95・妖精の集落、退化
「いや、残念ながら私達はタダナリの子供ではありません。ただ行方を消したタダナリの足取りを探しているのです」
「そうだったの? 似たような『ショウゾク』を着て『ニンジャトウ』を持っていたから、てっきり貴方がタダナリの子だと思ったんだけどね」
自分の予想が外れ驚いた顔をその時だけ見せたが、「懐かしいわね」とタダナリの事を思い出しているかマリオンの表情はとても嬉しそうだった。
それと装束と忍者刀と彼女は言った。特に忍者刀だ。二人の持つ刀には何も無いが年配の忍者の中には刀にちょっとした細工をする者がいる。例えば鞘に穴を空け地中や水中に隠れた時に呼吸用の空気穴にしたり、わざと長くした柄の中に毒薬や火薬を仕込み毒殺や爆殺、最悪敵に捕まりそうになった時は自害用など、改造を加えた刀を忍者刀と呼んでいた。
忍者である事を隠している中で、マリオンに刀とではなく忍者刀と教えたのはそれ程信用していた事になる。もちろん魔法で傷を癒してくれたから、子供だったからつい油断して教えてしまった、そんな可能性も無い訳ではなかったが。
「それにしてもタダナリはまた姿を消したの?」
「ええ。ただマリオン殿もご存知のように腕は立ちますから、姿を消しても無事なのは間違いありません」
「そうだったわね、ドワーフと互角に渡り合っていたものね」
「その時タダナリに言葉とにん、いや、魔法を教えたのですね」
「いいえ、言葉は教えていないわ」
「教えていない?」
「そうよ、確かに最初は何を言っているのか分からなかったけど、途中から普通に会話出来るようになったのよね。不思議だわ、何故最初に彼の言葉が分からなかったのかしら。それに魔法は確かに教えたんだけどタダナリはまるで魔法が使えなかったのよ。幻魔族でもこんな事ってあるのね」
マリオンは楽しそうに語るがこの時ノイドは自分の考えが間違っていた事を知り驚いていた。
(馬鹿な、この大陸の言葉は教えていない?)
異国の言葉としてこの大陸の言語は教わっていた。ノイドはてっきり初代半蔵はここで言葉と魔法を教えてもらい、百年間この異国の言葉、そして忍術と名を変えた魔法が教えられていたと思っていた。忍術はもしかすると初代が魔法を使えなくとも聞いた事をそのまま伝え、才ある者が実際に魔法が使えるようになりそれが後々伝えられた可能性はある。だがマリオンの話が事実なら言葉だけは教える者はいないはずだ。
(……では誰がこの地の言葉を里の者達に教えた?)
「でもタダナリは剣術だけじゃなく体術も凄かったわね。剣術と体術を組み合わせてドワーフと戦ったら全勝していたもの。そう言えば東アティセラじゃ強くて有名なドワーフだったらしいけど、なんて名前だったかしら」
「ドルヴァンだな」とインベリスがそれに答える。
「あぁそうそう! ドルヴァン、そうだったわ」
「お前の言うとおり奴は東アティセラでも名の知れた元ダイヤモンドの傭兵だ。確か妻を娶って引退している。ここに来た時は理想の武器を作る為に旅をしていると聞いたな。タダナリと一緒に剣を作った時はついに完成したと喜んでいたが結局あいつもタダナリが消えた後に姿を消してここには一度も来てない。一体あの二人は今どうしてるのやら」
インベリスもタダナリを知っていると聞き、その事を聞こうとしたが深く考え込んでいた為遅れたノイドより早く「あれ? 最長老もドルヴァンさんを知っていたんですか?」と、ユーティーは驚いていた。
「もちろんです! その時私もマリオンと一緒にいましたから! でもまさかユーティー様もあやつをご存知とは……これはもう運命ですね」
何が何の運命なのか分からない。となりでアプサス長老が「愛ですわ、愛」と煽ると「もう照れるじゃないか!」と、今度はインベリスが染めた頬を両手で押さえくねくねと身をくねらせていた。
ユーティーに至ってはただただ困っている。
「それでタダナリはその後もう一度ここに来る事はなかったのですか?」
「ええ、来ていないわ。十六年前の戦争を期に、人間族との争いが無くなってまた再会出来るんじゃないかと期待はしたんだけどね」
「そうですか。それとココを見て懐かしいと言っていましたがもしかしてココは昔この集落で暮らしていたのですか? 実際ココはあの倉庫の前で何かを待っているようでしたが?」
「違うのよ、似てはいるけど違うの。こちらの神獣様の行動はよく分からないけれど……」
聞けばマリオンがこの集落に来るより前、いつの頃からかこの妖精の森に見た事もない犬、正確には狐が住み着いていた。野生の動物にしては人懐っこく、時おり集落にやってきては餌をねだったりスプライトや幼いエルフ達とじゃれあっていた。
ただマリオンが来て数年後、狐はこの集落にパッタリと来なくなった。その時は死んでしまったのだろうと皆は思っていた。だが狐が姿を消して数週間後、タダナリが現れて狐が魔獣化していると初めて知った。最初は大きい体のせいで熊の魔獣だと思ったが顔を見た時、あの狐が魔獣化したのだとすぐ分かった。
不思議な狐、不思議な魔獣だった。まるで自分が魔獣化すると分かってこの集落に来なくなったような、更に魔獣化してもこの集落はおろか他の集落にも幻魔の町にも現れず、それは妖精達を傷つけないように自分を抑えていたのではないか、タダナリがこの集落に来て妖精達はそう思うようになった。
そして驚く事にタダナリが消えた後魔獣はすぐに神獣となった。これにはスプライトも驚いたと言う。実際ユーティーの話によれば魔獣が神獣になるには数十年以上、下手をすれば百年以上の時間が必要だ。それがたった数ヶ月、一年待たずして神獣になったのだから奇跡と言える。神獣はこの集落の守護神となり平穏に暮らせる、その筈だった。神獣化からおよそ八年後、信じられない事が起きた。
「私とアイゼンが十八歳の誕生日を迎える直前の事よ」
「アイゼン? もしやマリオン殿の双子の?」
「そう、亡くなった双子の兄よ」
「やはり亡くなっていたか」
「知っていたの?」
「確信はありませんでした。ただこの集落に来る前、最長老殿がマリオン殿とアイゼン殿の事を彼女達ではなく彼女と言っていたので、それで兄の方は森を出たか、あるいは既に亡くなったのだろうとその可能性は考えていました」
「あんな一言でよく分かったな」と、インベリスは評価しながらもどこか呆れている。
「それで何があったのですか?」
「神獣様が魔獣に退化したのよ」
神獣が逆に魔獣化、これにロインとノイドが驚いたのはもちろん、ユーティーまで「そんな事聞いた事もない!」と声を荒げ立ち上がっていた。インベリスとアプサスは怯えながら「ユーティー様、落ち着いて下さい」と、なだめるとユーティーは「あ、ごめんなさい」と謝り、何故か『私が悪いのですいえ私が』と三人の謝り合戦が始まった。そんな合戦を尻目に今まで父に任せ黙っていたロインが「マリオンさん、本当に神獣が魔獣になったんですか?」と口を挟んだ。それはココも魔獣化の可能性があるかもしれないと不安からだった。
「事実よ。光る瞳は消え目が再び赤くなって、それが原因でアイゼンが死んだのだから」
「魔獣にお兄さん、アイゼンさんが殺されたと?」
「ううん、それも違うの。殺されたと言うより自ら命をたったのよ」
「どう言う事?」
マリオンは首を振り、当時の悲しい過去を掘り起こしながら語る。