19・多数の選択肢
翌日森から山へと移動場所を変え山の頂上を目指していたがノイドは慣れているのか特に問題なく移動していたがロインは森と比べると明らかに速度を落としていた。
森にはあまりなかった高低差と時折見せる壁のような崖がその進行を妨げていた。
勿論迂回すれば近道にもなり問題ないのだがそれでは鍛錬にならないと今は忍術も強化魔法も使用禁止にされあえて厳しいルートを進んでいた。
そして今2つ目の崖を前に立ち止まり若干息切れ1歩手前か、ロインは呼吸を整えながら崖を見上げていた。
1つ目の崖は5メートル程度、町の壁と同じかそれ以下の高さで所々木が横から生えていたなどそれを足場に軽く乗り越えたものの今ある崖は13~4メートル程で1つ目のような木は生えておらず足場になりそうな岩、出っ張りもなかった。
後ろには7~8メートルの木は生えているがなんとか足場に使えそうな枝は4メートル程度の高さまでしかなかった。
「どうする?忍術、魔法は禁止・・・諦めるか?」
ノイドも崖を見上げながらロインに質問した。
「一応聞くけど忍術と魔法無しで俺でも上れるんだよね?」
「今ここにある物で問題なく行ける」
「・・・今ある物・・・」
と言っても荷物と呼べるものはほとんど無い。
現在装備している服に刀などの武器。
喉の渇きを癒す為の竹水筒に入れた水と細いロープに捕まえた獲物を捌くためのナイフ。
里では非常に貴重品だったものの今や使い道がなくもしかすると売れるかもしれない程度の火薬に小判。
そして町に入る為、町の宿用、旅に必要な道具が出来た時購入する為にと持たされたこの大陸のお金だけだ。
ロインが考える限り使えそうなのはロープだが細すぎて人一人耐えられずロープを崖の上に引っ掛ける事が出来たとしても伝って上れないだろう。
火薬で爆破して崖の表面をデコボコになどと馬鹿な事も考えたが火種で魔法を使う必要がありこれも却下。
ただクナイを投げそれを足場にすれば行けると考えたがそんな事をすれば回収出来なくなってしまう。
暫く考えこみ「あ!」と声を上げた。
「父さん、ロープの長さ何メートルだっけ?」
「20メートルだ」
「20か・・・たぶん高さ15メートルくらいか?いけるかも・・・」
5本のクナイを取り出し輪状になった柄尻に3メートル間隔で通し結んでいく。
15メートルの間に5つのクナイ、これを崖に差し足場にして上まで上がってもロープを引っ張ればクナイを回収できる。
そう思い1つ目のクナイを上に投げようとして、しかし固まってしまった。
「どうした?投げないのか?」
「駄目だ・・・3、4メートル間隔だと1つ目を投げたら2つ目以降も一緒に上に上がってしまう」
「そうだな、気が付いてくれて安心したよ」
ロインは下から上に投げればと考えたが結局同じだった。
木に登って中間からならどうだと考えたが木と崖が離れておりやはり3メートル間隔で結んだ以上結局長さが足りなかった。
完全な垂直ではない為、疾風迅雷と肉体強化を使えば道具を使わず力ずくで上がれるのだが。
「ごめん父さん、降参」
「発想は悪くなかった・・・ここまできたら自力で見つけてほしかったな」
ノイドは後ろに生えてる木を確認しながら近づき木に巻きついた蔦を手に取り強度を確認しながらクナイで切っていく。
「ここにある物・・・そうか、手持ちの物だけって言わなかったよな」
蔦を2~3本使い撚りをかけていき3メートル程の長さの1本の紐、これを5本作った。
紐を1本手に取りその先にクナイを括り付け反対側に30センチ程度の輪にしてこれらを5つ。
元からあったロープに持っていた刀を真ん中辺りでしっかりと括りそれを崖の上に投げた。
引っ張って木等に引っかかっている事を確認、今度はクナイを括った5本の紐の輪にロープを通し
崖に向かってクナイを1本上に投げた。
蔦で作った紐はロープに括っていないので途中で止まる事も無くそのまま上の方でクナイは半分近く突き刺さった。
少し左にずれ同じように、先ほどより下に投げる。
左右左右と下にジグザグになるように5つのクナイが突き刺さった。
「さて、足場はできた。ロインお前から上がれ」
「はい!」
見ていただけの間十分な休息になったのでクナイを足場に片足だけで軽々と上っていく、当然ココも一緒に上っていくのだがクナイの足場は使っていない、どう見ても崖に重力があるように走り上っていた。
「ココの奴その気になれば空を走れるんじゃないか?」
見えない羽でも生えているんじゃないのか、そんなココに若干驚くも「まぁ神だしな」と
あっさり受け入れノイドは一番下に垂れ下がったロープの先に脇差を括りつけた。
その後ロインと同じようにクナイを足場に上っていく。
ただ跳躍するたびに足場にしたクナイが少しグラついたが気にせず一気に上まで登りきった。
上まで上がってからロープを引っ張っていくとクナイを括りつけた紐の輪がロープ端に括った脇差に引っかかった。
そのまま力を入れて引っ張るとクナイは崖から抜けるが輪を作った方は脇差で止まり5つの
クナイは落ちずにそのまま崖の上まで上がってきた。
無事クナイは回収されロインに手渡された。
「参りました、色々勉強になります」
「そうか?今のはお前がやろうとしていた事のやり方を手間がかかるが少し変えてやっただけでもっと簡単な方法もあったんだが」
「簡単な方法?」
「折角だちょっと考えてみろ、むしろ私がやった事を考えれば答えはすぐに出る。それより一度休憩しよう。ただここまで来るのに思ったより時間がかかってしまったし昼食は無し、日が暮れる頃には山を降りておきたい。少し急ごうか」
「・・・はい」
流石にロインも元気なく返事を返した。
後半は忍術と魔法の使用を認めたおかげで前半の遅れを取り返し日は沈んでしまったものの無事山を越え北西の麓まで降りる事が出来た。
また下山途中蛇を捕まえる事ができたので夜食としていただく事にし、簡単にぶつ切りにして串に刺し小さく作った焚き火の周りに刺して焼いていく。
「それで?もっと簡単な方法は見つかったか?」
「解った、そもそもクナイなんて使わなくてもロープを2つなり3つに折り捻って太い1本にすれば強くなって切れなくなるし短くなって足りない分は蔦を3つ4つ合わせて同じように1本にして繋げてやれば15メートルくらいならすぐに作れてた」
「お見事」
そう言ってわざわざ立ち上がりノイドはロインの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる、そのせいで髪はぐちゃぐちゃになり手串で直していく。
「なあロイン」
「ん?」
「登った崖は迂回すればその方が簡単だし越えるなら忍術と魔法を駆使すれば容易かっただろう。だが今回は道具のみを使って上らせた、どうしてか分かるか?」
「鍛錬の為でしょ?」
「まぁそれもあるが・・・ロイン、ちょっと蛍火を出してみろ」
「え?は、はい・・・火遁、蛍火」
ロインの声とともに小さな火が生まれふわふわとロインの周りをまるで蛍のように飛び辺りをうっすらと照らした。
と言ってもろうそく1本くらいの明るさである為焚き火の明るさに負けてしまっていたが。
その光を見ながらノイドも「火遁、蛍火」と忍術を発動させる。
しかし何時まで待っても火は生まれてこなかった。
「蛍火は忍術の中でも基本中の基本で1番簡単な術、本来1番最初に覚える忍術。だが才能の無い私はこのザマだ」
「父さん・・・」
「母さん達の話では属性による相性もあると言う話だが私は風遁術をいくつか使える程度。ま、その中でも隠密にも役立つ千里視と千里聴が使えたのは幸運だったよ」
そう言いながら座り直し焼けた肉を引き抜いて食べ始める。
ロインも食べつつノイドがまだ話を終えていないと確信し静かに待った。
肉が無くなった串を火に放り込みノイドはぽつりぽつりと語り始めた。
「物は持っているのと持っていないと言えば持っている方が良いし、技術も使えるか使えないと言えば使えるほうが良い。知識だって知っていると知らないとでは知っている方が色々役に立つ。だが私は忍術も魔法もほとんど持っていない。里で最強と言われる十人衆になれたのも里の中でも卓越した剣術・・・その中でも我が父、風幻太はおろか半蔵様すら凌駕する剣術のお陰と自分では思っているが『使える術は4つ5つ程度、しかも風遁術しか使えないのに何故こいつが十人衆に』とそれを納得しない理解してくれない同胞がいたのも事実。・・・ロイン」
「はい」
「今まで私が教えられる事は教えてきたしこれからもお前が必要とするなら私が教えられる事は教えるつもりだ。だが忍術は書物に書いてある事しか教えられんし魔法に関しては何一つ教えてやれん。崖を越えるのか迂回するのか選択肢があるように、そのどちらかを選択後どう行動すれば良いのかまた選択肢があるように方法も答えも1つだけとは限らない。忍術も魔法もそれと同じだと私は思っている。どんな場所か、どんな状況か、どんな敵か、味方は、守りたい者は、数は、いつどの瞬間にどの忍術や魔法使うのか、方法も答えもお前自身が見つけ出して使いこなしてみろ」
「俺が・・・自分で・・・」
「強さそのものより経験が勝る事もある、これからは実戦で色々試して経験を積んでいけば良い。相手が魔獣や魔物相手なら遠慮はいらんからな」
「実戦か・・・頑張って忍術も魔法も自分の物にしてみるよ」
その夜、夜食後ロインは即行眠りに付いた、やはり相当に疲れていたらしい。
「・・・15歳にもなってまだこの程度か思うか、それともたった6年でここまで成長したのは大したものと褒めるべきか・・・。もっと早く修行を始めていれば上忍どころか十人衆になれるほどの実力者になったんだろうが・・・勿体無い」
今夜も星だけだが夜目も効けば千里視もある。
不要とばかりに焚き火に土をかけ火を消してから座ったまま腕を組み眠る為目を閉じた。
蛍火・・・ただ明かりを灯すだけ、光による目印や焚き火の火種程度に使われる火遁術。
崖の足場の話、ロープの話、ロインはかなりアホの子過ぎたかなーと後悔。
またこの方法で本当に崖が上れるとは限りません。間違っても確かめたりしないでください。