43・レティーフルの町
盗賊との戦闘と救出、村から出てかなりの疲労が傭兵達を襲っていたが幸い馬と馬車のお陰でたいした時間もかけずレティーフルの町に到着した。勿論肉体的な疲労はそれ程でもない、何しろ最初の死霊を除いて盗賊をやったのはずべて2人の幻魔であり彼らはほとんど何一つやっていないのだ疲れる要素は何処にも無い。とは言え常識離れのノイドの行動や商人のふりをした盗賊達に振り回された彼らの精神は既にボロボロで声を出す元気もほとんどなく静かに黙りうなだれていた。もっともノイドとロインは疲労を感じさせないほど元気、と言ってもノイドは元々あまり話をする男では無い為モウガンと静かに御者台に座っていたが馬の背から逃げられないサージディスだけが元気なロインの餌食になっていた、町にたどり着くまで。
「自分で走るのも良いけどこうやって馬に乗って走るのって楽しくありませんか?」
「……そうだな」
「これくらいの風が1番気持ち良いですよね~」
「……ああ」
「あ!この辺りに生えている黄色い花この花母さんとお婆ちゃんが大好きなんですよ」
「……へー」
「あ!子犬!野犬って分かっていてもやっぱり子犬は可愛い~な~」
「……いいな」
「サジさんは子犬と子猫どっちが好きですか?」
「……子猫」
「ココも小さい頃すっごく可愛かったんですよ、今はかっこいいけど!」
「……そうか」
「サジさんサジさん!ココを見てください!綺麗な蝶が耳に止まってまるでリボンを付けてるみたいですよ!」
「……確かに」
「うわー……真上に大きい鳥が飛んでる、なんて鳥だろ?」
「……鷲」
「ん?町の向こうに見える白い山はもしかして雪?綺麗ですね~」
「……おう」
「もしかして町の壁の上で飛空型の魔物の襲撃受けてる?なるほど、魔法が使えないから弓と槍だけで攻撃してるんだ」
「……うん」
「あっ落ちた」
「……良かった……魔物だと!」
ガバッとロインの肩越しから町の上空を見たがそれらしい影は1つもなかった。ただ魔物の影は無いが壁の上で多くの兵が1箇所に集まっていて何やら下の方を指差していたりまだ宝石化していないのか生きている可能性も考えてかいまだ弓を向けている者や町の門から何人かが外に出てきて落ちたと思われる場所に向かって走っているのが見える。
「もしかしてさっき落ちたのは最後の魔物か」
「はい」
はぁーとサージディスは大きく息を吐いた。魔物と聞いて即座に反応出来ないほど疲れているなんて……と小さく呟いている。
サージディスが後方からついてくる馬車の方を目を向けるとノイドは特に変化は無く恐らく気が付いているだろうがモウガンは両腕をだらりと下げて若干俯いているところを見ると彼も相当な疲れで気が付いていない。
「ロイン、馬車に近づけてくれ。アニーさん起きてくれてると良いが……」
「大丈夫ですよ、弱い方の睡眠魔法を使ったんでそんなに長くありませんから。あ、でも盗賊に捕まっている時たいして眠っていなかったらそのまま眠り続ける可能性もあるんですけどね」
「そうか……」
弱い方の睡眠魔法があるならば当然強化された睡眠魔法もある、人間達には知られていない魔法なら魔法使いや魔法士なら喉から手が出るほど欲しがる信仰系魔法の情報のハズだがサージディスは疲れすぎて気が付いていなかった。
ロインは馬の速度を落とし馬車の横につけると軽く窓を叩く、と窓が開きサラディナが顔を出した。
「町に入るぞ、アニーさんは?」
「大丈夫、馬車を走らせ始めた時に目覚めてるわ」
「そうか。……サラ」
「何?どうしたの?」
「いや、元気そうで何より」
「???、えっと、よく分からないけどありがとう、それから町にはアニーさんが『私たちの依頼主』と言う形で話をしてくれるそうだから兄さん達は馬車の後ろに付いてくれる?」
「わかった」
アニーは馬車に乗ってすぐに目覚めた為前側の椅子に商人の遺体を寝かせ後ろ側にサラディナとアニーは並んで座っていた。馬車の椅子の座り心地は非常に素晴らしいとサージディスはよく知っている、何しろそれが原因で『自分は妹から心の時間停止攻撃を受けるほど、座っているだけで癒し効果がある事は間違いない』そのような形でサージディスの記憶は椅子の座り心地とロインの治癒魔法がごっちゃ混ぜに、1つの事に変革しているようだが。
話を終えてロインの馬は馬車の後ろに付いた。町への移動中ある程度サラディナがアニーと話をつけていた、正式ではないとはいえこれはアニーがサージディス達を護衛の傭兵として雇ったと言う事だ。ギルドを通していない為まだなんとも言えないが運が良ければ今回の救出と村から町への移動間の護衛と合わせて依頼料と何かしらのお礼が貰える可能性もあったが傭兵達は疲れすぎていて謝礼よりもベッドに飛び込みたい気持ちでいっぱいだった。そして馬車と馬は開いた門の前で止める。
サーファン王国の北にある町レティーフル……カザカルスと比べるとかなり規模の小さい町でどちらかと言えば壁の高さなども幻魔の町テノアにかなり近い町。門も左右に開く観音開きだがそれ程大きくなく高さは3メートル弱、幅は扉1枚2メートル計4メートル程度で馬車も1台が通れる程度。またカザカルスのように門を閉じた状態で左右の門に付いている小さな扉を使って出入りする形ではなく常に両扉を広げた状態だ。
現在門の前には門兵が2人だけでどうやら先程の魔物の件で何人かが応援に行っているのか少ない。この町に出入りする為に並んでいる者は誰一人おらず馬車を止めると同時に2人の門兵はすぐにやってきた、ただこの時門兵はロインとノイドに気が付いたのだろう……やはりと言うべきか驚いた目で2人を見た。
サラディナが言った様にアニーが話をする為に、先に下りたサラディナの手を借り馬車から降りたアニーが2人の門兵の前に立った。
「ご苦労様です」
「ありがとう、まずあなたの身分を証明出来る物を見せてもらっても?」
「はい」
アニーは返事をしポケットからノイドが殺した偽アニーが付けていた小さなペンダントを取り出す。どうやらロケットペンダントになっているらしく星のように散りばめられた無数の小さな宝石が付いたチャームを開くと家系を証明する紋章などでも入っているのか中を門兵に見せている。これにはサージディスも驚いた。
「あのペンダント!いつのまに」
「父さんが念のために偽アニーさんと偽商人さんからペンダントを奪い返していてこの町に来る間に、馬車の中で返していたんですよ」
「マジか……気が付かなかった」
偽商人の時はともかく偽アニーの殺し以降はサージディス自身かなりノイドに警戒して見ていたつもりだった、しかしいつ盗賊から奪ったのかまるで分かっていなかった。
ペンダントの中を見ていた門兵は頷きしかし恐る恐る、むしろ本当に何処か怯えるように2人の幻魔に目を移す。
「確認しました。ですがその……馬車と馬に乗っておられるあのお2人は?」
「あの方々は……実は……」
門兵の疑問にアニーは答えようとしたが下を向き声を詰まらせて話せなくなってしまった。そんなアニーの手をサラディナがそっと握る。
「アニーさん、私が話そうか?」
「サラさん、いえ、ありがとう大丈夫です」
そしてアニーは盗賊に襲われ拉致監禁されていた事から救出に関するまで説明した。その時魔物襲撃で町の外にいた衛兵も門の所まで戻ってきていて何事だと一緒にアニーの話を聞いていて赤い獅子ビャクオンの話が出てから衛兵数人が言葉を交わし何人かが慌てて町の中に消えていった。正式に盗賊達がアジトにしていた村を調べる為の調査団を結成し派遣するのだろう。
アニーは全ての話を終えゆっくりと息を吐くとサラは気遣いながらアニーの肩を抱き門兵に伝える。
「ごめんなさい兵士さん、出来れば彼女を診療所に連れて行きたいの。もう町に入っても良いかしら?」
「ええもちろんです、幻魔の御二人もどうぞ。ところで皆さんこの町には初めてでは?」
「はい、初めてです」
「おい!馬を用意してくれ。では診療所まで私が案内します、どうぞ中へ」
そう言って門兵は町の中に向かう。とノイドは御者台から降りて門兵に声をかけた。
「失礼兵士殿。私とそこの馬に乗る息子は傭兵ギルドに登録をしていませんので契約の腕輪を付けておりません。町に入る為の契約をしたいのですが」
立ち止まり振り返った門兵達はノイドに目を向けたとたんやはり何処か怯えた顔の門兵達はお互いを見回してから頷き代表でアニーとサラディナの2人と話をしていた門兵が緊張した面持ちで直立不動となり声を上げる。
「契約は不要です!問題ありませんのでどうぞお入り下さい!」
「手荷物の検査はしなくても良いのですか?」
「はい!レティーフルは幻魔族の御二人の来訪を歓迎いたします!」
「そうですか……」
珍しくノイドも多少驚きつつ御者台に戻るとロインを先に進ませアニー達が馬車に乗り込むのを確認してから手綱を取りゆっくりと馬を歩ませた。