57・信仰系魔法
「もう一つ良いですか?」
「おう、なんだ?」
「サジさんはどうして傭兵になろうと思ったんですか?。特に魔法が使えるなら魔法士になれるのに」
この質問にも何かあったのか、すぐに返答はなく「う~ん、そうだな~」とこちらは先程の答えずらい答えと違い、どこからどこまでどうまとめて話すか、そんな迷いがあった。
「確かに信仰系魔法の習得など優遇されるから魔法使いより魔法士を目指すのが普通なんだが……。俺の場合はさっきの人買いも理由の一つなんだが、昔救ってくれた命の恩人が傭兵だったんだ。だからかな、ガキの頃から俺達も誰かを助けられるような傭兵になりたくて、最高のダイアモンドになって皆を助けられるような、人をさらうような連中から皆を守れるような傭兵になりたくて、な。まぁ親のいない俺達を育ててくれた貧乏教会に、恩返しする為の金稼ぎもあるがな」
「それで……」と盗賊、偽アニーを殺したノイドを批判していたのか理解した。
お金の為に魔獣を、魔物を、そしてかつては戦争を利用し幻魔族を、更には同族である人間族さえも殺す、それが傭兵だとロインは聞いていた。けれどサージディスは、サジ達は人助けが目的で傭兵になった。そんなサジ達から見れば、情報源になったかもしれない偽アニーの殺害は人助け、組織壊滅の妨害にすぎない。
全てを判断し、直接手を下したのはノイドだが賛同していたロインは、「申し訳ないことしたな~」と考えているとサージディスの方から質問が飛ぶ。
「俺からも一つ良いか?」
「はい、俺に答えられることならいくつでも」
「ありがとう。聞きたいのは信仰系魔法の事なんだが、サラから聞いたがアニーさんに治癒魔法をかけた際、詠唱せず無言でかけたと聞いた。俺もかけてもらった時無言だったよう気がするんだが、ロインは詠唱なしで魔法が使えるのか?」
「精霊魔法は無理ですけど契約、信仰系魔法は詠唱しないのが普通ですよ」
「そうなのか!?」とサージディスが驚くとロインは信仰系魔法について語り始める。
「信仰系は精霊系と違い契約による魂、記憶に刻まれた力で、う~ん、なんて言えばいいのかな……最初から自分が持ってる力、と言うか体の一部みたいなものになっている、かな」
「魔法が体の一部?」
「うん。精霊系は自然界にいる精霊の力を借りて使う、いわば外部の魔法で、信仰系は内部の魔法と言って良いと思うんだけど、一つ一つの動作、例えば手足があるから歩いたり物を持ったり出来るし、口と鼻があるから呼吸が出来る、目や耳があるから見聞きが出来る。信仰系魔法も契約で力と知識を与えられたから発動が出来る、そんな感じなんだけど……詠唱しないのもただ歩くだけなのに「歩きます」とか、呼吸するたびに「息を吸います、吐きます」ていちいち口に出して言いませんよね。……この感覚解ってもらえます?」
真後ろにいるサージディスの姿を視界の中に入れようと、ロインは首を右に向ける。と、サージディスは右手を斜め前に、右に向いたロインに見えるよう手を出し、指を広げたり閉じたりと繰り返す。
「あってるか分からねぇがつまり、こうやって指を動かせるのは指があり、そうしたいと俺が考えているからだが、これと同じ感覚、詠唱ではなく行動をする感覚で魔法が使えるって事で良いのか?」
「はい、そうです!」とちゃんと伝わった事が嬉しかったのだろうロインは頷きながら笑顔になった。
サージディスも正解して良かったとホッとしていると、ふと何か思い出したのか「ん?だったらアレは嘘か?」と声を出した。
「『アレ』ってなんです?」
「いや、一つ思い出したが……俺の家族、同じ教会で育った孤児なんだが一人、信仰系魔法が使える奴がいてな、以前そいつに魔法を見せてもらった事があるんだが詠唱を口にしていた。これって実は精霊魔法を信仰系魔法だって嘘をつかれたのかなって思ってな」
「どんな魔法ですか?」
「そうだな、飛ぶと言うより高く跳躍して、ゆっくり落ちてきた、そんな魔法なんだが」
ロインが真っ先に浮んだのは『疾風迅雷』で、これならばサージディスが見た状況を作る事は可能だ。
他に自分が持つ信仰系魔法の中で考えられるのは『脚力強化』があるが、高く跳ぶことは出来ても落下までは制御出来ない。ただ、自分が契約しているのは光属性、神聖だ。闇属性の深淵ならどうだろうと、幻魔の町にそのような魔法が使える人がいるか思い出してみたが、思い当たる人物はいない。
当然精霊魔法で疾風迅雷に似た魔法を使う幻魔はいない。ただしこれは幻魔が精霊魔法は攻撃など戦闘用に使うもの、信仰系は戦闘のほか、生活用で使うものだと考えているからだ。また身体が弱く魔法でしか戦えない事が、精霊魔法で自分を強化しようと、考えない一番の理由でもある。
これに噂や情報と言う形で剣聖や聖騎士と呼ばれる者、戦士と魔法使い、その両方で戦える事が出来る者はいるとは聞いているが、どの程度の実力があるのかは不明。
ロイン達のように、高い身体能力を持った人間がいる事はモウガンや盗賊が証明しているし、人口こそ少ないとは言え、サージディスのようにロインの目から見ても申し分の無い実力を持つ魔法使いも存在する。
今ある情報では自分達忍者のように、人間族で自らに精霊系魔法を使う可能性はあるとも言えるし無いとも言える。あるいは……。
結論として答えは分からない、ならば隠匿すべき忍術が語れないのならば余計な事は言わない方が良いだろう。
「えっと、多分だと思うんですけど詠唱ではなく、『気合』とか『掛け声』みたいなものじゃないですか?」
「気合とか掛け声?」
「はい、剣とか武器を振る時に『うおぉぉぉ』とか『うりゃぁぁぁ』とか声を出す人がいるでしょ?。多分それと同じ感覚で詠唱みたいなものを口に出しているんじゃないかな、と思います」
「なるほど、気合か。体の一部みたいな感覚で使える信仰系ならそんなものもあるか」
そんなものは無い、少なくとも幻魔族には。それに隠密行動をとる忍者からみれば、それが必要なら声も音も出すが、わざわざ出さなくてもいい声や音を出すなど無駄以外のなにものでもない。それに信仰系は精霊系と違い、下位や上位といった最初から決まった強弱のある魔法はあるが、使い手の意思で一つの魔法に強弱など変えられない。
「はい、そんなものもあるんです」と嘘をつきつつ、疾風迅雷と似た精霊系魔法か信仰系魔法使える者がいる可能性と、あるいはもう一つ思い浮かんだ可能性、その孤児がこの地で亡くなった渡り鳥の子孫や関係者の可能性もあるのではないかとロインは考えていた。
一行は当初の予定通り、まだ陽は高かったがあえて初日に山越えはせず、麓近くにある村に立ち寄り一泊した。最初は宿を取る予定だったが、アニーの父と村長は親しい仲であり年に一回、あるいは数回しか会わないが家族ぐるみの付き合いをしていた為、アニーを救ってくれた恩返しと言う形で、無償で食事と一泊の提供を受けた。
二日目、山越えが始まりアニーに聞いていたとおり道は一部だがある程度綺麗に慣らされていて、幅も十分に広く馬車も順調に進める事が出来た。また長い峠を進めている途中、大きな滝があり、初めて見る滝にロインは感動し、花見ならぬ滝見をしながら早めの昼食をとった。
昼を過ぎ峠を越え山をほぼ登りきると、今度は左右が高台の崖に挟まれ開けた場所、谷に姿を変えた。またその両崖から斜め上に木が多数生え長く伸びた枝と葉で空をおおっており、植物のトンネルが作られていた。トンネル内には木漏れ日に照らされ薄暗さはなく、緑の植物はもちろん、一部このあたりの気候によるものか、まるで紅葉のような赤や黄などの葉が、帯状の光が照らし色鮮やかに染めあげ、この道を知るアニーを除く五人は目を奪われていた。
「これはまたすごいな。幻魔の町からレティーフルまで行く際、渓谷があるが土と岩ばかりでほとんど木々は生えていない。しかしこれは植物だけで作られた洞窟、壮観と言ったところか」
「喜んでもらえて良かった。でもこの先、谷を越えるともっと素敵な景色があるんですよ。私の一番お気に入りの場所でもあるんです」
「それは楽しみだ」
大きな滝にも驚かなかったノイドもその風景に度肝を抜かれ、アニーいわく、これよりも素晴らしい景色があると聞き驚きつつ、「どんな景色だろうね」とサラディナとモウガンも期待に心躍らせていた。