ただ双子姉妹が百合ちゅーするだけのお話
真夏の夜空で色鮮やかな花火が花開く。
それに少し遅れて心地よい衝撃が茜の体を襲う。
何発、何十発……何千発と多種多様な花火が彼女の瞳に映っては儚く消えてゆく。
ふと、花火から視線を逸らし、自分の横に座る青い浴衣を着る少女を一瞥する。
自分と良く似た容姿をした双子の妹――葵がついさっき買ったばかりの綿あめを口に入れながら花火を澄ました顔で見ていた。その口元はやや緩まっているのを茜は見逃さない。よかった、ちゃんと楽しんでる。
自分とは違いあまり感情を表に出さない妹だが、生まれてから十一年ずっと近くにいる茜には彼女の感情の起伏は手に取るようにわかる。
茜の視線に気づいたのか、葵が
「……お姉ちゃん、なーに?」
「あー、綿あめおいしそうだなぁって」
特にそんなこと思ってなかったが、意味もなく見てたと正直に言うのは恥ずかしいので、茜はそう言ってごまかす。
姉の言葉を聞いた葵は視線を自分の手元の綿あめに落とす。
何度か逡巡し、
「……食べる?」
綿あめを持つ手を茜の方へ近づける。
しかし少し未練があるのか葵はチラチラと綿あめの方を見ている。
食い意地が張っている葵がまさか自分の食べ物を分けてくれるとは思ってなかった。
花火を見に来てご機嫌なのだろう。
「……一口だけだよ」
それでも一口が最大の譲歩点のようだ。
それでも妹が分けてくれる事が嬉しくて、茜は笑顔でパクッと小さく口に含み、綿あめを千切る。
…………。
しかし思ったより綿あめは大きく千切れて、全体の三分の一ほどが茜の口元から伸びていた。
……さて、どうしようか、と茜は思案していると
「はむ」
千切れた方を葵は口に入れるとポッキーゲームのように食べ進む。
やがて唇と唇が触れ合いそうになる距離まで近づいた。
「っ‼︎」
キスしそうになる寸前、茜は咄嗟に顔を背けた。
綿あめも切れて、今は茜の唇に溶けた綿あめがベタベタとくっついているだけだ。
葵は満足したのか、また花火の方に視線を移す。その横顔はほんのりと赤みを帯びていた。
あのまま顔を背けなかったらたどうなったのかな。
キス……してたのかな。
花火を見上げながらも、茜は先ほどのキス未遂の件で頭がいっぱいだった。
そのまま花火が終わるまで二人は一言も喋る事はなかった。
最後の一際大きな花火が上がり、祭りの終わりを告げる。
祭りの最後に相応しい錦冠――別名『しだれ柳』だった。
何人かいた周りの他のお客さんはそれを見終わると、そそくさとその場を後にしていた。
花火の余韻に浸っていた茜達も
「私達も帰ろっか」
「…………うん」
周りに倣うように茜は妹の手を引いて、帰宅の途へ着く。
帰る途中に近所のおばさんに「あら〜、相変わらず仲良いわね。ほらこれ、一緒にお食べ」と、祭りで買ったであろうイカ焼きを手渡された。帰ったらチンして食べよ。
そんな一幕はあったものの、特に何事もなく茜と葵は家に帰り着いた。
しかし葵が綿あめの一件からほとんど喋らないことだけ、茜は気になっていた。
■■■
家に帰り着くと二人は母親に言われるがままお風呂に入れられ、それから上がる頃には夜も遅くなっていた。
いつもならもう少し起きているのだが、今日は花火祭りで疲れており茜は早めに寝ることにした。葵も少し船を漕ぎ始めていた。
葵を子ども部屋まで連れて行く。
子ども部屋は茜と葵の共有の部屋で、二人のベッドとここにある。
ずっと二人一緒に寝る習慣が付いているので、小学五年生になった今でも茜と葵は同じベッドに並んで夜を過ごす。
「葵、おやすみ」
「……みー」
パチっと電気を落として、茜はベットに潜り込む。
横になると、疲労からか茜はすぐに睡魔に襲われた。
ゴソゴソ。
なんだろう。
茜は倦怠感……いや、重量感? それと暑苦しさ。
何かが身体の上に乗っかってる感覚を覚え、茜は目を覚ます。
部屋の中はまだ暗く、起きる時間にはほど遠い。夜中の三時くらいかな?
眠気まなこをこすり暗闇に目が慣れる頃、自分の上に誰かが乗っていることに茜は気づいた。
幽霊かと思ったが、どうやら違った。
「何やってるの葵。重いんだけど」
「……眠れない」
茜の胸の上にうつ伏せで横たわっていたのは、葵だった。
そんな姿勢で向かい合っているので、顏が今にもくっつきそうなほど近くづいていた。
こんな近くでじっくり見ると、本当に鏡を見てるかようね、と茜は感じる。
「明日は日曜だから夜ふかししてもいいけど、あまりお寝坊さんするとお母さんに怒られるよ」
「……ちゅー」
「ん?」
「……ちゅーしたい。……お姉ちゃんと」
あまりに突飛な要望に真顔で固まる茜に、葵は言葉を続ける。
「……綿あめ使って、お姉ちゃんとちゅーしそうになった事が、頭から離れない」
それは茜にもわかる話だった。
何故なら茜も寝る直前までずっとその事が頭から離れなかった。とは言え、どんな悩みがあってもスヤスヤ寝れる茜は葵のように不眠に苛まされることはなかったのだけど。
「……だから、お姉ちゃんとちゅーしたら、たぶん寝れる」
「それ、もっと寝れなくなるパターン‼︎」
逆に興奮して寝れなくなるのではないか。
逆効果でしょ、と茜は思ったのだが。
「……やって見なくちゃ、分からない。……お姉ちゃん、私とちゅーするの……ヤダ?」
「嫌……じゃないけど……」
可愛い双子の妹にせがまれて、嫌と言えるお姉ちゃんがいるだろうか、いやいない。
だからと言って
「……じゃないけど……なーに?」
「私キスするの始めてだよ」
「……私も」
「葵、ファーストキスがお姉ちゃんとで良いの?」
「……お姉ちゃんの事だーい好きだから、お姉ちゃんが良い」
葵はそう言って茜の胸に顔を埋めてきた。
相変わらず葵は顔に感情が現れないから、本気で言ってるのだろうかと、茜以外ならば疑問に思っただろう。
すっごく照れてる。
しかし茜だけは葵が本気で言ってるのだと分かる。
自分の胸に顔を埋める愛おしい妹の背中に手を回す。
「じゃあ……キス、しよっか」
「……うん」
葵は顔を上げて、茜の方に顔を突き出す。
二人の唇が触れ合いそうになると、互いに自分の目を瞑る。
唇が柔らかなモノに触れる。
葵の柔らかな唇が触れ、トクンっと心臓が高鳴るのを茜は感じる。
トクン、トクン。
鼓動が高なり、葵に聞こえてしまうのではないか。
茜はそんな恥ずかしさを紛らわすため、ハムっと葵の唇を挟むように咥える。
葵はそれに対して、仕返しのように茜にも同じようにやり返してきた。
やがて、二人の唇がどちらのものか分からない――おそらく二人の唾液が混ざったモノでキラキラと輝く。
……んちゅっ、……ちゅぱっ……。
しっとりとした唇が触れ合うたびに艶かしい音が部屋に響く。
唇が痺れるように熱い。
妹の唇から直接体温が伝わり、カッと熱くなる。いや、これは体温だけの問題ではない。
想いが熱を帯びて唇を伝い、茜に流れ込んできている。
茜は唇を離し、目を開く。
葵と目が合う。葵の目はトロンっと惚けていた。
ふと、茜は少し前に見た洋画を思い出した。
魔法使いの主人公が、魔法の学校に行って魔法を勉強するファンタジーモノ。
とあるシーンで、主人公とヒロインがキスをする。……するのだが、それは舌と舌を絡ませる濃いキス……所謂ディープキス。
茜はディープキスと言う単語は知らなかったが、そのシーンは思い出深く覚えていた。
やってみたい。
茜は呼吸を荒くしている葵の唇を、今度は無理矢理奪う。
……ちゅっ、……ちゅぱっ。
いきなりのキスに葵は驚いだが、しっかりと茜に合わせて唇を動かしてきた。
さて、ここから……。
「んんっ⁉︎」
葵の唇を舌で強引に開いて、口内へ侵入させようとする。
葵は驚きの声を漏らすが、茜は無視して攻略を進める。
葵の口が開いた瞬間に、舌を入れる。
映画の見よう見まねで葵の口の中を弄っていると、葵も舌を動き返してきた。
舌と舌が触れ合い、絡まる。
ちゅっ……んちゅぱっ……れろれろ。
息継ぎのため、何度か唇を離しては、またくっ付ける。
口の隙間から垂れた唾液がベッドを汚すが、二人はそんな事はおかまいなしにキスを続ける。
ぴちゃ、ぴちゃ……んうっ。
まるで快楽を貪るように。
互いに相手を求め続けて、互いに自分を差し出す。
拙い見よう見まねのディープキス。
だが、性をまだ知らない幼い二人は初体験の快楽の海に沈んでいく。
ちゅぱっ。
流石に疲れたのか、自然と二人の唇は離れる。
二人の唇を繋げる唾液の糸がキラキラと月の光に照らされる。
やがてプツンと切れる。
「……お姉ちゃん、……もっと」
葵は舌を突き出す。
それに合わせて、茜も舌を出して葵の舌に触れる。
口を使わず、舌だけを使ってお互いの舌を舐め合う。小学生同士の小さな舌が、必死に相手を求めて絡め合っている。
もっと、もっと、もっと。
飽くなき欲望が溢れ出てくる。
チロチロチロと、舌が触れ合うたびに胸の奥がキュンキュンと締め付けられるような痛みを茜は感じる。それと同時にお腹の奥が燃えるように熱くなる。
二人は疲れ果てたようにグッタリとベッドに横たわる。
葵も満足したのか、茜の胸の上から降りてうつ伏せでベッドに伏せている。
茜はパジャマの胸元をパタパタとして、暑さを紛らわす。
思ったよりも熱中しすぎて体温が上がってしまい、夏夜の蒸し暑さも相まって汗がダラダラと垂れてくる。
「……あちゅい」
呟きから察するに葵も茜と同じような状況らしい。
こんなに汗かいてたら眠れるものも眠れないだろう。
ほれみたことか、と茜は心の中でボヤく。
「ちょっとお姉ちゃんシャワー浴びてくるね。葵はどうする?」
「……一緒に入る」
「いやいや、シャワーだからね? お風呂じゃないから一緒には入れないよ」
「……だいじょーぶ、何とかなる。……流しあいっこ……しよ?」
コテっと首を倒して誘われては断れない茜。
ため息をついて
「お母さん達に見つかると面倒くさいから静かにね」
「……りょーかい」
茜は葵の手を握り、風呂場へと歩みを進めた。
この後お風呂場でどうなったかは……彼女達のみぞ知る。
ただキスするだけだったのに、そこまでたどり着くのに2,000文字かかるタイトル詐欺。
一つ前の短編とキャラ似てるなぁと思ったけど、クーデレロリ好きだからしゃーない。
茜
双子姉妹の姉。小学五年生。
祭りには赤い浴衣着てたよ。描写ないけど。
葵
双子姉妹の妹。小学五年生。
祭りには青い浴衣着てたよ。
実は姉よりちょっとだけ成長早い。