4・神隠しと幻魔族
幻十朗は眠りから覚醒した。
しかし布団の心地よさに心は早く起きろと言っているのに体はこの心地よさに身を任せていたいと
欲していた。
しかし里のでの襲撃と才蔵を思い出し一気に跳ね起きた。
「才蔵様!」
周りを見ようとしてすぐに才蔵は見つかりほっとした。
ベッドのすぐ傍にゆりかごがありその中に才蔵が眠っていた。
ただやはりと言うべきか才蔵の足元に一緒に子狐が眠っていた。
「九尾の狐・・・どっちも夢ではなかったのか・・・」
幻十朗は記憶を掘り起こしていた。
巨樹の穴で眠っていた妖弧。
光に包まれ気を失い気が付けば今度は人の上で眠っていた妖弧。
そして今は才蔵と一緒にゆりかごですやすやと眠っている。
ふと逃げている途中かなりやられたと思い自分の体の具合を確認したのだが驚くことにまるで怪我なんて最初からしていなかったように傷跡も痣もなく綺麗だった。
服装も装束ではなく白いガウンを着せられていた。
念の為色々体を動かしていくも痛みも違和感も無い完全な状態だった。
おかげでやっぱり里の襲撃は夢ではなかったのかと思うほどに。
「それにしてもここは?」
幻十朗は自分が寝ていた部屋を見渡した。
木造の部屋だが自分が今まで暮らしていた里の家屋とは明らかに違っていた。
机、椅子、カーテン、クローゼット、自分が今座っている布団の下にあるベットもどれもが初めて見るものばかりだ。
ベッドから下り立ち上がって窓の外を見るとまるで見たことも無い町並みに衝撃を受けた。
(何だこの町は?まてまて!これはもしやいつの間にか海を越えた大陸につれて来られたのではないのか?しかしよく分からんが一週間二週間程度で海を超えられるものなのか?それとも怪我が無いのだ、もっと眠っていて完治するほど時間が経ったのか?)
幻十朗は現状を確認しようとしたが結局やめた。
おそらくだがこの答えを知っているのは眠りに付く前すぐ傍にいた女性ではないだろうか。
ならば本人に聞くのが確実だろう。
とは言えどうするかと考えていると足音が聞こえてきた、二人分だ。
幻十朗は刀を探したがこの部屋にはなかった。
自分が着ていた装束も禅蔵から預かった風呂敷も
半蔵から渡された妖刀もなかった。
(手当てをしてもらった・・・んだよな?これは。なら恩人、敵ではないと思うべきか)
布団の上に戻り大人しく足音の主が来るのを待つ、
そして扉が開いたそこからおそらく先ほど考えていた女性だろうと思える女性が部屋に入ってきた。
「!、目を覚まされたのですね、体の具合はいかがですが?」
「良かった、気が付いたのね。大丈夫?」
女性の後ろから別の女性が顔を出した。
先ほどの足音のもう一人だろう。
幻十朗は完全に警戒は解いたわけではないがその場所で正座になり頭をふかぶかと下げた。
「お二人が我らを助けて頂いたのですね、此度はありがとうございます」
しかし二人からは何の反応もなく、ただ何故か驚いている雰囲気がただよっていたのでゆっくりと顔を上げると何故かぽかーんと口を開けてこちらを見つめていた。
何かがおかしかったのだろうか?と幻十郎はおそるおそる質問した。
「・・・あのー何かありましたか?」
「・・・あ!いえ!・・・うふふふっ、ごめんなさい、謝罪以外で土下座する方は初めてみましたので」
「あ、あぁそういう事でしたか驚かせてすみません」
幻十朗は普通に感謝を込めてと思ったんだが、(なるほど文化の違いか、土下座で感謝の言葉はこの地ではおかしいのかもな)と安心し笑っている二人を観察した。
最初に入ってきた女性、助けてくれた女は年の頃なら16~7くらいか、長い黒髪を水色のリボンでポニーテールにしていて足膝くらいまでの長さがあり細身で手足はスラリと長い女性だった。
服装は長袖の黄色いシャツに首元を隠れるほどの大きい襟に頭と同じ水色のリボン。
また左手だけ灰色の手袋をつけている。
下は白い短めのスカートを穿きながらも何故かその下に白いズボンを、靴は茶色のロングブーツを履いていた。
もう一人の女性は姉なのか幻十朗と同じかやや若いくらいか、顔立ちは非常に似ていた。
ただ髪型はもう一人と違い肩位までの黒髪、服は白い半袖シャツにもう一人と比べると首元が開き気味だった。
下は長め足元が隠れるほどの長いオレンジ色のスカートを穿いている。
ただ気になるのが彼女の左腕、刺青だろうか植物の蔓のような絵が描いてあった。
もちろん年頃の女性としては刺青は珍しいというのもあるのだが驚くべきことにその刺青が緑色に少しだけ発光していたのだが・・・。
「改めてありがとうございます。私の名前は・・・」
そこで言葉が出なかった。
追っ手がいる状態で名前を言うのはまずくないか、巻き込んでしまうのではないか、それに・・・。
(この二人が里を襲った獣を操っていた張本人、仲間じゃないとも言えないか)
敵なら殺せばいい、だが違っていた場合巻き込むのは駄目だ。そこで幻十朗は全部を言わず最低限の真実だけ話すことにした。
「申しわけありません。実は私達、いや私よりもそこに眠っている子供がなのですが・・・命を狙われているのです」
「「命を?」」
「はい」
幻十朗は伊賀や忍者の事は言わず住んでいた小さな里に突然動物の群れに襲われて逃げていたらこの町に来てしまったと伝えた。
二人の女性はあっさりと納得した。
「なるほど、それで爪や牙でやられたような傷があったのですね」
「はい、ただその動物たちは何者かに操られていた可能性があって追っ手の可能性があります。自分としてはその子を守り・・・」
そこまで言ったところで才蔵はぐずつき始めた。
子狐もそれに気付き起き上がり何故か女性の方を見るとすぐに髪の短い女性が才蔵を抱きかかえてあやし始めた。
ただどうやらオムツのほうらしく非常になれた手つきでオムツを替えていく。
才蔵も気持ち良くなったのか彼女の腕の中でまた眠り始めた。
子狐もそれが何故か嬉しそうに
九つの尾を左右にゆらゆらと振っていた。
「ありがとうございます。それにしても随分赤ん坊の扱いが上手なんでね」
「ええ、手のかかる娘のおかげで慣れていますから、それに引き換えこの子は手が掛からないわね」
「ちょっと!余計なこといわないでよ!」
髪の短い女性の言葉に何故か顔を赤くして怒る髪の長い女性。
幻十朗は今一よく分からない、が気が付いたことが一つあった。
「もしかして私が眠っている間ずっと子供の世話を?」
「ええ、でも本当に気にしないでね、赤ちゃんの世話をするのは大好きですから」
「そうですか・・・ただお聞きしたいことがあるのですが、私は怪我をしていたはずですが今は何ともありません。それほど、回復するまでに私は眠っていたのですか?」
それには髪の長い女性が教えてくれた。
「いえ、あなたを発見したのは昨日の昼の事。私が治癒魔法で怪我を治療したんです。神聖魔法が使えますので」
「・・・まほう・・・ですか」
幻十朗はまるで何の事か分からなかった。(まほう?しんせい?薬草の名前か何かか?)そう思い立ち改めて聞きなおした。
「失礼、その『まほう』と言うのは薬草か何かですか?」
その言葉に二人の女性は驚いた顔をしてお互い顔を見合わせた。
(これはもしかして不味いことを聞いたか?それとも最悪・・・)
幻十朗の目が少し細くなった。
助けてくれた恩人には間違いないがもし才蔵や幻十朗の害となるなら消す必要がある。
とは言えここが本当に海を越えた異国だった場合を考え何としても情報がほしいところだった。
二人は何か意を決したようにうなずき幻十朗に顔を向け髪の長い女性が話しかけてきた。
「失礼ですがあなたはもしかして・・・『人間』ですか?」
「!!!!」
幻十朗は驚きうまく思考が働かず返事ができなかった。
才蔵を起こさぬ様にそっとベットに戻し二人は並んで椅子に座った。
子狐は3人に気に留めず再び才蔵の足元で丸まった。
「やはりあなたは人間族なんですね・・・改めて自己紹介しますね私は『幻魔族』のレネ=テノアと言います。こっちは私の母です」
「アイル=テノアです、よろしく」
髪の長い女性がレネ、短い方がアイル、そして人間ではなく自分達を幻魔族と言った存在。
この時幻十朗はひとつの可能性を思い浮かべていた。
『神隠し』
突然姿を消す。
ただ普通に事件事故に巻き込まれて命を落とし帰ってこないなら神隠しではない。
しかし嘘か真かある子供は姿を消し何十年も過ぎてから帰ってきた、行方不明になった当時の子供のままで。
ある若者は姿を消し2~3日で帰ってきた、年老いた姿で。
ある老人は町から町へ早馬でも三日はかかる距離をわずか数秒で移動したものもいる。
時間の流れが違う世界、妖怪魑魅魍魎が跋扈する世界、我々の常識とは異なる世界、地獄極楽、ふと幻十朗は子弧を見た。
あの夜、里は襲撃を受け自分は才蔵を連れ逃げた。
そんな自分達を獣が追いかけてきた、そこで出会った謎の九尾の狐、伝説の生物、獣たちが恐れる程の存在、もしかしてこの子狐に・・・。
―私達は『妖怪の国』につれられてきたのではないだろうか?―
黙ってしまった幻十朗、そんな彼に気を使うようにアイルは立ち上がった
「今はこれくらいにしましょう、あなたには少し心の整理が必要のようですし・・・お腹は空いていませんか?」
「・・・いえ、今は大丈夫です」
「そうですか、もうお昼は過ぎていますから今夜の夕食の分はちゃんと用意しますから食べてください、赤ちゃんの方は何かあったら遠慮なく言ってくださいね、ミルクも代えのおむつもありますから」
「・・・ええ、ありがとうございます」
「それじゃゆっくり休んでください、レネ、行きましょう」
「はい」
二人は部屋から出て行った。
足音は間違いなく遠ざかっていく。
幻十朗は深いため息をつきベットに倒れこんだ。
「いったい何が起きている・・・」
目を閉じた幻十朗は普段祈らぬ仏様に祈りながら眠りについた・・・どうかこれが夢でありますようにと。