51・偽装
魔法の火を消し自分で宿屋に向かって歩き出したサージディスの腕を放したモウガンが小声で自分の考えを語り始める。
「さっきの続きだがそう、あれだ。あの袋は火薬、あれで攻撃魔法の威力を上乗せしたんだと思う。それにいくら魔法が苦手と言ってもそれは幻魔族の中での話。その力は人間族の魔法使いや魔法士を超える強さはあるはずだ。そこに火薬の効果を加えたのなら簡単にサイクロプスを倒せるほどの威力を期待できる、最初の音もあの穴もこれなら納得できるだろ?」
「ああ、確かに東アティセラじゃ火薬を使った武器があるって噂話を聞く、魔法とは違う形で魔物に効果的なのかもな。だが火薬なんてそこらの店に売ってるなんてないはず。そう簡単に手に入らないだろう?、ならば一体どうやって幻魔族が手に入れたのか、俺達が知らないだけでこっちじゃ簡単に手に入るのか。いっそうの事そこらにいる兵士でも捕まえて聞いてみてやるか」
ゆっくり歩きながらすれ違う衛兵を避け、持っている杖で肩を叩きながらサージディスは道の復旧に動いている者達だろう、前から後ろから行き来する衛兵達を物色した。この国の事はこの国の者に聞くのが一番の正解。ましてや火薬が一般的に流通しているとは思えない。ならば国に仕えている兵士達なら軍などで使用されている、使用されていないくらいは分かるはずだ。しかしモウガンは首を振る。
「そんな事しなくても後日商人関係者でもあるアニーさんにでも聞けば良いんじゃないか?」
「アニーさん?」
「ああ、診療所でアニーさんに異常は無いことが分かって明日にでもすぐ王都に戻りたいそうで、アニーさんから直接王都までの護衛の依頼があったんだ」
しかしこれにはサージディスは訝しみ少しだけ眉毛を上下に歪め足を止めた。
「は?アニーさんに問題が無かったのは良かったが何で直接だよ?。ギルドには通さずにか?」
ギルドを間に通し依頼する事、依頼を受ける事は傭兵にとっても意外と重要なものだ。ギルドには国の後ろ盾があり契約の腕輪がある。これは傭兵側だけではなく依頼者側も問題を起こさぬように腕輪が使用される事がある。よくあったのが金銭問題で全額支払いを渋る者の存在。最初から全額を払えば腕輪をする必要も無くなるのだろうが、ごく稀に前金だけ払って『やれ傭兵の態度が悪い』『やれ時間がかかりすぎる』など難癖をつけ後金は払わない者もいるからだ。
ならばとギルド側は逆にそれらを契約内容に取り込んだのだ。本当に傭兵の態度が悪い場合後払いの必要は無し、本当に約束された時間より遅れた場合後払いの必要は無しなど過去にあった難癖は全て契約に取り込まれた。中には内容によっては前金、既に支払われた全額返金も起こりえた。これにより最初から全額払うつもりでいたまともな依頼者もお互い腕輪を使った契約も安心であり、逆に最初から後金を払うつもりが無い詐欺依頼者は契約違反の対象となり排除できるからだ。
ただ残念ながら双方安心安全のハズのこの仕組みを犯罪者でもないのに嫌がる者もいる。それが自称冒険者である傭兵達だ。ギルドを通せばその依頼料の一部はギルド側に入る、当然自分達に入る依頼料が減ってしまう。それなら自分達の安全の為多人数でチームを作り、依頼料は全額自分達に、クラス関係なく自分達で依頼のえり好みが出来る、『傭兵』としてではなく『冒険者』として活動した方が利点があった。
しかしその場合詐欺依頼者が喜んで彼らを利用するのでは?……と普通はなるのだがそれらも腕輪を利用して冒険者は依頼を受ける。それは彼らは人殺しは許されていないが『抵抗する犯罪者の殺害は許されている』という事、この契約を逆利用したのだ。相手がまともな依頼者なら冒険者達もまともに、相手が詐欺依頼者なら殺してでも金銭、金になりそうな物を依頼料と称し戴く。これに対し表向きはギルドも注意、警告をするものの腕輪により冒険者側とギルド側の間にある契約は守られており、更に詐欺依頼者の数が減るのだからギルドも国もそこまで真剣に無くそうとはしていなかった。
その経緯があるからこそサージディスにとって傭兵は傭兵であり、たとえ自分達がチームを組んでいても決して冒険者ではない、傭兵イコール冒険者ではない事にこだわっていた。
モウガンもその事を良く知っているからこそ歯切れが悪い。
「実は……明日アニーさんがギルドに行くつもりなんだが……ただどうも幻魔の御二人も関わっているようで……」
「待てモウガン、どうも重要な話みたいだから宿に戻ってサラを含めた三人で話をしようか」
この依頼はサラディナとアニーの二人だけで交されたものだろう、「すまない」とモウガンが謝るとサージディスは人生で一番ではないかと思えるほど深い深いため息を付いた。
「はぁぁぁぁぁ……なぁモウガン、お前サラの尻に敷かれすぎだ。あいつを想って大切に、優先に考えてくれるのは兄として嬉しいがもう少し強く出ろ。サラには遠慮せずビシッと、思ったことはしっかり口に出せ、頼むぜ兄弟」
小さく消えそうな声で「うん」と頷くモウガン、兜でその顔を見る事は出来なかったが恥ずかしがってる、照れてる雰囲気を存分にかもし出していた。
立ち去るサージディスとモウガンを驚いた顔でロインが、特に気にしていない様子でノイドが建物の屋上から見つめていた。
「驚いた、父さんの偽装の一部見破るなんてサジさん凄いな……答えは全部外れてるけれど」
偽装とは町への侵入を隠す為に、町に出現した魔物を二人の魔法で退治した事。派手に、あえておおごとにする事で山からの滑空帰還に誰からも気付かれないようにしていた。更に町を救ったという事実、町の人達に恩を売る一石二鳥の効果もあった。
事件の後、帰るふりをしてロインとノイドの二人は衛兵達を監視をしていた。今回の騒動で幻魔について、町の人間が幻魔に対してどう思っているのか会話してくれる事を期待して監視していたのだが残念ながら欲しい情報は一切入らなかった。サイクロプスを退治した事や魔法に関して多少の賞賛はあったものの人々の態度の原因となるだろう過去、話は出てこなかった。しかしそこにモウガン、少し遅れて帰ってきたサージディスと調査隊がやってきたのだが……。
「見破られても別に構わんさ。見破られてもむしろそれをきっかけに幻魔に対する彼らの、この町の人々の心情や心境を、とその程度の物だ。それにしても私達に関わる話か。アニー殿と護衛、これでおおよその予想は出来そうだが」
「でもどうする?父さんが言っていたギルド長、復旧作業でギルドに戻りそうにも一人きりになりそうもないけど」
村での会話でこの町で何かがあった事とその何かが何なのかギルド長は知る者。一人になった時に接触、場合によっては恨みはないが彼をさらい拷問をしてでも吐かせようとノイドは考えていたのだが自分達が破壊した道の復旧で無理なようだ。
「今回は偽装が裏目に出たか」
ノイドは空を見上げ呟く。この時、雨がぽつぽつと降り始めていた。自分が着の身着のまま、雨に濡れるのは過去の任務で慣れているがロインには着替えは必要だろう。それに渡り鳥を探す理由などから忍び装束がよく見えるよう全面的に押しているが場合によっては、今回のようなレティーフルの人々の反応を見ればフード付きのマントなどで幻魔であるその姿、忍びである事を晒さないようにする必要が今後十分にあるだろう。
「残念だがここまでにしよう。それと笠……は無いだろうから代わりにフード付きマント、それと着替えとして忍び装束以外、ローブでも購入しても良いだろう。ただ時間が時間だ、店が既に閉まっている可能性もあるが少し探してみるか」
「はい」
サージディス達とは違う方向へ、黒い影は屋根の向こうへと消えた。