74・互いの依頼
「俺も昔に色々あったからな、訳ありっぽい奴からは聞きづらくて、その辺り深くは聞かなかった。でもタダナリが双子に親の事を聞いていたんだが、確か……どうも他所の人間族の村で髪を隠して暮らしていたが、バレて逃げてきたらしい。父親は村に住む人間族に殺され、母親と三人で妖精の森まで逃げてきたが、元々肉体的に弱い幻魔族だ、母親の方も森にたどり着いて緊張に気が緩んだか体調を崩して、一週間と経たず亡くなった……って言っていたかな?」
「そうか、当時はまだ人間と幻魔は殺しあってったんだよな」
もしもタダナリという人が自分と同じ黒い髪の人間ならば、その正体が初代、自分の先祖にあたる人ならば、時代的に正体がバレる訳にはいかなかった。それならば最初から幻魔のふりをしてまで深く関わらない方が良かっただろう。
双子の幻魔も、と言うより幻魔の町で暮らさない双子の両親も、正体を隠してまで人間族の村で暮らしていたのなら、何かそうせざるを得ない理由があったのかもしれない。
母と祖父母は家族として受け入れてくれているが、この当時だったら赤子のうちに殺されていたかもしれない、それどころかノイドが皆を殺していたかもしれない。そう思ったロインは少し悲しくなっていた。
「一つ確認がしたい。ドルヴァン殿の話を聞けば刀を作った、タダナリ殿に出会ったのは多少前後すると言ってもおよそ五十年前。ですが私が聞いた話だとこの刀が作られたのは、百年以上前だと聞いているのですか」
「あっ、そうだった」と、父が森で言った事を思い出しロインは心の中で呟いた。ドルヴァンが勘違いしているのか、ノイドが勘違いしているのか、ドルヴァンの答えを聞く。
「いや、違うぞ。俺が作ったのはだいたい五十年前、正確には四十五年前……四十六? いや、四十七年前だったかな? まぁそれくらいに作った物だ、百年以上前はありえない。その頃はまだ戦士として魔獣や魔物を狩ってた時だ、確かに自分の武具は自分で作っていたが、試行錯誤してなんとか使える程度。とてもじゃないが最強の武器を作りたい、なんて恥ずかしくて言えない程度の頃だ」
「……そうでしたか。ならば私の勘違いでしょ。それともう一つお願いがあるのですが、店に飾ってあった刀の刀身、見せていただけませんか?」
店内に戻った三人、手に取った刀身をじっくりと調べるノイドを、ロインとドルヴァンは静かに待っていた。刀身がいつ作られたのかは聞けば二十年近く前らしいが、手入れらしい事は一度もしていないと言う。
(状態保持の魔法か。使わなければ何百何千年でも手入れは一切不要、まこと信仰系魔法とは便利だ。この刀身も完成してからすぐここに置いたのだろう、今朝方に作ったと言われても信じられる状態だ)
「有難うございます」と、御礼を言って刀身をドルヴァンに返した。ドルヴァンは刀身を壁に戻し、振り返ると真剣な表情のノイドがドルヴァンに話しかける。
「ドルヴァン殿、鍛冶師として依頼したい、刀を一本作っていただきたい」
「ああ、良いぞ」
「有難うございます」
即答の承諾に、即答の感謝。とんとん拍子に進むと思われた依頼だが、残念ながらそうは行かなかった。
「ただしお金はいらん。その代わり、作ってやる代わりに俺からの頼みも聞いて欲しい」
「ええ、こちらも無理を言っている以上可能な限りは」
「助かる、まぁ戻って一杯飲みながら話そうじゃないか」
再び奥に戻っていく二人。ロインはそのドルヴァンの逞しい背中を見ながら「あれだけ飲んでまだ飲むんだ」と、ポツリ呟いた。
「実はな、十日ほど前から坑内奥で魔物が大量発生して、ミスリルの採取が今出来ないんだ」
「もしかして頼みって魔物の討伐? それに十日前だと坑内からとっくに外へ出てきそうなものだけど」
ロインの確認の質問に、ドルヴァンは左手を上下させて「そう急かすな、落ち着け」と、笑顔で返す。
甕からまた空になったコップに注ぐのだが、かなり傾けないと出ない事から、あれだけあった酒も
もう半分以下に下回っていた。
「いくら幻魔の魔法でも分が悪い。たった二人で行けなんて馬鹿な事は言わん。それに関係者でもない者に理由は言えないが、魔物を坑内に閉じ込める方法があるんだ」
「そんな事出来るんだ。でも倒せないから閉じ込めたんでしょ? 大量、それ程の数の魔物が一度に出現したんですか?」
「確かにそれだけの数とも言えるな。確認されただけでも十以上の魔物、しかもその中に一体のグレーターデーモン、三体のレッサーデーモン、計四体の悪魔種が確認されてる。坑内に魔物が出ることはよくある事だが二体以上の悪魔種が同時に出てきたのは過去初めてだ」
「四体も!? ……それ精霊召喚くらいしないとどうする事も出来なくない?」
幻魔の町に魔物が来る確立は低い。その中でも悪魔種ともなれば過去一度だけだ。かつて幻魔の町の中に出現した時は精霊召喚をして、その精霊の圧倒的な強さに難を逃れた。
ただ、召喚が出来るレネやペンダーの話を聞く限り、ノイドが弱い方のレッサーデーモンと一対一で戦ったとしても、敗北はなくとも、勝つのは難しい、それ程の存在だとロインもノイドも聞かされている。
それが四体、しかも強い魔物か弱い魔物か分からないが他にも最低六体は存在している、人間族だけで討伐は厳しいはず。だが、ドルヴァンは「問題ない」と、ニヤリと笑う。
「確かに今回の魔物はとんでもないが、こっちの方も負けてないぞ。ダイアモンドの傭兵が六、うち一人は同族のスプライト。ルビーも……十二~三だったかな? うちエルフの魔法使いは二人だ」
「あ~、あの人達か」と、この町に来た時、大通りで見た妖精族を思い出した。
「ダイアモンド、ルビー級の傭兵だったのか。でもあれ魔物討伐と言うより、どう見てもお買い物を楽しんでる観光客って感じだったけど……」
「お前さんの言う精霊召喚があるんだ、スプライト一人いれば勝利は約束されたようなもんだ。エルフにとっちゃ気楽なもんさ。それに今回は聖騎士の増援も来てくれるようなっている。上級の傭兵、エルフとスプライト、そしてこの教皇国最強の聖騎士。この戦力なら悪魔種の四体や五体、ど~んと来いだ」
「増援ってこの町に来た時すぐ、鎧を付けた馬に乗った人達を見たけど、あれが増援だったのかな?」
「そうか! 来たか! 思っていたより早いな、これなら二~三日中には魔物も一掃されそうだ」
機嫌よく一気に酒を飲み干し酒を注ぐ。ノイドの分も注ごうとするがたいして減っておらず、「おいおい、まだまだ酒はあるぞ。遠慮せずもっと飲め」と、進めているところを見ると別の甕に入れたお酒がまだまだありそうだ。
「あれ? それじゃ頼みって言うのは?」と、ロインが首をかしげながら聞くと、ドルヴァンの陽気な笑顔はキリッと真面目な顔になり「実は頼みは二つある、一つめは……」、そう言って椅子に座る。
やはり酒を飲んだから陽気になった、と言う訳ではない。真面目に取り組む時は真面目に、楽しむ時は楽しむ、昼間から大量に酒を摂取しているが、酒に飲まれる事無く自分で自分をコントロール出来るしっかりとした男だ。
「今日おまえさんらの来店、しかも二人が幻魔族だったのはある意味運が良い。二人には南アティセラに渡って幻魔の町に行ってほしい」
「幻魔の町に?」
「そうだ、そしてその町にいる悪魔小僧からミスリル買って来てほしい」
「悪魔小僧……ですか」、そう言ってノイドは目を細めた。
さすがのロインも冷や汗を流し、何も言えずにいる。
明らかに不穏な空気が流れているのが分かる。しかし、気付いているのかいないのか、ドルヴァンはそんな空気を受け流し言葉を続けた。
「さっきも言ったように坑道内部に魔物が多数出現したが、それもすぐ討伐されるだろう。だが討伐されてもそれで問題が解決したわけじゃない。複数の悪魔種が出現した異常事態は変わらない。そうなった理由があるのなら、また同じ、あるいは似たような事が発生してもおかしくはない。結果しばらくは調査と監視で採掘は出来んだろう。そうなると今までの経験とこの町に住む鍛冶師仲間の見解じゃ、間違いなく最低でもひと月はミスリルが手に入らない。もちろんミスリルを使わん仕事もある。あるが俺に入っている仕事はミスリルが絶対必要でな、この十日間は店にあった在庫でやりくりしているし、まだ残ってはいるが、今日から一ヶ月以上も入手待ちってのは出来ないんだ。そこでお前さん方にミスリルを買ってきてほしい。確かに時間はかかるが、往復に馬と船を使えば幻魔でも一ヶ月以内で可能だ。当然馬もこっちですぐに用意するし、船も伝手があるので問題ない。南でも新たに馬を借りる必要があるがその金もこちらが出す。一ヶ月以内待つか、それとも最低一ヶ月以上待つか、選ぶなら当然一日でも早い方が良いだろう、どうだ?」
この時には不穏な空気は消えている。ノイドも目を閉じて黙って聞いている。
ゆっくりと息を吐き、目を開いたノイドは落ち着いた声を出す。