63・詠唱と収穫祭
「でも正直、サジさんの魔法も凄かったですよ。父さんも言っていたけど精霊召喚を除けば、今まで見た忍術の中でも一、二を争う魔法だったって」
「幻魔にそう言ってもらえるとはねぇ。正直本物の魔法なんて偉そうな事言ったが俺達人間もとっくに失われつつあるんだよな」
「え?、でも幻魔と違ってモウガンさんみたいな盾になってくれる人がいるから、時間稼ぎは可能じゃないんですか?」
そう、幻魔族は身体的な弱さが原因で戦闘になった場合、近づかれる前に素早く魔法を使う必要があるからこそ詠唱を捨てたはず。
人間が詠唱を捨てる必要は無いはずだが……。
「盾になってくれる奴がいても魔法を伝承する者がもういないのさ」
「それって俺達幻魔のように、知っている人、教えられる人がいないって事ですか?」
「そうだ」と、サージディスは頷き、人間族の現状を語り始める。
「昔、人間同士の争いが無くなった直後、二百年前の記録だと、およそ十人に一人以上は魔法が使える者は生まれていたんだ。ところがおよそ百年、幻魔族と争いが起こる前には五十人に一人以下までに減ってしまった。そして十年前の調査では数百人……二、三百人に一人いるかどうかくらいまで激減していたらしい。ただ、これはテンタルース国での話しで、このサーファン国はもっと少ないんじゃないかと聞いている。さすがに西アティセラや東アティセラはどうなのかは知らないがな」
「そんなに少ないんだ」
「ああ。おかげで俺がよその町に行くと歓迎はされるんだが、そこから別の町に行こうとすると何かと理由をつけて引き止められるよ。俺としては俺個人じゃなく、サラとモウガン、チームとして引き止めてくれると嬉しいんだがな」
サージディスはそう言ってどこか困ったように笑った。
「確かにサラさんとモウガンさんがいないと、暴走するサジさんを引き止められる人がいないもんね」
「そうそう、暴走とこの赤い髪のせいで火の玉魔法使いって言われて……って、言われてねぇよ!」
サージディスはロインの冗談に乗りつつ、更に一人ボケ一人ツッコミに二人は声を合わせ笑う。
「そんな環境でアレだけの魔法が使えるなんて、サジさんも良い師に恵まれたんですね」
「良い師か……そうだな、俺達には勿体無いくらいの最高の師匠だ」
ロインにはサージディスの顔は見えなかったが、その声は誇らしげであると同時にどこか寂しげでもあった。一瞬何かマズイ事を言ったかと思ったが、すぐに明るい声が返ってきた。
「まっ、うちの師匠は全く魔法が使えないバリバリの戦士なんだがな」
「えぇっ?……じゃ~あの魔法は誰が?」
「本だよ、面倒みてくれた神父様が色々本を持っていてな、その中の一冊に昨日の魔法の事が書かれていたんだ。小さい書庫だったとは言え貧乏教会に、安くはないだろうあれだけの書物があるのはいまだに謎だが……だがそのお陰で色々と知る事が出来たよ」
「なるほど、本か~」と、サージディスに更に親近感が沸いていた。
ロインも魔法こそ母や祖母に教えてもらったが、忍術は一部だけ父から教えてもらったものだが、そのほとんどは父が持つ書物から学んだものだ。本を見ただけで簡単に習得できたものもあれば、知識としてあってもいまだ使えない、使いこなせていない忍術もある。
『もしかして詠唱を利用すれば使えない忍術も使いこなせたり出来るだろうか』などと、考えていたロイン。
その本の内容に関して何か聞けないかと思っていたが、聞く前にサージディスは簡単に教えてくれた。
「その昔、人々は神ではなく精霊を信仰していた」
ロインが驚いていると、サージディスの話はまだ続いている。
「人類がまだ文明を持たず狩りをしていた時代、人々は精霊に感謝した。『生命を作ってくれて有難う。今日の獲物を狩る事が出来ました。私達はこうして無事に今日も生きることが出来ました』、そして人々は精霊に願った。『また獲物を作っていただけるように。明日もまた狩りが成功しますように。明日もまた平穏に暮らせますように』、と。だが人々は言葉を知らない。人々は文字を知らない。どうすれば自分達のように精霊と意思疎通が出来るだろうか。どうすれば自分達の気持ちを、感謝と願いを伝える事が出来るだろうか。最初は音だった。草木を揺らした。枝をふり地に叩きつけた。石と石をぶつけた。足踏みをした。その足踏みから次に動く事だった。腕を大きく小さく振った。前後左右と跳びまわり、空に向かって跳躍した。狩りに使う槍を、弓や矢も振り回した。最後に声だった。音に合わせて声を出した。体の動きに合わせて声を出した。初めこそただの歓声、その声は意味のある言葉ではなかったが、人々は心を込めて声を出した。それらは時と共に旋律となり、踊りとなり、歌になった。今年も有難うございますと、来年も作物が育ち収穫出来ますようにと変わっていった」
ロインは「あ……」と気が付き呟いた。
「もしかして、収穫祭って……」
「その通り、もっともその中にお酒まで入ったせいで今じゃただのお祭り騒ぎに成り下がっちまったが、収穫祭ってのは本来、個ではなく全体で行われる詠唱そのものだったんだ」
人間族との関係をほぼ絶ち、必要な物は自給自足で補っている幻魔族においても収穫祭は大きなイベントでもある。女神と精霊に送る感謝として収穫祭が行われ、返礼として貢物を供えたりしていたが、まさか団体詠唱だったとはロインにとっては驚きだ。
「とは言えその本で分かったのは昨日の魔法、そして詠唱と祭りの繋がりだ。一応他にも昨日の魔法以外にも別の魔法もあったんだが、俺では多分マナが足りなかったんだろうな、マナは無くなる事もなく全く発動しなかったよ」
サージディスに本に書かれた魔法の事を聞きつつも、ロインは何故教えてもらえたのか疑問が芽生えていた。
忍術は誰にも教えてはならない、隠匿しなければならないものとノイド本人から聞いている。
幻魔族の精霊系魔法も信仰系魔法の契約も、精霊召喚さえ親から子へ、子から孫へと血筋のように家族内だけで行われている。
まして魔法が消えつつある人間族にとって、魔法の大切さは幻魔族よりはるかに上まるはずだ。魔法に関する情報を簡単に他者に教える事は、今の話を聞けば尚更、間違った行為だと想像できる。
だからこそロインはサージディスに感謝しつつも、その疑問を口に出していた。
「サジさん、どうして教えてくれるんですか?。俺達幻魔ですら魔法の継承は家族内だけで行われているのに。魔法は人間族にとって幻魔族以上に重要なはず、弟子でもないのにどうして俺に話したんですか?」
「そう言われれば確かにそうだ。ん~何でだろうな……」
話したサージディス本人ですら、自分がロインに語った行為を不思議そうに悩んでいた。
「多分……多分半分は消えていくだけの魔法が勿体無いんだよ。おそらくこのまま行けば魔法が使える人間はいなくなるんじゃないかな。とっくの昔に既に消えた魔法もあるだろうし、お前の言うとおり普通は、師弟で直接教えても誰でも見られるよう本なんかで残さねぇから、ある意味俺は運が良かったよ」
「半分、もう半分は?」
「ロインがあの人に、俺が尊敬する人にちょっと似ているから、かな?」
「サジさんが尊敬する人?……あっ」
「おっ!」
話の途中だったが、ロインの目に自分達が目指している目的地が見え、思わず馬の歩みを止めさせていた。
遅れてやってきた馬車の手綱を握るノイドも、ロインのすぐ傍で馬車を停止させ、はるか先に見えた町を見た。
「あれが王都スカーチア……あれが王城」
「そう、あれがサーファン城だ」
「人間族って凄いもの作るな~」
ロインの声にサージディスは頷く。山の中腹、まだ高い位置にいるので上からだと王都の全貌とは言わないがかなり分かる。
ロイン達の目に映るサーファン城、その城は山の上に建っていた。まだ、かなりの距離である為正確には分からないが、数百メートルの高さの山、その山頂に城が建っている。
城から北側と西側は更に高い険しい山がそびえているようだが、城から東と南側に緩やかな斜面に合わせて町の建物と屋根が段々と見え、麓には東から南側にかけて山ごと囲う壁がある。
更に壁の周り、こちら側からでは見えない西側を除き、南東麓の壁の外周側にまた町があり、当然二つ目の壁がその町を囲んでいる。
驚く事に町はそれだけではない。その南側の壁の更に南側に隣接する別の町があり、当然その町にも三つ目にあたる壁で守られているのだが、その周りに人口増加による、他の地域から集まってきたであろう複数の建物が建ち、村と呼べる集落が出来ている。
完全に馬を止めて見ているとアニー達も馬車から外に出てきた。
「凄いでしょ、山の上に城を建て、その斜面に町を作っちゃうなんて。四百年以上前に当時の王が戦争を想定して、戦争が起こる前に国を守る為に山の上に町を作ったんだとか」
「どうやら昔の人間族は私達幻魔が想定していた以上の優れた魔法力を持っていたようだ」
アニーが言う四百年以上前に作られたと言う城と町に、ノイドは感歎の声を上げ、ロインは「そうなの?」と、やはり驚きノイドは続けた。
「おそらくだが、地の魔法を使い山の形そのものを変えた可能性がある。山頂に城を建てられるよう広い平地に、そして斜面を階段状に作り変えそこに町を作ったと言ったところか」
「ええ、ノイドさんのおっしゃるとおりです。もしかして幻魔の町でも同じような事を?」
「そうではありませんが昔、似たようなものを見聞きした事がありましたので」
そう言ってノイドは、かつて自分が生まれ育った里を思い出していた。
忍者の里も山の上に里を作る為に、初代の頃に土遁、忍術を使い十数年の時間を使って山の地形を変え、建物など含め、里の形が完成するまで三十年近くも時間がかかったと、記録には残っていた。
もっとも時間をかけた理由のほとんどは、他者にバレないよう、たとえ気が付かれても山の形が変わったのは、人工ではなく自然にそうなったと人々に誤認されるよう仕向ける為であり、もし短期間で里を作ろうとすれば二~三年もあれば十分だという。
なんとなくだが城を囲う壁が、目隠しの為に里の周りを囲む木々と重なって見えていた。
「アニーさん、町の壁の外に別の町があるのは人口が増えて新たに作られた町、ですよね?」
「ええ、一番外側の壁の周りにも小さな集落がありますが……この辺りは直接見て説明したほうが早いと思います」
ロインの疑問にアニーは小さく頷き、全員馬と馬車に乗り込み再び峠を下り始めた。
峠を下り麓で食事をとり、王都に向けて西に進む。
夕刻にはまだまだ早い時間、最初にたどり着いたのは王都の町壁の南、上から見えた集落、その辺り一帯には広い草原を生かし色々な農作物が作られていた。
麦、あるいは米かどうかはロインの目には分からなかったが、左右一面と広がるそれと似た農作物。
他にも野菜が埋まっているのか、膝より低く、人がどこを通っていいのか分からない程、密集し青々とした蔓と葉。
違う場所では小さいものは一メートル程の高さの木から、大きいものは四メートル以上の木が何百と生え、赤色や黄色、橙色のこぶし大の大きさの実を実らせている。
それ以外にも、町壁の外であるにもかかわらず多く建つ民家、農作業をしている人達。
まるで町の周りに巨大な農村を作ったような形だが、事実それこそが正解だった。
ロインはサージディスから、ノイドはアニー達からこの町の外にある農村について、馬を進ませながら詳しく聞いていた。
元々このサーファン国内、数百年前、人間対人間の戦が行われていた時代には少なくとも、大小百をはるかに超える村があった。しかし戦争、魔獣、魔物が原因で小さい、弱い村から滅びていった。
戦が終わり、この地がサーファン王国として大きな一つの国家となった時には、村の数は五十以下になっていたという。
このまま放置する事は、いくら傭兵がいるとは言え、各地に点在する全ての村を国家として守りきる事は出来なかった。
そこで当時のサーファン王は王都や町周辺から特に離れた、村に住む村人達の王都移住を推奨した。
もちろん資金、住む場所や農作物を作る為の土地など、簡単に出来る事ではなかった。特に長い戦争が終わった直後では、疲弊が著しく『何か一つどころか何一つ出来なかった』が当時の結論と結果だった。
しかし十年、二十年、三十年と少しづつ行ってきた結果が峠から見た三つの町と三つの壁、そして何十年後になるか分からないが目の前にある農地が四つ目の町になるかもしれないと言う事だ。
また兄弟国と言われるほどの関係があるせいか、テンタルース王国でも同じ理由も含め、サーファン王国と同じ政策が進んでいると言う。
「じゃ~南アティセラ、テンタルース王国でも村から町へ移住してるんですか?」
ロインは馬上から農作業をしている農民と、その農民を何故か手伝っている軽装備で武装している兵士を見つめながら、当然幻魔であるロインに気が付いた彼らにも見つめ返されつつ「そう言う事」と、サージディスから南アティセラの事を聞いていた。
「まぁうちは二百年近く前に大災害が起こって、飢餓、飢饉に陥っちまった事があって……」
「きが?ききん?」
初めて聞く単語にロインは首をかしげる。
「ああ、幻魔族にはあまりなじみがねぇか?。飢餓飢饉ってのは国全体で食う物が無くなって、飢えに苦しんだり最悪飢え死にするやつが多く出ちまうことさ」
「二百年前……と言う事はこれも戦後、疲弊から立ち直っていない時に災害が起こったって事?」
「らしいな。俺も昔、本で見た事しか知らないが、なんでもテンタルース王国周辺で鳥という鳥が死に絶えたらしくてな。二百年たった今でも他の生物は問題ないのに、鳥だけが死んだ原因は分からないが、それが原因……だと思うんだが虫が大量発生したらしい。んで、農作物はその虫のせいで壊滅的被害を受けて当時は大変だったらしい」
「農作物が壊滅的って……それだけ被害を受ける程に虫が沸くって相当なんだろうね」
「なんでも虫のせいで霧のように前が見えなくなるほど、白い家が黒くなるほどで扉も窓も開けられず、家に閉じ込められた状態だったらしいな」
「うわぁぁぁ言わないでぇぇぇ!」
手綱を握っているので両耳を防げないロインは声を荒げた。サージディス本人も「その気持ちわかるぜぇ~」と頷いている。
正直そのような光景は、虫に耐性がある人でも直接目の前にすれば耐えられないのではないだろうか。
「続きだが、そんな飢饉状態から色々助けてくれたのがこのサーファン王国で、食糧なんかも送ってくれたし、嘘か真か、虫対策に数万匹だか十万匹だかの鳥類なんかもわざわざ捕まえて送ってくれたとか」
「へぇ~食糧をかき集めるよりも野生の鳥を捕まえる方が大変そうだよな」
「だな。ただ鳥に関しては死んだっつてもテンタルース王国周辺で、南アティセラ全域の鳥が全滅したわけじゃないからな。その辺は案外大事に書いてるだけだと思うが。それを期に南北、農作物の重要性を考え農村を一つにまとめたり、食糧の備蓄を増やせるよう更に倉庫を増やしたり、二百年という時間をかけて南アティセラもここと同じような国づくりって訳さ」
「あのーサジさん」
「ん?」
「昔の事は分かりましたけど、ずっと気になっていたんですけど、農作業している人、なんで農民に混ざって兵士が農作業してるんですか?」
「ああ、新人兵士による農民達の護衛と農作業による体力作りらしいぞ。実際誰もかれも若い連中ばかりだろ?」
「確かに」と、ロインは金属製の軽鎧を着て、剣も腰にさしたままの姿で、一般人に混ざって農作業する兵士達を一人一人見た。
ハーフヘルムと呼ばれる、頭上部だけを守る鉄の兜をかぶっていてその顔を見ることが出来た。
さすがに遠くにいる者の顔は見えないが、街道近くにいる兵の顔を確認するとかなり若い。ロインより少し上、十七、八歳から二十歳程の若者ばかりのようだ。
「一応町に近いと言っても壁が無いんだ、魔物や魔獣に襲われたら農民じゃどうしようもない。それらに対処する為に新人の若い兵士が農地一帯の護衛を兼ねて、そしてただ突っ立ってるだけじゃ勿体無いから交代で見張りと農作業と分けているんだとさ」
「ああ~、それで馬に乗ってる兵士さん達とも時々すれ違っていたんですね」
ふと、レティーフルと違い幻魔をどう見ているのか、どう思っているのか聞けないか耳を澄ます。
耳を澄ますといってもサージディス達と一緒にいるので、千里視と千里聴をかけなおす事が出来ないのでその効果は落ちている。麓で食事をとった時など隙を付いてかけなおしてはいるが、ノイドの方はとなりにモウガンがいる為なかなかかけなおす事が出来ず、今は完全に効果が消えてしまっている。ロインの方は精霊魔法強化によりいまだ持続しているが三十メートルを切っているが、町はすぐそこ、敵意ある者からの襲撃が来る可能性は低く問題ないだろう。
そんな中、農作業をしている者、馬に乗って警備している者、スカーチアから出てきたであろう傭兵、荷馬車で商品を運ぶ商人、色々な者達とすれ違うもロインとノイドが幻魔である事を確認しあうだけで、それ以上何かを語る者はおらず、陽が高いうちに王都スカーチアの門までたどり着いた。