87・白の竜王と黒の竜王
それは昔、過ぎ去った古い過去。
そこは一本道の洞窟。
高さも幅も数十メートルの巨大な洞窟。
そんな洞窟の奥まで進むと更に巨大な半球体の空間、壁や地面の土がほのかに発光する空間があった。
直径五百メートルは超えているだろうか、もしも、金の竜王ヘリオドルグの住まう竜の地に行った者が見れば、そこが異空間だとすぐに気が付いただろう。
違うとすれば、高さも太さもバラバラだった、半透明の石柱が無い。もう一つ、そこに住まう主人が違っていた。
美しい純白の鱗を持つ白の竜王が、巨大な前足の爪で針のような細長い何かを、器用に削り作っていた。静かな空間に、フストディークが何かを削る音だけが小さく聞こえる中、通路から巨大な何かが歩いてくる音が響いてくる。洞窟通路から姿を現したのは、そんな通路が小さく見えるほど巨大、馬にも似た黒い怪物、竜が姿を見せた。
首は非常に長く、顔つきもどこか金の竜王にも似ていて、半分竜、半分龍と言ったところか。
体は馬に似て全身短い体毛に包まれているのだが、顔の鼻の上から頭、首、背中、最後に尻尾と長い毛が生え、後ろに流れている。
巨体を支える四本の足は太く、しかし馬のような蹄ではなく、前に突き出した四本の爪と、後ろ側に一本の爪と計五本。一歩一歩、竜が歩くたびに爪が地に深く突き刺さる。
長い毛に覆われた翼は背中からではなく前足の腕から左右に、そして後方へと大きく広がっている。
フストディークの前で立ち止まった『黒の竜王』、並ぶとフストディークより二~三メートルほど高い。
「ただいま~、言われたとおりの結界を張ってきたよ~。ところでふ~ちゃん、自分の骨で何を作ってるの~?」
恐ろしげな見た目とは裏腹に、黒の竜王は子供のような甲高い声と間を延ばした喋り方で、フストディークの作業を首を傾げて不思議そうに尋ねた。
「おかえりモルディオン、ご苦労さま。これかい? 剣だよ。人間族の為のね」
「ふ~ん……でも剣ってついこの間~、どこかのドワーフさんにあげたんじゃなかったっけ~?」
「それとはまた別の剣だよ」
「そっかそっか~、ね~ね~、その飾りってもしかして~ふ~ちゃん?」
黒の竜王モルディオンは頭を下げ、フストディークの持つ剣に青い瞳の目を近づける。
その剣は切先から柄頭まで一つの骨から作られている剣だった。
剣身の鍔元は幅広で切先にいくほど細くなっている。
柄頭は竜の頭、鍔は広げられた翼で、色も全て真っ白の為、竜を模した装飾は言われてみれば確かに白の竜王に見える。
「違うよ、これは昔、いつだったかな? 剣なんて武器、私はよく知らないからね、人間族が持っていた宝剣だったか、それらを参考に作ってみたんだ。本当はこれも誰かの手で作ってもらいたかったんだが、そうもいかなかったからね」
「すっご~い! ふ~ちゃんは新しい竜の魔法作ったり~、人間の武器まで作っちゃうなんて~、やっぱり器用だね~」
「はっはっはっ、有難う。でも本当は竜の人形で作ってから、爪でなんとか微調整しているだけさ」
「それでもふ~ちゃんは凄いよ~。僕には出来ないも~ん」
「……モルディオン」
「な~に~?」
モルディオンと会話をしながらも作業を続けていたが、そこで初めて手、いや、前足が止まる。
名を呼ばれたモルディオンは剣から目を離し、再び顔を上げると見下ろす形でフストディークを見つめる。
「頼んだのは私だが、本当に良いのかい? 無理して私に付き合い、命を捨てる必要は無いんだ、もし止めるのなら今ならまだ間に合うぞ?」
「いいのいいのぉ~」
モルディオンは軽やかに、フストディークの横を通り過ぎていく。フストディークは片目だけで横を通るモルディオンを見つめ、後方に消えると作業を再開させる。
壁際で止まったモルディオンの足元には、およそ一メートルくらいの白い球体があった。それは竜の卵、もし卵に耳を押し当てられたなら、心臓の脈打つ音が聞け、新しい命が宿っていると分かるだろう。その卵を前に、モルディオンは続けた。
「だって~、死にたくて死を選んだわけじゃないから~。僕は僕の為に~、僕の願を叶える為に死ぬんだから~。それにふ~ちゃんの予言では~、『竜の転生』はちゃ~んと発動するんでしょ~?」
「それは間違いないよ、君は蘇生し、そして天使と出会う」
━ 未来が全て見えるわけではない。見たい未来が見えるわけではない。ましてや自分の未来を見る事は出来ない。それでも私はこの世界に未来ある可能性を選ぶ。たとえ作り変えた竜の転生が成功しなくとも、私が完全に滅んでも……。 ━
竜系魔法の一つ竜の転生。竜王は不老ではあるが不死ではない。が、死ねば竜の転生は自動的に発動し蘇生する。この世界の最初の生物である竜王達、何十何百億と生きる事が出来るのは、この竜の転生のおかげでもある。ただし、自ら死を選んだ時、生きる事を諦めた時、魔法は発動せず、この世界から肉体も魂も消滅する。
「そっか~、楽しみだな~。ねぇ~ねぇ~、天使ってどんな子なの~?」
「さぁどうかな。でもきっと君を愛してくれる、君もきっと好きになるさ。もちろん君の願も叶えてくれる、多少時間は掛かるだろうがね」
「平気だよ~、一万年でも~、一億年でも~、それ以上でも~いくらでも待つよ~」
「そうか。普通の死ではなく、卵からの転生は成体から幼生に逆戻りだ。今ある力は失う事になる、だから心配していたんだが、その様子なら問題は無さそうだね」
「うん!」
元気な返事に満足げに目を細め、頷きながら「よし、これでいいだろう」と、剣の完成を告げた。
「出来たの?」と、モルディオンは再びフストディークの前に回りこむ。
「ああ。所詮見よう見まねで作った物だ、剣としてどこまで機能するのか、完全に手に馴染むかは分からないが、そこは魔法で補えるだろう。それに成長に合わせて大きさも変わる、問題なく使えるはずだ」
フストディークは出来上がった剣を目の前まで持ち上げ、複数の竜系魔法をかけていく。しばらくして爪から剣を離すと、剣は微動だにせず宙に浮いていて、更にかけた魔法により、剣はただの針のような形に姿を変え、最終的に人間の髪ほど細く短くなっていた。フストディークが最後の魔法をかけると、小さくなった元剣は光に包まれその場から完全に消えた。
「あれ~? 剣はどうなっちゃったの~? ふ~ちゃん」
「あの剣まだ若い人間の娘に持たせた。いずれ結婚し、愛を育み、子を生す。その時、剣と一緒に赤子は生まれるだろう」
「良く判らないけど~、まだ生まれてもいない人間に~、剣をあげてもいいの~?」
「ああ、大丈夫、その人間は才ある人間だ、何しろ彼は天使を立派に育ててくれるからね」
━ まだ生まれてもいない人間よ、私は才ある君に辛い人生歩ませてしまう。君の夢が叶う時、それは死を意味する。だがどうしても君が必要なのだ。許してくれとは言わない、願わくば君の魂が救われる事を私は神に、アセラとテセラに願おう。 ━
「そうなんだ~。……ね~ふ~ちゃん、ふ~ちゃんの予言は信じているけど~、本当に~二人の人間が世界を滅ぼすの~?」
「本当だとも、異世界からやって来た二人の人間を、そのまま放置すれば大変な事になる」
「そうだったね~、異世界から来た人間だったね~」
フストディークは目を閉じ、かつて見た未来を思い出す。
━ 私の未来予知など不完全。未来を知るには複数の鍵が必要だ。この世界を見たからといって、この世界の未来を見る事は出来ない。一体、一人、一匹の誰かを見たからといって、その者がどうなるか、この世界にどれ程の影響を与えるかなど知ることも出来ない。だが私は一冊の本と出合った。それは異世界の本、私の知らぬ世界の文字で書かれていた。私の知らぬ世界の事が書かれていた。内容を全て解読した時、偶然に鍵は揃ってしまった。その時に未来を知った、その手に星の力を持つ者が絶望を与えると。異世界の人間に世界が滅ぼされる事を。我が友がその身を犠牲にしてまで守ったこの世界を。女神達が一度は捨てたこの世界を。だから私は守ろう、いかなる犠牲を払ってでも。 ━
「……闇に生きる者、ニンジャか……」
「ん~? 何か言った~?」
目を開けたフストディークは「何でもないよ。それより客人が来るまでまだまだ時間があるようだ、今ゆっくりと休もう」、そう言ってフストディークは地に伏せ再び目を閉じた。
「は~い」と、嬉しそうに返事を返したモルディオンは、フストディークの隣に伏せ眠りに付いた。いずれ天使が叶えてくれる未来を夢見て。