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第17話 あたたかい味


「ほい、お待ちどーさん!」

「「わぁ!」」


 出て来たミートパイは、とっても大きくて香ばしいパイと焼けた肉の匂いがたまらない。

 思わずエリーちゃんと一緒に声を上げてしまう程だ。


「ヨゼフと二人で食べるには大き過ぎちまったからねぇ? 来てくれて助かったよ」

「僕らだけじゃ、朝ご飯に残すくらいでしたしね」

「そうさね。久しぶりに作るから、つい張り切っちまったが」


 食器のお手伝いくらいはと思ったけど、お客様だから座ってくださいとヨゼフさんに言われたのでエリーちゃんとダイニングテーブルに座っている。

 パイの他にも、ミネストローネのようなトマトスープとグリーンサラダが食卓に乗って彩りが増えていく。


「さ、遠慮なく食べとくれ」

「「いただきます」」


 きちんと手を合わせてからフォークを手に。

 サラダはみずみずしく、ハーブドレッシングのおかげでさっぱりしてるから食べやすい。

 メインがミートパイだから、ミネストローネのお味も優しめ。気分がほっこりしちゃうくらい酸味がくどくなくて野菜もほろほろと口の中で溶けていく。

 最後にメインのミートパイ。

 この人達には男と知られてるからか、いただいた一切れが大きい。

 フォークで切り分ければ、サクサクといい音がしても思ったより崩れなかった。

 さすがは、主婦歴が長い人は料理も凄いんだ、と少しお母さんを思い出しちゃった。

 元気にしてるかなぁと思いながらパイを口に入れる。


「ちょ、スバル⁉︎」

「どうしたんだい? なんか変なのでも入ってたかね?」


 慌てる二人になんのことかと思ったけど、横から伸びてきたシワの深い指が僕のほっぺをなぞった。


「泣いちゃってるんですよ、スバル君」

「……え?」


 ヨゼフさんに言われて目元をこすれば、たしかに温かい水の感触がした。


「いきなり泣くからびっくりしたよ!」

「あ、うん、ごめん……」

「いや、謝ってほしくて言ったんじゃないんだけど……」

「ふむ。ロイズからは多少事情は伺ってますが、スバル君はこちらに来てから数ヶ月でしたよね?」

「あ、はい。三ヶ月くらいになります」


 質問されたので答えれば、ヨゼフさんとレイシーさんは顔を合わせて頷き合った。


「スバルちゃんは今いくつだい?」

「えっと……一応、22です」

「ひとりで暮らした経験はありますか?」

「実家を手伝ってたので、ないです」

「じゃあ、あれだ。母親の味を思い出したのかもしれないね? あんたのお袋さんも、パイは得意だったのかい?」

「あ……」


 パン屋に嫁いで来たお母さんの得意料理は、たしかにパイ包みとかだった。

 ミートパイなども家族以外では評判が良くて、お店では不定期だけど販売していた。

 レイシーさんのパイは出来立てで、温かみがあって美味しい。その味が、少しだけお母さんの味に似てたのかも。


「……情けないですね」


 一人だけ別の世界に来ても、なんとかやってきたのに。

 気落ちしていると、横から軽く小突かれた。


「ぜんっぜん情けなくないって」

「エリーちゃん……?」

「もしあたしとかが知らない世界に一人で放り出されたら、時々は両親を思い出すよ。スバルが男だからとか関係なく、今そう言う状態なんだから泣いたって情けなくない」

「エリーの言う通りさね。性別も歳も関係ない。むしろ、あたしのパイで思い出したんなら嬉しいものさ」

「ええ、そうですよ」


 優しい気遣いが、体に染み込んでいく。

 今きっと泣いちゃってるけど、あえて拭かない。

 誰も咎めないし、思いっきり泣こう。

 この涙を、同情として受け止めてくれる人達じゃないから。


「……けど、すみません。食事中に」


 泣き終えてから、またパイを食べる。

 バターの効いたパイはサクサクしてるけど、肉汁を吸った部分は柔らかくて美味しい。お肉の味付けも濃くなくて優しい味わいだった。


「構やしないって。なぁ、ヨゼフ?」

「ええ。うちの子供達も、独立したての頃はよくあったようですからね。想像しにくいでしょうが、ロイズもですよ」

「……ロイズ、さんが?」

「考えにくいですね……」


 エリーちゃんでも想像するのが難しかったみたい。

 でも、たしかにあの自信に満ち溢れたロイズさんから、僕のようにお母さんの味が恋しくなって泣いちゃうとかは想像しにくい。

 そんな感じの思い出話などを聞かせてもらいながら食事を楽しみ、最後に僕は持ってきたラスクの袋を取り出した。


「今日来たのは、お昼に助けていただいたお礼に新作を作りました!」

「大したことしてないのに……けど、ありがとね?」

「お茶にしましょうか?」

「いーや、この匂い。むしろ、つまみになりそうだね!」

「当たりですっ」

「よっしゃ、スバル達にも飲みやすい酒があるはずだ。ヨゼフは皿の方頼むよ」

「はいはい」


 せめて片付けは簡単にお手伝いをしてから、ラスク三種類をお皿に開けました。


「ほぉ? にんにくだけじゃなくチョコまであるんですね?」

「白い方もチョコかい? なら、赤より白のぶどう酒が合いそうだ」


 グラスも人数分用意してくださり、僕とエリーちゃんも飲むことに。

 この世界、と言うよりアシュレインを含むサファナ王国の成人年齢が17歳だそうで、19歳のエリーちゃんも飲酒は大丈夫。

 普段は飲まないけど、こう言う席の時は少し飲むんだって。僕は、この世界に来てからは初めてだ。


「んじゃ、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 グラスを合わせて、ほんの一口含む。

 ワインだから度数は高いけど、飲み当たりが優しくて美味しい。

 これは、たしかにガーリックバターの方には合いそうだ。


「ん! 美味いよ!」


 レイシーさんは早速ガーリックバターの方を食べてくれてました。

 だが、二口目でを咀嚼し終えてからくるりと腰をひねらせた。


「ありゃ? 腰の痛みが引いた……?」

「あ、それ補正の効果が腰痛軽減だそうです」

「なんだって!」


 ミルクチョコを食べてたエリーちゃんが言えば、レイシーさんは驚きながらもうひとつ口に入れた。

 余程効いたのか、お酒で流し込んでから軽く体操し出しちゃった。


「こりゃいい! 若い頃までとはいかんが、腰が軽くなったよ!」

「僕も食べてみましょうか」

「あんたは三つくらい食べた方がいいよ。あたしより酷いんだし」

「そうですねぇ……あ、ほんとですね。痛みが引いてきた」


 どうやら効果抜群な様子です。

 チョコの方も、お酒を飲んでから一口かじっただけなのに胃の中の熱さがすっと引いていく。

 ガーリックを食べ終えたお二人にも説明すれば、飛び上がらんばかりに喜んでくださった。


「酔い覚ましの薬を飲まずに済むのかい⁉︎」

「レイシーさんは飲み過ぎなんですよ。けど、これは本当に美味しいですね」


 ラスクを全部食べちゃいそうな勢いだったので、いくらか残してからヨゼフさんに戸棚へしまってもらいました。


「売り出したら是非教えておくれ! 絶対買いに行くよ!」

「え、これくらいでしたらお届けに」

「何言ってんだい。ロイズの親だからって贔屓にしなくていいよ。それに、ヨゼフも気になってるだろうが他のパンも見たいんだよ」

「バレちゃいましたか」

「じゃ、じゃあ、お待ちしています。定休日は水と木の曜日なのでそれ以外は営業しています」


 曜日の感覚は、呼び名が少し違うくらいで暦もだいたい日本と変わらない。

 パン屋で平日に二日も休むなんて、と思われるだろうが冒険者さん達は休日の方が活発だからと休業日を変えたんです。


「あいよ。しっかし、しつこい連中が知ったらほんとどーなるか。ロイズに聞いてなかったら、あんたが男だってわからんかったね」

「お母さん似なので、説明しても信じてもらえないんですよね……」

「向こうでも悪い虫はうろうろいただろう?」

「暴漢は幸いなかったんですが、その……ストーカーとか」

「エリー、護衛とは聞いたけどあんた大丈夫かい? スバルちゃんは特別でも」

「……スバル、は、守りますっ」


 僕やヨゼフさんとかは平気でも、昼間のしつこい人達はエリーちゃんにとって恐怖の対象。

 ストーカーなんてもっと粘着質で予想外な動きをするだろうに、彼女はそれでも立ち向かうと震えながらも頷いてた。

 その勇ましさに胸がキュンとなっちゃうが、性別が逆なんじゃとやっぱり思う。


「ま、エリーも意気込んでんならあたしは強く言わんよ。それより、つまみを追加してもうちょい飲もうじゃないか!」

「レイシーさーん、ラスクはもう出しませんよ」

「けち臭いこと言うんじゃないよ」


 けど結局酒盛りは続き、僕とエリーちゃんはほろ酔いになってからお暇させていただきました。


「いい人達だったねー」

「うん、本当の家族みたいにあったかいからさ。ヨゼフさんは平気なんだ」

「そっかー」

「明日は、ゆっくりしないんでしょ?」

「うん。お祭り用の飾り作りたいし」


 配達の日時も明日の昼前にお願いしてある。

 翌日の仕込みをしてから、製作に取り掛かる予定だ。


(それにしても、今日はいい日だったなぁ……)


 お母さんとは全然違うのに、親元に帰ってきたような幸福感に包まれた。

 ヨゼフさんもまた遊びにおいでと言ってくれたから、ラスクも違う種類を作って持っていこうと片隅に思いました。

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