68・前門の虎、後門の狼
「父さん今の人、忍術、魔法に気が付いたの? それとも消した気配に気が付いたの?」
「さぁ、少なくとも私とお前の千里視と千里聴に反応しているそぶりは見せてはいない。だがもし気配でこちらに気が付いたのなら、あれは上忍どころか十人衆にも並ぶ使い手……になるな」
「十人衆って父さんと互角の実力者って事? 嘘でしょ」
ロインは驚きながらも、その身もこなしは軽やかだ。進む方向は違うとも、同じ方法で監視者であろう者達の目をかいくぐり、第三町にある宿に向かって移動していた。
光を利用した連絡方法は一方通行なのか、城とは違い町ではまだ賊を捕らえようとする動く者はおらず、また城に向かっている時点で、町全体に配置された監視者の場所はおおよそ把握している為に、行きよりも帰りは簡単だった。
大通りを馬で走るより早く宿にたどり着いた二人は、誰も止まっていない三階客室の窓枠にぶら下がり、音も無く窓を開け中に入ると、部屋の外、廊下に誰もいない事を確認する。ロインが廊下に出て、自分達が借りている部屋のドアノブに手をかけると、既に鍵は開けられているようでドアノブは簡単に回り扉はスッと開く。
中に入るとロインの目の前にノイドが立っていた。もちろんロインが今出てきた部屋からも、先程まで一緒に城から帰ってきたノイドが出てくる。前門の虎、後門の狼、そんな状況ではあったがロインは気にせず、狼と共に部屋に入り扉を閉めた。
「ココ、元の姿……じゃないや、普通の狐に戻っていいよ」
ロインが最初から部屋にいた嬉しそうにしているノイドに声を掛けると、突如真っ赤に燃え盛る炎に包まれ、炎が消えると普通の狐がちょこんとお座りしていた。
「ちゃんと教えたとおりに出来たかい? そっかそっか~よく出来たねココ~」
撫でたり頬ずりしたりとココを褒めるロインに、嬉しそうに応えるココ。別にココの言う事が分かっていたわけではないが、間違いなく成功するだろうとロインには自信と確信があった。
ロインがココに『何をさせたのか』、それを知るノイドは顔に巻いた黒い布を解きつつ、「あんな事させても成功するとは思えないが」と呆れた声が漏れた。
「いやいや、そんな事ないよ、父さんはもう少し女性に好かれる、かっこいい外見をしているって自覚すべきだ。作りじゃなく本当に笑った時の父さんは、近所の女性陣にはなかなかの好評だよ。実際、母さんがいなきゃ自分から攻めてたって言う人結構いるし」
「理解不能だな。そんな事より急げ、早く着替えろ。間違いなく追っ手、あの女がここに来るだろう。忍び装束でなくとも貰った服でまともに動けるよう、戦えるよう早く慣れておけ」
「は~い」
普段のロインには珍しい、のんびりとした返事が返され、立ち上がったロインは装束を脱ぎ始めた。
「あ、あの~……何かこちらに不手際がございましたでしょうか?」
「いえ、もとより少し休憩、仮眠をとった後この町を出るつもりでした、大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。なら良いのですが……」
ノイドの笑顔に女性従業員に扮する兵士はホッと安心した顔を見せた。ただ、ノイドの後ろで「あれ?」とか「おかしいな~」とか、ロインが独り言をブツブツと呟いている姿は兵士にとっては謎ではあったが。
「さぁ行くぞロイン」
「ん~ん~」
「またのご利用お待ちしております」
よくある言葉を聞きながら二人と一匹は宿を出る。
町の入り口である正門に向けて歩きながら、ロインは「父さんを見て絶対に照れたり、何か反応を見せると思ったのに……」となにやら納得できないと唸っている。
「ロイン」
「……何、父さん」
余程気になるのか、ノイドの呼びかけに上の空で答えるロインに、思いついた事、気づいた事を口に出す。
「お前がココにさせた事は確かに成功したのだろうが、それは恐らく『私』だったからではなくココだから、『神獣の力』で成功したのではないか?」
「……あ」
ココは『ただ言われた事を実行しただけ、神獣の力を使って』、その可能性にたどり着いたロインはココを見て、「そう言う事か」とがっくりと肩を落とした。
第一町の下り坂を緩やかとはいえ、人がいない事を良い事にポーラは少し黒めの栗色の馬をかなりの速さで走らせていた。大剣は背中に背負い、鞘に取り付けた皮製のベルトで固定している。
第一町と第二町を繋ぐ門を止まらず走り抜けた為、若干門兵達の間で騒ぎが起きたものの、すぐにその正体に気が付き大騒ぎにはならなかった。
そして第三町正門から町の外まで走り抜けると思われた馬は、しかし、その速度を落とし第二町にある傭兵ギルド前で止めた。
「赤い髪の魔法使い……か」
ギルド用の馬小屋まで行かず、馬から降りたポーラは大剣を地面に深く突き刺し、引き綱を大剣に括りつける。
扉を開き中に入ると喧騒がポーラを包むと思われたが、意外と静かだった。
この町にはギルドがもう一つあるせいなのか、それとも陽も暮れかなりの時間が経っていたからか、思っていたより人の数は少ない。
左に目を向ければ明日の仕事用だろうか、何か良い依頼がないか何人かが掲示板を睨んでいる。
中央に見れば受付、しかし、この時間帯に働く女性も少ないのか、五人のうち三人はガタイの良い男性の受付だ。
明らかに空いている筈なのに、意地でも二人の女性の前に並んでいるのは男のサガか。もっとも受付男性のひと睨みで、泣く泣く男性側に移っていたが。
右に目を向ければいくつかのチームがテーブルを囲んでいる。
ポーラは一番奥にいる三人組の一人、兜を脱いで食後の酒を軽く飲んでいたモウガンと目が合い、大股でそちらに歩みを進めた。この時、ポーラに気が付いたギルド関係者や、他の傭兵達がポーラを注目したがポーラの正体を知っているのか、彼らの目には半分は驚きだが、もう半分は尊敬や憧れの光があった。
「……あ」と、モウガンが少し驚いた声を一つ漏らすと、サラディナが「どうしたの?」と聞き、モウガンの視線を追いかけるとやはり「……あ」と、こちらはモウガンとは違い少し嬉しそうな感情が含まれている。
「ん? どうしたサラ、モウガン」
サラディナ同様サージディスも聞きつつ、二人の視線を追いかけ後ろを振り返る。と、同時に胸倉を掴まれたサージディスは軽々と持ち上げられた。座っていた椅子は倒れ、持っていたお酒が入ったコップを落とし、残りを床にぶちまけてしまっていた。
二人はもちろん、見ていた周りの者達も口を大きく開けて呆然と成り行きを見守っている。
「ちょ!……って、ポーラ!? てめぇ! 何しやがる!」
自分を掴み、他の男性と比べれば体重が軽いとは言え、女の細腕で軽々と持ち上げるポーラの右手を引き剥がそうとする。しかし……。
「何を、だと?……それはこちらの台詞だ!」
その叫びと同時にポーラは更に高く持ち上げ、まるで背負い投げのように後方の床に叩き付けた。
前方に叩き付けなかったのはテーブルを破壊してしまう為、サラディナとモウガンにも被害が及ぶ為。