53・相違
サージディスとモウガンがまだ宿に向かっている時、ロイン達も屋上からではなく道に下りて宿屋に向かって歩いていた。
開いている店を探したが無い為早々に切り上げていた。と言うのもカザカルスでもそうだったが酒場や飲食関係のお店は比較的遅くまで開いているのだが、それ以外の商店、販売関係の店はそのほとんどが陽が沈むと同時に店を閉めてしまう。だからだろう、陽が暮れてから出歩いているのは町を巡回する衛兵か、一仕事を終えて酒を求める者達がほとんどだ。しかも今夜はロインの忍術で壊れた道を復旧する為に人員を割かれており、兵の見回りも比較的少ない。
宿屋の近くまで帰ってきたロインは立ち止まり、この周辺では一番高い七階建ての建物の屋上に目を向けた。
住宅層と呼ばれる建物、俗に言うマンション、共同住宅で壁に囲まれた人間の町では幻魔族とは違い一軒家ではなくこのような建物が数多く存在している。と言うのも人々を守るはずの町壁が原因で町の開発や発展を拡大、拡張する事が出来ず、皮肉にも人口増加に伴い上へ上へと建築物は増えていった。人口増加自体が王都ほど増えれば新たな町壁を作り町を大きくするのだろうが、住宅層のように上へと作る事で十分だった。
また本来なら町壁の『耐久性』などを考えれば定期的に作り変える必要性があったのだが、信仰系にある魔法で時間による腐敗や劣化を防ぐ『状態保持』の魔法があるお陰で、町壁を高くする以外わざわざ作り変える必要はなかった。二人は知る由も無かったが実際今ある町壁は二百年以上前、人間同士の戦争時に作られた壁であり魔物や人為的な破損は補修され、風化や劣化による破損はほとんど無い。
「どうしたロイン?」
立ち止まったロインにノイドが声をかけると視線を住宅層の屋上からノイドに移し、しかし少し言いづらそう答える。
「えっと……雨も大して降ってないし少しだけ忍術の鍛錬をしていいかな?」
「忍術の鍛錬?」
「うん」と頷きながら、右手の人差し指で頬をかきつつ少し思いつめた表情で答えた。
「ほら、魔獣の時とか、魔物の時とか、立ち回りも勿論あるんだけど……リッチは召喚ばかりで自分で動かなかったでしょ?、だったらもし『アレ』が戦闘中にもちゃんと使えていたらもっと楽に勝てていたなぁと思って……さ」
「なるほど、な。分かった、いって来い」
「はい!」
すぐにロインなりの考えを理解し笑顔で頷いた父に、ロインも笑顔で返し元気よくで住宅層に向かって走り出した。走るロインの後姿を見つめながら肩をすくめ宿屋に向けてノイドは歩き出し、そしてふと何かに気が付いたのか立ち止まり「折角やる気になっているんだ、一つ課題を与えてみるか」と心の中で呟いた。
住宅層の真正面まで来たロインは三階建ての建物の屋上から住宅層の屋上を見上げた。
残念ながら窓を除けばおうとつの無い平らな壁の建物は疾風迅雷などを使ってもロインでは七階屋上まで上る事は出来ない。かといって人が住んでいる所の窓を使って上る行為は、住人に見つかる可能性がある。ならばどうすれば良いか、何てことない、千里聴で町中に聞耳を立てていた時に発見、注目していた住宅層の左右の壁にある非常時に使うであろう階段を、千里視で周りに誰もいない事を確認してから階段を使い屋上まで上がった。
上まで上りきると屋上には窓の無い石の小屋が建っており、端から端までその小屋が占領していた。ロインは小屋の無い部分、通路として利用されている場所を正面に、囲いの壁を背もたれに使い胡坐を組んで座った。通路となる空間、端から端までおよそ四十メートルと幅は二メートル弱、向かい反対側の囲いの壁を『目標』として目を向けゆっくりと呼吸を整えて目を閉じた。
と、反対側の階段から上ってきたのか突然向こう側からノイドが姿を現した。
「ん?、父さんがなんで?」
閉じた目を見開き宿に帰ったはずの父が何故此処にいるのか、不思議そうな声を上げる。勿論四十メートル程離れた位置で普通では聞こえない声も千里聴を使えばお互い問題は無い。ノイドも距離など気にせず普通に会話を返していた。
「宿屋からランプを借りてきた。このランプを目標として使え」
「目標?……別に無くても大丈夫だけどありがとう、父さん」
ノイドは明かりの点いていない、油ではなくろうそくタイプのランプがよく見えるよう持ち上げながら「それと言い忘れていたが一つだけ助言をしよう」と優しく微笑んだ。
「助言?」
「忍術は得意と言えんが知識はあるつもりだ。知ってのとおりお前がモノにしようとしている術は本来戦闘用の忍術では無い。元は暗殺用の忍術、証拠を残さぬよう相手を殺す為に、その威力は火遁術のみでありながら合遁術を遥かに凌駕する。それゆえに里の中でもこれを使いこなせた者はこれを考え生み出した二代目半蔵様と、私と同じ十人衆の一人、霜雪轟之助の二人だけだ」
「二代目とソウセツゴウノスケ」
「二代目半蔵様は残念ながらお会いした事はないが、轟之助はよく知る同士で私とは正反対の男」
「正反対?」
「私が『里で一の剣の使い手』なら奴は、轟之助は『里で一の忍術の使い手』と呼ばれている男だ」
「一番の忍術使い」と小さく呟いたロインの目は遠く離れていてもよく分かる。是非会ってみたいと好奇心で目を輝かせていた。
「もっとも私の場合、里で一番と言っても三代目半蔵様であり、お前の本当の祖父であり、そして私の剣の師匠でもある禅蔵様には結局一度も勝てなかった。しかも双方とも忍術を使わず剣術のみでの戦闘、当時何度、どれほどあの方に心を砕かれた事か」
ロインの好奇心は驚きと変えた。自身の剣術は自惚れるつもりは無いが決して弱くはない、十分に強者に入れる能力はある方だと思っている。そんな自分がノイドと手合わせをする時、それこそ父を殺すつもりで剣を振り、しかしまるで歯も立たず簡単に返り討ちにあっている。達人の強さを持つ父ですら歯が立たない達人とは一体どれ程の使い手なのか。
「話が少しそれたな。習得できたのはたった二人、それ程までに厳しい術であるがまだ気を失ってでも使える三人目のお前は大したものだ。レネが、母さんがお前に魔法使いの才能があると言うのも頷ける」
ノイドはそう言いながら持っていたランプを囲いの上に置く。
「ただ違うとするならお前は敵の目に姿を晒しているのだ、まじめに暗殺用として使う必要など一つも無い。証拠を残さず殺す必要も無い、証拠など残せばいい。好きなだけその力をみせてやれ。必ず殺す必要も無ければ必ず生かす必要も無い、生かすも殺すもお前の自由だ。束縛されることなど無い、お前が思うままに力を振るえ。本当に暗殺が必要ならその時に習得すれば良いし、使えなくても他の術での暗殺も十分可能。ならばどうすれば良いか、閃風刃雷のように新たな術を考えたお前なら、人間としてではなく幻魔として育てられたお前ならその答えを出せるはず。いや、もう知っているはず。そこで今回やる気でいるお前に私から一つ課題を与えよう」
「課題?」
「忍術や魔法の特性、魔法と元々自然界にあるものとの相違について覚えているな?」
「はい、えーっと確か……」とレネに教えてもらった魔法に関する知識を一つ一つ思い出していく。
「例えば……自然界にある火、紙や布、木などがある条件を満たして燃える火と、何も無い所から魔法で作られた火は全く同じ火か?。否、これらは別物である。何故なら自然の火は有から有へ、紙など素材が燃え、そして灰へと別の物になる。それに対し魔法は……無から有へ、有から無となる。仮にマナを有、素材と例えたとしても……目標物を燃やさない限り灰は残らない。また油のように燃える液体の場合も、灰を残さずススや毒性を含む空気を発生させるが、魔法の火はそれすら発生しない。……そして火の属性だけに限らず他の属性も同じである……だっけ?」
「正解。風遁、かまいたち」
と、ノイドは目の前にあるランプに向けて、忍術を発動させた。
風の刃はランプを切り刻むかと思いきや、透明のガラスでほぼ密閉状態の中のろうそくだけが粉々に刻まれた。
「課題は『ランプが壊れない攻撃』、これを頑張ってもらおうか」
「本当に可能だったんだ……話には聞いていたけど父さん出来たんだ」
知識として知ってはいたが、これができる者は幻魔族でも大賢者、しかも歴代の中でも数人程しか使えなかったと聞いていた為、まさかソレを父が使えると知って良い意味でショックを受けていた。
ランプを床に置き直しながら「まぁな、これは十人衆は当然として上忍達でも九割以上が使用可能だったんだが」と、微笑を浮かべる。
効果範囲に入っていながら、特定の物、あるいは者には影響を与えないように忍術や魔法を使用する事が可能である。
大昔に幻魔族の町、テノアの街中にグレーターデーモンが出現した事があった。当然魔物は町と人々に攻撃、幻魔は数体の精霊を召喚しこれに対抗しようとしたのだが、精霊達は召喚した本人達ですら見た事もない程強力、広範囲の攻撃を町の中で使用してしまった。攻撃に巻き込まれた召喚主達は死を覚悟し、それを見ていた者達も魔物ではなく精霊に殺されるなどと思わず、精霊の攻撃に呆然とする者、悲鳴をあげる者、目をそらす者と誰もが友人知人の死を受け入れていた。ところが精霊の攻撃が消えた時、魔物が立っていた場所に宝石が落ちていただけで召喚主達は無傷、そればかりか道やまわりの建物にも一切の被害を受けていなかった。
この時に幻魔達は知ったのだ、魔法は効果、影響を与えたり与えなかったり使い分ける事が出きると。
もっともそれを知ったとは言え、目標物だけに効果を与え、それ以外の物には影響しない魔法が使えた幻魔はほんの一握りだけだった。
が、それらは忍者達にとって、ごく当たり前の事であり、精霊そのものもを知らぬ忍者達だが不思議と技術の一つとして伝えられ習得していた。
「多くの忍術や魔法が使えるのも悪くないが、このような使い分けが出きる力の方がいざと言う時には便利な事もある」
「分かった!これができればアニーさんみたいに人質を取られてもまとめて攻撃すれば、アニーさんだけを無傷で助け、賊だけを倒す事が出きる、って事だね」
「そうだな。場所や状況を気にして使用制限や強弱をつける必要も少なくなる。もっとも今すぐ必要なものでは無いし、今回の趣旨とは少し違う。課題に関してはオマケ、気軽にやってみろ」
「はい」
「それと分かっていると思うがもう一度言っておく……」
ノイドは背を向け囲いに飛び乗り、最後意地悪くニヤリと笑いつつ「ランプは借り物、壊すなよ」と一言残した。しかし心の中で『無理はするなよ』と優しく声をかけつつ、屋上から低い別の屋上へと飛び移り宿屋と帰っていった。
若干困ったように「だったらそんな物持ってこないでよ、それってもう習得しろって事じゃん」と愚痴りながらも「でも……」と父と同じ意地が悪そうにニヤリと笑っていた。
「助言じゃなく答えを教えてもらった以上、多少追い詰められた状況で習得しないとバチが当たるよね。課題の方は、まぁ頑張って挑戦してみますか」
ゆっくりと両手を顔の位置まで挙げると『パーン!』と大きな音が鳴り響く、ロインは真っ赤な手形が残るほど両手で両頬を叩き「よしっ!」と気合を入れた。