35・盗賊、兄貴
サージディスの絶叫で森にいたであろう鳥たちが一斉に飛び立つ中で何が起こったのか分からず、しかし何が起こったのか理解しても結局兄貴含め盗賊達はどうすればいいのか分からずお互いの顔を見たりするもののノイドの行動と商人の死に対してすぐに動けずにいた。
それは傭兵達も一緒だったのだが理解した瞬間声を上げられたサージディスは流石はチームリーダー、あるいは2人の兄と言ったところか。
どう見ても即死で倒れた商人に駆け寄ろうとしてロインに再び止められた。
「どけ!ロイン」
「駄目です、サジさん」
「どけぇっ!」
「駄目だサジ、ロイン君の言うとおりにしてくれ」
「おいモウガン!てめえまでどう言うつもりだ!」
「・・・頼むから・・・今はノイド殿のやる事を黙って見ていてくれ」
何故かノイド達のやる事に味方するモウガンだが兜をかぶっているのに何処か怯えた様な声に何か感づいたのか仕方なく従い、その場で大人しくノイドを睨むように目を向けるとゆっくり歩いていくノイドの下げられた右手には商人の血で濡れたクナイが握られていた。
なんとか立ち直った兄貴は大声で手下に命令を下した。
「殺せ・・・てめえら!その幻魔を殺せ!早く!」
その声と同時にノイドに向かって走りだした4人、しかし商人の娘に短剣を首元に突きつけていた男が何故か後方に吹き飛んだ。
4人は気が付かなかったが兄貴だけは気が付き吹き飛んだ男を見ると仰向けに大の字で倒れていてその額にはクナイが深々と刺さっていた。
兄貴は慌ててノイドの手を見れば下げられた右手には何時投げたのか、先ほどまであったハズのクナイは握られていない。
まだ手下の数が多い間に、後ろにいる傭兵達が動く前に「この幻魔を殺さなければ」直感でそう思いながら自分自身も走り出したがその時には既に遅かったようだ。
ノイドは「風遁、疾風迅雷」と忍術を発動させながら右手は再び懐の中に入れ1番近くにいた賊はノイドの頭を叩き切ろうと上段から剣を振り下ろした。
しかしノイドは小さく体をずらし左にかわした後まるで裏拳を後頭部に叩きつけるように右手で逆手に持ったクナイを賊に突き刺した。
続けて鉈のような斧を持った賊は大木に叩き込むかのように真横からノイドの腹に斧を食らわせてやろうと大きく振りかぶったが振る前にノイドは一足で横をすり抜けながら脇差の居合いで賊の首を刎ねると、首は街道を転がり森の中に消えた。
残った2人は一撃で殺された仲間達に驚き「ならば」と同時に1人は短剣で心臓を狙いもう1人はノイドの首を刎ねる為長めの剣の一撃を繰り出した。
ノイドは心臓に向かってきた短剣をクナイで弾き首に向かってきた剣は左手逆手に持ち替えた脇差で止めた。
2人がかりでさえ簡単に止められた賊の2人は更に驚愕するが手を休めず今度は左右から挟むように移動して短剣をわき腹一突き、剣を頭に振り下ろした。
しかしノイドは短剣の男の腕を取り僅かに遅れて剣を振り下ろす男の方に突き飛ばすと賊達はお互いの武器が当たらぬよう慌ててずらす。
「風遁、刃」と聞こえた直後まるで抱き合うようにぶつかった2人、短剣を持った男の背中から突き刺さる脇差の一突きは剣を持った男の背をも突きぬけ2人同時に心臓を突かれた賊は一瞬で絶命した。
「風遁、かまいたち」
ただ何故か2人とも既に息絶えていたと分かっているはずだがノイドはかまいたちの忍術を発動させ、賊は風の刃に切り刻まれ血肉を街道に撒き散らしながら数メートル吹き飛んでいく。
「うおおおおおおおおっ!」
間に合わなかった兄貴は走る勢いを止めず左右の剣を抜き右手の斬撃でそれを受け止めようとしたノイドの脇差を弾き飛ばした。
ノイドは驚きの顔を見せ兄貴はニヤリと笑いチャンスとばかりに今度は左の斬撃でノイドのクナイを弾き飛ばす。
勝利を確信した兄貴はニタァと気持ち悪い笑みを浮べノイドが背中の刀を抜く前に右の剣で心臓へ一突き。
「もらったぁぁぁっ!」
「やらぬよ」
「!!!」
声を出したくても出せない兄貴は何が起こったか分からず止まってしまった、いや動きたくても動けなかった。
突き刺したと思った時には目の前にノイドはおらず腕が伸びきった時には兄貴の後ろにいて武器を持たぬ右腕で首を極められており耳の近くでノイドの声を聞いた瞬間どうしてそうなったのか考えたが結局理解できなかった。
そして「ゴキッ」と自分の首がありえない方向にへし折られる音を最後に聞きながら兄貴も絶命しゆっくり倒れていった。
当然もはや聞こえていないだろう兄貴にノイドは声をかけた。
「1つ助言をしよう・・・武器を持ったものが武器の無いもの・・・無手より強い、無手に楽に勝てるなどと思わない方が良い」
「終わりました、行きましょう」
ノイドは全てのクナイと脇差を回収した後商人の娘に向かって歩き出しロインもノイドの元に歩いていくとサラディナとモウガンの2人はノイドの戦いぶりに若干引きながらも恐る恐るロインに続いた。
ただサージディスだけは既に死んでいると分かっていても商人の所に駆け寄ったが死体を前に結局どうする事も出来ず肩を怒らせてノイドを睨みながらノイドに向かって歩きだした。
ノイドは娘の傍まで来ると娘に聞こえるように、そして誰に言っているか分かるように語りかけた。
「女よ、商人の娘アニーよ、私は一度しか言わないゆえ心して聞き考え答え行動せよ。ただし何も答えない、『気を失っているふり』をまだ続けるつもりならばこちらに抵抗する意思があると見て父同様その首を刎ねる。ではアニー・・・目隠し、さるぐつわ、両手の紐を自分で外しさっさと立て」
サラディナもモウガンもノイドが言った言葉より直後起きた事に驚いた。
サージディスも訳の分からない言葉に流石に怒りが爆発し怒鳴ろうとして息を大きく吸った瞬間目の前の光景にポカーンと大口を空けたまま固まり一瞬で怒りは吹き飛んだ。
ピクリとも動かなかったアニーはゆっくりと立ち上がり両手を縛っていた、いや縛っているように見せかけた紐を自ら外し目隠しとさるぐつわも取った後降参と言わんばかりに自由になった両手を上げた。
「え?え?・・・これはどう言う事なの?」
「どうも何も賊と商人がグルだったってだけでしょ?それより俺は父さんが簡単に武器を弾き飛ばされた事の方が謎なんだけど・・・」
サラディナの疑問にロインはとんでもない事を特に問題ありませんよ的にサラリと答えた。
むしろ兄貴にあっさり武器を弾き飛ばされた事の方が大問題だった。
傭兵達の方は商人と賊がグルだった事が信じられず驚きの目でノイドと女を交互に見た、しかし・・・。
「ロイン、残念だがはずれだ」
「え?はずれ?あ、あれ?」
自身満々で教えたのに間違っていたのでちょっと恥ずかしそうなロインにノイドは苦笑いを浮べ本当の答えを全員に教える。
「最初から商人なんていない・・・父も娘もいない・・・全員が盗賊だった・・・そうなのだろ?娘役の偽アニーとやら」
「・・・何故分かった?」
「おとこぉぉぉ!?」
突然聞こえたのは低い男の声、女から低い男の声が出てきてロインを含む全員が驚き改めて偽アニーを見た。
年齢は25前後くらいか茶色の長い髪に整った綺麗な顔立ちでしっかりと化粧もしており目元のほくろも色っぽく美女の部類と言ってもいいだろう。
身長は小柄で150センチ程で肌も異様に白く手足も含め全身男に見えぬほどほっそりしていて胸が全く無い事を除けば見た目だけならば完全に女だった。