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忍者と狐to悪魔と竜  作者: 風人雷人
第一部 忍者見習いが目指すは忍者か?魔法使いか?
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76・忍ぶ者達

……よせ……やめろ……やめてくれ……




元十人衆の一人、木立八助(こだちやすけ)は、十一歳の少年を止めようと手を伸ばすが届かない。

八助は全力で走っているのだが、まるで水の中にいるかのよう思うように前に進めない。

八助と少年の距離はどんどん開いていく。

少年の進む方角には大勢のヤクザ者に取り囲まれた男が一人。

着物を全て脱がされた男が両手両足を縛られ、天井からぶら下げられ自由を奪われている。

拷問を受け、全身の皮膚と肉は裂け、ポタポタと流れ落ちる血で、床に血だまりが出来ていた。




……きこえないのか……にんむはしっぱいだ……やしろをつれてにげてくれ……




いつの間にか刀を手にした少年が近づくと、割れるようにヤクザ者達は道を作る。

拷問を受けていた男、木立八代(こだちやしろ)はうっすらと目を開き、少年を見る。

少年は無表情で八代を見上げ、そして身を低くして刀を構えた。




……もういい……たのむからにげろ……たのむからやしろをころさないでくれ……




次の瞬間八代の絶叫が轟いた。少年が刀を一振り、一振りと振るうたびに手足の爪が、指が、耳が、眼が、身体全身の肉が血しぶきと共に飛び散る。

八代は真っ赤に染まる身体を痙攣させ、残った片目で天井を睨み、必死に痛みを耐えるように歯を食いしばっている。




……ああ……やしろ……なぜだ……なぜおまえはおれからおとうとをうばおうとする……




刀を振るう事を止めた少年は再び構え、体全身に力を溜めていく。

言葉にならない悲鳴を八助が上げた時、まるで居合いのような少年の最速の一撃に八代の首は落ちた。

落ちた首は八助の前まで転がり、そして残った片目を大きく見開き八助に向けて呟いた。




『あにうえ……かたきを……』








『うぉぉぉぉぉっ何故殺したぁぁぁ!!! 幻十朗(げんじゅうろう)ぉぉぉ!!!』



夢のなかで発した自分の絶叫で目覚めた八助。流れる汗をそのままに、乱れた息を鎮めようと呼吸を整える。

そこは波に揺れる船の上。全長およそ五十メートルの木造船。二本の帆を広げているもののほとんど風は吹いておらず、真っ暗な闇と霧に包まれていて、今現在進んでいるのか、ただ潮に流されているだけなのか八助には分からない。

完全に剃っていたハズの頭は剃る事が出来ないのか、五分刈り程度に伸びた髪。以前にも増した痩せた身体、頬はこけ目の下にはクマが出来ており、また服装は袖のある白い忍び装束になっている。

床に置かれた武器は一本の刀と、鎖分銅が付いた鎌。鎖鎌は通常の鎌と比べると大きく、八助自身の風貌と鎌のせいで、黒ではなく白と言え、どこか死神のような雰囲気を漂わせていた。

出向してすぐ、嵐に三日も見舞われ、嵐が去った後は二週間以上霧に包まれ、自分達が乗る船以外何も見えない状況が続いていた。

もちろん腕が鈍らないよう日々自己鍛錬は行っていたが、限られた事しか出来なかった。

船上の仕事は全て下忍任せである為、鍛える以外は特に何もする事も無く甲板の手すりに背を預け座っていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。

そして悪夢にたたき起こされたのだが、その夢はただの夢ではない。実際に弟は拷問の末に、幻十朗によって殺されている。



「随分うなされていたじゃないか八助。またあの夢を見たのか?」



突然横からかけられた声だが八助に驚きは無い。目覚めた直後と言えど八助は腕の立つ忍者。

すぐ横で霜雪轟之助(そうせつごうのすけ)が手すりに頬杖をついて、夜目は利くが霧で何も見えない夜の海をぼんやりと見ている事には気が付いていた。

髪は合いも変わらず手入れが一切されていない、爆発したようなボサボサの長い髪を後ろで束ねていた。

が、唯一上半身裸だった服装が、上下しっかりと柿色の忍び装束を着ており、腰には二本の小さな手斧がぶら下がっている。



「……」

「元から痩せていたが輪にかけて痩せたよな。やはり仇を討つ好機を見逃したのは痛かったか」

「……」

「ちゃんと飯くえよ。山育ちの俺達には新鮮な魚が食えるなんて早々無いぜ? 俺なんて食いすぎてもう飽きちまったよ。あぁ~大根と人参の味噌汁が食いてぇよ。あ、あと芋な」

「……」

「おい! 黙っていねぇでなんか言えよ、まるで俺が馬鹿みてぇだろ」



体の向きを甲板に向けた轟之助は、腰を手すりに預け座り込んだまま黙って動かない八助を睨んだ。小さくため息を付いた八助は、やっと反応を見せ轟之助を見上げた。



「なんだ、いたのか。今更仇などと考えていない。八代はヘマをし敵に捕まった。情報が洩れぬよう幻十朗が処理をしただけの事、上忍だった八代にはその覚悟は出来ていただろうさ」

「『十人衆の八助』には納得できる処理だろうが、『兄の八助』には納得できねぇんだろ?」

「……」

「ホラ見ろ、図星じゃねぇか。だからこそ小太郎(こたろう)の話に乗っちまって今があるんだろう?」

「そういうお前こそ何が理由で……」



『裏切った』と聞こうとした八助は言葉を飲み込む。もう『里は滅んだ』と言えども、表向きはまだ健在である。

各地に散っている下忍の船を利用し海を移動しているのだ、この船には当然『半蔵の命を受け十人衆である自分達がこの船に乗船している』、僅か八人とは言え、全員そう勘違いしている下忍なのだ、今はまだ目的地にたどり着く前に、余計な騒ぎを起こす訳にはいかなかった。

八助は下忍に警戒されぬよう、言葉を選びながら会話を続ける。



「何が理由でこの船に乗った?」

「そりゃおめえ、もらえる力は欲しいじゃねぇか。それに俺の忍術が世界に通じるか試してみてぇ、男ならそう思うだろ?」

「ふん、何が世界だ。俺にはアレ(・・)より小太郎のほうに怯えて従っているように見えるがな」

「ちっ、言ってくれるぜ」



舌打ちしてそっぽを向いた轟之助に、「はっ! お前こそ図星じゃないか」と、ここぞとばかりに八助は鼻を鳴らす。



「んな事より八助、お前は何かおかしいと思わねぇのか?」

「何かとは何だ?」

「小太郎の事だよ。大人しいあいつの切れっぷり、と言うか幻十朗以上に糞真面目なあいつが半蔵様(・・・)を糞呼ばわり、どう見ても普通じゃなかっただろうが」



八助は半蔵から刀を奪おうとした時、巨大妖弧出現時の事を思い出していた。



「確かにあれは俺の知らない小太郎ではあったな」

「だろ?」

「だが、俺はまだ生まれていないから知らないが、小さい頃は半蔵様(・・・)と風幻太の喧嘩や暴走に小太郎は相当振り回された、里で一番の被害者だと聞いたぞ。なら確かに普通では無いが、あれくらい二人に切れても仕方がなかろう?」

「だからこそ信じられないんだよ。俺には小太郎がまったくの別人に見えたぜ」

「……」



雷蔵と風幻太が若かりし頃、もっとも歳が近かった小太郎は常に二人の傍にいる事が多かった。おかげで年配者から小太郎は『雷神の雷太鼓かみなりたいこ』、『風神の風袋(かざぶくろ)』などとオマケ的扱いを受けていたが、むしろ二人に心酔する小太郎本人はその事に喜び、周りに自慢すらしていた程だった。

当時まだ生まれていなかった八助は知らないが、幼い頃にそんな小太郎の自慢話を散々聞かされた轟之助にとっては、小太郎の変化は天変地異と言えるほどの変化だった。



風幻太(ふうげんた)玄ノ丞(げんのじょう)は数年ほど里から出ていなかったから、幻十朗は任務で長く里には帰ってこなかったから、だからあの三人はあの者に会う事はなかった。だが俺達七人はあの者に直接出会ってしまった。八助、馬鹿な俺でも分かる事だ、お前なら分かるよな? もはや選択の余地が無かった俺達六人と、契約無しでも、自分の意思で自由に動いている小太郎との決定的な違いを」



そう言って轟之助は左腕にそっと触れ、その袖下にある物を確認するように撫でる。

八助もまた「ああ」と頷き、同じように誰にも見えない左腕の袖の下にある何かを、潰しかねない雰囲気で強く握った。



「分かるさ、アレをあのお方と呼びながらも、契約の腕輪を付けていない時点で、これは小太郎自身が望んでいる事なんだとな」



そこまで言い切った後、自分達に近づく者に気が付いた二人は一瞬でその態度と話の内容を一変させた。



「なぁ八助」

「なんだ」

「小太郎の奴変わったよな」

「服装くらい誰でも変わる。お前も今回はまともに上を着ているし俺の白装束もそうだ、小太郎だって変わるだろ」



そんな二人に新しい声が加わる。



「拙僧がどうかされましたか? 八助殿、轟之助殿」



床に置いた二種の武器を手に取って、座り込んでいた八助は立ち上がり、ゆっくりと歩いてくる霧島(きりしま)小太郎に二人は顔を向けた。

小太郎は二人とは違い浅葱色の着物、以前と同様、忍者と言うより普通の町人の姿をしており、刀や刃物の武器は何一つ持っていないが、錫杖を肩に担いでいる。髪は短く、綺麗に切り揃えられていたが、その身体つきは明らかに衰えていた。

以前はまだ多少鍛えられた筋肉が付いていた筈だが、一流の忍者とは言えない、今は四十二歳という年齢と、一般人男性に相応しい容姿、中年太りの肉体を持て余していた。

だからと言って技術そのものが消えた訳では無い、ちゃんと気配を消し、足音も錫杖の鈴の音も聞こえなかった。もっとも海と船の上と限られた空間では、その行動は筒抜けだが。

轟之助は昔から小太郎が苦手で返事は返さない、代わりに初めから決めていたかのような答えを八助が返した。



「いや、たいした事ではない。以前のお前は托鉢僧の姿をよくしていたのに、今は坊主らしい格好はしないのだなと話していたんだ」

「ああ、そんな事。もはや雷神風神が拙僧が仕える神ではない。あのお方こそが拙僧唯一の神なのだ、あんなめんどうな服装をする気は無いよ」

「そ、そうか……」



さすがこれには一度だけ心臓が強く跳ね上がった。

四代目と十人衆総括の風幻太を指す雷風神の呼び名は、里に暮らす者には有名だ。ただ各地に散る下忍には、何処までこの呼び名が広がっているかは分からない。

せっかく十人衆として、振りをしている自分達の努力を無駄にする気か? と内心悪態をつく二人だったが、そんな二人に気が付いたのか、「ああ、もうふりなんてしなくて良いですよ」と開き直った。



「ん? それはどう言う意味だ?」

「あれ? 八助程の男が気が付きませんでしたか? もう目的の大陸にはたどり着きましたよ、ほら」



小太郎は船が進む方向に顎をしゃくる。その方向を釣られて見た二人はいつの間にか霧は晴れ、夜空には驚くほどの星と、遥か先に小さく見える山と大地が見えていた。

「おいおい、いつの間に」と、小太郎が来てからだんまりだった轟之助が驚きながら振り返った。

しかし、振り返った轟之助はキョロキョロと辺りを見回した後、口を大きく開けて固まってしまった。



「どうした轟之助」

「……」

「おい、聞いているのか?」

「……霧が消えた、何処にも無い」

「何当然の事を言っている、抜ければ霧は無くなる……」



そこまで口に出し八助は気が付いた。後方を振り向き、慌てて全方位を夜目が利くその目で確認をしたが何処にも霧は見えなかった。

帆は張っているが今もほとんど無風、船は進んでいるのか進んでいないのか分からない。もちろん目的地に着いたのだから進んではいたのだが。

にも拘らず、先程まで船を包んでいた霧が何処にもないのだ。晴れるにはあまりにも早すぎた。

初めから無かったかのように唐突に一瞬で消えた霧、二人は同時に小太郎を見た、()島小太郎を。

その二人の思考を読んだかのように肩をすくめた。



「言っておくが俺じゃない。いくら名前に霧があると言ってもこんな大規模、しかも長期霧を発生させるなんて出来んよ。そもそも忍術で霧を出したのなら轟之助、お前なら分かっただろう?」

「ああ、言われてみればそうだな、疑ってすまん」

「別に構わんさ。大陸に着いたら二人には幻十朗と糞雷蔵の餓鬼の捜索と、妖刀ムラマサの回収をしてもらわないと困るからな。もう一度確認しておくが、この大陸では里で教わった異国の言葉は通じる。だが可能な限り隠密行動をとれ、現地の者と接触するな。特にこの地では俺達の黒髪は異端、邪魔されぬように用意した外套を使って確実に隠しておけ。これらは守って指示したとおり動いてくれよ。だが今はそれより……」



小太郎は一度言葉を切る。そしてニタリと音が聞こえそうな程、意地の悪い笑顔を作り轟之助に向けた。



「轟之助、ここからはお前の天才ぶりが発揮される時間だ。さぁ、見せろ、魔獣支配のような頂いた力ではなく、自分の力で手に入れた歴代二人目、現最強の忍術の使いであるお前の力を」






早朝、ある港町の桟橋に漁船と思われる大きな木造船が衝突した。

調査の結果、生存者は無し。

船内には漁のための道具も日常生活用具も一切無く、何処の国の物か? アティセラ以外の大陸か? どの種族が? それらの情報になりそうな物は船そのものを除き、何一つ無かった。

ただ船内には八人分の焼死体だけが発見された。

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