66・王城潜入
第三町の大通り、正門近くにあった宿屋の一つ。宿屋そのものは三階建てと今までよりも大きい宿だったが、敷地内にレティーフルと同じような動物用の小屋が見えた為に入った所、思ったとおり一人~二人用に作られた宿だった。
部屋まで案内された二人と一匹は食事は断り、荷物をベットに置き椅子に座るとロインはホッと息をつき、そしてロインの足元に座ったココの頭を撫でながら「まさか本当に誰もココに気が付く人がいないなんて……」と、ロインはココの首に巻いた風呂敷を外し、風呂敷に包まれた火薬の入った木箱を取り出し驚きの顔を見せた。
「九尾ではなくただの狐に化けてから気配が希薄になった。ゆえに初めて会った人間は、こちらが伝えるまでココの存在に気が付かない者ばかりだった。もしやと思って確かめてはみたがこれ程まで気が付かないものか。もっともモウガン殿のように一度でも気付き、認識すればこれは当てはまらないようだが。それよりもこれから下調べもしていない状況で、いかにして城に潜入し、この国の王と直接会うにはどうすればよいか。十六年前、実際に何が起きたのか、下の者に真実を伝えていられていないのなら、上にいる大本に直接聴ければいいのだが……」
(私の隠密など十人衆どころか上忍にも劣ると言っていい。ならば今後、いや、今から行う危険行動はたとえ神獣といえども、使えるものは利用すべきだ。さて、この最強の手札をどう使う)
ノイドは椅子に座り、顎をさすりながらココを見つめ、どう神獣を利用するか、監視者達をどう欺くか、ほぼ情報が無い状況でどう生かすか、頭脳をフル回転させ作戦を組み上げていった。
ココを撫でつつ、再び無表情になっている考え込むノイドをロインが待っていると、作戦が決まったのか、ノイドの目に光が戻り、しかし、視線はココに残したまま指示を出す。
「ロイン、折角新しい服を貰ったが忍び装束に着替えろ」
「はい」
「それと私が準備している間、お前にはココに試してもらいたい事がある」
ロインはフードとマフラーで、ノイドは黒い布で頭と顔を完全に隠し、闇に溶け込むように移動していた。目の部分が僅かに開いてはいるが、本当に見えているのか怪しくはある。が、千里視の前に見えようが見えまいが二人には些細な事だ。
ロインを先頭に、闇と建物の影を隠れ蓑に、二人は監視者達の目を掻い潜りながら第一町、頂上に建つ王城を目指していた。と言っても一直線に建物の上を突っ切るのではなく、監視者のいない道や建物を、また屋上など高い場所に配置された者からには見えないように大回りになる道順で走ったり、止まったり、歩いたりと繰り返していた。もちろん見つかれば大事件、折角小さくなりつつあった幻魔族と人間族の間にある溝が、再び深くなる事は確実だ。
しかし、先導するロインに迷いは無く身の軽さを見せた。山と違い足場がしっかりしている町の中では、動体視力強化よりも脚力強化は驚くほど効果があった。更に精霊強化魔法によって疾風迅雷の効果も上がっていて、今のロインにとっては走っているというより飛んでいる感覚に近い。
ただ、調子に乗り一気に三階建ての屋上まで一足で跳んだ時、脚力強化をかけていないノイドを思い出し確認したが、離される事なくあっさり付いてくる父親にホッとしつつも、強化されている自分と大差ない、あるいは未だ父が自分よりはるか高みにいる事を知った。
第二町への壁の前まで近づくと条件の良い建物を見つけだし、その屋上で止まり屈みこむとその隣にノイドが並び同じように屈む。
千里視で壁の上にいる兵士を確認するが、町と町の間にある壁のせいか警備の数は極めて少ない。
ロインは腰から黒くて太く短い紐が括られた一本のクナイを取り出し『風遁、刃』をかける。
ロインがアニーから貰った服と杖とは別に、ノイドはシルケイト商会からある魔具の一つを購入していた。
魔法の紐、クナイに括りつけられた紐で元の長さは十センチ程度で成人男性の小指ほどの太さでしかない。ただ魔法の紐と言われるだけあってそれは伸縮自在で何処までも長く伸ばせ、また魔法効果で刃物でも簡単に切れる事は無い。
とは言えこの紐には欠点があった。元々魔具とは魔法が使えない者が中心に使う為の魔法の道具だが、伸縮させるのに、切れないよう強度を上げる為にその都度マナを必要としていた。つまりはこの紐は魔法の使えない人間用ではなく、魔法士や魔法使い専用の紐であった。
紐を指で挟んだまま壁に向けて投げると、クナイはやや上方の壁に突き刺さる。
ロインは少しだけ後ろに下がり、簡単な助走で跳ぶと僅かに壁から生えているクナイに足を着いて、一気に壁の上まで跳ぶ。
音も気配も消し、壁の上に着地すると手にある紐を一気に縮めた。ただそれよりも早くノイドも同じようにクナイを足場にロインの傍に着地すると、遅れて一度空に上がったクナイがロインに向けて飛んでくる。飛んで来たクナイをキャッチすると、その手には再び短い紐がついたクナイが収まっていた。
腰にクナイを戻し、ロインが第二町の中に飛び込むとノイドもそれに続く。二人は第二町の闇に紛れ消えた。
第二町でも第三町と同じように闇と建物を利用し、監視者、と言うより人の目に入らぬよう進んでいく。
壁越えも同じ方法で飛び越え、アニー達と来た第一町に到着した。
第一町は緩やかな斜面に民家が建ち並ぶ町並みではあったが、とくに移動に問題が生じる事は無く、建物の死角と闇に隠れ城のすぐ傍まで来ていた。
城を囲む壁は町の壁と大差は無い。違うとすれば警備の数。
建物の影に身を潜め千里視で暫く確認をしていたが、衛兵は一定の間隔で配置され、城壁の外側と内側を睨みつけ警戒している。また二人一組で槍と弓、完全武装で巡回をしている騎士も何組かいて、回廊中央をゆっくりと歩き左右を確認するその姿は、城壁の上で問題なく警備されているか警戒しているように見える。
二人は三階建ての建物の屋上に移動し身を小さくすると衛兵の反応を確認する。上では特に二人に気付く者もおらず、慌ただしく騒ぐ者はない。夜目が利くのかは不明だが、壁の上で警備している兵士は上ばかり見て、眼下の町はほとんど見ていないようだ。
彼らが一番警戒しているのは、進入する賊、人間や他の種族ではなく、上空から襲撃してくる翼の生えた魔獣や魔物と言えよう。
ロインは「風遁、刃」を二本の紐の付いたクナイにかけて投げると、真ん中あたりに一本、更に上の方に一本無事に刺さっていた。
脚力強化の魔法を受け、それと同時にノイドは壁に向かって跳ぶと、真ん中あたりに刺さったクナイを足場に、更に真上に蹴り上がると上のクナイを足場に更に上を目指す。ノイドは上まで上がらず、鋸壁、でこぼこ状の低い方のふちに指一本でぶら下がり千里視と千里聴をかけ直す。下を見れば伸びた紐を縮めてクナイを回収するロインの姿が見える。
通り過ぎる騎士を待ち、過ぎてから壁を蹴り音も無く巡回する騎士の真後ろを、ノイドはまるで三人目の巡回兵のように、離れず騎士の後ろにぴったりと付いて歩く。時折篝火が黒ずくめのノイドを照らすが、前を歩く二人の騎士はおろか、外側上空を睨むように警戒する兵士、内側城内の庭を警戒し見つめる兵士、誰一人として気が付く者はいなかった。
(さて、問題はここからだ。本来、潜入の類は下忍によって城内の見取り図や警備状況、そして今、王が何処にいるのか、何処に何があるのか、罠、抜け道など細かく下調べがあるのだが……今回は一つずつ手探りで調べるしかない)
確実にいるであろう王を守る者、腕の立つ近衛騎士や魔法士には細心の注意を払いつつ、目と耳となる風は城内に入るべく、ゆっくりと城に、触手のように伸ばされていく。