6・魔物
―ドンドン、ドンドン―
客人なのか、開いた窓からと階下から誰かがドアを叩く音が聞こえてきた。
(ん?誰かこのうちに来たのか?こんな夜分に?いや、これだけ明かりがあれば寝静まるのも遅くなるも道理か・・・風遁、千里聴)
ふと気になって聞き耳を立てる。
(あらラーク、どうしたの?)
(アイルこんな遅くにすまない、レネ君はまだ起きているか?)
(ええ、お茶を飲んで休んでるわ。ちょっと呼んでくるから待ってて)
(ああ頼む)
(・・・・・・・・・)
(レネ、ラークよ。ちょっと急いでる感じだから出たかも)
(分かった、お母さんはワンドとローブを出して)
(・・・・・・・・・)
(どうしました?ラークさん。何かあったんですか?)
(ああ、レネ君こんな時間にすまないな。実は少し厄介ごとがあってね、魔物が出た)
(!!!、相手と数は?もしかして街の中に出てきたの?)
(いや、外だ、町を出て北に、街道すぐそばに緩やかに高くなっている高台があるだろ?そこに確認された。ただ数は1、出たのはおそらくデュラハンだ)
(デュラハンか・・・確認されてる普通の魔物としては最高位の魔物、チームを組んでなら何度か討伐経験はあるけど私一人だと・・・とりあえず準備をしますのでそこまで案内してください、倒すべきか放置しても大丈夫か確認します)
(分かった頼む、外で待っているよ)
(魔物?でゅらはん?ふむ・・・魔物、討伐か・・・らしくないがモヤモヤしたこの気分の憂さ晴らしに利用させてもらうか。まっ、どれ程の魔物か分からないが倒せそうになければ足で逃げればよいか。体もまったく動かしてないんだ、傷が癒えたこの体の体調の確認に良いかもしれん)
幻十朗は自分の刀と脇差を腰に挿しクナイを五本懐に、部屋から出ようとドアノブに手を触れふと才蔵を見た。
一瞬だけ考え才蔵、いや子狐に近づきだがその気配を受けすぐに子狐はムクリと起き上がり幻十朗に目を向けた。
「九尾の狐よ、私は魔物の確認をしてくる。場合によっては戦うつもりだ。その間才蔵様を守ってほしい」
普通に考えればおかしなお願いだが受け入れられると思った。
そしてそれは事実のように子狐はまるで『まかせろ』と言わんばかりに胸を張って尻尾をゆらしていた。
部屋を出て1階に下りるとちょうど準備が終わり着替えたレネがいた。
服の上に羽織った緑色の花の刺繍がされた青いローブ。
手には武器であろう木製の短杖、その上に羽を広げた小さな鳥が彫られており嘴に小さな青白い水晶を咥えたワンドと呼ばれる短い杖の具合を確認をしていた。
「アイル殿、レネ殿、何かあったのですか?」
「えぇ、どうやら町の外に魔物が出たらしくて確認しようと・・・あなたはどうしたんですか?剣なんて持って」
「私は普段鍛錬をかねて毎日素振りをしているのですがずっと眠っていては体が訛ってしまいそうなので少し素振りをと思いまして。それにして魔物ですか?もしよろしければお手伝いしましょうか?これでも里の中では一番の剣の使い手なんですよ」
知っていてしれっと嘘を、知らないふりをする、もっとも鍛錬に素振りや一番の剣の使い手なのは事実だが。
「いえ!魔法で治療したとはいえ無理をなさらないで。それに確認された魔物は何度か倒したこともありますし危険な場所でなければ今回は倒さずに放置するつもりでしたから」
「そうですか?もしよろしければ遠くからでも構わないのでご一緒しても?」
「そうですね・・・下手に近づかなければ・・・良いよね?お母さん」
「私は現役でも元でも傭兵でも冒険者でもないから魔物の事はよく判らないけどあなたが良いのなら良いんじゃない?」
「そ、そうね!それじゃ一緒に行きましょう!」
「はい、ありがとうございます」
「私はその間赤ちゃんを見ているわね」
「ええ、お願いします」
何故か『一人で魔物の討伐』って話なので本当は寂しく、幻十朗が来る事が心強かったのかもしれない、若干嬉しそうに玄関を開け二人で外に出ると待っていた30歳くらいの男、ラークと呼ばれた男か、幻十朗を見て驚いた。
「ん?あんたもしかして昨日の・・・もう大丈夫なのかい?」
「はい、レネ殿のおかげで。私は剣が使えますので手伝おうかと思ったのですが今回は遠くから見させていただく事に」
「そうか、まあいい、レネ君急ごう」
「はい!」
道に馬を二頭連れたラークより少し若いくらいの男がいた。一瞬幻十朗をチラっと見てすぐに聞きたそうにラークを見た。
「彼は昨日見つけた例の・・・剣が使えるらしい」
「そうか!二人以上まともに戦える者がいるのはありがたい!なら二人で分かれて馬を使おう。あんた馬は?」
「大丈夫だ、幼少の頃よりよく乗っているし世話もしていた」
「ならレネ君と一緒に、俺らが先行する」
「分かった」
「え?え?待って、彼は・・・」
少々勘違いがあるものの幻十朗にとってはトントン拍子に事が運びこの流れに感謝した。
幻十朗は馬にまたがりレネに手を伸ばした。
「言いたい事は分かりますが今は急いでいるのでしょ?私もあの子を残して無茶をしようとは思っていませんから安心して、さあ」
「はっはい!」
レネは幻十朗の後ろに乗り腰に手を回す。
それを確認してから二人の男は先行して走り出し幻十朗もそれに続く。
町の中の為速度は上げられないが普通に走るよりはるかに早い、と言っても幻十朗から見れば自分で走る方が速かった程度。
幻十朗は気になる事があった為馬を操りながらレネに声をかけた。
「レネ殿、気のせいか何やらあなた一人だけが戦うような話になっていますが彼らや他に魔物と戦える者はいないのですか?」
「いない訳ではないのですが・・・私たち幻魔族は基本魔法だけで剣や盾とか戦士として武具を使えるものが元々少なく今はこの町にはいないのです。唯一使える方は元々他所から来た方お一人だけなので・・・」
「そうでしたか。ではレネ殿はそんな武器を使わなくても魔物と戦えるほど強いのですね」
「い、いえ!私が強いのではなく精霊がとても強いので」
「そうでしたか・・・」
(精霊?また何やら新しいのが出てきたが、この町で飼ってる忍犬のような動物か、それとも兵器か何かか?)
分からなかったが魔物が出てくれば分かるだろうとそれ以上聞かなかった。
それから大通りに出て速度を上げ3分ほど走らせただろうか町を囲む高さ5メートルくらいの石壁が見えてきた。
(ほう、里と比べると遥かに大きく優れた塀じゃないか。里もここまで立派なら逃げる必要など無かったんだが・・・もっとも目立ちすぎて隠れ里にはならんか)と幻十朗は思いながら開いた門に近づく。
門には10人程の男達がいた。
二頭の馬が近づくと幻十朗の姿に気づきやはり先ほどのやり取りが繰り返された。
「あれだよ、街道の手前、青い火がふわふわ飛んでるだろ?。幸い確認されてからほとんど動いていない。まだ十分距離があるとは言えいつ町の方に動き出すか・・・レネ君どうする?」
相談されたレネは魔物がいるらしい場所を見つめ考えている。
幻十朗は優れた視力と夜目の効く目でそれらしい存在を見つめた。
それは全身闇のような漆黒で身を固めた存在。
巨大な黒い槍を持ち腰にも巨大な黒い剣をぶら下げ重圧な黒い鎧を纏って黒馬に跨った騎士だ。
馬も騎士に負けない『本当に走れるのか?』と思わせる黒い鎧を着せられていた。
それだけなら何処かの国の騎士がそこに一人佇んでいるだけと思うのだが騎士には首がなく馬さえも首の無かった。
いや、よく見れば目印となる青い光こそが騎士の首、騎士の周りを青く燃えてる頭蓋骨がゆらゆらと浮かんでいた。
(これは・・・確かに本物の魔物、首なし、騎兵、これに似たような妖怪はいなかっただろうか・・・)そんな事を幻十朗が考えているとレナは首を横に振った。
「明日父が、護衛のみんなも帰ってくるからできれば『明日一緒に討伐』と考えていましたがこれはちょっと町に近すぎます。父たちも帰ってきた時に鉢合わせですしこのままの放置は不味いかもしれません」
「だったらこっちにおびき出して門を閉じたらどうだ?羽のある魔物ではないし飛んで町に入ってくる事はないんだ。明日賢者が帰ってくるまで待ってれば帰ってきたときに賢者も町が攻撃を受けていると気づくし魔物もそっちにいく。それに合わせれば前と後ろから挟み撃ちできるだろ?」
「デュラハンの恐ろしさはあの大きな槍と馬の突進力から生まれる、盾さえも壊す破壊力と私たちより力のある人間族ですら両手で使う両手剣を片手で軽々と振るうその豪腕。石の壁の方はまだしも木で出来た門なら簡単に破壊してきます。」
レネの言葉に男たちは顔を青ざめさせた。
幻十朗から見ると正直男たちはレネよりたよりなく体が細く弱く見えた。
唯一異質なのが顔や腕に赤い炎のような、あるいはアイルと同じような緑の植物のような刺青があるぐらいか。
しかもほのかに光っているのが夜の為よく分かる。
再び魔物に目を向けるも正直どれ程の強さか分からなかった。
直接剣を交えれば、あるいはもう少し近づけば分かるだろうが。
(どうする、いっそうの事疾風迅雷であれの元まで一気に駆け抜けて一撃入れてみるか?)
そんな物騒な事を考えているとレネが前に出た。
「仕方ありません、あえてこちらにおびき寄せましょ。勿論うまく門から離れて壁の方に誘導しますので皆さんは壁の上から魔法と弓で援護していただけますか?」
「解かった、しかし君は大丈夫なのか?援護と言っても俺たちは実戦経験はそれ程でもない、もし君に当たったら・・・」
「大丈夫です。精霊が守ってくれますので」
そうニコリと笑顔で返し魔物の方に歩き始めた。
足取りはしっかりしている、怯えもない。
様子見だと幻十朗はレネを見つめた。
大体半分くらいまで歩いただろうかレネに変化が起きた。