55・依頼と縁
「ただ良いのですか?。私達は幻魔族、この町の人々の反応をみれば自分から幻魔と関わろうとする行為は、客商売をしておられる商人としてあまり得策とは言えませんが」
アニーは首を横にふり、いたずらを見つかったいたずらっ子のような笑顔を見せた後、手を口に寄せ内緒話するように小声で呟く
「問題ありません。……実はここだけの話、死んだ父方の家系は元々幻魔から魔獣石の買取をしていた商人で、戦争が起きてからは離れていましたが十六年前の終戦後から父は年に一度程度、利用させてもらっていて随分助かっているんですよ。実際十六年前、私が幼かった頃経営難に落ちていたらしいのですが八十年以上溜め込まれた魔獣石に助けられたと聞いています。ある意味私は二度も幻魔族に救われたようなものですね」
「そうでしたか。サザイラ、北の町に時折魔獣石を買取に来られる商人がいると聞きましたが……
まさかあなたの父君だったとは」
幻魔の町には魔物より魔獣が町に来る確立は圧倒的に高い。数日数週間全く来る事がない事もあるが、多い日は一日に二匹以上の魔獣が姿を見せる事もある。
魔物の残す宝石とは違い消えることの無い魔獣石。魔法がほとんど使えない人間は魔獣石を利用し、魔法の武具や道具に数多く利用され供給が間に合わず貴重品、希少価値とされている。しかし全員魔法が使える幻魔にとっては杖やローブなど、魔法を強化する武具に多少は使うもののそのほとんどが倉庫の肥やしとなっていた。しかも人間族と戦争をしていた時代は魔獣が現れた、出会った時、餌として魔獣石を放り投げ魔獣が魔獣石に気を取られてる内に逃げたり討伐すると言うかなり無駄な使い方をしていた。
現在ではアニーが言うように定期的に魔獣石を買い取りに来る商人がいるが、基本自給自足、必要なものはお金で売買するよりも物々交換、むしろ幻魔族は無償でお互い助け合う事で事足りている、幻魔の町においてお金はそれほど重要視されていない。とは言え人間族で使われているお金という蓄えはいざと言う時に役立つだろうし、また魔獣石の取引は、これからの人間達との付き合いを良い方向に持っていってくれると大賢者となったペンダーも期待していた。事実この魔獣石に関して幻魔達も知る由もなかったが、魔獣の強さ、大きさ、場所など関係なく統一された魔獣石にも関わらず、最近では『幻魔族産魔獣石』としてごく一部の人に人気があり、人間達との付き合いを潤滑にしたい思惑は意外にも少しづつだが成功していた。
「もしかして今回アニー殿達は私達幻魔の町に?」
「いえ、あの村にお墓参りに行っていたんです」
「あの村にですか?」
「はい、あの村は母が生まれ、育ち、暮らしていた村であり、十六年前に祖父母が亡くなった村でもあるんです」
サージディス達は既に聞いていたのだろう驚きは無い。
聞けばアニーの母親はあの村の出身で、祖父母が亡くなってからは毎年、親子三人でお墓参りとして人知れずあの村に行っていた。しかし、数年前より母親は病気で遠出できない状態で、今は父娘二人で墓参りを行っていた。そして今回の墓参りで、王都からカザカルスへ、カザカルスから村に向かう途中に盗賊に襲われた女性、ノイドが殺した偽者が逃げてきたのだが結局捕まり、更にその女性を人質に捕られてしまった。ただこの時傭兵達は一言も声を出さず抵抗もしない女性に違和感を持ち、「自分達の勘違いで死んでしまったら好きなだけ恨め」と女性に宣言して、一気に盗賊を討とうとしたのだが止めたアニーが女性を助けてあげてほしいとお願いしてしまったのだ。依頼主である父親も助ける事に賛同してしまい結果、全員隙をつかれその時は全員捕らわれただけなのだが、最終的にアニーを残し全員殺されてしまう事になってしまったのだ。
自分の責で死んだ傭兵達。本当は辛かったはずだが、この話をする際のアニーは困ったように苦笑いを浮かべていた。それは同情や哀れみを感じて、この依頼を受けてほしくなかったのかもしれない。
勿論ノイドはその程度の事で人助けをしようとは思わないが、今回に限り最初から答えは決まっていた。
それにこの十六年間、おそらく人間族の中で一番幻魔族と深く関わった男の娘。
「助け助けられ、これも『えにし』か……」
「何かおっしゃりました?」
「いえ、何も。分かりました、この依頼お受けします」
「本当ですか!?、有難うございます!」
依頼を受けてくれた事にパッと明るい笑顔になったアニーの首にサラディナが飛びつく。
「良かったね、アニー」
「ありがとうサラ!」
サラディナとアニーは立ち上がると両手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。救出から診療所まで、ずっと一緒にいた二人はまるで十数年来の友人のように仲良くなっていた。
サージディスはそんな二人を嬉しそうに見た後、覚悟を決め立ち上がりノイドに近づくとわざとらしく喉を整える。
「ん!……んんっ。あーノイドの旦那、少し良いかな」
「どうされました、サージディス殿」
ノイドは椅子に座ったままサージディスを見上げた。その真っ直ぐな瞳にサージディスは一瞬臆するも、自分の出した答えを伝えるべく小さく息を吐き、見つめ返して強くしっかりと声を出した。
「昨日の件だが、あの偽者を殺した事はやはり正しいと俺は思わない」
「……」
サラディナとモウガンは息を止めサージディスを見つめ、アニーはイマイチ分かっていないのか「何のこと?」とノイドとサージディスを不思議そう交互に見、ロインはお茶を飲みながら、二人のやり取りを静かに見守っていた。
「あいつらはただの盗賊かもしれなかったが人買い、奴隷商人の仲間の可能性もあった。情報を手に入れそれに対処する事は今後アニーさんのように誘拐される人も、魔獣でも魔物でもない、人の悪意で命を奪われることも少なくなる。旦那達幻魔族にはたいして気にもならない事かもしれないが俺達人間族にとっては大事な事なんだ」
「……なるほど」
ノイドは頷くもサージディスの目を見据え、サージディスも受け返すように目を逸らさない。
一瞬では無いと言え、時間にして一、二秒の事だがサラディナとモウガンから見れば二人の間に、冷たい空気が何十秒も流れたような気がして、全身から冷や汗が流れるのを感じる。
しかし「ただ」と、穏やかな表情になったサージディスは続ける。
「サラとモウガン二人は平気だったと思うが俺がこうして此処にいられるのは、少なくとも旦那が盗賊の正体に気が付いてくれたおかげだ。ありがとう、旦那。それと護衛だが俺達も一緒だ、よろしく頼む」
サージディスは右手を差し出した、自分なりの感謝を込めて。ノイドは迷い無くその右手を握り返した。
「こちらこそよろしく。それと私の行いに納得する必要も感謝する事もありません。最初にロインの助けに手を貸してくれたのはサージディス殿達ですしそれを返しただけ。私は元より同士からさえも納得、認めてもらえない存在ゆえ否定される事は慣れています。気にされる必要はありません」
「そうか……」
認めてもらえない存在。ふと、モウガンの言葉『幻魔の町にいた悪魔』の事を思い出したが、自分達を異質な存在、身体能力に優れた幻魔である為に幻魔族の中で二人は浮いているのだろうと解釈した。和らいだ空気にサラディナとモウガンはホッと安心して互いに顔を合わせて笑顔になった。
「サラ、サージディスさん、モウガンさん、ノイドさん、ロイン君、どうかよろしくお願いします」
「今回は魔法の使い手が三人もいる夢の最強チームよ、まかせてよ!」
改めてアニーの依頼に、サラディナは答えながらアニーにまた抱きつき、他の三人はそんな二人に強く頷いた。と、お茶も全て飲みきったロインは席を立ち二人に近づき元気良く手を上げた。
「はいはい!、魔獣と魔物と盗賊が出たら俺一人でやりたい!」
「ん?……っておい!、ある意味全部じゃねえか!」
ロインのやる気にサージディスがすかさず突っ込む。珍しくノイドも巻き込んで全員が心から笑った。
「そうか、サージディス君達と一緒に幻魔族もこの町を出たのか」
朝方、陽が昇る前に道の復旧作業から一時的ギルドに戻ってきたギルド長は、職員用の仮眠室で仮眠をとっていた。しかし一時間程の仮眠で起こされた。理由は王都までの護衛依頼だったのだがその中に何故か、幻魔と一緒に依頼したいとの事だった。勿論幻魔は傭兵ではないので受けるも受けないも彼等次第だが、自分達としてはその依頼を受けることができずギルド長自ら頭を下げ断った。
その後、まだ疲れがあったが結局眠れず、予定時間を繰り上げ復旧作業に戻り、荷車に乗せた石や土を道に空いた穴を埋める為に運んでいた。暫くしてちゃんと眠らなかった事を後悔しながら、一番小さい石を眠たげに荷車から探していた時、復旧作業を手伝いに来た二人組の傭兵に、「先程南アティセラからきた三人と幻魔二人は依頼者と一緒に町を出た」と他の職員に代わって連絡を受けた。
「赤い髪の魔法使いか、彼個人はこの町にもう少し長く滞在してほしかったんだがな」
ギルド長の一言に、二人組みの傭兵はサージディス達の話で盛り上がっていた。
「東アティセラから魔法使いが来るなんて早々無いからな」
「あの三人は南アティセラ出身らしいぞ」
「南?、東から南に行って、南からこっちに来たんじゃないのか?」
「両親が、あるいは元は東暮らしだったんだろうが今は南に住んでると聞いたよ」
「へ~、にしても戦士二人に魔法使い一人と理想のチーム……羨ましいかぎりだ」
「武器もミスリル製らしいし、やっぱり魔法使いがいるだけでエメラルドクラスでも大成功するんだな」
「やっぱりエメラルドは見間違いじゃなかったのか。
一瞬だけ見たフルプレートの兄さん、サファイアの俺より腕が立ちそうだったからてっきり同じかルビーと思っていたが……」
サージディス達の事を話す二人組みをよそにギルド長は空を見上げていた。昨夜に続いて灰色の雲が空を覆っていたが、すき間から青い空が垣間見え、徐々に青空は広がっていた。昼頃には晴天となるだろう。
しかし、ギルド長の心だけは晴れなかった。
『今、この瞬間も、この町をあの少女は見ているのだろうか』
そう思った時、雲の隙間から見える空がガラスが割れるかのようにひび割れ、大きな穴が開いた。その穴から巨大な目、神の眷属の証しでもある金色の瞳がその穴から覗き込むように、この町を、ギルド長を睨んだ。
だがこれは幻だ。ギルド長が勝手に想像、妄想し、作り上げた幻だ。解っているはずなのにギルド長は「ひっ!」と恐怖に小さな声をあげ、その身を震わせた。一瞬外れた視線を戻すと灰と青の空が見えるだけ。当然だ、ギルド長自身が見せた幻なのだから。
悲鳴じみた声は聞かれただろうか?、怯えている姿を見られただろうか?。激しく打つ鼓動を抑えようと手を胸にあて、まわりを見回すが幸い、二人組みの傭兵も兵士達もこれに気付いた者はいなかった。
週一で更新を心がけていましたが、申し訳ありませんが年末年始は一時中断させていただきます。
来年1月中から末までには投稿しようかと。