93・妖精の集落、流血の最長老と謎の忍者
キラキラと輝く金色の髪は長老より更に長い。真っ白な花びらのドレス。羽根はドレスと同じ花びらのような白く大きな羽。長老と呼ばれたスプライトも身につけているが、頭や腕にはドワーフが作った世界一小さなサークレットやブレスレットが美しく光っている……ハズだった。
しかし、その装飾の美しさも白い羽根やドレスも頭からドクドクと流れ続けている血によって真っ赤に濡れていた。金色の髪も見事な赤い髪のように染まり、血まみれのままで見せる笑顔は完全なホラーだ。
「今日はどのようなご用件でお越しになられたのでしょうか! ユーティー様!」
それでも流れる血など気にも留めず非常に元気な声で挨拶をするスプライトに対し、「それもう言いました、最長老」と若干冷めた口調で長老が応えた。
「あと妖精のお酒をご所望でしたがお話の結果、お渡しするお酒は一ヵ月後と決まりました」
「え? もう決まったのか?」
「はい、全て決まりました」
「じゃあ私の活躍は?」
「全くございません」
バッサリと切り捨てたような長老の言葉に、最長老は背を向け座り込み、地面に何やらぐにゃぐにゃと線を描きながら半泣きでいじけていた。
「ううっ……わ゛だしが……わ゛だしがお役にだぢだがっだどにぃ」
「本当に困った方ですね、嘘ですからご安心を。どうやらユーティー様とお越しになられた神獣様が森ではぐれてしまわれたそうです。最長老が精霊に探してもらうようお願いしていただきますか?」
「任せなさい!」
いじけている最長老を見てニヤニヤと嬉しそうにしていた長老には気付かず、再び元気に飛び上がった最長老は「流石はユーティー様、神獣様を自由に連れまわせられるなんて。居場所を精霊に聞きますので少しだけお待ちください!」と両手を大きく広げ、妖精の森全てに響けと言わんばかりに大きな声を張り上げた。
「精霊達よ! 親愛なる友達よ! 今ここに私の命を君達に捧げよう! さぁ私の心の声を聞け! 私の願を叶えよ!」
最長老の言葉が終わると同時にロインとノイドでも分かる程の膨大なマナが小さな体からあふれ出す。幻魔の町ですら感じた事のないあまりにも大きすぎる魔法力、ロインはもちろんノイドですら寒気を感じる程だった。
森全体からは虫や鳥など動物達が眠ったように静かに、そして木の葉を撫でていたはずの風すら消えていた。
「スプライトが凄い魔法使いだって事は聞いていたけどおじいちゃん達とは比較にならないほど凄いな。これって精霊召喚魔法なんですか? なんとなく似ている感じがするんだけど」
「いえ、普通にお話しているだけです。ユーティー様の前なので不要な気合が入ってはいますが」
ロインの質問に冷静に答える長老。実際周りにいるエルフとスプライトは若干呆れたように最長老を見ており、離れた場所にいる妖精族、特に収穫作業をしている妖精族も最長老のこの行動に気が付いているのだが、笑いを堪えてるようで本当にたいした事はないようだ。
減る事変わる事無く桁違いのマナをあふれ出したままの最長老、精霊の声を聞いているのかじっと微動だにせず空中で静止している。それでも自分達人間ならば数秒と保たない程のマナの放出はおよそ一分近く続いた後、最長老は一瞬だけロインとノイドを見た。長老も精霊の声を聞いていたのか、チラリと二人を見た為『何事か?』と二人は疑問に思うも最長老の言葉を待つ。
マナの放出は終わると同時に風は流れ静けさが消え森が騒ぎ出す。
「有難う、助かったよ友達」と、長老がさきほどやったようにスカートをつまみ上げながらお礼を言う。最長老の顔がロイン達に向けられた時、少し困ったような色が見え隠れしていた。
「神獣様の居場所は分かりました。ここから西側の集落におられるようで精霊もその場所に私達を直接運んでくれるそうです」
最長老の言葉を聞く限り問題は無いはず。だが困惑した顔を見ればどうもそう簡単には済まなさそうだ。「何か問題でもあるんですか?」と、ロインが聞くと最長老は少し考えながら答えた。
「精霊から聞いた分には問題は無い。その場所に何が特別なモノがあるわけではない。神獣様に何かあった訳でもない。ただ……あるとすれば私達妖精族側に問題がある、と言うべきか……幻魔よ」
その視線はロインと言うより後ろにいるノイドを見る。
「お前のその姿、その背中の物、この森に住む幻魔族を知っているな?」
「ええ、知っています」
「やはりそうか、ならば先に言っておく。種族が違えど今は私達の仲間、家族だ。いかにユーティー様のお連れと言え彼女を傷つけるようなら容赦しないよ」
まるで別人のように冷たく吐き捨てる。それだけで二人は理解する。最長老が家族、仲間という者が誰を指すのかを。ココがいる場所、それはドルヴァンから聞いたタダナリと関係する場所と人物。
「ご安心を。その方とは少々お聞きしたい事はありますがそれだけです。その事に感謝すれど恩を仇で返すつもりはありません」
「ふん、まぁ良い、今回はユーティー様も係わっているのだ、今は信じてやろう。……それではユーティー様、準備はよろしいですか?」
「え? ……あ、はい。お願いします」
上から目線からコロっと態度を変え、媚びたように擦り寄る最長老にユーティーは一瞬何の事か分からず、すぐには反応出来なかったがなんとか返事を返した。
「長老、こちらの事は任せましたよ」
「はい、お任せください」
「では行きましょう」
最長老の言葉を合図に足元から大きく風が吹いたと思った瞬間、ロイン、ノイド、ユーティー、最長老の4人の姿は掻き消えた。
(ここ、どこ?)
ロインは森ではなくどこか室内にいた。最初目に入ったそれは見たことも無い床だったが知識としては知っている。かつて父から聞いた物。木や石ではない畳みと呼ばれる物だ。
(嘘だろ? 身体がまったく動かない?)
ロインは何故か跪いていて立ち上がろうとして立つ事が出来なかった。
指を動かそうとしても指一本動かなかった。
横目で周りを確認しようとしたが瞳もただ下を向いて動かす事は出来なかった。
と、声が聞こえた。誰か前にいる。しかし音が濁っていて言葉というより雑音にしか聞こえなかった。だがロインは聞こえたその雑音の意味を理解するより早く、自分の意思とは関係なく顔を上げ立ち上がっていた。
(これ俺の身体じゃないな。誰かの中にいるのか?)
ロインは意外と冷静に今の状況を分析が出来ていた。
自分がそこにいるわけではなく、別人なったわけでもなく、別の誰かに憑依している、あるいは身体のヌシの記憶を見ている、そんな感じだった。
(この男に見ろって言われたのか、だから立ち上がったんだろうけどこの男誰?)
視線の先には腕を組み背中を見せた一人の男。服装は自分がよく知っている紺の忍び装束。男は顔を少しだけこちらを向けているようだが、顔は髭が生えている以外よく分からない。年齢はまだ若そうではあった。
背は高く身体の線は細い。最初はもしかすると背はノイドより高いかもしれない、そう思ったのだがそうではない、異様に大きい部屋や室内にある物を見て、この身体のヌシが幼い子供のように小さいのだと気が付いた。
身体はゆっくりと男の隣に、窓に向かって歩いていく。窓の向こうを見下ろすとそこは見たこともない町があった。
身体のヌシは目が良いのか遠くもよく見えた。明らかに幻魔の町とも人間族の町とも違う建物。行きかう人の数は確かに人間族の町に負けていない。しかし、着ている服や髪型は独特、中には自分達が所持している物と同じ刀を腰に挿している者も僅かにいた。何よりも老いた老人を除いて全員が黒い髪をしていた事に驚いた。
再び隣の男は何か言っているがやはり雑音が邪魔をしていた。
「……この町……守る……私達忍びは……」
(やっぱり俺にはよく聞こえないけどこの身体のヌシは理解しているみたい。でも妙だ。王様が国と町と人を守るのは当たり前の事だけど、忍者が主君の刃ってどう言う事? 暗殺であったり情報収集であったり依頼を受けて仕事をしていた、言わば傭兵に近い事しているのが忍者じゃないの? ん? いや、違うな、俺は何か大事な事を忘れている? ……あ、景色が……視覚もヤバくなってきた)
最初は見下ろしていた町から色が消え、次にまるで霞かかったように遠くの町並みからどんどん消えていく。結局身体のヌシは一度も男の横顔を見なかった。今も何か喋っている感覚はあるのだが聞こえるのは雑音だけで意味も分からない。だんだんとロインの意識は消えていき目の前が真っ暗になっていく。そして最後、意識がなくなる瞬間に初めてはっきりと声が聞こえた。
「忘れるな、正成よ」