49・偽りの恩人
「土遁、奈落。土遁、障壁」
夜空は静けさを取り戻し、しかし辺りが騒然と騒ぎ始めたが誰もいない道に下りると同時に直径六メートル深さ三メートル程の半球の穴、道を塞ぐクレーターのような穴が作られ、高さ三メートル幅一メートル、まるで石版のような石の壁がその穴の周りを全て囲うようにそそり立った。
壁の上にロインが、遅れてノイドも壁の上の一つに降り立つ。
「サイクロプスならこれくらいの規模で良い?」
穴に視線を向けたままロインが尋ねるとノイドは頷いた。
「上出来だ。では派手に頼む」
「はい!」
マフラーを口元まで上げ、そして範囲は可能なかぎり抑えつつも精霊魔法強化による効果で周囲に轟くよう音に特化した忍術が穴の中心で発動した。
「合遁、花火!。合遁、花火!。合遁、花火!……」
ロインの声が辺りに響いたのは最初の一声、それ以降は花火の音にかき消され聞こえる事はない。同じ術が穴の中で何度も途切れる事無く連続で発動し続け、穴から大量の煙幕がモクモクと柱のように聳え立った。
当然周りに最初の落雷のような音を聞いて家から飛び出した人々が集まりだし、騒ぎを聞きつけ町人達を押しのけやってきた衛兵達が突然道に生えた、石版のような石の上に立つロインとノイドの二人の姿を見つけ呆然とした表情で見つめたまま固まってしまっていた。
合遁花火が二十回程発動した後、巡回していた衛兵が何人か集まった時、忍術、魔法を使っているように見せかける為片手を穴に向けているノイドがロインに頷き合図した。頷き返したロインは煙幕が充満する穴に飛び込み、特に何かするまでもなくのんびりと懐からサイクロプスの宝石を取り出した。
「幻魔族じゃないか……」
「あの壁みたいなのは何?一体何が起きてるの?」
「この町はどうなるんだ?」
幻魔の二人に気付かないふり、関わらないようにしてきた町人もこれには流石に無視出来なかったようだ。先程までの激しい音と立ち上る煙幕を目印に少しづつ集まり始め目の前で起きている情景とその原因である幻魔の姿に人々は戦々恐々としていた。
「此処は我々が対処する!皆さんは建物の中に非難するんだ!早く!」
一人二人とこの状況に立ち直りつつある衛兵が町の人々に向かって声をあげこの場から退去させようと動き始めた。幸い初めからいるものは素直に従い後から来た人々は幻魔族がこの騒ぎの原因だと知り逃げるように即座に立ち去っていた。衛兵の指示に従い大きい道や細い道を使い手際よく此処を離れ、ものの数分で騒ぎを聞いて駆けつけた数人の傭兵と兵士だけになった。
とは言え彼らも如何すればいいのか困ったように遠巻きに、煙が出ている場所に視線を向けているノイドを見つめる事しか出来ていない。
大事になっていなければ笑って無かった事にしたのだろうがこれ程の騒ぎとなるとそれも出来ない。今は村への調査でこの町でまともに動ける兵士と傭兵の数は多くない。更にこの町に二人しかいないな魔法士も一人が残ってくれてはいるが運悪く近くにいない為、此処に来るのにもう少し時間が掛かる。
若い衛兵達は傭兵の手も借り一般人が再び来ないよう離れた場所でまだ外にいる人々に建物内に戻るよう指示をする為に駆け回ることになり、ベテランとは言え更に少数となってしまった年配の衛兵はどう対応すべきか小声で話し合っている。
とノイドは石壁から飛び降りゆっくりと衛兵に近づいていくと衛兵達は恐怖からか若干引きつった顔をして、しかし剣を抜いて身構えることも出来ず、もはや成り行きに身を任せている。ノイドはゆっくり衛兵の前まで歩くと二メートルほど離れた場所で立ち止まり小さく頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「騒ぎを起こしてしまい本当に申し訳ありません、兵士の方々」
これから起きうる事に若干身構えていたがノイドの謝罪の言葉に一瞬で毒気を抜かれた衛兵達はポカンと開いた口が閉まらなくなっていたが一応彼らの中で隊長格なのか不明だが年配者らしき男が反応を返してきた。
「いえ、その、大丈夫ですか?この騒ぎは一体何があったのですか?」
町を守る衛兵としては明らかに正しい反応とは言えないが、ほぼ想定通りの反応をしてくれる衛兵にノイドは心の中で感謝し答えた。
「はい、実はいくつか旅で使用する、欲しいものがありましたので買い物に出かけたところこの町の中に魔物が突然現れたのです」
「魔物ですか」
魔物が町の中に現れたと言うのに驚きは無い。実は魔物の誕生は繁殖による誕生ではなく召喚されたかのように突然発生する。その発生場所は決まっていない。この世界、このアティセラ大陸全土なら何処でもどんな場所でも魔物は突然出現する。それは町の町壁を越えた町の中はおろか各国の王が住まう城壁内、城の中まで極まれに魔物が発生する事が十年数に一度くらいは起こる。非常に珍しい事だが決してありえない事ではない。とは言えやはり町の守り手としては非常に頼りない反応だ。
「ええ、被害が拡大しないようああやって壁を作りあの中で魔物を倒し、今息子が魔物の宝石を回収しているところですが……出てきたようです」
突如壁が1つ消えそこから出てきたロインが真っ直ぐノイド達の方に歩いてくる、その右手には小さな宝石が確かに握られていた。
「父さん、終わったよ。あ、兵士さんこんばんわ」
宝石をノイドに渡しながら衛兵達に笑顔で挨拶をするロインに釣られて衛兵達も「あ、どうも」とか「こんばんわ」などそれぞれが返していく。宝石を受け取ったノイドは極自然にそれを目の前の衛兵の一人に差し出した。
「どうぞお受け取りください兵士殿」
「え?」
差し出された手と宝石とノイドの顔を交互に視線を移しながら戸惑っているとノイドは優しげに微笑みその真意を答える。
「理由はどうあれあのように道を荒らし、騒ぎを起こし皆様方のご迷惑を掛けたのです。それに我ら幻魔族はそれ程お金を重要視しておりません、ゆえにこの宝石を売ってお金に換えようと思っておりませんので今回の騒ぎのお詫び、と言う意味を込めてこの宝石を収めください」
更に後ろにいたロインが前に出て後を続ける。
「それに兵士さん、あの道に作った壁は消せますけど魔法で壊れた道を元の状態に戻せるわけではありません。そこでもしよろしければその宝石の賞金を道の修繕費として活用していただけると助かるのですが?」
ロインも笑顔で答える。まだまだ少年、この大陸の15歳と同年代から見れば若干幼く見えるロインの笑顔は種族の違いがあれど(と言っても実際には同じ人間のはずだが)その笑顔に衛兵達は安心し癒されていった。
「そう言う事でしたら遠慮なく」
ノイドから兵士に宝石が渡るとロインは石壁を消しに戻る。何人かの衛兵が幻魔の魔法に興味があるのか確認と称しついていく。土遁障壁で壁を消すと「おお」と小さな声が上がったが、壁の中心から現れたクレーターのような大きな穴を見て悲鳴とは言わないがかなり驚いた声が上がった。穴は土遁奈落によって作られた物だったがそれを知らない衛兵達は攻撃魔法によって出来た穴だと思い込みその威力に感歎と恐怖を込めて穴や二人に目を向けていた。実際穴も奈落で作られた綺麗、なめらかな状態ではなく花火によって更に大きく、荒れた状態になっており見た目にも魔法の威力を勘違いさせるに十分な状態だった。
「それでこれから私達はどうすれば良いでしょうか?」
「え?これから?」
質問をされた衛兵達は質問の意味が判らないのか石壁を消して戻ってきたロインとノイドを交互に見た後、衛兵達はお互いの顔を見ていく。『心ここにあらずと言ったところか』とノイドは内心苦笑いを浮かべるも、もう一度伝えたい事、聞きたい事を聞く。
「失礼、此処に残り今回の魔物の出現や魔法の使用について取調べ、聴取は必要でしょうか?」
「あ!……少々お待ちください」
やっと気が付いたようだが即答出来なかったようで衛兵達は二人から離れ相談し始めた。もっともいくら離れていても千里聴でその内容は二人に筒抜けであったが。
「どうすればいい?」
「どうと言われてもな……」
「兵士長は調査の隊長として出ているし副兵士長に指示を仰ごうにもまだこちらに到着していないし」
「副兵士長は今南側周辺だったか?」
「ああ、兵士長も副兵士長も魔法士もいないしどうすれば……」
一番の年配者がこれぞ『亀の甲より年の功』と思わせるほど落ち着き胸を張った調子で名案を口に出す。
「とにかく幻魔の御二人に失礼な事は出来ぬ、今は帰ってもらってもらおう」
「良いのか?」
不安そうに聞く他の衛兵に案を出した衛兵は自信満々に首を横に振った。
「いや駄目だろう。だから後日話を聴きに行くかもしれないと宿を聞いておいて今は帰ってもらうのだ。本当にどうするかは帰ってきた兵士長に相談してからでも遅くないだろう」
「おおお!」
いい歳をしたおっさん、もとい衛兵達がこれ以上無いだろう結論に嬉しそうにガッツポーズをしている姿を見てロインは「この町大丈夫かな?」と本気で心配していた。
若干嬉しそうな顔のまま衛兵達が二人に歩み寄り、やはり年配者が代表してノイド達に答えた。
「お待たせしました。御二人には帰ってもらっても問題ありません。ただ後日、おそらく明日にでもお話を聴きに行くかもしれないので泊まっている宿をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ノイド達が立ち去った後、緊張感から解放された衛兵達はその場で座り込んだり、なんとか動ける者は荒れた道の状態をたいまつで照らしながら確認したりしている中、一人だけ自分の右手の中にある物を驚いた顔で見つめていた。
「おい、どうした?」
衛兵の一人が声を掛けるがかけられた方は反応がない。
「おい、聞いているのか?」
今度は肩を揺すりながら声を掛けると顔を上げて見つめ返したのだがすぐに右手に握られた宝石に視線を戻しどこか呆然とした返事を返した。
「あの二人がいなければ被害はもっと甚大になっていたかもしん、もっと大勢の人、もしかすると俺達も死んでいたかもしれん」
肩を揺らした衛兵は同僚の右手に握られた宝石を見て大きく目を見開くと呟いた。
「……サイクロプス、国家最重要危険視第二種」
周りにいた衛兵達の中でその呟きを聞き取れた何人かだけが顔を強張らせ固まっていた。