73・正成(タダナリ)
およそ六十年ほど前、東アティセラ出身の元戦士であるドルヴァンは、夢である『最強の武器を作る』、それを叶える為にある事件を機に旅に出た。
一つの所に留まらず、色々な武器と出会い、その出会いを武器作りの参考にする為だ。
東アティセラを端から端へと時間をかけ渡り歩き、しかし、満足のいくような、参考になるような武器に出会うことは無かった。
そこでドルヴァンは南アティセラへ、他の地に渡る事にした。特に当時興味を持っていたのは、東アティセラには流れる事がなかったミスリルだった。
新たな素材で新たな武器を作る為に、船で南アティセラに渡ってから数ヶ月、およそ五十年前に旅の途中、突然ドルヴァンの目の前に舞い降りた、それが白の竜王だった。
汚れ一つ無い真っ白な鱗。
鳥のような羽根ではなく、蝙蝠のような薄い飛膜に包まれた巨大な翼。
ドルヴァンよりも大きく建物さえ簡単に破壊、鉄すら紙のように引き裂きそうな大きな爪。
少し揺れるたびに地響きを起こす長い尻尾。
圧倒的な姿に一瞬で恐怖に支配され、しかし、同じく一瞬で心落ち着くのをドルヴァンは実感していた。
竜族の証である青い瞳。
その瞳は何よりも美しく、誰よりも優しく、その瞳を見たドルヴァンの心を穏やかにしていた。
竜王はその手をドルヴァンに差し出した。その爪には器用に白く長い物を挟んでいた。
そして竜王はドルヴァンに伝えた。
「これで最強の剣を作れ」と。
ドルヴァンは耳を疑った。それはそうだ、最強の武器を作る、彼の夢であり、この旅の目的でもある。
これは偶然ではない。この竜王はドルヴァンの夢を知っている。知って素材を渡しに来たのだ。
だがドルヴァンに警戒心は無く安堵が支配していた。青い瞳に完全に心を奪われていた。
両腕で抱えるほどの大きさの白い何かは、ロインの言うとおり骨のように見えた。
ドルヴァンが竜王から骨のような物を受け取ると、竜王は翼を広げ大空に舞った。あまりにも一瞬で空の彼方に消えた為、夢か幻覚を見たんじゃないかと思った程だ。
しかし腕の中にあるそれが夢でも幻覚でもないと教えてくれた。
意外にも軽いそれを背負って旅を続けたドルヴァンは、その一、二年後、滞在していた町で白の竜王と黒の竜王、二体の竜王が暴走し、南アティセラの各町村を襲い多くの命を奪い、しかし一ヶ月ほどで討伐されたと聞いた。
二体の竜王を倒したのはたった二人の男。
一人は人間族。テンタルース王国剣聖にして、竜王を倒した功績から、神の剣を振るう者『剣神』の称号を与えられた人間族最強の騎士、剣神グフィード・ジェムナント。
一人は幻魔族。南アティセラ、妖精の森に守られた幻魔の町に住む幻魔族の若き少年。
剣神グフィードの願いにより異例、神の知識で導く者『賢神』の称号が人間族より与えられた幻魔族最強の魔法使い、賢神ロイン。
当時、全く被害の無かった幻魔族が何故、竜王討伐に参戦したのか、何故、人間族のグフィードが敵対する幻魔族と手を組んだのか、その経緯は不明だが、二人は確かに暴走する二体の竜王を協力して倒した。
ただ唯一生き残ったグフィードの言葉が事実であれば、竜王との戦いでロインはグフィードを庇い命を落としたと言う。
その後、ドルヴァンは妖精の森を目指し、入った森の中、妖精達の集落でちょうど騒ぎが起きていた。その時に出会ったのが妙なカッコをした幻魔族、タダナリだった。
初めて出会った時、タダナリは不思議な怪しい男、それがドルヴァンの感想だった。
まず言葉が通じなかった。それが原因で、彼を見た事が一度も無いと言う幻魔の子供も妖精達も、彼は何処から来た幻魔族なのか、いつどうやって魔法の結界に守られた森の中に入ってきたのか、話が通じない為、どう接すれば良いか戸惑っていた。
更に彼はどうやら魔獣に襲われ右腕を失っていた。にも拘らずその魔獣を退治しようとした際、彼はその前に立ちはだかりそれを阻止した。だがドルヴァンも幻魔の子供も他の妖精も一番驚いたのは彼の行動ではない。
熊のような魔獣は彼のすぐ傍で大人しくしていた事、失った右腕の怪我の具合を気にしている事、すぐ傍に幻魔、スプライトすらいた。しかし、魔獣はマナを欲する事無く彼から離れようとしなかった。
そして悲しそうな声を出す魔獣は、まるで右腕を食べてしまった事への謝罪、贖罪に見えた。
彼の右腕は失われていたが、幻魔族の幼い兄妹の治癒魔法で傷は塞がっていて意外と元気だった。
大人しくしている魔獣に妖精達も攻撃しないと安心したのか、背を見せ彼が拾い上げたのは折れた刀。
その刀を見た時、ドルヴァンは衝撃を受けたと言う。折れてはいたがこれは見せかけ、美しいだけの美術品ではない、正真正銘、激戦を潜り抜けてきた武器、最強の刀だと。ドルヴァンがこの『最強の刀』を自分の手で作りたいと思った時、言葉が通じない状況でドルヴァンは自然に叫んでいた。「俺にその折れた刀を超える刀を作らせてくれ」と。
そして彼から返ってきた声に全員は驚いた。
「本当か!? ありがたい、体術も自信はあるんだが右腕が無いってのはな……こんな状態だ、刀があれば安心できるってもんだ」
突然、何故彼の言っている事が分かるようになったのか、彼が何故こちらの言葉を理解出来るようになったのかお互い分からないが、ドルヴァンは彼、タダナリと一緒に、白の竜王から貰った謎の白い素材を使って刀を作った。
工房はエルフ達が使う剣を作る、手入れする為の工房を利用した。謎の白い素材は鉄と同じように扱う事が出来た。
魔獣もその間離れる事無く、静かにタダナリを見守っていた
二人が作り上げた、完成した刀はまさにドルヴァンが夢見た武器だった。
その出来の素晴らしさに、タダナリはお礼にと剣舞を披露した。
子供の頃に無理矢理父から習ったと言うタダナリの剣舞は、まるで風の精霊が踊るように軽やかに舞い、いかずちのように激しく刀を振るった。
特に左手で振るわれる剣さばきは、十分に利き腕だと思わせるほど、元戦士のドルヴァンから見ても素晴らしいものだった。
やはり自分は根っからの戦士だと気づいた時、そしてタダナリがドルヴァンの戦士としての力量を見抜いた時、エルフから借りた剣で手加減無しの手合わせをした。ドワーフの戦士と互角に戦える幻魔に妖精達は度肝を抜かれた。
その時魔獣はタダナリを守ろうとドルヴァンに牙をむこうとするも、本気で叱るタダナリに怯え、その大きな身を丸く小さく縮込ませていた姿は、まるで親に叱られた子供だった。
そしてまたまだ十歳、しかも双子だと言う幻魔の兄妹はタダナリに懐き、『幻魔の子供から魔法を教わる大人の幻魔』と言う、おかしな関係、不思議な情景に他の妖精族はおかしそうに笑うも、仲睦まじい三人を温かく見守っていた。
剣の手合わせ、魔法の練習、世話になっているお礼にエルフ達の武具の手入れ、そんな毎日が流れていた。
タダナリとドルヴァンが寝泊りする為に、妖精族から借りたのは物置小屋、幻魔の双子が住んでいる家も似たような小屋だが朝露をしのぐには四人には十分だった。
ドルヴァンとタダナリが出会い、そんな生活がおよそ二週間、とある朝、魔獣の鳴き声で皆は目を覚ました。
横で眠っていたはずのタダナリは姿を消した。
スプライトが精霊の声を聞き森全域を調べたが、彼の姿は何処にもなかった。
魔獣は鳴いていたと言うより、姿を消したタダナリに悲しくて泣いているようだった。
彼に懐いていた双子の子も酷く落ち込んだ。
森に執着を無くしたドルヴァンは妖精の森を出て旅を再開させていた。
新たな素材で、新たな最強の武器を作る為に。
「森を出た後、タダナリが帰ってきたのか、そのままいなくなったのか俺には分からん。俺に出来る話はこれくらいだ。」
少しづつ飲んでいたコップの酒は無くなり、再び甕からなみなみと注ぎ、立ったままそれも一気に飲み干した。
「ぶはぁ~! それで俺の話は役に立ったかい?」
「ええ、もちろん。いくつか納得できた事も見つかりましたから」
「かーはっはっはっ! そうかい、そりゃ良かった。他に聞きたい事は?」
そう言ったドルヴァンはいつの間にか空になっている、ノイドのコップと自分のコップに酒を注いだ。
「ドルヴァンさん、俺も聞いて良いですか?」
「ああ、俺の記憶にある事ならな」
「最強の武器を作るのが夢で、この刀はまさに夢そのものだったのでしょ? 簡単に譲ってしまって大丈夫だったんですか?」
「大丈夫も何も作るのが目的で、俺が使うわけじゃない。せっかく作ったのに使わないのは宝の持ち腐れだ。だったらタダナリが持って使った方が良いだろう?」
「まぁ、そうなんですけど。結局刀の、竜王がくれた素材は骨だったんですか?」
「少なくともそんな骨みたいな金属など、俺は見た事も聞いたことが無いが、俺の想像では竜王自身の骨じゃないかと思っている。昔から魔獣やワイバーンのような魔竜の骨や爪、鱗から武器や防具を作る技術はある。そのせいだろ、作り話なんかで竜族の骨や爪からも更に強力な武器や防具が作れるなんて話は腐るほどある」
「でも実際に白と黒の竜王は倒されたんでしょ? その死体を調べて同じかどうか、素材にして作り話のように使って武器が作れるのかどうか試せるんじゃないんですか?」
「俺も森を出た後、竜王の死体がなんとかして手に入らないか頑張ってみたんだが、テンタルース王国の完全管理下にあって手の出しようがなかった。それどころかその死体を運ぶ為の部隊が結成されたが、部隊が竜王の死体場所に到着した時には、二体とも死体は跡形もなく消えていたなんて噂が流れていたな」
「そうなんだ、でもそれって誰かが運んだって事?」
「あんなでかいの、そう簡単に運べんよ。もっとも同じ他の竜王なら、例えば金の竜王なら運べるかもしれんがな」
「なるほどね、それともう一つ、話を聞いていると双子の幻魔しか出てこなかったけど、他の幻魔達はどうしてたんですか? そもそも南アティセラ、妖精の森の中央にある幻魔の町は、今も昔も少なくとも二千人以上は住んでるって聞いているけど、タダナリって人はどうして妖精達だけの世話になって、幻魔の町に行かなかったんですか? それに双子の幻魔もどうして町の方で暮らさず、妖精達と一緒に?」
「ふむ……」
この時ロインの『タダナリって人』と、他人行儀な発言に違和感を覚えたが、何かしらの理由で実の父親であるタダナリに一度も会った事はなく、かわりにノイドが父親代わりとしてめんどうを見ているのかもしれないと、当たらずとも遠からず、自分の考えに納得し当時の事を思い出す。