42・滅びの村、脅迫
「ノイドの旦那?一体何を・・・」
恐る恐るサージディスが聞くとノイドは肩をすくめ答えた。
「あぁこの盗賊は犯罪者として国に、町の衛兵に突き出すのでしょう?その場合今回の一件で根掘り葉掘り聴かれるでしょう、そうなれば私達幻魔の事も喋るでしょうね。そうなると正直幻魔族の中で異質である私とロインの事をぺらぺらと多く語られるのは困るんです。私が彼を脅しておいてこんな事を言うのも何ですが今の彼ならかなり素直、正直に色々話してくれますからね。敵でなければ私も無闇に手を出しませんが彼は盗賊として明らかにこちらに牙を剥いてきましたからこちらとしては遠慮する気も慈悲を与える気もありません」
「いやだからと言ってこいつはもう抵抗も出来なかったんだ、あんたなら話を付けるくらい・・・」
「サージディス殿」
「!!!」
名前を呼ばれた瞬間サージディス達は凍りついた。正確にはノイドの感情の無い無表情とまるで氷のような無機質な目を見た瞬間3人は傭兵になって経験を積んでから決して感じた事の無い恐怖が全身を包んでいた。
「あなたの優しさは間違っていると言うつもりはありません、その優しさに救われる者もいる事は事実ですから。ですが今回は私が賊の種を明かすまであなたは気が付かなかった。少なくともその優しさは背後からナイフを刺される事になりあなたの命を奪う結果となっていたでしょう。それとも偽者の盗賊に殺される事がご希望でしたか?」
「それは・・・」
「味方であるなら、いやせめて敵でないのなら可能な限り私も出来うるかぎり手を差し伸べ助けるつもりです。しかしどんな理由があろうと自らの意思で敵になるなら私は容赦しない。生き残る為に如何すれば良いのか、勝つ為にはどうすれば良いのか、答えは簡単確実に殺せば良いそれが生死を賭けた状況の中で私が学んだ事。ただアニー殿は『自分で選ぶ事も出来ないほど弱い』のでロインに頼んで眠らせました。これで彼女にとって知っているのは盗賊達を倒し自分を救ってくれたのは傭兵3人と幻魔の2人、ただそれだけです」
しかしサージディスはノイドの言葉に首を振り自分の腕輪を指差した。
「待て待て!確かに彼女は何も見ていないのだから俺達がやったようにも見せかけられるが俺達傭兵には契約の腕輪があるんだ!ある程度は防衛として犯罪者の殺害は認められているが犯罪者とは言え無抵抗な者の殺害は認められていない!自由を奪われた盗賊がまだ生きていた事はアニーさんも知っている以上全員を殺すことは俺達には不可能だ!それに完全ではないがある程度は遺体を調べればどんな状況でどんな武器、方法で殺されたか分かる!アニーさんが言っても言わなくても此処の事をギルドに頼めばやったのは俺達じゃないと今夜中に分かるんだぞ!」
「ああ、それならもう問題は解決しています。ほら・・・森に耳を澄ましてください」
ノイドはわざとらしく目を閉じて両手を耳に当てる仕草を取るとサージディス達も両手を耳に当てた訳ではないが森から聞こえてくる音に意識を向ける。しばらく何も言わず耳をすますが緩やかな風が流れ僅かに森の枝が揺れ葉がこすれる音が聞こえてくるだけだった。
「特に何も聞こえないけど・・・」
「待て!静かに!」
サラディナがぽつりと呟いた直後モウガンが口元に指を立てて村の奥側、教会より東側の方角を見つめている。2人はモウガンが見つめる方向を一緒になって見るが何も無い・・・と思っていた時だった、赤い毛並みで中型犬くらい大きさの四足歩行の動物の姿が数匹見えその赤い動物は何かを探しているのかその辺りを行ったり来たりとうろうろしていた。しかもどんどんと数を増やしていくその赤い動物を見てモウガンが小さくうめいた。
「あれはビャクオンか!」
「ビャクオン?」
ロインがその名を繰り返すとモウガンは頷いた。
「そうだ、普通の獅子と比べれば体はそれほど大きくはないし既にあれで大人だが正真正銘凶暴な肉食の獅子だ」
小型の獅子でどちらかと言えばチーターのようなすらりとした細身の姿で鬣も首の辺り以外に背中にも掛けて生えている肉食獣ビャクオン・・・獅子にしては小さなこの獣は牙に特徴があって通常普通の肉食獣は草食動物を襲う際弱点である首や腹を狙うのに対してこの小さな獅子は獲物の足だけを集中して狙い噛み付く。
その理由だがまず口を開くとまるでノコギリの刃を思わせるような小さな牙が百近く生えておりそして獲物に噛み付いた瞬間肉に刺さった牙は刺さったまま獅子の口から抜け落ちてしまうのだがサメのように抜けた牙の下から別の牙が既に生えている。ようは牙の上にいくつもの牙が重なって生えていて更に抜けた牙には小さな棘が斜めに生えていて決して抜けずむしろ動けば動くほど刺さった牙は肉に食い込んでいき獲物の動きを鈍らせ最終的に一切足を動けなくする。あとは自分の牙が刺さっている足は食べず綺麗に残った1番美味しいはらわたやそれ以外の箇所をこの小さな獅子は食らうのだ。
人間にとって厄介なのが襲われてもし噛まれた場合牙が腕や足に残る為取り出すにはどんなに運が良くとも肉ごとえぐりださなければならないし最悪腕や足を切除しなければならない事と更に動きも逃げ足も早く勝てない相手と分かれば即行に逃げるので狩人でさえも彼らを狩るのは非常に難しいと言わせる動物で傭兵にとっても下手をすれば魔獣や魔物よりも危険な存在だ。
「もしかして盗賊の匂いに釣られてやってきたのかしら・・・」
「恐らく・・・刺激しないようにゆっくり馬車まで行こう」
サラディナも赤い獅子の事をよく知っているのか若干顔を青ざめさせながら呟いた。モウガンは遺体をそっと抱えなおしゆっくり西に向かって歩き出しそれに合わせてサージディスとサラディナもゆっくり動き出す。ロインは信仰系の魔法を使って眠らせたアニーを、俗に言うお姫様抱っこで抱えノイドと特に獅子に恐れることも無く3人の後ろを歩いていく。この時遅れて教会裏から出てきたココもロインの元までトコトコと歩いてくるが傭兵達は気が付いていない。
「なぁ、問題解決ってもしかしてあの獅子・・・ノイドさんが呼んだのか?」
「まさか、いくら魔法に長けた幻魔族でも動物を呼んだり操る魔法なんてありません」
「俺だってそんな魔法聞いた事ねえよ」
獅子に警戒しながら、しかしまるで警戒をしていないノイドをサージディスは怪しみ睨んだ。
サジ達にとってあの獅子が血の匂いにこの村に来たのなら部屋に置いてある傭兵の遺体は扉を閉じているので大丈夫だろうが少なくとも盗賊の遺体は骨だけを残して全て食べられる可能性が高いだろ、これで証拠となる教会と3階、ノイドが先程殺した偽アニーの遺体は獅子の腹の中だ。
この村に来る前の盗賊の遺体も他の動物に食べられている可能性があり仮に残っていたとしてもその事をアニーは知らない。彼女の証言ではノイドとロインだけがやった、関わった事件だと繋がることはない・・・そう、サージディス達が全て喋らないかぎり。
「サジ気をつけろ、獅子の動きが変わったぞ」
「!!!」
獅子の動きに警戒、刺激しないようにゆっくり村の外まで歩いていた時モウガンが何度か振り返りながら見ていたがその場で行ったり来たりしていた獅子がゆっくりと自分達の方に向かって歩いてくるのが見えた。先に教会の中に入ってくれるなら心配ない、だがもし匂いより生きて動いている自分達の方に来た場合フルプレートで固めているモウガンは問題無いだろうが、しかしサージディスとサラディナの装備ではかなり危険だ。特にサージディスが1番危険でいくら魔法と言えどもあの獅子の速さに追いつけるとは思えない上獅子は群れである事を利用し全方位から囲んで襲ってくる為サージディスの持っている範囲魔法ではとてもではないが倒しきれない。
勿論戦闘自体は勝てるだろうがたった1度でも攻撃を受ければ腕や足の切除は免れない可能性がある、それは今後2人は傭兵として生きる事が出来ない事になる。
モウガンは心の中で『教会に行け!』と何度も何度も繰り返しているとノイドが立ち止まり腰の脇差に手をやりながらゆっくりと向かってくる獅子の方に身体を向けた。
「ノイド殿?」
「あんた何をするつもりだ?」
「ん?先程言ったはず、私の敵にまわる者は容赦しない・・・必ず殺すと」
サージディスが驚いた顔でノイドを見ると先程のような恐ろしさこそ感じないがノイドが脇差に手を掛けたまま静かに獅子を見ている。しかしあくまで匂いを選んだのか分からないが先頭にいた獅子が教会から離れていく彼らを警戒しながらモウガンの願いどおりに教会に入っていくと後に続く獅子も教会の中に消えていった。
「助かった・・・今のうちだ急ごう!」
モウガンの言葉にサラディナとロインは頷き急いで村の外に歩いていく。サージディスも今はそんな場合ではないと理解してるのだろう、一度だけノイドを見た後急いでモウガン達に続きノイドは少し遅れて付いていく、その目にはロインのすぐ後ろを歩くココが映っている。
(さすがは神獣、肉食動物をこの村に連れて来いなどと無茶な要求もロインを通じてなら可能にしてしまうか)
ココは恐らくこの村に獅子が逃げ込むように途中まで追いかけて誘導したのだろう、そしてやってきた獅子は血の匂いがする教会に行きたかったが合流したココに恐れ近づく事が出来ず結局それに合わせて獅子もゆっくりと教会に近づくしかなかったようだ。
道を抜け馬車までたどり着き傭兵達は一息付く間も惜しんで眠るアニーと商人の遺体を馬車に乗せるとモウガンが空気を読んで馬と馬車にどう乗るか振り分けノイドにお願いをした。
「ノイド殿は私と一緒に御者台に乗って頂けますか?」
「ええ」
「ロイン君はサジと一緒に」
「分かりました」
「・・・ああ」
「サラ、椅子には2人を寝かせる。すまないが君は床で・・・」
「別に良いわよ、町はすぐそこなんだし」
滅びた村を後に馬と馬車は近いとは言えまだ小さく見える町に向けて再び街道を走り出した。陽は更に傾き馬と馬車は森に長い影を落としていた。