83・竜の雷光
「ご機嫌じゃのう。どうじゃ? 数十年ぶり、本当の主との再会は」
「はい、十分にお話させていただきました。今回特別にダイナと名前も頂きました」
「そうか、それは良かった」
二人と一匹が出て行った異空間で、ヘリオドルグは足をプラプラとさせながら白い竜人ダイナに問う。もう一体いたダイナと同じ白い竜騎士は、ロイン達を再び迷路まで送り届ける案内の為にここにはいない。左右に振る尾に合わせて、ゆらゆらと揺れる身体はどこかリズムを取って小さく踊っているようにも見える。
ヘリオドルグは小さく微笑んだ後、真面目な顔で何もない場所に目を向け、まるでそこに誰かがいるように質問をした。
「それで? ワシらの正体は魔法を使う前からばれておったようじゃが何故分かった? 姿だけではない、気配も完全に消しておったはずじゃが」
━ 風じゃよ ━
ヘリオドルグの頭の中に低く太い声が響くと同時、その声の主は何も無い空間からスッと姿を見せた。
それは竜と言うより、龍に近い細長い姿、百メートル近い肉体を持った竜だった。全身緑色の長い体毛に覆われ、背中に生えた翼もダイナ達竜騎士のような幕に覆われた爬虫類を思わせるような翼ではなく、体毛と同じ長い緑の毛に覆われた翼。突き出た口はクチバシのようなフォルムでどこか鳥にも似た顔をしている。鋭い爪が生える手足は十分大きいはずだが、長い体長のせいで小さく見える。
本体のヘリオドルグは数本の石柱にその長い身体を絡ませ、高い位置から人形のヘリオドルグを見下ろしていた。
「風?」
━ たいしたものじゃ、風の魔法を触手のように操り、目や耳のように使っておる。風が何かに当たれば目のように姿形を認識し、微弱な振動から耳では聞こえぬ小さな音まで聞き取っておるようじゃ ━
「なるほどのう。姿は消せても肉体は消せぬ、最初から本体のワシに気が付いておったのか。じゃから人形と戦わせた時、風を操る事を確認する為に出す必要の無い土埃をわざと出したのじゃな、本体のワシよ」
━ その通りじゃ。しかもあの親子、恐ろしいほど息が合った親子じゃな。普通は魔法の風同士がぶつかれば相殺され、弱い方かあるいは両方消えるはずじゃがそうならぬようお互いすき間を作り、その合間を縫って風を動かしておる。話を聞けば血の繋がらぬ親子らしいが、血筋を超えた良い親子じゃのう ━
「精霊系魔法を視覚聴覚に利用する人間か。普通、精霊魔法は戦闘用に使われる。それは完全に攻撃専用の魔法と言っていいじゃろ。確かに一部、守りに使う者もおるが攻撃から派生した使い方、相手の攻撃を攻撃で消し去った守りじゃ。攻撃以外の魔法を使いたければ信仰系魔法を契約しろ、ワシら竜族以外の種族が言っておった昔からの常識じゃったはず」
━ あの二人の秘密を守ろうと黙して語らぬフストディーク、精霊系魔法の多種多様な使い方、幻魔のふりをしてるといいただの人間、ではなさそうじゃな。特にロインに憑いた神獣、人間程度のマナで憑くなど初めて聞く。もしかするとワシら竜王でも知らぬ方法があるのかもしれんな ━
「やはりそうか、あれは神獣じゃったのか。この人形の身体では存在感の無い希薄な妙な気配の動物、とまでしか解らんかったが……フストディークがおると言い、もしや事は十六年前に終わったと思っておったが、実は終わっておらんのじゃないのか?」
━ かもしれんのう。人間と幻魔の戦争の時もフストディークが影で何やら動いておったようじゃし、今回あの二人の出現もフストディークの企みかもしれん。終わっておらんとなると、あの石頭の逆鱗に触れそうじゃのう ━
「石頭か……奴も独自に動いとったようじゃしもう知っとるかもしれんが、一応こちらからも伝えておいた方が後々良さそうじゃのう」
━ 気が重いが長い目で見ればそれが良いじゃろう ━
「ワシらがフストディークのように黙っておれば、切れて憂さ晴らしとばかりに人間の国を一つ滅ぼしかねんからのう」
━ 人間を滅ぼすか、あの石頭なら本気でやりかねん ━
本体と人形のヘリオドルグは上を見上げ、何か思うようにしばらく天井を見つめていると、「一つよろしいでしょうか」と、一体の竜騎士が声をかけてきた。
「どうした?」
「客人を迷路の外まで送らなくて良かったのですか? 元々あの迷路は欲深き人間だけが入る事が出来、そして一度入れば脱出不可能、死を与える迷路。あの二人が幻魔族ではないのならマズイのでは……」
「大丈夫じゃろ。フストディークがおるしなんとかするじゃろう。それに神獣も憑いとるしの」
同意するよう小さく頷いた本体のヘリオドルグは、再び天井を見上げた。
━ さて、石頭に怒られてくるか。願わくば、とばっちりはこちらには来ず、全てフストディークに行ってほしいが、確か今はただの腕輪じゃからアテにはならんのう ━
全身が光り輝き、緑から黄金の毛並みに姿を変えた本体のヘリオドルグは、一筋の雷となり静かに天井の中へと消えた。
「南へはこちらから行ける。気をつけてな」
「はい、有難うございますバールさん」
ここに来た時とは反対側、西側にあるもう一つの迷路への出入り口まで来た二人、ロインはダイナとは別の白い竜騎士、バールと名乗った竜騎士に礼を述べた。手を上げて返したバールは翼を広げ元いた場所へ戻っていく。
「それじゃ父さん、勝負の続きだよ!」
やる気まんまんのロインにノイドは肩をすくめ返した。
先にロインが、遅れて走り出すノイド。
その後方、竜の地から一本の雷光が空に向けて走る。
しかし雷鳴は轟く事は無く、二人はそれに気付く事はなかった。
「……また負けた」
「そう急ぐな。いずれお前なら私を超えられる」
「そうかなぁ? そんな未来想像も出来ないんだけど」
およそ半日をかけ迷路を抜け出ると、再び幻惑魔法が発動し北側と同じく、迷路の出入り口は消え深い谷底を薄暗い森が広がっていた。
太陽は西側の山の向こうで半分ほど沈んでいるが空はまだ明るい。影で薄暗いとは言えはっきりと見える森、実際の明るさと幻惑魔法の見せる景色はうまく一致しており、千里視が無ければ、夜目が利かなければこれが偽りの景色だとは思わなかっただろう。
ここにきてノイドは谷底の向こう側にある、偽のガーレット山脈を見つめ一つの疑問を抱いていた。
(北アティセラと南アティセラを唯一繋ぐガーレット山脈、南北二つの地図を合わせて見た限り、平地でもない限り一日で越えられる山の広さではなかったハズ。地図が想定しているよりも正確ではなく、それ程広い範囲である山ではないのか、それとも迷路そのものが竜王が作った異空間か……ただ異空間なら千里視で外から見る事は出来ないはずだが)
「……ん? どうしたの?
「いや、何でもない。それよりもうすぐ陽も暮れる、もう少し進んで山頂で一度休むか、山を降りてから休むか決めよう」
迷路の反対側、ガーレット山脈の南側は北側の二人が登ってきた岩ばかりの絶壁とは違い、無数の大小様々な木々が生え、一つ森が出来ていた。
ロインも密集した木々の間をすり抜けるのは慣れたもので、枝から枝へ道無き道を走り、わずか数分で見下ろせる場所で眼下に広がる南アティセラの大地を眺めていた。
「これ森と山しか見えないよね。町とか村とか人がいそうな場所がどこにも無いように見えるけど」
「もしドルヴァン殿に見せてもらった地図が正しければ、ここから見える範囲、この樹海全てが妖精の森だと言う事になる」
北と南を繋ぐガーレット山脈南側山頂、そこからは見渡す限りの樹海が広がっていた