27・草原の死霊
カザカルスの町を出た2人はここより北西にある別の町レティーフルへ行く為北への街道を進んでいた。
カザカルスから西側にこのサーファン王国の王都スカーチアがあるのだが各町を効率よく回るには
先にレティーフルに行きそこから南への街道を使い王都に進むのが一番早いと考えたからだ。
今2人が歩いている街道右手には深い森が、左手には草原が広がりその向こうは山々が連なっていた。
ノイドの考えでは地図によって知っている地形が正しければあの山を真っ直ぐ北上すればレティーフルの町があるので再び鍛錬を考えれば草原を渡り山を北に突き進むのが良いのかもしれない。
勿論速さだけを選べば街道を忍術と魔法を使い全速で走れば一番だが街道は他の人間達も使っているのだ、目立っても良いと言ってもただ見た目だけが目立つのと常人離れした身体能力で目立つのとではまるで意味が違う。
忍びにとって安全に移動する方法はやはり人目の付かない山や森を突っ切るのが一番の理想なのだが・・・。
「どうする?父さん、ちょうど右手に森があるし使う?」
「いや、今はやめておこう」
「そう?それにしても結局渡り鳥も敵もいなかったね」
「別に構わない、こっちはあくまでオマケで一番重要なのは妖刀を打ったと思われるドワーフを探す事だ」
「でも世界地図は無しか・・・もし大陸全土の地図も無かったらどうするの?」
「どうするも何も諦めるしかないだろう。それに地図はその渡り鳥が調べた世界の情報と一致するものがあるか無いかどうかの確認だけだからな、絶対に必要と言う訳でもない」
「一番の理想は渡り鳥と出会ってその渡り鳥から地図をもらえる事なんだけど父さんからみてその可能性はある?」
「無いな、死んだ者が1週間後に生き返ってすぐ元気に走り回くらいの確立か」
「・・・それはもう確立じゃないな、うん。」
それからたいした会話も無く1時間近くが過ぎていた。
右手にはやはり森が、左手にはのどかな草原でなんの変化も無い景色がゆっくりと後ろに流れていた。
いや、もしかすると草原に生えてる草が脛くらいの高さだったものが太ももくらいの高さまで伸びているかもしれないが変化があったのはそれだけだ。
移動の速さも2人が全速で走れば今日中には着けそうな距離なのだが今の速さでは1週間以上は軽くかかりそうだ。
「ねえ父さん」
「どうした?」
「これって絶対に必要?もう敵と認識して捕まえちゃわない?」
「そう言うな。正直隠れる気も気配を隠す気もなくつけてきてる者を里を襲った敵とは思えない。距離があるため千里聴で会話が聞こえないし確認も出来んがわれ等と同じ徒歩、偶然かもしれないだろう」
町を出てから何者かついてくる気配が確かにあった。
普段からこの街道の利用数が少ないのか今日はたまたまそうなったのか分からないが現在この街道を
北に進んでいるのは自分達と後ろの方にいる者たちだけだった。
ただノイドは偶然同じと言っていたが本心ではそう思っておらずロインもその事に気が付いていた。
実は2人が後ろに気が付いてから歩く速度を変えており初めは早歩きくらいだったが途中からかなりペースを抑えておりそれからおよそ1時間、にもかかわらずその距離があまり縮まる事はなかった。
現在この見通しの良い街道の利用者は自分達しかおらず敵であり襲うつもりなら今が絶好のチャンスとも言える、遺体は森に捨てる事だって出来るのだから。
あるいは渡り鳥ならばこちらが向こうを知らなくとも向こうが十人衆であるノイド、いや幻十朗の事を知っているだろう。
しかし後ろの者は何も行動も起こさなかった。
ロインは歩きながらついてくる者の正体を探していた。
「敵でもなければ味方でもない。他にあるとしたら何だろう?。傭兵の可能性が一番高いかな・・・」
「ありえるだろうな。誰かに依頼されて私達を調べている、他にも魔法使いを欲して勧誘目的か。
もっとも勧誘ならとっくに話しかけているか」
「せめて向こうの会話が聞こえる距離まで近づいてくれたらな~・・・早いけど一休みしてたら何か仕掛けて・・・」
そこで言葉が途切れ2人は立ち止まり草原に目を向けた。
まだ離れていたが後ろではなく左手から2人に近づく者達がいた、見える限りその数20近くだろうか。
「盗賊・・・いや違う魔物のようだが、こちらに目を付けているらしいな。ロイン!使える魔法は準備しておけよ」
「はい!」
術の射程に入ってから2人はまず忍術の千里視、千里聴を改めて掛けなおす。
千里聴で聞こえる音は金属音とそれとは違う硬い物が擦れる音。
千里視で見えるのは剣と盾を両手に、または弓を持ち背中に矢筒を担いだ中身の無い骨だけの存在、
俗に言うスケルトンと言われる魔物の集団だった。
そしてその背後に1体だけボロボロのローブに身を包み右手に頭側が棍棒のように膨らんだ木の杖を持った魔法使いのような者がいた。
ただしフードこそ深く被っていたがフードからわずかに見せるその顔は前にいる異形の者と同じ骸骨の顔をしていた。
「あれは確か死霊のスケルトン?・・・だとするとその背後にいるスケルトンを操っているローブ姿の奴はリッチ・・・だよね?」
アンデットと呼ばれている命無き魔物。
スケルトンはそんな死霊を代表とする一角でその実力も下位の存在とは言え並みの戦士では歯が立たない実力を持つ戦士。
そしてそんなスケルトンを支配し操るのは同じ死霊の魔法使いリッチ。
幻魔族ではそれほど恐れる魔物ではないのだが魔法の使い手が少ない人間族にとってはリッチは脅威の存在だと言われている。
「そのようだ。だが妙だな・・・確かにリッチはスケルトンを守りの兵として召喚魔法を使うが
通常これほどの数を最初から連れている事は無いんだが・・・」
少しずつ近づいてくる死霊を千里視ではなく肉眼で見つめ暫くして2人は気が付いた。
「父さん、あのスケルトンの剣」
「ああ、既に誰かを殺した後か」
千里視では気が付かなかったが骸骨達が持つ剣は血で汚れていた。
魔物同士ではありえない、あるとすれば死霊達を襲った魔獣が返り討ちにあったか傭兵が死霊達に殺されたか。
「もしかすると町からついてきた連中は本当に偶然、その誰かを探しにたまたま方向が同じだったか・・・まだ答えを出すには早計か・・・ロイン」
「はい」
「あの骨達はお前1人でやれ、私は後ろの連中を警戒する。危ない時は援護する、ココには手を出させるなよ」
「はいえぇ?・・・ココは・・・駄目?まぁ良いけどさ・・・」
ロインは一瞬だけ焦ったが基本ノイドはロインに危険な事はさせても不可能な事はさせないし本当に危うくなった時は必ず手を貸してくれる事を知っている。
「風遁、疾風迅雷」
ロインは刀ではなく剣の方を抜き忍術を使った後信仰系魔法を1つずつ発動していく。
まずはスケルトンの剣と弓、リッチの魔法攻撃を見切る為に肉体強化の動体視力、剣に普通の武器を魔法武器のように変えてしまう魔法効果の付加。装束には対リッチ用に魔法攻撃耐性を、下に着込んでいるチェーンメイルには物理攻撃耐性の魔法を掛けていく。
「あ、死霊は魔法効果付加より火属性付加の方が良いのかな・・・ん~それはリッチ用に置いておくか」
『風遁、刃』のように武器に火の属性付加の強化可能だがやはり1度切りつけば消えてしまう欠点があった。
敵が1体ならそれで良いが今敵は20以上いる、精霊魔法による属性付加よりも時間制限だが信仰系魔法を使った魔力が込められただけの無属性の方が良いだろう。
もしロインに神聖属性付加が使えればそちらの方が良かったのだが。
死霊たちはゆっくりと2人に近づいてくる、と弓を持ったスケルトンが立ち止まり矢を矢筒から抜き弓に矢をつがえた。
「ココ、お前は手を出しちゃ駄目だよ」
そう言うと同時に矢は射られ、それが戦闘合図のようにロインは死霊の群れに走り出した。
そんなロインに警戒をしたのかリッチも歩みを止め杖を前に掲げると数本の矢が生まれていた。
ローブのすき間から見せる本来眼球があるべき闇からは紫の光がロインを見つめていた。