24・落とし穴
『戦争を終わらせた天使』と言わなかったのはわざわざ昔の事を引っ張り出してわざと重い空気にする必要が無かったからだ。
ただ受付嬢の2人は不思議そうに顔を合わすがお互い首を振る。
「あのー、申し訳ありません。その天使?と言うものが何を指したものなのか私達にはちょっと分かりかねます。南アティセラの事でしたら南アティセラにもギルドはありますのでそちらに行けばもしかすると聞けるかもしれませんが」
「(天使が分からない?このカザカルスとサザイラの町のほぼ中間、北東にある草原で行われた戦争なのに?もしかすると天使ではなく別の何かと認識している?その可能性はあるか・・・あるいは操っていたのは・・・)南のギルドですか・・・色々ありがとう、でも登録の方、今は前向きに検討させてもらうよ」
「そうですか、私達ギルドは歓迎いたしますのでいつでもお越しください」
「そうさせてもらうよ、あっと・・・もう1つお聞きしたいのだが犬などペット可能な宿があれば教えていただけるだろうか?」
気が付かなかったのかその質問で受付嬢達は初めてココの存在に気が付き幻魔族の2人を見た時よりも驚いていた。
「それならこのギルドの近く、外に出て左に進めば『犬の牙』と『動物の宴』の2軒あります。
もし金銭的に厳しいようでしたらサービスは悪くなりますが犬の牙をお勧めします」
「分かりました、ありがとうございます(大賢者を操り戦争を起こした者、その者を倒したと言われる天使、しかし本当に操っていたのは大賢者ではなく情報そのものだった場合、父上殿の不安はあながち外れていないのかもしれぬ)」
そう言って2人はギルドから出て行く。
いなくなった後暫く息を殺すように静かだったがノイドに対応していた受付嬢が大きく息を吐くと
ギルド内に喧騒が戻った。
傭兵達は登録しなかった2人に残念がっていたがやはり傭兵らしく武器や服装の事で議論していた。
「あの刀は魔法武器で杖の代わりだ」
「いや、わざわざ杖より重い物を魔法用武器にするとは思えない、人間だって少ないが魔法に長けた奴がいるんだ、1人普通の剣持っていたしあの2人は数少ない幻魔の戦士だよ」
「それってあの2人は刀なんて物を剣代わりにしてるって事か?余計ありえないだろう、やはり杖代わりだって」
「上から下まで黒ずくめってなんか死神っぽくて不気味だよな」
「魔法士は国ごとに着るローブが統一されてるけど普通の傭兵魔法使いなら結構黒ローブで固めてる怪しい見た目の奴はいるぜ」
「幻魔族なのに光る紋様なんて無いじゃねーか」
「無いんじゃなくて体や足にあれば見えないよ、あのかっこじゃ」
そんな喧騒の中受付嬢はカウンターに頭突きを食らわすように大きな音をたて突っ伏した。
「ちょっと!大丈夫?」
もう1人の受付嬢が声をかけながら肩に手を乗せようとするとガバッと起き上がり首をグリンと勢いよく同僚に顔を向けた。
一瞬同僚が血だらけの不気味な顔に見えて「ひぃっ!」とビビってしまったがすぐに見間違いと気が付きなんとか耐えた。
「大丈夫、うん大丈夫よ私」
「・・・私・・・」
「ん?どうしたの?」
「勧誘に失敗した」
再び頭突きはなかったがため息と一緒にうなだれた。
「ん~そうかしら?確かに此処に来て登録しなかった人ってこれが始めてだけど検討するって言ってたし大丈夫よ」
「貴重な信仰系魔法の使い手・・・しかも2人・・・欲しかったな~・・・よし!確実に落とす為次は一緒に脱ごう!」
「脱がさせねーし脱がねーよ!頭でも打ったか?・・・打ってたわね・・・私見てるからぶつけた頭冷やしておいで」
同僚を追い払い1人カウンターに座っているもののもし先ほどの幻魔が戻ってきてもあれほど完璧な対応は自分では無理だと思い「幻魔さん、やっぱり登録しますって帰ってこないでねー」と強く願った。
ふと受付嬢は考え込むように首を傾げた。
「それにしても南の天使ねぇ・・・確かテンタルース王国には今10歳くらいのお姫様がいたっけ・・・天使ってお姫様の事かしら?」
2人はギルドを出て言われたとおり左に向かって歩き出した。
ここぞとばかりにロインは聞く。
「登録しなくても良かったの?」
「ん?傭兵の腕輪の事も気になっていたみたいだし登録しても良かったのか?」
「いや、嫌だけど・・・町の出入りも簡単になるしお金の節約にもなるし腕輪もほら、魔法道具関係は人間族のほうが進んでるからちょっと気になっただけだから」
「お金の事は心配いらん、それに私とお前の2人がかりなら冒険者のように魔獣と魔物で稼ぐ事は出来る。それに契約魔法の落とし穴、信用するに値しないと分かった、それで十分」
「落とし穴?どう言う事?」
「ロインはあの契約魔法の使い方どう思う?」
ロインは宿を探すように周りを見ながら考えて答える。
「・・・傭兵って普通の暮らしが出来ない荒くれ者の集まりって感じがするしその抑止力として契約魔法が使われているのってむしろ良い考えだと思うけど・・・父さんはそうじゃないと?」
「いや、確かに悪くはない使い方ではあるが・・・」
「落とし穴、問題があるって事?」
「ん~そうだな・・・少し例えようか。私とお前が契約をした、私が違反を犯した場合どうなる?」
「父さんが呪われる」
「そう、ではお前が違反すれば?」
「俺が呪われる」
「まあ此処までは当たり前の事、では私がギルドと契約して私が違反をした場合は私が呪われる。だがもしもありえないだろうが仮にギルドが違反した場合どうなる?」
「ギルドが違反?・・・ギルド・・・で契約してくれた人が呪われる?」
「そうなるだろうな。ではその契約違反の理由がギルドではなく運営の元締めにあたる国側にあった場合はどうなると思う?」
「・・・国・・・違う、それもギルドで契約してくれた人だ・・・」
本来契約魔法は団体ではなく1対1、本人同士での契約でこそその効果を発揮する。
何故なら団体で使った場合使い捨て、俗に言うトカゲの尻尾切りが可能だからだ。
国、ギルド、そして傭兵の間にどのような契約内容が盛り込まれているのかは不明だが傭兵側の要望は金銭がほとんどだろう。
そしてそのお金を払っているのが実質国だ。
傭兵ギルドが生まれたのはおおよそだが3~400年前ほど、その間1度も支払いが怠ったような事はなかったのだろう。
だが今まで起こらなかった事故が今後も起こらないと言う保障はない。
「もちろんお酒の話でもあったようにある程度は調整が可能、だがもしも国側に不都合が起きて『事故』で呪いが発動すればギルドで契約してくれた人に呪いが降りかかる。国が決めた法、確かに言い分は犯罪防止に役立っているが呪いに関しては完全に押し付け、もちろんその呪いの解除方法も現状存在しない。本来これは『傭兵だけが契約違反さえしなければ良い』って問題ではないんだがな」
「・・・これギルドも分かっているの?」
「さあ、だがさすがに分かっているだろう。ギルド側もよほど金になるんだろうな・・・正式に出たお金なのか賄賂なのかは知らんが。言ったろう?人間族はお金の為なら何でもすると。忍びの里でもお金の為に人を殺せる・・・たとえ殺す相手が年端もいかない子供でもな」
「・・・・・」
「失望したか?」
「いや、そう言う訳じゃ・・・」
「構わん、まともな者ならそれが普通だ・・・実際実力はあるのに人を殺せなくて下忍止まりの者も何人かいたんだ、おかしい事じゃない。もっともこれらは全て憶測、腕輪で契約の代理が可能と言うだけで事実でもない。まぁどっちだろうと森でも言ったように必要性があればともかく町の出入りだけの為だけに自分からわざわざ犬のように首輪と鎖に繋がれる必要もあるまい」
「門で契約してくれた人もお金の為に呪いの契約してるのかな・・・」
ロインは腕輪を見つめながらポツリと呟くとノイドの呆れた声が返ってきた。
「ロイン・・・お前契約してくれた兵も見ず契約内容の確認もせず承諾したのか?」
「え?俺また何かヘマした?」
「ん~まぁ問題は無いが・・・と、ここか犬の牙は」