69・手が出る姉と口に出す弟
「ぐへっ!」
「あぁ、兄さん……かわいそうに」
サージディスのうめき声に、サラディナは合掌し棒読みで同情した。初めから心配などしていないので、ある意味「かわいそう」は事実とも言える。
背中を強く打ちつけ、息が出来ないのか、苦しそうにうずくまっているサージディスに近づいたモウガンは「大丈夫か」と、声をかけたもののポーラのひと睨みでその身を縮込ませた。
「お前達は一体何をしている? 幻魔族と仲良くこの町に来るとは何のつもりだ? サラ、モウガン、お前達が一緒についていながら何故この馬鹿を止めなかった」
「……ごめん」
「ごめんねポーラ。私は止めたんだけど兄さん聞く耳もたないし、アニーを助けよう助けようと思ったらこうなっちゃったのよ」
モウガンは素直に頭を下げ、サラディナは反省していると言うより、どこか楽しんでいる節がある。
「ああ、知っているよ、この町のシルケイト商会関係者の護衛だったのだろう? なら仕方がない」
不機嫌だったはずのポーラは突然楽しげに、腕を組んでサラディナの言葉にうんうんと頷いていた。だが、それを聞いて納得出来ないのは、投げ飛ばされ床に叩きつけられたサージディスだ。
「ざ……けんな……知ってんなら一々なげへっ!」
「黙れ、お前は仕方ありだ」
『一々投げ飛ばすな』、サージディスの非難の声は、腕を組み、ふんぞり返り、見下したポーラに倒れたままのその顔を踏みつけられ、結局最後まで口にする事は出来なかった。
「どうせ『俺達で調べよう』と嫌がる二人を無理矢理引きずりまわしたのだろう? だが今回は特別に許してやる代わりに喋らせてやる。さぁ、調べた事、分かった事全て話せ」
「だったらこの汚ねぇ足をどけろ! これのどこが人から話を聞く態度だ! ああぁ!?」
踏みつけるポーラの足を両手で必死で持ち上げながらの威嚇に、「チッ」と軽く舌打ちしたポーラは仕方なく足を顔から離すと、サージディスの座っていた椅子を直し、ポーラが代わりに座り「さぁ話せ」と足と腕を組み睨む。
サラディナがポーラの肩に手を乗せ、その隣に立つ。その立ち姿、雰囲気は兄ではなくポーラの味方感をかもし出している。
サージディスはモウガンの手を借りて立ち上がり、ローブに付いた汚れを叩いて落としながらため息にも似た息を吐く。
「相変わらずの暴力女め。二人はこの北アティセラ東の幻魔の町の親子。なんでも武器として使える刀を作った職人、鍛冶師を探しているらしい。ちなみにその職人は俺達の武具を作ってくれた、シャンバールのドワーフの可能性が高いから会いに行くそうだ。以上」
「武器になる刀だと? それは何の冗談だ? その幻魔は芸術家でも目指しているのか?」
不思議そうに考え込んだポーラはモウガンを見た。モウガンはその視線に「サジの言っている事は本当だ」と頷き、ポーラが隣に立つサラディナに目を向ければ、同じように頷き返された。
「それとも収集家なのか? 他の鍛冶師じゃない、その鍛冶師でなくてはならない何かがあるのか? まさか美術品目的で城に……まぁ良い、捕らえて直接聞けばよかろう」
「待て待て待て! 今捕らえるって言ったか!? ここはサーファン国だぞ! 剣聖だろうがなんだろうが他国の者が、そんな勝手して許されると思ってんのか!?」
「犯罪者を捕らえるのに許す許されぬもないだろう」
「はぁ!? 犯罪者!?」
「ポーラ……何かあったの?」
二人のやり取りを楽しげに見ていたサラディナだったが、『犯罪者』と言う言葉にさすがに態度を一変させポーラに尋ねた。ポーラはさすがに、他者のいるギルドで話すのはマズイと思ったか、声を潜め呟いた。
「ああ、先程何者かが城に侵入し、逃げた」
三人は沈黙、しかし……。
(何やってんだ、あの旦那は……)
ポーラはまだ『幻魔』が城に侵入し逃げたとは言っていない。だが確証でもあるのか、彼女の中では『何者か』は『幻魔』だと確定しているようだ。
そして付き合いが短いとは言え、魔物戦や村で見せた幻魔と思えぬ身体能力を知るサージディスは、侵入した賊が二人の可能性があると信じる事が出来た。他の二人も似たような考えだった。
「なぁポーラ」
「なんだ?」
「お前はその賊の姿を見たのか?」
「見ていない」
「見てもいないのに幻魔が犯人だと?」
「百年前の事もある、私達人間の知らない魔法で侵入してきた可能性もあるだろう?」
「暗殺か……まぁお前の言いたい事も分かるが。だが幻魔については十六年前に『ユーティーさんがもう終わった』って言ってたじゃねぇか、それとも、お前は俺達を救ってくれたユーティーさんを疑うつもりか?」
「そ、それは……」
「それ、私が言ったのに……」と、サラディナの冷たい視線がサージディスに突き刺さったが、無視しポーラを睨みつける。
しかし、ポーラの態度はそこで一変していた。先程までの冷酷、最強の剣聖がまるで気の弱い女性のように足を下ろし綺麗に揃え、手で何やらごにょごにょモジモジとしつつ、また兜を脱いだモウガンのように、小声で「そりゃユーティーは恩人だし」とか「凄くやさしいし」とか自分の世界に入り、それを見たサラディナも「もう! ポーラってば可愛いなぁ」と、ポーラを抱きしめる。
もし、このまま放置していれば女二人はガールズトークで盛り上がり、サージディスの狙い通りにポーラがノイドに関わらずに済む筈だった。
だが悪い癖、余計な一言で彼の作戦はあっさりと失敗してしまった。
「……お前やっぱりまだユーティーさんを狙ってんのか? ユーティーさんにも相手を選ぶ権利があるんだ、お前もいい歳だ、いい加減諦めろぼふぇっ!」
ポーラとサラディナが同時に放った蹴りは、サージディスを見事後方に吹き飛ばしていた。サージディスは弧を描き、後ろにあったテーブルに背中から落ちる。テーブルは完全に破壊され、「ぐえっ!」と悲鳴の後、大の字でぶっ倒れた。テーブルに誰もいなかったのは幸いだった。
「余計なお世話だ。お前こそもう子供じゃないんだ、その余計な一言はいい加減やめて大人になれ」
「ポーラ! 私はポーラの味方だからね! 頑張ってね!」
「有難う、サラ」
二人は楽しげに両手で強く握手を交し、モウガンは倒れて気を失っているサージディスを介抱しつつ、「はぁ、まぁ自業自得だからな」と、大きいため息をついている。
「では私は逃げた幻魔を追いかける。サラ、そこの馬鹿は任せたぞ」
「え? 逃げたって?」
「城を出る前、見張りから連絡があってな、奴ら宿泊していた宿を後にこの町を出て行った」
「でも追いかけるって言っても……」
「何処へ向かったかはそこの馬鹿がさっき教えてくれた。それに馬ではなく徒歩だ、今から追いかけてもすぐ見つかるだろう」
ポーラは軽く手を挙げ大股で歩き出した。倒れたサージディスと傍にいるモウガンの横を通り過ぎた後、いつのまにか意識を取り戻し、天井を見つめているサージディスが「ポーラ」と呼び止めた。
「なんだ?」
「悪い事は言わない、旦那に関わるのはやめておけ」
「ほう……旦那か。随分と仲良くなったのだな」
「止めてくれ。冗談でもなんでもない、ロインの方はともかくノイドさんは関わらないで済むならその方が良い。モウガンもそう言ってるぜ」
「そうなのか? モウガン」
ポーラの威圧が多少穏やかになったが、その矛先はモウガンに移り可哀想なほど怯えていたモウガンは、消え入りそうな声で「うん」と小さく頷いた。
「そうか、検討しよう」
「ポーラ」
「サジ、いい加減に……」
「有難う」
「!?」
少し怒気の含まれたポーラの声に、ギルド内では凍りついたような静寂が一瞬包みこみそうになったが、しかし、サージディスの感謝の一言に良い意味でポーラの方が固まる。
「お前がくれた杖のおかげで俺はこうして生き延びた。悔しいがお前は恩人だ、有難う」
驚いた顔でサージディスを見るが、サージディス本人は倒れたまま天井を見つめている。
「ふぅ~」と小さく息を吐いたポーラは、倒れこんだサージディスに近寄り、そして再び踏みつけた、全力で、力を込めて。
「ふげっ!」
「人に有難うと言う時は、相手をちゃんと見て感謝しろと神父様が散々言っていただろう、馬鹿者」
「……ッ痛ってぇなコラ! 安心しろ! お前以外はちゃんと神父様の言いつけを守ってるよ! お前以外は、な!」
サージディスの上げた怒声に、ポーラは少し嬉しそうに手をひらひらさせながら受付に向かって歩き出す。
受付前まで行き、「うちの弟が色々迷惑をかけた」と、頭を下げながらの一言に、『いや、全部あなた一人でやった事ですよ』などと満場一致したツッコミを誰一人する事も出来ず、引きつった笑顔を見せる事しか出来なかった。
顔を上げたポーラは受付職員のふりをした兵士に、「壊したテーブル代だ」と金貨を数枚を渡し「ありのまま報告してくれ」と伝えると、兵士は綺麗な直立のポーズをとる。
外に出て剣を背負い直し、再び馬に乗ったポーラは門に向け走らせた。