84・妖精の森
太陽は既に沈み夕闇の中、夜目が利く二人の目をもってしても、妖精の森の中心辺りにあると言われている幻魔の町の影も形も見る事は出来ない。
「幻魔の町への入り口は一つ。妖精の森は幻魔族と妖精族、特にスプライトが呼び出した精霊の魔法によって守られている。父上殿の話によれば幻魔とスプライトが数多くの精霊を召喚し、精霊達に直接守りの魔法を森全域にかけさせている為に、入り口以外から入る方法は無い。たとえば入り口以外の場所から入り森の中を一直線に走り抜けようとしても、すぐ森から追い出され町へ行く事はもちろん森の反対側へ出る事も不可能だそうだ」
「森の入り口ってどこにあるの?」
「森の南側だ。テンタルース王国の中央にある王都チェノアと、西側にある港町タルトルトを繋ぐ街道のどこかにあると聞いている」
太陽は沈んでいるので眩しくはないが、ロインはなんとなく目の上を手をかざし、更に目付きが悪く見えるほど目を細め、樹海の遥か向こうにある南側を睨むが、街道どころかどこまでが妖精の森なのか分からない。
「これさ、山も含めて妖精の森だったら、かなり迂回して南に行かないと入り口まで行けないよね?」
数秒だけ考え込み、「一度ここで休もう。今は使われていないだろうが、街道に繋がる、この山への古い道が麓のどこかにあるはずだ。そこから街道まで行こう」と、山の上で一夜を明かす事となった。
翌朝、山を降り目的だった昔に使われていた道はすぐに見つかった。
雑草や木々などが生え、山と森の一部として植物にほとんど侵食されていたが、意外にも現在も馬車などが通っている形跡が残されていた。
最近雨が降ったのだろう、ぬかるみに残された車輪の跡を調べていたノイドは、「まだ新しいな、二、三日と経っていない」と、東西に続く、未だ残るわだち跡を見つめた。
確認用に千里視で森の中を見ようとしたが、精霊の守りの効果で、およそ三十メートルほどで二人の風はあっさりとかき消される。
その後、古い道をたどり西に、そして南に移動。森の中ではなく、道を利用しての移動だったが人と会う事はなかった無かった。もし他人と出合ったとしても、精霊の魔法がかかっていない場所ならば森に入って隠れる事は問題なく可能だった。
二時間程だろうか、まだ朝のうちに街道を発見。ただ、さすがは王都へと続く街道と言うべきか、魔獣や魔物を狩る為だろう、チームを組んだ傭兵達や、別の傭兵を雇った商人のような複数の荷馬車が通っていく。ロイン達はそんな彼らに見つからないように道を挟んだ南側の山と森、精霊の魔法がかけられていない、森の中を街道を横目にほぼ速度を落とさず東に向けて走り抜ける。
「あった、父さんが言っていた物と一致する岩と道を見つけた」
この国の騎士、騎兵であろう、サーファン王国とは真逆の真っ黒な鎧に身を包む、ゆっくりと走る騎兵の団体が西に消えるのを確認してから二人は森から出る。
二人の目の前に妖精の森にぽっかりと開く、この南アティセラの幻魔の町に続く、まっすぐ北へと続く道、その入り口両側にはその道の存在を誇示するように、高さ四メートルを超える巨大で真っ白な岩が立っていた。
「これが妖精の森の入り口なんだよね。これだけ目立つのに昔、人間族がこの森にある幻魔族の町を攻撃しなかったのは、よっぽど妖精族が怖かったのかな」
「怖いと言うのも確かにあっただろうが、彼らの技術や能力は人間族の生活水準を成長させるのに必要だった、だからこそ妖精族と共に生きるこの地の幻魔族だけは手が出せなかった」
魔法能力に劣る人間族は道具による代用、魔具に頼る必要がある。どんな魔具を作るのか、考えられた魔具は作れるのか作れないのか、少なくとも最初に作られる魔具はほとんどが妖精族、ドワーフの協力による物だった。中には基礎となる道具はドワーフが作り、魔法付加は高いマナを持つエルフやスプライトが施す事もあった。それはいくら技術を受け継いだとしても、人間程度のマナでは作れない魔具が多数存在する証明でもあった。
それにこの森は元々妖精の森ではなく、幻魔族だけが住む幻魔の森だった。
今から千年以上も昔、この地に住む妖精族は同族、トロルによってかつて住んでいた森を追い出されていた。
地の妖精と呼ばれているトロル、その姿形は褐色の肌をしたエルフと言ったところだが、幼く見えるエルフと違い大人びた外見をしている。何よりも身長は五メートルを超える巨人で、もっとも大きい者は八メートルに達した者もいると言われている。
トロルはドワーフをも凌駕する戦士で、妖精族の中でもっとも気性が激しい種である。
何故同族であるエルフとスプライトを追い出したのか、その真実を知る妖精族は今や数少なく、知っていても口にする者はいない。
ただ、戦士と魔法使い両方の力を有するエルフが、精霊召喚が出来るスプライトが何故反撃もせず追い出されたのか、その理由は多少分かっている。
まずトロルは他の妖精族のように精霊魔法が使えない。ドワーフでも火の魔法が使えるのだがトロルは一切使う事が出来ない。その代わりにトロルは精霊魔法を無効化する能力があった。信仰系魔法は無効化出来ないが、元々契約を行わない妖精族に、トロルは影響を受けなかった。
しかし、召喚された精霊の力そのものは無効化出来なかった。なのにスプライトが召喚し反撃せず元いた森から逃げたのは、同族同士の殺し合いを防ぐ為、エルフとスプライトなりの優しさでもあった。甘いと言えば甘いが、トロル達も大なり小なり似たような考えがあったのか、トロルによって死んだ妖精族は一人もいなかった。
住む場所を失ったエルフとスプライトは幻魔の森に住む幻魔達に助けを求め、外部からの危険を防ぐ事を条件にその森で暮らす事を許された。
その後妖精の森と呼ばれようになり、この森に暮らす妖精族は恩人であるこの森の幻魔族の味方につき、結果長く続いた人間族と幻魔族の争いの中で、この森にいる幻魔が攻撃を受ける事がなかった。
余談だが五十年近く前に起こった、白と黒の竜王の暴走と討伐よって若い妖精達の中で、トロルに関する話し合いが再び行われている。と言うのも、当時のトロル達は妖精達を追い出した数ヵ月後に、黒の竜王に滅ぼされていた為だった。
一人の死者もなく生き延びたエルフとスプライト。
黒の竜王に全滅させられたトロル。
千年後に暴走によって白の竜王と共に討伐された黒の竜王。
千年間何も起こらなかったものの、当時から黒の竜王は暴走する予兆があったのではないだろうかと。それを知ったトロルは同族を守る為に自ら悪となり、エルフとスプライトを森から追い出したのではないだろうかと言われていた。
「もちろん、もはや呪いと言っていい精霊の守りも理由だったのだろうがな。さあ行こうか、北と南のアティセラに生きる人間族と幻魔族の救世主と言われる天使殿に会いに。それとこの森にかけられた魔法もある、念の為に千里視や忍術は消しておけ、精霊や妖精族に敵視されるのは色々とまずい」
「はい。……ん? ココどうしたの? 行くよ」
いつもロインの傍にいるはずのココが少し離れた場所で背を向けていることに気が付いた。ココは自分達が出てきた南側の森に、九尾にこそ戻ってはいないが金色に輝く瞳で森の奥を見つめていた。
ロインの声に振り向いた時にはココの瞳に光は消えている。
歩き出した二人の後をココは追いかけた、その数秒後、ココが見つめていた場所に無数の青白い炎ようなモノが無数に発生し、それは徐々に集まり大きくなり一つの形が作られる。
それは大きく真っ白な虎のような動物が立っていた。ただし、やはりそれは普通の白い虎ではない。
姿を完全に現した今も尚、口から、足元から青白い炎が噴き出している。そして額には縦に開く第三の目、三つの金色に輝く瞳が妖精の森の奥へ消えていく三つの影を暫くみつめていたが、完全に見えなくなると虎は炎に包まれ、その身体は灰になり四散させその姿をかき消した。