32・昔の自分
なるほど、刀とドワーフの話が出た時モウガンの心音が早くなったのは顔を出してるせいでその事を話したいけど話せない、そんな心情だったからだろう。
ただ簡単に入った情報に普段冷静なノイドも感情が高ぶってしまいつい叫んだ、そしてそんな自分に気が付いたノイドは突然片手で顔を抑え俯いてしまった。
(・・・らしくないな・・・人の後をつけてきて敵か味方か分からぬ者の話を簡単に信じようとするとは・・・いくら刀の事をこちらから聞こうとしていたとはいえ私も随分ぬるくなった・・・かつての同胞が見ればどう思うだろうか?)
思えばおかしな人生を歩んでいる。
里の襲撃から逃走と神隠し。
この大陸、幻魔族の町に来て助けられその恩人を愛し家族になった。
この15年間多少魔獣や魔物相手に剣を振るう事はあっても心温かく穏やかな人生だ。
(幻魔達は他者を簡単に信じすぎる・・・どうも私はその影響を受けすぎているな)
何処までが本当で嘘かどれ程脚色が加えられているのか分からないが人間と幻魔の戦争を引き起こした第三者とそれを止めた天使の話を信じている。
それに良くも悪くもかつてノイドは任務、命令に忠実すぎた。
『才蔵を守り逃げ切る』と言う受けた命令だけを遂行すれば良かった、もし里が無事なら自分達を探し出し彼らからやってくるのだから。
下忍と言えど忍者達の情報収集能力は命を賭けられるほど正確かつ非常に高い、だからこちらからわざわざ里を探し帰る必要は無い・・・無いはずなのだが・・・。
(里や同胞がどうなってしまったのか・・・気になるようになったのも幻魔族の影響か・・・少し・・・少しだけ昔の自分に・・・)
「父さんどうしたの?大丈夫?」
「・・・ふっ・・・ふははは・・・」
「父さん?」
ロインが突然俯いてしまった父を心配し声を掛けると小さく笑い出した。
ロインとサージディスとサラディナはハテナ顔だがモウガンだけは全身から冷や汗を流し総毛立たせた。
「ははは・・・いやすまんすまん、大丈夫・・・少し昔の事を思い出しただけだ。それよりも知っているかもしれないとの事だが・・・」
しかしノイドが詳しく聞く前にサージディスは不思議そうにモウガンに聞いた。
「なぁモウガン、俺達って言ってるが俺は刀作ってるドワーフなんてしらねえぞ?」
「・・・・・」
「おいモウガン!」
「あ・・・ああすまん、それよりも俺達は見たはずだ。俺達の武器と防具を作ってくれたドワーフがいただろう?彼だ」
「あのドワーフのおっさんが?どう言う事だ?」
「・・・あ!」
モウガンの言葉にサージディスが疑問を持っていると何かに気が付いたのかサラディナが声を上げた。
「思い出した・・・確かに刀身だけの刀があった・・・だけどあれって武器としての売り物?1つだけ店奥の天井付近に飾ってあったから私にはただの骨董品にしか見えなかったけど・・・」
「武器かどうかは直接確認していない為分からないが骨董品屋や道具屋ではなく武器屋に置いてあった以上武器として見てもいいだろう・・・験担ぎなどで飾っていただけの可能性もあるが」
魔法使いには刀剣類は興味ないが戦士である2人には興味深い物である為気が付いたのだろう。
ノイドは彼らを完全に信じているわけではないが情報に1つとしてモウガンに尋ねた。
「モウガン殿、そのドワーフは何処で?」
「シュリンク教皇国の南にある『シャンバールの町』だ。ただ大通りに面した場所ではなくかなり入り組んだ場所にある武具屋だから逆にそれが目印になるだろう」
しかし折角教えてくれた事に対し見た目だけは申し訳なさそうにした。
「すまないモウガン殿、幻魔の町から出たのは始めてゆえ地理は詳しくは分からぬ、ましてやシュリンク教皇国に関してはまるで分かっていないんだ」
「そうか、とは言え地図が必要なほど広いわけではない」
そう言ってモウガン立ち上がり近くに落ちていた木の枝を拾い元の場所に座り地面に簡単な地図を描き始めた。
「此処がカザカルス・・・北西にレティーフル・・・南西にスカーチア」
町を表す印を描き三角形になるようにそれぞれ街道に代わる線で繋いでいく。
南西側の印から南東に印を描きそこにも線を引く。
「スカーチアから南東に進めば港町コルモナがある」
大雑把だが間違いなくノイドの知っている地理とほぼ一致していた。
スカーチアから西側に横線を引きその先に縦線を引き南北それぞれに印を付けた。
「此処からなら2通りある。1つ目は1度戻りスカーチアに行く。そこから西に進み教皇国入った先に北と南に進める街道に出るのだが北に行けば教皇国総本山セントスに、南に進めばシャンバールだ」
更にスカーチアからもう1つのルートを描いていく。
「2つ目はスカーチアから港町に進み途中西に進める街道がありそこからシャンバールに行ける」
ノイドは地面に描かれた地図を確認しながらゴーダンの話を思い出していた。
(同胞は20年前シュリンク教皇国で出会ったと言っていた・・・そこにお店を構えたのならばそのシャンバールのドワーフこそが探しているドワーフの可能性が高い。行ってみる価値は十分にある)
「どう行く?父さん」
ロインのルートの質問に少しだけ考えただけですぐに答えた。
「・・・期待はしていないが鳥の件もある、遠回りだがまずはこのままレティーフルに向かおう。そこからスカーチアへ行きどっちのルートを使うかは後ほど考えよう」
サージディスが何やら鳥に興味を持ったが無視して今後の予定も決まりこれ以上話する事も無いとばかりに立ち上がった。
「行こうロイン。モウガン殿、情報ありがとうございます。我らはこれからレティーフルからスカーチアへと回っていく予定だが皆さんはどうされる?」
勿論彼らはついてくると確信しての意地悪な質問だが。
「だったら一緒に行こう、俺達も『レティーフルに行く予定』だったしよ」
「ほう・・・そうでしたか、では『ご一緒しましょう』」
モウガンだけが何か言いたげだったが何も言わずサージディスの当然の答えにノイドは笑顔で歓迎した。
それはどこか罠に引っかかった獲物を前にした狩人のようだった。
死霊の群れ以降魔物も魔獣にも出会う事が無く街道の移動は順調、朝方の遅さが嘘のようだった。
ただ本当ならば日が沈んでも移動をしたかったのだが日が沈み始める前にサージディスが「そろそろこの辺で一夜を明かすか」との声に適当な場所を見つけ休む事となった。
当初ノイド達が森で獲物を狩ってくると言ったのだが傭兵達にご馳走になる事になった。
と言っても基本長旅になる可能性のある傭兵は生ものなど持って行く事は出来ず乾燥させた肉や野菜などになるのだがそれでもただ焼いただけのものと違いちゃんと調理したものはやはり美味しいものだ。
「な!驚きの老け顔だろ?これでも俺の1つ年下なんだぜ」
「凄い、モウガンさん。22歳で既に父さんより貫禄ありすぎです!」
「・・・す、すみません」
「なんであんたが謝るのよ・・・」
34歳のノイドとほぼ同世代に見えるモウガンが実は22歳と知ってロインは衝撃を受け野菜スープに浸そうとした乾燥パンを丸ごと『ぼちゃっ』と落とした。
そして何故か申し訳なさそうに謝るモウガンと年齢と顔で盛り上がる2人にサラディナは呆れていた。
「けど不思議な事にこいつの方が女にモテるんだよな~」
「そうなんですか?やっぱり腕が立つからでしょうか?スケルトン相手に凄かったし」
「ん~そうなのかね~・・・なぁサラはモウガンの何処が好いんだ?」
「な!なんで私に聞くのよ・・・」
「いやだってお前モウガンが好・・・」
突然振られ驚いたサラディナの顔が異常に赤いのは焚き火の炎に照らされたからだろうか・・・ただ少なくともサージディスが続けようとした言葉で木のスプーンをへし折り怒りで赤くなっているのは間違いないだろう。
顔は笑顔だが焚き火で下から照らされた顔は異様な迫力がありロインはどうすれば良いのか迷いサージディスにいたっては目に見えるほど真っ青な顔で震えていた。
「ねぇ・・・私が何かな?兄さん」
「すみませんでした・・・何でも無いでございますです」
「ご馳走様でした、美味しかったですよサラディナ殿」
「あ、はい、いえ、どういたしまして」
食事に没頭し会話はロインに任せていたノイドは怒りで熱くなっていた場の空気を一瞬で鎮火させた。
サージディスは『さすがだぜ!ノイドのダンナ!』と心の中で絶賛しロインは安心してスープに落ちたパンをスプーンで拾い上げ一口で食べ原因のモウガンは小さい声で何度も『すみません』とやはり謝っていた。
「おかわりはどうですか?」
「ありがとう、大丈夫ですよ。ところでサージディス殿」
「お、おう!何かな?何でも言ってくれ!」
再び怒りの矛が向けられぬように少しでも話の流れを変える為サージディスはノイドの会話に乗った。