54・依頼とパン
翌朝、サージディス達三人は広場にある慰霊碑に花を供え両手を握り合わせていた。その慰霊碑には二十八名の名が刻まれ、また一番上にこう書かれていた。
『レティーフルを守り救った英雄終焉の地』と。
三人が顔を上げると二十八名の名前の中の一人、『アイン・レガリス』の名を見つめていた。
「やっと此処に来れたね。長かったね」とサラディナが呟いた。
「ダイアモンドになったら此処に来ようって決めていたからな、結局サファイアにも上がれてないけど」とモウガンが呟いた。
「大丈夫、アインさんの墓参りには毎年行ってるんだ、今更だろ」とサージディスが呟いた。
呟きの後、三人はアイン・レガリスの名一点だけを見つめたまま数分微動だにすることは無かった。一番最初に動いたのはギルドから出てきたアニーに気が付いたモウガン。「アニーさんだ、行こう」そう言って脱いでいた兜をかぶり、アニーと合流する為に歩き出した。その声にサラディナはもう一度手を握り合わせた後「それじゃ行きましょ、兄さん」と、返事も聞かずモウガンの後に続き歩き出した。サージディスはまだ動かず、ただ小さく、口に出したサージディス本人にも聞こえない程小さな声で呟いた。
「アインさんならあの二人を信じる事ができますか?」
当然答えは返ってこない、しかしサージディスだけがその答えを聞いたかのように今度はハッキリと声を出し呟いた。
「そうですね師匠、俺はもうあの頃の守られるだけのガキじゃない、自分で答えをださないと」
慰霊碑に背を向け歩き出したサージディス、その顔はどこか覚悟を決めたのか、迷いの無い顔をしていた。
翌朝、やはりマナの使いすぎの影響か、普段に比べると遅く目覚めたノイドは出発の準備をし荷物を持って廊下に出ると壁にかかるランプを確認した。元の場所に戻されたランプを見る限り壊れたり傷ついた形跡は無い。
ノイドの思惑通り二つの忍術を自分のモノにしたか、あるいはどちらか一方か、どちらも無駄に終わったか。壊れていないのなら少なくとも失敗はしていない事にはなるが、結局目標として使えなかった可能性もある。気にはなったがそのうち実戦で結果を見せてくれるだろう。
宿の主人に挨拶し支払いを済ませた後、小さな待合室にいくつかある小さなテーブルにつきロインが出てくるのを待った。カザカルスで泊まった宿と違い飲食のサービスはなく、朝食をとる場合はどこかの店に行かなければならない。そして一分程度でロインは部屋から出てきた。
「おはよう父さん」
「おはようロイン」
昨夜は部屋に戻ってきたのはそれ程早かったわけではないがその顔に疲れの色は見えない。
「もしかしてサジさん達すぐそこまで来てる?」
「そのようだな。お前はココを連れてきてくれ」
「はい。ところで兵士さん達はどうするの?」
千里視で既に三人ともう一人の存在、昨夜のサージディス達の会話であった『アニーの護衛依頼』としてこちらに向かって来ている事に二人とも気が付いていた。問題は兵士の方だ。事情聴取に来るかもしれないのだが何時来るのか、本当に来るのか分からない。
「そっちは……まぁ彼らの反応を見れば私達がいない方が喜ばれるだろう」
「そうだね」
昨夜の兵士達の反応を思い出し、ロインは苦笑いを浮べ『本当にこの町大丈夫かな?』と心から心配しつつ小屋に向かって歩き出した。
「ココ~おはよう~」
小屋に入りココがいる区切りまでくると、まるで時が止まったかのようにココは昨日別れた姿や立ち位置のままでロインが来るのを待っていて、ロインの姿を確認したココは突然動き出し一尾だが喜びに尻尾を大きく振り始めた。
千里聴で情報を集めていた時、この周辺を通った時ロインは気が付いていたがココはまるで石像のように微動だにしていなかった。神の眷属なだけあってその気になれば一年でも百年でも動かず待っていることが出来るのかもしれない。ココを連れ待合室に戻り、二人は椅子に座って待っているとサージディス達が宿にやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます!、サジさん、モウガンさん、サラさん、アニーさん」
「お、お、お、おう、おはよう、ございます」
宿に入った瞬間、宿の主人の声よりも早く落ち着いたノイドと元気なロインの挨拶が同時、ロインに名前を呼ばれてそれが自分達にかけられた挨拶と知った四人は度肝を抜かれつつ、なんとかサージディスが挨拶を返し他の三人も遅れて挨拶を返す。
「思ったとおり早いな。昨日魔物と一戦やりあったって聞いたから疲れて今朝は遅いかもしれないと悩んだんだが、その心配は無さそうだな」
サージディスなりにサイクロプス相手にした二人は疲れているんじゃないか、まだ眠っているんじゃないかと心配していたのだが、余計な心配だったと知りそんな自分に対して呆れた声になっていた。
「はい、おかげさまで」
ロインの疲れの無い元気な声、屈託の無い笑顔に「良い子だ~(父親と違って)」と若干一人だけ心の中で余計な一言が追加されていたが四人は癒されていった。そして一番後ろにいたアニーが前に出てきた。昨日の修道服から簡素な黒のワンピースに暗い灰色のショールを羽織っただけ、年頃の女性としては花もきらびやかさもない暗い服装だったが、もしかすると亡くなった父親の為の喪服なのかもしれない。
「実は今日は御二人にお話、お願いがあって来たのですが……朝食の方はもうとられましたか?」
「いえ、これから何処かで食べようかと思っていましたが、お願い、ですか」
「もし宜しければ朝食ご一緒しませんか?。今回助けていただいたお礼もかねていかがですか?」
アニーの依頼に、返事をしたロインはノイドを見た。依頼内容はおおよそ分かっており答えも既に決まっていたが、ノイドは腕を組み困ったように考え込むふりをした。
当然ふりに気づかないアニーはなんとか話を聞いて欲しくて更に付け加える。
「勿論お願いの方も話を聞いて駄目でしたら断っていただいても構わないので話を聞くだけでもどうでしょうか?」
全員の目がノイドを見つめるとノイドは座っている椅子の横に置いた荷物を手に取り立ち上がった。
「分かりました、お願いを聞く聞かないは兎も角お話だけは聞きましょう。
それと朝食をとるのに良いお店を知ってるのでしたら教えていただきたい」
「お願いと言うのは御二人にも王都まで護衛していただきたいのです。聞けば王都スカーチアからシュリンク教皇国に向かわれるとか。でしたらご一緒していただけないでしょうか?。王都までの依頼料はお支払いします。それに今は持ち合わせがありませんが、王都まで戻れば今回の護衛依頼料に加え昨日助けていただいた謝礼もしたいと思います。どうかお受けいただけないでしょうか?」
オープンカフェのような、店内でも店外でも食事が出来る軽食店。外にある一つのテーブルにサージディス達傭兵の三人が、もう一つのテーブルにロイン、ノイド、アニーがそれぞれパンとお茶、簡単な朝食をとっていた。他の客は店内に何人かいるがやはりと言うべきか、幻魔二人の存在に気が付かないふりをして朝食に集中している。
いち早く食べ終えたロインは「もう少し食べたいな~でもおごってもらっているしな~」と遠慮しつつもソワソワしていると、ノイドがパンをちぎり半分以上を無言でロインの前に差し出した。「ありがとう!」と嬉しそうにパンを、しかし今度はゆっくりと味わいながら食べる子供らしい姿にサージディス達は、「リッチや賊とやりあった同一人物とは思えんな」と声に出さず感想をもらした。
ノイドは残りのパンを、お茶を飲み干し一息ついてから「なるほど」と呟いた。