78・巨大迷路
この山にいる何かを考えていたノイドの思考は興奮した、何故か楽しそうにしているロインの声に止められた。巨大迷路、ロインにとってそれは脅威ではなく未知の遊び場のようなモノ、危険ではなく楽しい娯楽と認識していた。
本来ならば警戒し、競争などと子供じみた事はすべきではない。
しかし、ふと剣術を習い始めた頃のロインを思い出していた。
何度戦ってもノイドに勝てず、ならばと別の事で勝とうと躍起になっていた時期があった。
どちらが先に家に帰るか。
どちらが探し物を見つけられるか。
どちらが早くご飯を食べられるか。
それはノイド、上忍になった頃の幻十朗にも似たような事があった。
結局三代目半蔵である禅蔵には、剣はもちろん、どんな勝負事にも一度も勝てなかったのだが。
昔を思い出したノイドは「はははっ」と笑い、小さく頷いた。
「良いだろう、その勝負受けて立とう。と言いたいところだがまずは出入り口を探す必要があるな」
「それならあるよ、あっちに」
ロインが右側を指差しその方向へ暫く進んでいくと一箇所それらしい、逆さつららの無い箇所があった。
ロインが迷わず迷路に入ったのだが、その瞬間「あっ」と声が小さく上がる。
「どうした?」
「幻惑魔法が消えた。ちゃんと道が見える」
ロインに続き迷路に入れば、目視では何も無い空中だったが唐突に地面、道が視界に入った。
再び外に出れば幻惑魔法により、自分が空中の上に立っているように見える状態になる。
「どうやら魔法をかけられたのではなく、最初からこの場所に水鏡や幻惑魔法に似た魔法がかかっていたのか。これなら千里視を使う必要は無い。良かったな、行き止まりなど先が見えてしまっては迷路の意味が無い」
「あ……言われてみれば確かに」
「それでは始めるか。ただいくつか条件を付け加えておこう」
「条件?」
「まず身体能力強化を除く忍術と魔法は一切禁止だ。特に千里視は先程言ったとおりだ」
「うん。強化関係は精霊系のみ? 信仰系は使っても大丈夫?」
「むしろ使え。精霊強化魔法だったか、疾風迅雷の性能の底上げもしておけ、最初から全力だ」
「分かった。父さんは? 脚力強化かけようか?」
「私はいい。それから分かっているだろうが、垣根、壁を越えるのは禁止、当然破壊して道を作るような事はするなよ」
「しないよ。そもそもそれこそ迷路の意味無くなるし、なんでも有りにしちゃうと尚更勝てる気がしないから」
「最終地点ここの反対、南側の迷路の外までと言ったところか」
ノイドは「それともう一つ」と付け加え、左手で腰の脇差に触れながら鋭い視線を迷路、南側に向ける。
「この魔法の主、敵かそうではないかは分からぬが、向こうから攻撃してきた際は遠慮せず殺せ。ココの力を使っても良い」
「……はい」
ゴクリと生唾を飲んだロインは頷き了承の返事を返す。
巨大迷路を前に、十五歳という年齢に相応しい好奇心、高揚感、浮ついた感情がロインを支配していたが、ノイドの言葉に『この山への侵入を拒む者がいる』、それに気が付いたロインはちょっとだけ引き締めた。
いまだウズウズさせているロインを見ながら、少し困った顔で小さなため息を付き、ノイドは始まりの言葉を告げる。
「勝負の始まりの合図はお前がこの場所から見えなくなってからにしよう、多少遅らせて私も始める」
「分かった! さぁどれにしようかなぁ」
進める方向は左右と正面の三方向。
ロインは数秒だけ値踏みした後、正面に向かって走り出した。当然ココも後を追いかける。
ノイドは左右を見渡し、ゆっくりと左側を歩き出した。
「ココがいれば何が出てもロインに問題は無い。あるとすれば私の方か……さて、鬼が出るか蛇が出るか、どうせなら悪魔小僧の前に、一度くらい悪魔種と戦っておきたいものだが」
突如掻き消えた、そう錯覚させるほどの速さでノイドは走り出した。
「おかしい、この山、進めば進むほど忍術、精霊系魔法の効果が上がってる、なんで?」
迷路内を走り始めておよそ一時間、ロインは疾風迅雷の効果が迷路に入った時よりも上がっていると気が付いた。脚力強化など、信仰系の魔法は変わらないのだが、疾風迅雷は精霊魔法強化をわざと解除しても、相当強化された状態が続いていた。
それどころかもう一度、精霊魔法強化をかけなおした瞬間、脚力強化から動体視力強化にかけなおした程、早く動けるようになっており、道を曲がる際は走る速度を落とし、壁を蹴ってまでしないと曲がれない程性能が上がっていた。
「もしかして、この山、自然界のマナの濃度が高い?」
精霊系魔法使うには二つのマナが必要である。
一つは魔法使用者のマナと、もう一つはこの世界に空気のように存在する自然界のマナだ。
魔法使用者一個人のマナだけで使用する信仰系と違い、精霊系は二つのマナを合わせて使える魔法。
その為に、マナが枯渇した場所では精霊系魔法は使用出来ない。
ではその逆の場合、マナの枯渇どころかロインの言うように通常より高かった場合、精霊系魔法の効果が高くなるのでは? と、そう考えられていた。ロインも今その可能性があると認識しながらも、別の疑問も生まれていた。
走る速度をあえて落とし、夜明けの時間も迫り空が明るみを帯びてきてはいたが、まるで変わらない道と逆さつららの壁と辺りを再確認した。
「でもそれだと矛盾するんだよな。普通は町など人里離れた場所、森、湖、川の多い、人の手が加えられていない大自然の多い土地がマナの高くなる傾向のハズなんだけど……ここは見渡す限り岩ばかり、ついでに迷路なんて完全に人の手が加えられているのに……あっ、また」
ロインはまた壁にもたれたまま命を落とし白骨化した遺体を見つけて、その前に跪いて調べる。
これまで白骨化した遺体を数体発見したが、いったいどうやってこの迷路に入ったのか。
魔法がかかっておらず簡単に迷路に入れる入り口があるのか不明だが、ロインが遺体を確認する限り相当古い遺体であり、ドルヴァンの話と照らし合わせれば何百年前、下手をすれば千年以上の可能性もある。
武器も防具も所持しているが時間による劣化、風化が進みすぎて完全な確認は出来なかったが、防具にも服にも攻撃を受けた傷や破れなどは見られないようなので戦って命を落としたと言うより、迷路から出られなくなり力尽きた、そのような遺体だった。
「そう言えば魔物には一度も出会ってないけど、父さんの方はどうなんだろ」
再び走り出したロイン。しかしロインには迷路脱出不可能、死への不安はなく、今も迷路を満喫していた。
「あぁ……負けちゃったか」
夜は明け逆さつららの先端は陽の光を受け眩しく輝いていた。
迷路に入り三時間以上、中で一度も会わなかった父ノイドが出入り口だろうか、入ってきた所と同じぽっかりと開いた壁の横にもたれかかり、腕を組んでロインが来るのを待っていた。
「安心しろ、勝負はまだ終わってはいない」
「ん? なんで?」
「まぁ見てみろ」
組んでいた両腕を下ろし、迷路の外に出たノイドに続き外に出ると、二人の眼下には人の営む世界が広がっていた。
まるで巨大な隕石でも落ちたかのように、直径一キロを越えるクレーターのような円形の空間が広がっており、その周りには逆さつららの壁が向こうの方まで見える事から、巨大迷路の中にぽつりとこの世界が存在していた。
その空間の中央、半分以上占めるのは、青く、朝日に照らされ光り輝く湖。
湖周辺にはこの山の中で初めて見る木々。
広がる円形の外周壁には無数の小さな穴。
そして早朝ながらも、そこに生きる人々の姿が見える。
いや、眼下に映る彼らを人々、と呼んで良いか分からない。
紫色の肌をしたその姿は人間や妖精とも違う、尻尾を生やし2本の足で立ち歩く、爬虫類のような人々が活動、生活をしていた。
「もしかしてあの人達は……」、ロインがそう呟いたと直後に千里視と千里聴をかける。そして刀に手を沿え抜こうと構えながらすぐ上を睨む。
しかし「よせ」とノイドに止められ構えを解くも、ここに来て初めて警戒の色を強く見せ、目の前に降りてくる人物から視線を外さず睨み続けた。