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忍者と狐to悪魔と竜  作者: 風人雷人
第一部 忍者見習いが目指すは忍者か?魔法使いか?
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59・傭兵家族

 怪我があまりにも酷くなりすぎると、麻痺したように痛みを感じなくなるという。死に直面すると走馬灯を見るように、人の心もそうなのかもしれない。

 魔物を前にしながらもサージディスの思考は意外にも落ち着き、焦ったような気持ちはまるで沸かなかったが、ただ今すべきする事ではないものに支配されていて、まともな考えが出来ていなかった。


 自分達は何故生きているのだろうか。

 ナーガの腐敗の攻撃を受け、どうして無傷なのだろうか。

 魔物はどうして自分達を睨むだけで何もしてこないのだろうか。

 魔物はどうして警戒し近づかず距離をとったのだろうか。


 分からない。

 さきほど右の方からノイドの声が聞こえたような気がしたが、なんて言ったのか分からない。

 モウガンの声も聞こえるが何を言っているのか分からない。


 分からない、分からない、分からない、分からない。

 ああ、そうか、もしかすると本当の自分はもう死んでいるのかもしれない。

 だから魔物は何もしてこないのだ、それなら攻撃してこないのも当然だ。


 いつの間にか自分の前にノイドが立っている。

 その手には戦士ではない自分から見ると、魔物を切った瞬間に簡単に折れそうな刀が握られている。

 だがあの幻魔だ、そう簡単に折れないと言っていたし、もしかすると魔法の刀かもしれない。

 どちらにしろ戦う気なのだろうか。

 何故戦うのだろうか。

 でも自分と違って無茶が通用するこの旦那なら大丈夫だろう。



『どうして自分で戦わないの?』



 声が聞こえた。

 懐かしい声だ。

 声がする方、右下に顔を向けると自分を見上げる子供の頃のモウガンがいた。

 多分六歳、『あの頃』のモウガンだ。

 再び、しかし無表情で語りかけてきた。



『本当に戦わなくて良いの?』



「良いんだよ。悔しいがノイドの旦那は強い。ロインも強い。あの第二種に指定されたサイクロプス相手に苦労せず短時間で倒したんだ。俺達には無理でも旦那から見ればナーガなんてただの大きい蛇だろうさ。だから良いんだよ」



『本当にそれで良いの?』



 また懐かしい声が聞こえた。

 今度は左下に顔を向けると自分を見上げる子供の頃のサラがいた。

 やはりサラも同じ六歳。

『あの頃』のサラが、同じ無表情で語りかけてくる。



『兄さんはそれで良いの?』



「だから良いんだよ。そもそもどうやって戦うんだよ。見ろ、モウガンの武器は御者台に置いたまま。サラ、お前だって剣も弓も盾も馬車の中に置いてきてるじゃねーか。それにあの爆発って言っていいか分からねぇが俺達が生きていられるわけねーだろ、だから良いんだよ」



『俺はまだ生きているぜ。なさけねーな、これが俺かよ』



 この世界で、サージディスが一番よく知る声が聞こえた。

 ゆっくりと後ろを振り返ると自分を見上げる子供の頃の自分がいた。

『あの頃』の自分、ならば二人より一つ上の七歳になるのか。

 こうして大人になって改めて見るとなんて憎たらしい悪ガキだろうか。



『武器ならその手の中にあるじゃねーか、くそやろうがくれたその杖はただの飾りかよ。後ろを見てねーでちゃんと前を見ろよ。モウガンはまだ諦めちゃいねーだろうが。サラだってお前を信じて指示してくれる事、きっと待ってるぜ』



 子供の頃の自分の説教にサージディスは何も言えない。

 ただ自分の手の中にあるもらい物の杖をじっと見つめていた。

 大きなため息が聞こえた。

 顔を上げると悔しさで今にも泣きそうな小さな自分がうつむいていた。



『何だよ……父さん達が、母さん達がくれた俺達の夢ってこんな簡単に諦められるような軽いものだったのかよ』



「……違う」とサージディスは否定した。











『サージディス・ブルトン』、『サラディナ・ブルトン』、『モウガン・エスノフ』、彼らはかつて人買いによって誘拐された事があった。そんな彼らを救ったのが最強の傭兵と最弱の傭兵の二人組みだった。

 誘拐事件以降、三人は傭兵になることを夢見たが、実はサージディスとサラディナの二人にとって、傭兵とのつながりはもっと深い。

 二人の両親は東アティセラ出身、父は歴史に興味を持った自称考古学者、母は父を護衛していた傭兵だった。父と母の傭兵チームはアティセラ大陸全土を渡り歩いた。東に、南に、北に、西に、彼らにとって北と南に起きた人間と幻魔の憎しみ、争いも重要ではない些細なものだった。

 新しい発見に父だけではなく、いつしか傭兵達も一喜一憂した。そのうち父と母が惹かれあうのもそれ程の時間も必要なかった。母とチームを組んでいた傭兵達もそんな二人の仲を祝福した。そしてサジが生まれ翌年サラが生まれた。

 傭兵達も二人の子供をまるでわが子のようにかわいがった。それはチームと言うより家族と呼ぶ方が正しいと言えるだろう。賊はもちろん、魔獣や魔物に襲われ安全とは言えなかったが、サジとサラを守りながらの戦いは傭兵達にとって、喜びであり苦痛にはならない障害だった。

 傭兵であるがゆえに、戦争に無理矢理巻き込まれたこともあり、傭兵達が一人もかける事無くどうやって父と子の元へ逃げ帰るか、剣よりも頭を使った事もあった。もしかするとサジとサラにとってこの時が一番幸せな時期だったのかもしれないが、それも長くは無かった。

 南アティセラでの移動中、彼らの乗る馬車は崖崩れに巻き込まれた。馬車は岩と土砂に流され更に深い谷底へ落ち馬車は大破した。どんな魔獣にも、どんな魔物にも打ち勝ってきた凄腕の傭兵達は自然の前に、あっけなく簡単に敗れた。偶然事故現場近くにいた別の傭兵達に救助されたが全員が死亡した。

 否、掘り起こされた土砂から、傭兵達の遺体のすき間から小さなサジとサラだけが奇跡的に助かった。父はサジを守るように強く抱きしめ、母はサラを守るよに強く抱きしめ、他の傭兵達はそんな親子を守ろうと四人にしがみついた。落下しながらも襲い掛かる石と土から親子を守ろうと盾になった。

 傭兵に救助された二人だったが、家族を全て失ったサージディスとサラディナはその日、孤児となり教会に引き取られる事となった。サージディスが五歳、サラディナが四歳、今から十八年前の出来事である。












 武器を持った二人より神獣ココを警戒して、先に動けない魔物を前にロインとノイドが先手をとろうとした時だった、サージディスの叫び声が響き渡る。




「ちがう!あきらめてねぇっ!サージディスブルトン!サラディナブルトン!モウガンエスノフ!てめえらの目指した傭兵はこんな守られるだけの傭兵か!違うだろ!守るんだろうが!アインさんのように強くなるんだろうが!ユーティーさんのように逃げないんだろうが!」



 声をあげながら前に歩き出したサージディス。モウガンが土砂から動かしていた石か、三十センチくらいの石に片足を乗せ、杖をナーガに向け力強く睨み声を張り上げる。



「俺が魔法で始末する。ナーガは連続で今の攻撃は使えねえハズ、モウガン!、三十秒奴の攻撃に耐えろ!」

「まかせろ」



 杖はナーガからラミアに移る。



「サラ!、お前は三十秒ラミアの攻撃を避ける事だけ考えろ、攻撃は敵の不意をつく以外一切必要ねえ。 特に爪には気をつけろ」

「わかったわ」



 目は魔物に向けたまま、『カーン』とまるで石に杖を突き立てるように大きな音をたてる。



「旦那とロインは手を出すなよ。人間族の底力、俺がお前達幻魔が捨てた『本物の魔法』を見せてやる」



 先程までの茫然自失ではなく、勝機を見出し、自信に満ちたサージディスの声と顔つき、そしてこれから何をする気か理解しているのか、モウガンは胸をはり動かないナーガに向かって歩き出した。

 サラディナも剣も弓も盾も無いが迷う事無くラミアに向かって歩き出した。特にサラディナは先程と打って変わり、サージディス同様自信に満ちており、その顔は兄妹らしく二人は酷似している。少なくともどちらも勝利を確信し、背水の陣のようには見えない。



「これってココにも何もさせない方が良いのかな」

「サージディス殿が手を出すなと言うならそうの方が良いだろう」



 ロインの拭いきれない不安と裏腹に、ノイドは刀を鞘に戻しながらさらりと答える。

「そっか」とロインが残念そうに頷くと「ただ……」とノイドは言葉を続ける。



「信頼からお互い信じているんだろうが、モウガン殿はともかく今のままではサラディナ殿には少し厳しいだろうな」

「サラさんが?」

「盾を持つモウガン殿なら防御も回避も使い分けが出来る、守りに徹すれば耐えられるだろう。しかし盾も剣も持たぬサラディナ殿では防御は出来ない。せめて剣と盾のどちらかを一つを持っていれば、麻痺効果を持つ毒の爪を防ぐ事も出来ただろうが、何も持っていない状態では全ての攻撃を回避する必要がある」

「そうか、もし少しでも爪がかすったら……」



 するとノイドは何かを促すように、傭兵達からロインに目を移し小さく微笑む。



「ただお前が動くのではなく、彼らが動く為の何かであれば手を出しても構わないのではないか?」

「サジさん達が動く為の何か?」



 父は何をさせたいのか、その答えを出す為に小さく声に出す。そして魔物に向かって歩く二人を見てハッとした顔を見せた後、自分が出した答えに満足したのか嬉しそうに右手を前に突き出した。

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