52・本物の恩人
「さぁ可愛い可愛い我が妹よ、これ以上ぶさいくになりたくなければ依頼について全部話してもらおうか」
「ほへんははい」
宿に帰ってきたサージディス達を出迎えたサラディナだったが顔を左右からひっぱられ、意外と不細工になっていた。
彼らはエメラルドクラスとまだ低い。三人が泊まっている宿、部屋はちょうど三人部屋だったがロインとノイドが泊まっている宿より部屋は広く内装も調度品も多少マシという程度の宿だった。
妹を開放しサージディスは杖を壁に立て脱いだローブを椅子にかけ、モウガンも槍斧を壁に、脱いだ鎧は床の上に置いていく。
「でもね、まだ聞いただけで正式に依頼を受けた訳じゃないんだよ?ギルドにはちゃんと行くって言ってるし」
サラディナは涙を浮べ両手で頬をもみほぐしつつ、兄に訴える。白っぽい下着姿でベッドの上で胡坐をかいていたサラディナ、と下着と言っても上はタンクトップのようなシャツにトランクスのようなパンツ、よく見ればローブや鎧の下に着ていた服を脱いだサージディスとモウガンの二人もまったく同じ下着を着けている。孤児として育った三人は休む時はこれが一番落ち着くと、子供の頃から大人になった今も同じこの格好だった。おかげでサラディナからは一切色気は感じられない、むしろ武装している時の方が女性らしい色気が出てるとサージディスの談。
「それはモウガンから聞いてるよ。だがお前はギルド抜きでも依頼を受けるつもりでいるんだろ?」
サージディスは靴を脱ぎ自分のベットで妹と同じように胡坐を、モウガンは部屋にある椅子に腰掛けた。
「そうなんだけど……助けてあげたいじゃない?」
ちょっと上目遣いで訴えてくるサラディナは、兄の目から見ても一瞬可愛く見えた為「あーこりゃモウガンも落ちるか」と納得。しかしサージディスは兄として厳しくも優しく自分の考えを妹に伝えた。
「助けてあげたいってのは俺だって同意だ。俺達だってガキの頃から色々な人達に助けられたお陰で今こうして生きているし、ダイアモンドの傭兵になるって夢を叶える為にこの家業を続けられてるんだ。だが俺達の恩人であるアインさんですら昔言っていただろ、傭兵は多少臆病なくらいがちょうど良い、成功の秘訣は何でもかんでも依頼を受けない、金に目をくらませない、クラスを上げる事に心を奪われない、人助けは素晴らしい事だが自分達だけで出来るのか、多くの人達の力が必要なのかしっかりと考えてから行動する、てな」
アイン・レガリス……三人とって命の恩人。ダイアモンドクラスの傭兵でありたった一人で最強の魔物、悪魔種であるレッサーデーモンやグレーターデーモンを倒せる最強の傭兵。アインは他の現役傭兵達も勿論、サージディス達の子供の頃からの憧れ、理想の傭兵だ。
しゅんと落ち込んでしまった妹に「俺もモウガンに人の事どうこう言えんな」と心の中で付け加えフォローする為、そしてこの暗くなった雰囲気を変える為、話題を変える為にあえて答えが分かっている事を質問をした。
「……まぁ俺も幻魔族相手に自分を見失っていたし兄妹揃って似た者同士、どっちもどっちだな。
あーそのなんだ、幻魔と言えばこの依頼に二人が関わってるって聞いたがどう言うこった?」
「実は護衛の依頼で私達だけじゃなくノイドさん達も一緒に依頼したい事らしいの。アニーさんは幻魔とかあまり気にしていないみたいだし、それに治癒魔法が使えるって事が一番大きいみたい。でもほら、この町の人達見ていたら幻魔が関係するのってあまりよくなさそうじゃない?」
「なるほどな、確かにギルド長の反応を見るかぎり傭兵でもない幻魔と一緒にって事になるならこの依頼、ギルド側は断りそうだな」
想像していた通り幻魔の二人にも護衛依頼する事にサージディスが頷くと「実は……」と続けた。
「この町の幻魔に対しての反応の事をギルド長に聞いたんだが、人類が滅びるから幻魔とは深く関わるなって言われたよ」
「!!!」
人類が滅びる。これにはサラディナとモウガンは驚いた。そして怯えるようにモウガンは呟いた。
「まさか、十六年前の、幻魔の町にいたあの悪魔はまだ生きているんじゃ……」
変えようとした雰囲気は更に悪くなり長い沈黙、モウガンとサラディナは何かを期待してじっとサージディスを見つめているが、サージディスは微動だにせず何も無い壁を睨んでいる。そして二人が聞きたかった言葉をきっぱりと言い切った。
「あの悪魔はもう生きていない。そもそもサラの言うとおりユー兄……ユーティーさんだって全部終わったって言ってたじゃねぇか。あの幻魔の姉ちゃんもそうだ。自分達が一番つらいはずなのに俺達の事を気にかけてわざわざ教会に来て無事終わったからって、俺達に謝罪したいって頭を下げてくれたろ?。俺は信じるよ、もう終わっている。この町の反応はもっと別の事だ。原因はやっぱりわからねえがな」
「そうね、そうだよね」とサラディナは頷き、再び三人は沈黙したが安心の沈黙だった。
と「あ!そうだ」とサラディナは何かを思い出したようにパンと手を一つ叩いた。
「どうしたサラ、安心して腹でも減ったか?」
「はぁ!?……なんでそうなるのよ」
場を明るくする為の冗談のつもりだったが蔑んだ目で返され兄の威厳は一瞬で消え「すまん」と謝った。サラディナは気を取り直しモウガンだけを見て、思い出した事を話し始めた。
「そうじゃなくて、人間と幻魔の歴史の話をした時、戦争を終わらせたのは天使で、あと竜と神獣を連れていたって二人が言っていたでしょ?」
「あ~リッチと戦った日の夜に話した幻魔の歴史の事か」
「そう、ちょっと違うかもしれないんだけど……戦争を終わらせた天使ってもしかしてアインさん達の事じゃない?」
「アインさん達が天使?」
何故そうなったのか、モウガンは腕と足を組んで「ん~どうしてだ?」と考え始めたので、サラディナは自分の考えを伝えた。
「そもそも十六年前、アインさん達三人が北アティセラに渡った理由って幻魔族をまとめていたって言う大賢者に会う為でしょ?。でもその直後に戦争を起こしたのがその大賢者だったのなら三人が戦争を終わらせたんじゃないのかな。たとえば幻魔のお姉さんが天使で、ユー兄とアインさんのどっちかが神獣と竜扱い……は、さすがにあれだけど、どうかな?」
「それだったらユーティーさんの方が天使じゃないかな?。あの人は当時まだクリスタル、登録したばっかりの傭兵だったけど凄く優しい人だし不思議な力も持っていた。それに今は幻魔の町で暮らしているんだ、ノイド殿の話を含めればユーティーさんが賢者になっていてもおかしくないと思う」
ユーティー・シルケイト……もう一人の命の恩人。傭兵になったばかりのクリスタルクラスでどこか弱弱しくアインの弟子である男だ。初めて会った時は最強のダイアモンドと最弱のクリスタルがどうしてコンビを組んでいたのか、どうしてチームを組まず一人でいる事で有名だったアインが新人のユーティーを弟子にしていたのか分からなかった。だが彼らの恩人の一人になった時、何故相棒にしていたのか分かったような気がした。
サラディナの言いたい事を理解したのか、自分の考えを語るモウガンだが同じく理解し立ち直ったサージディスも会話に入ってきた。
「いや、どっちかと言えばユーティーさんは悪魔じゃねぇか?」
「え?」
驚いて見つめ返す二人にサージディスは笑って肩をすくめた。
「言っておくが命の恩人の悪口を言うつもりはねぇぞ。今でもアインさんと同じくらい尊敬しているし感謝もしているし目標でもある。悪魔って言うのは見た目だけの姿ってだけで本物の悪魔だなんて思ってねえよ。それに瞳だって俺達と同じ瞳で魔物の紫じゃなかった……お前らだってちゃんと覚えているだろ?」
「うん」
二人が頷くとサージディスは嬉しそうな笑顔になると、スッと立ち上がりベッドの上で腕を組んで仁王立ち、ニヤリと悪そうに笑う。しかし残念な下着姿にさまにはならなかった、むしろダサい。
「あの時、一瞬見せたあれが何なのか知らねぇし確かに悪い噂もあるけど俺はユーティーさんを信じる。もし誰かが、あの人を悪い悪魔だといって倒そうって不逞の輩がいたら俺は傭兵を辞めてでもユーティーさんの味方になるぜ」
「兄さんが傭兵を辞めるなら私達も辞めないとね、モウガン」
「ああ、そうだな」
傭兵に対して強い信念のようなモノがあった筈だがあっさりと辞めると言い切るサージディスに二人はそんな事は当たり前と、同じ笑顔で自分達も辞めると同意した。
「お前ら……まったく仕方がねぇな、アニーさんの依頼、ギルドが断っても俺が受けてやるよ」
「本当!?」
「ああ、ただ旦那とロインは傭兵じゃねぇんだ、引き受けてくれるかは知らねぇぞ」
「有難う!兄さん!」
「良かったねサラ」
「うん!」
自分について来てくれるサラディナとモウガンにサージディスは嬉しくも、
(甘すぎて俺もモウガンの事どうこう言えねえな。これだから何時までたってもエメラルドからサファイアに上がれないんだぞ、もっとしっかりしろよ俺)
手を合わせて子供のように喜ぶ二人を見つつ、そう自分を叱咤しながらもそんな今を幸せだとサージディスはかみ締めていた。