをした。


「頑張ろー!」

「よっし! あたしは何が出来そう?」

「えーっと……やっぱり、板に文字や絵を彫ってもらうのかな?」

「ん、わかった」


 看板もだけど、エリーちゃんは木彫りが結構上手。

 今回は文字だけじゃなくパンの絵もだけど、指定したのを鉛筆でささっと描いてから掘り出してくれた。


「ほんと、上手だねー?」

「父さんの趣味がこう言うのでね。あたしも真似事から始めたんだけど、案外役に立つもんだ」

「充分役に立ってますっ」


 僕も不器用じゃないけど、畑違いと言うかエリーちゃん程は出来ない。

 だから、自分が出来ることをしようと針金と紙テープを手に取った。


「それ、どーすんの?」

「エリーちゃんが彫ってくれたオブジェとか、これから作る紙の札を挟む道具かな?」


 まずは、針金を二本とも色付きの紙テープでくるくる巻いていく。

 巻き終わったら、片方を折らないように曲げてうず巻きみたいに丸める。

 反対は、サイコロ型にカットしてもらった角材にキリで穴を開けたのに刺す。

 長さは調整してペンチで切り、開いてしまう部分を紙テープで巻いて固定。


「イメージはお花かな?」


 これに、試しに色鉛筆で書いた宣伝用のポップを差し込めば、ひとつめの出来上がり。


「へぇ、これがポップ?」

「実家ではお母さん達が作ってたから、結構手伝わされたんだー」

「たしかに、女性が好きそう。今スバルは女だし、合ってるね?」

「複雑だから勘弁してほしいよぉ〜……」


 今もスカート履いてますが、僕は男です。

 自己防衛のためとは言っても、やっぱり複雑でしょうがない。

 とりあえず、休憩を挟みながらも作業に夢中になっていると、ふいに、玄関から呼び鈴が聴こえてきた。


「僕が行こうか?」

「お願い、今いいとこだから」

「はいはーい」


 家を訪ねて来る人はごく限られている。

 昨日レイシーさん達には教えたけど、遊びにきたのかな?と思いながらドアの小窓を覗く。

 外にいたのはレイシーさんやヨゼフさんじゃなく、ピンクのニット帽を被った人だった。知ってる人なのですぐにドアを開ける。


「あれ? キャロナちゃん?」

「どもっス」


 キャロナちゃんは薄青の癖っ毛に、黄色の目が特徴的な女の子。

 パン屋のお客さんの一人だけど、彼女とはまた別の関係で接することがある。


「今日定休日だけど……まさか、点検日?」

「一応、ロイズさん経由で蝶は飛ばしたっスよ?」

「あれ?」


 手紙を受け取った記憶はないが、一つだけ心当たりはあったので一旦中へ戻った。


「エリーちゃん、一昨日ロイズさんから届いた手紙ってどこ⁉︎」

「へ、なんで?」

「キャロナちゃんが来てくれたんだけど、多分あれ点検の通知だと思う!」

「やっば! すぐ取ってくる‼︎」


 彫刻刀を置いてから、エリーちゃんはダッシュで二階へ取りに行ってくれた。

 僕はその間にある程度片付けをして、お茶用のお湯を沸かしてからキャロナちゃんをリビングに通した。


「二日前に頼んだんで、目を通してくれたかと思ってたんスが」

「ほんと、ごめん!」

「構わないっスよ。別に日を改めても良かったっスけど」

「おっ待たせ! やっぱそうだった!」

「相変わらずっスねー、エリーさん」


 急いで手紙を持って来てくれたエリーちゃんに、キャロナちゃんはお茶を飲んでから小さく息を吐いた。


「……悪かったってば」

「まあ、自分も慣れてるんでいいっスよ。んじゃ、このお茶飲み終わってから、始めていいっスか?」

「うん、お願いします」


 キャロナちゃんの職業(ジョブ)は、魔術技法師(エンチャント・ジニア)。魔法も使えなくないが、魔石を使った家具や工具だけでなくセキュリティに使う魔術とかを整備してくれる人達のこと。

 彼女は若手ながらも実力は高く、この街では商業ギルドに所属している。そしてロイズさんの指示で、僕らの家と店のセキュリティを定期的に点検してくれています。


「さて、見た感じ綻びとかはなくても……」


 壁だったり、窓ガラスだったりを撫でたり軽く叩いたりと繰り返し、最後に玄関の前に立つと鍵穴に手をかざした。


『我、管理者権限に介入。この声を読み取れ、展開せよ』

【───────承認。管理者コード展開。キャロナ=リュゼル介入。定期点検コードを打ち込んでください】

『了解』


 そして、ニット帽を取ると後ろから見てもわかるように大きく深呼吸をした。


「んじゃ、しばらくじっとしててくださいね?」

「ん」

「はーい」


 僕らが頷けば、キャロナちゃんは扉のほうに向き直った。



『〜♬』


 女性特有の高い歌声が廊下中に響いてく。

 キャロナちゃんは何度か発声を繰り返すと、ゆっくり歌い出した。




『開けほどけ 輪の中の輪 流れよ掴め 風の吐息


 吐息を澄ませ 戸板の鼓動


 鼓動は伝う 風の囁きを


 響かせ唄え お前の胎土を


 我に伝えよ 我に合わせ給ふ


 狂わぬ音を 我が紡ごう』




【───────コード確認。全セキュリティ更新完了】

「よっし、今回も順調っス!」

「お疲れ様。ありがとう」

「当然の事をしただけっスよ」


 魔術技法師(エンチャント・ジニア)はそれぞれ方法は違うらしいが、キャロナちゃんの場合歌うように呪文を唱えて整備をしてくれる。

 初めて聴いた時は感動して拍手しちゃったけど、彼女からしたら『これくらい普通っス』と呆れられちゃっいました。

 整備は、今日でまだ三回目。だいたい月一で魔術を更新させるだけで大丈夫そうだ。


「さって。今日の仕事はこれだけっスけど、知らせをさっき聞いたんなら代金はまたでいいっスよ」

「そ、そう言う訳にはっ!……あ、ちょっと待ってて!」

「あたしも行こうか?」

「大丈夫、すぐ戻るから!」


 出来るだけ転ばないように急いで店に向かう。


「えっと……たしか……あ、あった!」


 目的の紙袋を抱えて、これまた急いで二人の元へ戻る。

 ニット帽を被り直してたキャロナちゃんに、持ってた袋をすぐに差し出す。


「昨日出来た新作の余りで申し訳ないけど……」

「スバルさんの新作っ!」


 ぴょんっと軽く跳んでから袋を手に取り、さっそくと言わんばかりに中身を確認し出した。


「にんにくの匂いと……こっちはチョコっスか?」

「そう。ラスクってお菓子みたいなものだけど」

「んじゃ、さっそく!」


 細長いのを手に取るとすぐにかじりつく。

 僕やエリーちゃんの耳にラスクを噛むいい音が聞こえ、目には美味しそうに食べてくれるキャロナちゃんの笑顔が飛び込んできた。


「美味いっす! チョコの程よい甘さ香りに、パンのカリカリ食感……これ絶対売れるっスよ!」

「まだ試作だけどね? ロイズさん達には明日くらいに渡すから」

「代金はこれで充分っスね。にんにくのも……ん、美味い!」


 キャロナちゃんへの整備代金は、ロイズさんから現物支給でいいと言われている。

 だから、今回みたいに新作とか彼女が好きなパンを上げることになっています。

 キャロナちゃんの好物は、基本的には甘い菓子パン。

 メロンパンも好きだけど、最近はチョコ系に傾いてきてる。塩気があるのも嫌いじゃないらしいから渡してみたが、両方お気に召したようだ。


「でーはでは、自分はもう行くんで。次の時は忘れないよーに!」

「うん、今度はチョコだけのメロンパン作ってみるから」

「絶対っスよ!」


 ラスクの袋を落とさないようにしながら、キャロナちゃんはスキップして帰っていった。


「……はぁー……ほんと、ごめん」


 リビングに戻ってから、エリーちゃんが謝ってくれた。


「ううん。僕も点検日近いかなぁとは思ってたけど」

「次は気をつけるよ……。じゃ、紅茶飲んでから再開する?」

「うん!」


 また休憩を挟みながらも、ポップや飾りがどんどん出来上がっていく。

 布は手縫いでトレーの下に敷く様なマットを製作。

 量が多いのでエリーちゃんも手伝おうとしてくれたが、想像以上に縫い目が酷くて断念した。代わりに、モールを適度な長さに切る作業をしてもらいました。


「女なのに、全然裁縫が出来ないなんて……」

「人には向き不向きってあるらしいから……」


 一応なぐさめてはみたが、余計に落ち込ませてしまった。

 どうしたものか、と今手に持ってる布を机に置いてから、エリーちゃんの後ろに立って肩に手を置く。


「だーいじょうぶ。エリーちゃんは十分に可愛い女の子だよ。僕が保証するって」

「え、えぇ⁉︎」


 ばっ、てこっちを振り向いたエリーちゃんは顔が真っ赤っかになっていた。


「あ、あたし、が?」

「うん。最初ぶつかった時から思ってたよ?」

「いいいい、いや、その、あの時⁉︎」


 慌てちゃうのも、なんだかいつもと違って可愛い。

 ちょっとだけおかしくって笑うと、エリーちゃんは苦笑いしてから立ち上がった。


「祭りまであと数日あるけど、もう飾る?」

「んー、宣伝兼ねてならいいかな?」


 順番に持って行こうと決まり、まずはモールを箱に入れてから店に向かう。


「……外に誰かいる?」


 表に行くドアを開ける直前に、エリーちゃんがそう言い出した。

 僕も耳をすますと、たしかにドアを激しく叩く音が聞こえてきた。


「あたしが見てくるから、スバルはゆっくり来て」

「う、うん」


 エリーちゃんはスケッパーを持ってからすぐに表に向かう。

 モールの箱を落とさないように扉をくぐれば、エリーちゃんはすでに入り口のドアを開けていた。


「どうしたんだシェリー⁉︎」

「た、助けてくださいエリーさぁん!」


 聞こえてきた名前と相手の声に、僕は箱を投げるように床に置いた。


「どうしたんですか⁉︎」

「お、店長さんいたか! 悪りぃ、急を要するんだうちの盗賊(シーフ)を助けてくれ!」


 たしか、ジェフさんってお兄さんの声。

 エリーちゃんの横から覗き込むと、ボロボロになったシェリーさんとジェフさんが立っていた。

 それと、ジェフさんに背負われている軽装の男の人は、荒い息をしながら苦しんでた。

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