46.調査隊、調査と嘘と疑問
「各自警戒を怠るなよ!傭兵達がいるからと言って油断するな、相手はビャクオンだけではない。魔獣や魔物が出てくる可能性もある、建物や森の影に十分に警戒しろ!」
魔法士による明かりの魔法でおそらく16年ぶりに明るく照らされたこの村に、今回の調査隊をまとめる隊長の声が響きその声と傭兵と兵士の発する緊迫した気配に数匹の野犬が森へと逃げていった。
隊長の指示を受け兵士達は教会の中でキビキビとした動きでほぼ骨だけとなった盗賊の遺体を調べながら布製の袋で回収していた。数人の若い兵士はこのような惨状にまだ慣れていないのか顔を青くしており中には吐く者もいて遺体回収には役に立ちそうに無い為、ビャクオンや魔物の襲撃に備えて周辺警戒に当たる事となった。
そんな中サージディスの情報で部屋からビャクオンに食べられなかった4人の傭兵達の遺体をサファイアクラスの傭兵達が丁重に運び出していた。ルビークラスの傭兵は主力として若い兵士達と一緒に森や建物の影から獣や魔物が飛び出してこないか睨みつけるように見張っていたが、幸いその中で森に隠れ潜むノイドの存在も風遁術にも気が付いた者はいない。
「それにしても盗賊の遺体はともかく随分と派手にやったな。建物の入り口なんて吹き飛んでるじゃないか」
ギルド長が壊れた入り口の壁に触れながら教会内を見渡す。教会の奥の祭壇があった場所まで扉の破片が散乱しており、
しかし皮肉にも爆風で吹き飛んだ盗賊の体の各部分もほぼ綺麗にビャクオンは平らげていた。とは言え血の後はしっかりと残っており比較的小さな肉片の一部はそのまま散乱していた為それが若い兵士には厳しかったようだ。
「そりゃ幻魔族の魔法で吹き飛んだんだ、これくらいは普通なんだろ」
「……そうか、そうだな。しかし生存者ゼロとはな、君の魔法でも何とかならなかったのかい?」
ギルド長の言葉にサージディスは一瞬だけ顔をしかめた。その一瞬だけノイドの顔が思い浮かぶ。この時決してギルド長はサージディスを責めていた訳ではない、実際今この場には明らかに不釣合いな明るい声だった。
サージディスは小さく息を吐いた後困ったように肩をすくめて負けじと出来うるかぎり明るく答えた。
「無茶言わないでくれよギルド長。数はこっちより多いうえ頭目はかなりの使い手だったんだ、大体幻魔の2人がいたからこそこうして1人も死ぬことなくうちのチームが残れたんだからな」
「うむ……」
「それに……」
「それに?」
「これでも一度は1人だけ見事盗賊を捕まえる事が出来たんだぜ」
これにギルド長の顔は驚きの顔を見せた。
「捕らえたのか!?」
「ああ、でも拉致にあったアニーさんを救出した後俺達は気の緩みと油断があったんだろうな。彼女自身も相当気が張ってたんだろう……気を失ってその……一瞬の隙をついて盗賊がアニーさんをまた人質にでもしようとしたのか倒れた彼女に近づいて何かやろうとしていたから仕方なく……な」
サージディスは何かに耐え搾り出すように何があったのかを声に出した。
ギルド長から見れば誰かを救う為に盗賊と言えども殺さなければいけなかったサージディスが苦悩しているのであり、まさか嘘をついて苦悩しているなど思いもよらなかった。
「そうか、それはおしいな。この者達が大きい組織で動いているような連中だったならその手の組織の情報が入ったのにな」
ギルド長は最後に運ばれる布に包まれた傭兵4人目の遺体を見送りながら残念そうに呟くとサージディスは頷いた。
(組織に繋がる連中だったなら間違いなく情報は手に入っただろうな、ノイドの旦那が言うようにあの盗賊は完全にビビって驚くほど素直だった、殺す必要なんてなかった)
「そうか、嘘を選んでくれたか。ロインが嫌いな傭兵であるハズの君達を気に入っている、出来れば殺したくないと思っていたがこれでその必要はなくなって安心したよ。有難うサージディス殿」
そんな2人を監視していたノイドはサージディスはもう大丈夫だろうと結論を出したものの今度はギルド長に目を付けていた。
「ただサージディス殿は気が付いていなかったが私達幻魔の話が出た時ギルド長だったか、言いたくないのか明らかに話を逸らそうとしたな。やはりあの町と幻魔族の間には何かあったのかもしれない。しかしレネや父上殿達からは何かあったとは聞いていないが、一体何がそうさせる?」
ロインの情報集めに期待しつつそれからおよそ2時間以上村にいたが結局ビャクオンは現れず、唯一魔法士や魔法使いに釣られたのか甲殻に守られた豚、あるいはアルマジロにも似た魔獣が1体現れたがルビークラスの傭兵の一撃にあっさり切り伏せられた。
調査は終了となり兵士傭兵達は撤退の準備をしている中サージディスは1つの疑問をギルド長に質問した。それは偶然にもノイド達が知りたがっていた事であり去ろうとしていたノイドも動きを止め二人の会話に集中した。
「なぁギルド長」
「ん?どうした?」
2人並んで村の外に向かって歩きながらサージディスはギルド長の横顔を見つめ疑問を口にした。
「レティーフルの町に住む人達の幻魔に対する反応がおかしいんだが何かあったのか?」
その瞬間ギルド長は歩みを止めそれに釣られてサージディスも立ち止まる。暫く見詰め合う形となった2人だがサージディスが見たギルド長の表情は驚き、怒り、恐怖、悲しみなどどれもが正解であり間違いでもある表情に見えたが、それは魔法士がまだ村にいて明かりが無かった、薄暗い事が原因でそう見えたのだろうとサージディスはそう思う事にした。
「サージディス君……君は南アティセラから来ていて北アティセラの事、レティーフルに起きた事もあまり知らなかったね」
「ええ、まぁあまりどころかほとんどだが」
「ならば心に書き留めておいてくれ。『人類を滅ぼしたくなければ、人間の歴史を終わらせたくなければ幻魔に深く関わってはいけない、そしてもう二度と敵対してはいけない』と。それと君達が二人の幻魔と町に来たと聞いたが本当か?」
「え?あ、ああ本当だ」
「そうか。ならばどういった経緯で幻魔である彼らと一緒になったのかは知らないし詮索する気も無いが、君達と一緒にやってきた御二人も決して機嫌を損ねてはいけない、私が言えるのはそれだけだ」
まるで質問させぬよう早口で、そして逃げるように大股で歩き出したギルド長が見せる背中にその意味を聞こうと止めようとしたが結局出来なかった。
「人間の歴史が終わる?」ギルド長が語った言葉が冗談だと思いながらもとても冗談に聞こえぬほど真剣だった。
疑問の答えを知りたくて質問したはずなのに返ってきた答えにサージディスは一体何があったのか、何が起きているのかますます分からなくなってしまった。
滅びた村から北西にあるレティーフルの町の方角ではなく北東にある山に登る為ノイドは草原を真北に進んでいた。
「分からん、あの答えではまるで幻魔が人間を滅ぼすような口ぶりだったが……」
ノイドは『ある物』を探しながらのんびりと、と言ってもノイドから見ればの話で常人から見れば全力で走る馬と変わらない速度で走っていた。走りながらギルド長の答えを考えていた。
『幻魔が人間を滅ぼす』ノイドが知る彼らの性格では絶対にありえないうえ、たとえ精霊を召喚したとしても可能だとは思えない。
ただ人間族と幻魔族が憎しみ合い争うきっかけとなった100年前、サージディス達が言った暗殺と幻魔の町と軍隊の消滅、そして砂漠化。幻魔に伝わっている禁忌の魔法か人間に伝わる精霊王召喚失敗かどちらが真実か不明だが南アティセラ南東、かつて幻魔の町があった場所は実際に砂漠と化している。
それに義理の父であるペンダーから聞いた話だが元々、いや今でこそ幻魔族は穏やかな一族でよく言えば平和主義者、悪く言えば他人に頼り自ら進化する事を止めた種族だが昔は新たな魔法を開発したり信仰系の魔法を数多く習得する為に努力する者や向上心の強い者も数多くいた。しかしあまりにも強力な魔法は大賢者達により禁忌の魔法として一切の使用禁止とされていた。
成功だろうが失敗だろうが当時一部の地域を砂漠化させるほどの強力な魔法を使う幻魔族。なるほど、それだけを聞くと人間から見れば幻魔は脅威且つ危険極まりない種族、放置できない種族だ。しかし進化が争いの火種となったのなら幻魔族に進化など不要と捨てた事も事実だが全てが人間達に伝わる事無くただ過去の悪意だけが残りいまだ伝わり続けた。
「『時が止まり過去に縛られた町』……と言ったところか」
暫く草原を進み正面に森が見え近づいてきた時その森の前に巨大な影が佇んでいた。影に気付いたノイドは千里視と夜目のきく目で影を観察するとその影は1つ、しかし離れていても分かる程の巨大さで2足歩行で人の姿によく似た形をしており右手には長い棒のようなものを持っている。
まるで巨人のようなそれも夜目がきくのか、あるいはノイドの気配を感じたのか近づくノイドに気付き普通の人間が上げるような雄たけびを上げ僅かに地響き立てながら走り出した。