71・シューリンク教皇国、シャンバールの町
光の女神アセラと闇の女神テセラを信仰するシューリンク教皇国。
シューリンク教皇国の南部にあるこの地は、土地周辺の地下全てにミスリルが埋まっていると言われ巨大なミスリル鉱山がある。
この町シャンバールはその事から別名『ミスリルの町』とも言われていて、アティセラ大陸全域に存在するミスリル製の武器や防具は、その全てがこの地から流れたと言っても過言ではない。
シャンバールにたどり着き二人がまず驚いた事は、町を守る為の壁が存在しない事だった。と言ってもこの町の事はゴーダンからある程度聞いていたので、驚きと言っても「聞いたとおり」「本当だったのか」程度の驚きだったが。
町の入り口は在るとも言えるし無いとも言える。街道を進んでいれば何時の間にか町の中に入っていた、そんな町だ。その為に他の町のように契約の腕輪を付ける必要も無ければ、勝手に町に入る事に咎める者は誰もいない。
人口密度は王都スカーチアよりも少ないのだろうが、町の広さは負けていないほど広い。元々は鉱山に作られた小さな村だったが、数百年の間に多くの人々がミスリルを求め、人間族以外の種族も集まり大きくなった町。
そして二人にとって有難い事はこの教皇国は幻魔族に対して偏見は無い。二人の女神を信仰するこの国にとって、女神と契約が出来る幻魔族全てが敬意を払う種族に値する存在でもあった。
十六年前、サーファンとテンタルースの二国が人間対幻魔という戦が行われるも、サーファンと同じ北アティセラの人間でありながら中立の立場でいたのは、その信仰のおかげとも言える。それどころか当時、幻魔族がシューリンク教皇国に協定、同盟を呼びかけていれば快く応じていただろう。
実際、二人の幻魔の姿に多少驚く者はいるが、その存在に拘る者、推測する者はいない。あえて言うならば、ノイドの全身黒ずくめに目を丸くする者が何人かいるくらいだ。
むしろ、今回はロインの方が初めて見る者達に心奪われていた。
妖精族エルフ。ドワーフと同じ緑の瞳と少しとがった耳。髪は人間と同じ金髪の他に、人間族には無い緑や青みがかった珍しい髪色だ。水の妖精と言われる彼らは男女とも背は低く、一見少年少女に見える外見をしているがこれでも立派な成人。装備は皮製軽鎧と細身な剣と大きな弓を腰と背に装備した、戦士のような者もいれば、ローブに木製の杖を持った魔法使いのような者もいる。
そして、そんなエルフ一人の肩に腰をかけているのは妖精族スプライト。妖精族らしい瞳と耳。蝶々にも似た半透明の羽をその背に生やし、小さい身体は二十数センチ程度の大きさ。魔法で枯れないようにしてあるのか、花びらと葉で作られたドレスを着ていて、その姿は可愛くも愛らしい女の子のような姿、そして声だが、ゴーダンから聞いた限りこの小さき風の妖精に性別は無く、数百年から千年に一度だけ単身で自分の分身体を生む。また幻魔族さえも遥かに凌駕する魔法能力を持っているらしく、幻魔のような信仰系魔法は使えないが、精霊系魔法に関しては優れた力を有し、また生まれた時から精霊召喚が可能である為、その愛らしさとは裏腹に『現在』では妖精族最強とも言われている。
とは言えジロジロ見られて嫌な経験をしたロインは、出来る限り注目しないようにしつつ大通りを進んでいく。その時、後方から二十人の重騎兵が少し早足気味に二人を追い越していく。
馬もその上に跨った者達も真っ白純白の鎧、サーファン国とは造形がまた一味違う鎧だ。直接見た視覚からでは分からなかったが、千里視で見ると馬用の鎧とは別に、馬の両肩に計二つ、丸みを帯びた逆三角形型の盾も取り付けられている。騎乗中状況に応じて左右どちらからでも盾が使用可能なようにしている。
ただ、防具そのものは二十騎全員が同じではあったが、武器は統一されていなかった。
半数近くは長剣だが、ある者は無数のトゲが付いた巨大な鉄鎚を。ある者は半月のような刃とつるはしのような突起を左右に持つ戦斧を。ある者はモウガンが持った物とよく似た槍斧を。ある者は魔法用だけではなく、打撃武器としても使用可能な重厚な金属製の杖を所持していた。
また、羽織るマントも白と黒の二色があり、その背に二人の女神を思わせるような女性の刺繍がされている事から、光と闇をイメージしているのだろう。
聖騎士。サーファン国なら魔法騎士、テンタルース国なら剣聖にあたる剣と魔法の両技術を持つ者達。
個々の力は剣聖と比べれば遥かに劣る。しかし、魔法の使い手として年々その数を減らし続ける人間族だが、この地では比較的に魔法の才を持つ者がいまだ多く生まれ、今でも五十を超える聖騎士が存在すると言う。聖騎士は教皇国、この町を守る守り手の一つ。だが気のせいか、あるいは何かあったのか、通りをやや急いで進む彼らは少し警戒、殺気立っているように感じる。
ロインは通りを歩きながら左右見まわしているが、武器、防具屋、鍛冶工房ばかりが数多く目に付く。
この中から目的の店を捜すとなると大変だが、モウガンの話からこの大通りから大きく外れた所にある武具屋と聞いていたので、ここから離れた住宅区にある可能性が高い。それはそれで探すのは大変なのだろうが、不思議な事にノイドは迷う事もなければ、人に道を尋ねる事なく最初から進むべく方向、場所を知っているかのように先頭になって歩ている。
途中、人一人がやっと通れるほどの細い道に入り、右左とズンズンと進んでいくノイドはまるで地元の人間のようだ。
「あれ? もしかして父さんはこの町に来た事があるの?」
「いや、初めてだ。だが進むべき方向、場所は間違いなくこっちであっているそうだ」
「???」
ロインは「どう言う意味?」と、首を傾げた。『あっているそうだ』、これではまるで『誰か』がノイドに進む方向を教えているように聞こえるが……。だが、千里聴で聞く限りノイドに話しかける者はいない。
また工房から出る煙でも目印にしているのかと、通りから離れた建物を探してみるも、それらしい煙、建物はいくつかあり、その一つが目的のものかどうかまるで分からない。
裏路地のような細道、階段を上がったりと入り組んだ道をノイドは進み、ロインとココはその後を黙って付いていく。二十分程度だろうか、少し高台の方に石造りの建物の中、一軒だけ木製のかなり古びた武具の店があった。
ただ魔法による保護はあるのか、木材が腐っているような形跡は無い。店の裏側に煙は出ていないが、煙突が見える事から裏側は鍛冶工房になっているのだろう。
「ここがモウガンさんが言っていたお店……」
ノイドは最初から開いた大き目の入り口をくぐって店の中に入り、ロインもそれに続く。高台にあり、日当たりの良い場所にある店だからか、古びた店内は比較的明るく薄暗いイメージは無い。
店に入って左側には武器が並べられている。広幅の剣から細身の剣、長い剣や短い剣、他にも斧、槍、杖、弓、棍棒など色々だが、装飾や素材、おそらくミスリルなのだろうが、明らかに値が張った物だろうと思われる武器は壁にかけられ、それなりの物は台や棚に陳列、中古品など持込みで売られた物、鞘の無い抜き身の剣、安物は無造作に籠の中に立てられている。
右側は逆に防具が並べられていた。人形ではないが、無数ある案山子のような物に鎧を着せて立たされており、壁全面の上部には大小様々な盾を壁に掛け、下部には棚を置いて兜、籠手、靴が並べられている。
ただ良く見れば、完成した武器と違い防具は未完成品だったり、見た目だけそれらしく見せた偽者のようだ。
武器はともかく防具は仕方がないだろう、体格は個人差があるのだ、折角機能性、値段、見た目が気に入ったのに、モウガンのように体が大きくて装備出来ませんでしたじゃ話にならない。それも理由の一つだろう、中古の防具類は無い。
中央正面にはナイフのような小さな物から、矢のように消耗品が置かれ、入ってきた二人に気が付き、顔を上げた店主が少し驚いた顔を見せていた。
そして壁中央、天井付近に話で聞いた一切装飾が施されていない一本の刀、刀身が飾られている。確かに美術品として見れば美しい輝きを放っているが、実戦用の武器としてみればどれ程の物か分からない。