64・王都スカーチア
王都スカーチア。上からこの町の規模は分かってはいたが、改めて目前にして見てもその巨大さが良く分かる。
カザカルスと同じ程度の壁ではあるが、これは三つ目の町壁。これと同等の壁があと二つ、更に城壁まであると考えればこの町、この国の強固、堅牢さは相当のものだろう。
ただその堅牢さも人、国家に対しては最高の防衛能力を発揮出来るかもしれないが、飛空能力を持つ存在や、出現場所も時間も不確定、稀に内部から出現する魔物に対しては無意味なのかもしれないが。
また正面にある門は高さ五メートル幅六メートルと巨大な一枚扉で、左右に開く扉ではなく上部までせり上がっていた。このスカーチアでは落とし格子のような上下する門が据え付けられていて、知らないと扉の向こうで大勢の人が鎖を引っ張っているのかと思われがちだが、魔獣石を原動力とした魔法の門だと、昔テノアでドワーフのゴーダンからロイン達は聞いている。
門前には小さな川が流れているが、馬車が4台以上すれ違っても余裕のある幅の広い石橋が架かっている。
王都、この国の中心の町だけあって人の出入りは多いので、橋の手前から列が出来ており、ロイン達はその列に並んだ。
並んでいた時、一度だけ少し早い速度で、荷馬車が横を通り過ぎて止まる事無く町の中へと消えた。どうやら怪我をした兵士が複数乗っているのが見えた。違う場所で魔物と戦って傷ついたらしい。
もちろん待っている間、自分達幻魔の事や何か役に立つ情報が無いか、並んでいた者たちの会話を盗み聞きしていたが、ほとんどはカザカルスと似たような反応をしていた、一部を除いては。
(おい、あの馬に乗ってる奴、幻魔だ)
(後ろの馬車にももう一人幻魔がいるぞ)
(後ろの赤い髪の人って、東アティセラの人よね?)
(あいつら、最近スカーチアからカザカルス周辺で活躍してたチームじゃねぇか)
(なんで黒一色みたいな怪しいかっこしてるのかしら?)
(また戦争なんて起きないわよね?)
(起きないさ、いまや魔法の道具に使われる魔獣石はほとんどが幻魔族から流れてる石だからね)
(サジ、俺達のチームに誘っても入ってくれなかったのに、なんで幻魔と一緒にいるんだよ)
(東の連中は妖精族や幻魔族とは仲が良いって聞いたが本当みたいだな)
魔法使いであり、そして東アティセラ特有の赤髪というのは有名になるらしい。並んでいる、いかにも傭兵である者達はサージディス達の事をよく知るものは多い。しかも親しい関係なのか、サージディスの名前を知る者や、チームに誘った者もいるようだ。もっとも、滅びつつある魔法の資質を持つ人間族の話を聞いた後では、ただ有名なだけで相手が一方的に知っていて、サージディス本人は全く知らない、覚えていない可能性もあるが。
そして初めて、幻魔の姿を再確認した門兵達が門の向こう側で、少々慌ただしく動く気配、声が微かに聞こえた。ロインは弱くなっている千里聴を門に集中させる。
(馬……用意しろ)
(……連絡……カザカルス……二人の幻魔族です)
(レティ……帰らず王都にまで来るなんて)
(班長お待ちを)
(どうした?)
(あの馬車はもしかすると、シルケイト商会の馬車ではありませんか?)
(もしかすると魔獣石の取引に関する事柄で参ったのではないでしょうか?)
(分からん。分からんがやる事は決まっている。この事を兵士長に連絡、急げ!)
(ハイ!)
(それと契約の腕輪は幻魔だけは、『犯罪行為の禁止』ではなく『魔法および武具での戦闘行為の禁止』だ。幻魔が何かを企んでいるなら自由にやらせろ、あくまで向こうが何か行動を起こした時のみ捕らえる。間違えるなよ)
(了解しました)
(警戒されてる、これが普通だよな。それだけレティーフルが異常な状態だったんだろうけど。それにしてもわざと泳がせて、か……あとで父さんに言っておくか)
声に出さず内心そんな事を考えていると、前にいた農作業の為に町の外に出ていたと思われる、数人の農民が許可をもらい入っていく。時間にして十五分ほどだろうか、並んでいた数の割りに早く順番が回ってきた。
レティーフルの時と同じく、アニーが馬車から降りて説明をする。門兵はロインとノイドに目を向けつつ大きく頷くと二人の兵が歩いてきた。サージディスを先に下ろした後、馬をサージディスの手に預け、ロインは御者台から降りたノイドと並ぶと、やはりと言うべきか、門兵は二人の前で止まった。
「ようこそ、スカーチアへ。彼女から御二人が護衛者としてこの町に来られたと聞いております。ですが町に入られる前に、いくつかの調査が必要なのですが宜しいですか?」
「かいませんよ。カザカルスでやった事と同じようなものでしたら、荷物検査も契約の腕輪も協力するつもりです。問題ありません」
「それは話が早い。では御二人とも、検査を行いたいのでそこの詰め所に入ってください」
門兵の問いに応えたノイドの答えに安心したのか、ホッとした顔を見せ、一人が後をついてくるよう詰め所に足を向ける。残った一人は傭兵三人を確認後、馬と馬車を町の中に入るよう指示をしたが馬を引くサージディスはともかく、御者台に残されたモウガンは何も出来ず、仕方なく門兵が馬車を動かしていた。
詰め所と呼ばれる建物は門の手前右側に建っていた。
中は休憩も兼ねている場所で、椅子や大きめの机があるのだがそのせいでそれ程広くは無い。だが門兵達とロインとノイドが入っても窮屈さは無い。
おおよその流れは分かっているので荷物を机に広げ、剣、刀、クナイと武器も出していく。調べ方も話の内容もカザカルスと大差なく、ここでもゴーダンの剣だけ抜いて調べるも、刀に警戒するそぶりを見せない。
『刀は美術品、そう思ってるんだろうけど、もしかすると幻魔は武器をまともに使えない、なんて事も思ってるのからそこまで警戒していないのかもしれないな』
ロインが手際よく調べていく門兵の作業を見つつそんな事を考えていると、壁側の扉から腕輪を持った門兵が一人部屋に入ってくる。その手には二つの腕輪が握られており、金額も契約内容もカザカルスとほぼ同じでとどこおりなく終わった。
「お疲れ様でした。もう一度確認しますが、残りの二つの壁は自由に行き来出来ます。ですがその腕輪で城門、城に入ることは出来ませんのでご注意ください」
「分かりました、ありがとう」
「ありがとうございます」
詰め所を出た二人は詰め所入り口の外で待っていたココと並び、門を潜ると止まっていたアニーの馬車、サージディスと合流した。もちろん、念の為に千里聴をかけ直すことは忘れない。連続使用は多少の疲労があるので千里視は使わずにいたが、ノイドにいたってはどちらもかけ直さない。町の中で何かしら危険、厄介ごとが舞い込んだとしても対処出来る自信、力量があるゆえか。
「それでは行きましょう。家は第一スカーチアにあります、もう少しだけ護衛をお願いできますか?」
「ええ、もちろん」
アニーの願いにノイドは当然と頷いた。
まず城や斜面にあるのが第一町、麓の周りにあるのが第二町、第二の南側が第三町と呼ばれている。
第一町はほぼ昔からある住宅区と商業区のみだが、第二町と第三町は農民を呼び作られた町だけあって、全体の四割から五割が農業区になっていた。
作りとしては第二町と第三町は中央に大通り、商業区があり、大通りから離れていくと住宅区が、西と東の壁際付近に農業区が作られている。
第一町も農業区が無いだけで、平地に近い麓と中央の大通りに商業区、大通りから離れた奥が住宅区だ。
尚、この町に新旧の傭兵ギルドが第二と第三と二つあり、この町を本拠地、在住している傭兵は第二町にある旧傭兵ギルドに、サージディス達のように他所からの傭兵は第三町にある新傭兵ギルドを利用している。
昔は第一町にも傭兵ギルドはあったが、第三町にまで作られるとその利用頻度の低さから第二町に吸収されてしまっていた。
町の地理は単純で、第三町にある門から第二町、第一町、そして王城まで大通りが北一直線に続いているので、迷う事無く第一町に行く事が出来る。
ロインとノイドは大通りを通る他の馬や馬車、出歩く人々に注意しながらゆっくり進み、およそ三十分程度で第一町の門までたどり着いた。
そこから城に続く坂道には上らず、壁に沿って東に進み五分とかからずアニーの家、店にたどり着く。
道に面した4階建ての建物がお店、なんでも南アティセラから来た様式らしく、食糧、衣料、雑貨、武具類が階違いで販売されている。
その裏手にアニーの自宅があり、ロインとノイドは通りから店の横にある道に入っていくと、店の裏に二階建ての、商人の家と言うだけあってそれなりに裕福、大きいレンガ造りの一軒家が建っている。
家と同じ、人の高さほどのレンガの塀に囲まれていて、ちょうど門が開いていた為そのまま家の前に馬と馬車を停めた。
アニーが馬車から降りている時、家から背が高く恰幅の良い大柄な女性と、その女性とは真逆の背が低い小柄な女性が出てきてアニーを出迎えた。