72・妖刀を作った妖精
「……いらっしゃい」
椅子から立ち上がったドワーフの店主は、二人がお店に入ってから若干の時間を要し、遅れて来客を歓迎した。
ゴーダンやトトもそうだが、ドワーフは比較的背が低い。だが目の前にいるドワーフはゴーダンやこの町ですれ違ったどのドワーフと比べても身長は高い。ロインよりも少し背が低い程度だ。
着替えた直後なのか、それとも今日は作業はしていないのか、小奇麗な服装をしている。
袖の無いタンクトップのようなシャツを着ていて、日に焼けた剥き出しの肩や腕は丸太のように太く、そこに刻まれた古傷は職人と言うより歴戦の戦士のようだ。
サージディスにも負けていない燃え盛る様に赤く短い髪と髭は、東アティセラ特有のものか、それとも妖精族のものか。
「初めまして。私の名はノイド、この子の名はロイン。東の果ての幻魔の町から貴方に会う為に、この町に来ました」
「俺に? なに用でだ?」
「まずは貴方に見てもらいたい物があります」
そう言ったノイドはその背中から、この旅の間一度も使われた事のない刀、妖刀ムラマサを外し、店主の前に差し出した。
「どうぞ」
「……これは?」
「手にとって自らの手で抜いていただけますか」
「……」
差し出された刀を受けとった店主は暫く刀を睨んでいたが、覚悟を決め両手で持ちゆっくりと抜いていく。
一瞬手が止まり再び抜いていく、そしてその姿を全て見せた時、ロインは始めてみるそれに驚きの声を絞り出した。
「これは刀? 白い刀? 鉄じゃない、これ何で作ったの? 骨?」
それは真っ白な刀。そしてロインの言葉通り、金属とは思えない素材で作られた刀、最後の呟きが正解であるかのように、まさしくそれは骨を削り、形にしたような刀だった。
初めは厳しい表情をしていた店主も、抜刀した刀を前にその表情は柔らかくなり、そして嬉しそうな、懐かしむような表情に変わっていくのをノイドは見ていた。
「やはり……その刀は店主殿が作った物ですね?」
ノイドの声に答えない店主は刀の向きを変えていく。
ひっくり返し刀身や手に感じる重さを確認していた店主は、その手を止め大きくゆっくりと息を吐き、そして、自分を真っ直ぐ見つめているノイドに険しい表情に変えた顔を向け、先程の質問に答えた。
「確かに俺が作ったもんだ。だが何故分かった?」
「納刀して私に返していただけますか?」
「ん? あぁ」
鞘に収め差し出された刀を受け取ったノイドは、切っ先、鞘の方を店主に向ける。
「では鞘を握ってください。しっかり握って、絶対に放さないでください」
「よくわからんが……これでいいのか?」
「ええ、この状態で抜刀します。強く引っ張りますが固定させて動かさないようにしてください」
両手で握った事を確認したノイドは言葉の通り強く引っ張った。
丸太のような太い腕は見せ掛けではなく、ノイドの力に負けることなくほぼ微動だにしなかった。
この時幻魔とは思えない、ノイドはかなりの腕力の持ち主だと店主は気が付く。にも拘らず、先程は簡単に抜けた刀が、今度は鞘から抜けそうな気配はまるで無かった。
「ん?……どうなっている?」
「この刀は私は勿論、他の誰にも抜く事は出来ません。不思議な事に本当の持ち主しか抜けないのです。ですがこの町に来て、これを作った店主殿には抜けるのではないかと思い当たりました」
「なるほど……だがそれだと、『抜けたから』ではなく『この町に来た時から』この俺が作ったと確信しているようだが?」
「信じてもらえるか分かりませんが……この町に来た時この刀、僅かに振動、震えていました。そして体感した自分でも正直信じられないのですが……その刀が貴方の居場所を教えてくれました」
「お前さん頭は大丈夫か? まさか刀が喋ったとでも?」
「ええ、喋りました。いや、少し違うな、喋ったと言うより『意思を伝えてきた』、そのような感じでしょうか、ですが事実だからこそ迷う事無くこの店に来る事が出来ました」
「……」
「そう言う訳か」とロインは、この店までの道のり、ノイドが人に道を尋ねなくとも、この場所にたどり着いた事に納得した。
声ではなく意思、さすがに千里聴でも心まで聞くことは出来ないが、刀を持っていたノイドだけはその意思を感じとる事ができたのだろう。だがそれは二人の手にある刀が本当に意志を持っている、生きている刀、まさに本物の妖刀と言える。
「店主殿、よろしければこの刀の事、そしてこの刀の本来の持ち主の事、お話を聞かせていただけませんか?」
「その前に俺も聞きたい。お前さんのその怪しいカッコ、『タダナリ』の息子か何かか?」
タダナリ、その名前には聞き覚えは無い。しかしその名前の響きはノイドにとっては間違いなく懐かしい響きである。
「いえ」と、首を横に振り視線をロインに移す。
「私ではなくこのロインがいずれこの刀の持ち主になる子です」
「そうか」
店主はまだ掴んでいた刀から手を離し、店の入り口まで行くと店の扉、窓、カーテンを閉め戻ってくる。
「今日はこれでもう店じまいだ。奥に行こう、ここじゃゆっくり話も出来ん」
「感謝します店主殿」
「有難うございます店主さん」
「俺は『ドルヴァン』だ、付いて来いロイン、とノイドだったな、話しついでに美味い酒を飲ませてやる」
振り返った店主、ドルヴァンはニヤリと笑った。
「かぁ~っ! 仕事の後の一杯はうめえ! こいつはな~知り合いに頼んで故郷の東アティセラから取り寄せたもんだ。さぁノイド、話が聞きたきゃ遠慮せず飲みな! つうか飲め!」
作業場とは異なる、住居となる奥の部屋に案内されテーブルについたノイドと、人が変わったような陽気なドルヴァンの前には、なみなみと酒が入ったひと際大きなコップが置かれている。もっとも一杯どころか、ドルヴァンは既に無言で三杯目を飲み干した後ではあるが。
尚、ロインにはただの水が入った小さなコップが置かれていた。忍者は十二で成人なので飲もうと思えば飲めるが、あまりお酒を好まないロインは「まだお酒が許される年齢じゃないので」と、やんわりと断っていた。
ノイドは仕方無さげに一気に飲み干し、しかしつい口から出た「美味い」の言葉にドルヴァンはますます機嫌が良くなっていた。
「はーはっはっ! そうだろそうだろう! 妖精が妖精の為に作った特別な酒だ、こいつを飲んで美味いと言う奴に悪い奴はいない。さぁもっと飲め、お前達の知りたい事、俺の知る限り全部教えてやろう」
床に置かれた陶器製の大きな甕から、直接ノイドのコップに酒を注ぐ。
普通は柄杓のような物を使って注ぐのだろうが、ドルヴァンは酒がいっぱい入った甕を軽々と持ち上げ、しかも一滴もテーブルにこぼさず注いでいる姿は精細、かつ豪快としか言いようが無い。
ドルヴァンは四杯目を一瞬で飲み干し、五杯目を注いだ後ゆっくりと椅子に座る。ただこの時、お酒が入って陽気になったと思われたが、再び物静かな状態に戻っている。
「お前達の聞きたい事はこの刀の事、それとタダナリの事だったな。あまり話は得意じゃないんだがどこから話すか……そうだな、まずはその刀の素材だが……だいたい五十年位前だったかな、旅の途中で貰ったんだ……」
再びコップに口を付けたが、一気に飲み干さず、軽く口を濡らす程度にして続きを語り始めた。
「そう、そいつをくれたのは……竜族の王にして最古の生物の一体、白の竜王だ」
竜族、この世界で精霊王達が一番最初に作った生物と呼ばれる種族。
その中でも強靭な肉体と、無限の魔力を持った存在、神獣を除けば世界最強、それが竜王。
しかも竜王は一体だけではない。古くから伝えられ、そして確実に存在し人類に認知されている竜王、それが白の竜王、黒の竜王、金の竜王の三体。
他にも赤や青の竜王の目撃談はあるにはあるが、あまりにも数が少ない為に神話、作り話レベルだ。
ただ確実に存在する、いや、かつて存在した白と黒の竜王は、人間族と幻魔族にとっては因縁のある存在とも言えた。
「白の竜王!? でも白の竜王って……」
「そう慌てるなロイン。……ああそうか思い出した、『ロイン』、幻魔族なら……この名の意味を知ってるなら白の竜王に興味が沸くのは分かるが、ちゃんと話す。順番に話すから黙って聞け。ただ何分昔の事だ、多少俺も勘違いしている所があるかもしれん、そこは勘弁してくれよ」
再び酒で口を湿らせ、思い出しながらゆっくりと語り始めた。