16・旅立ち
1時間後、アイルを除く全員が鍛冶屋に付いた。
眠っているマローネにはかわいそうだが起こさずに旅立つ事にした。
下手をすればココに抱きついて離れないだろうとアイルに任せる事になった。
本当はもう少し早く付く予定だったが忍び装束に興味を持ったロインの友人達に捕まり茶化されたり
神獣ココを拝んだり大賢者となったペンダーに悩みの相談をしたりと少々足止めをくらった為だ。
「おはようございます、ゴーダン殿トト殿」
「ノイドさんも皆さんもおはようございます」
「おお!やっと来おったか!遅いわ!」
それぞれが挨拶を交わした後ゴーダンはロインに話しかけた。
「それでロイン、チェーンメイルの具合はどうじゃ?おかしい所があれば今からでも調整してやるぞ。あるなら遠慮なぞせず今のうちに言っておけよ、旅立った後ではどうしようもないからのう」
「はい、大丈夫です。サイズも合ってますし動きも邪魔されません・・・でもこれ何で出来てるんですか?普通チェーンメイルって見た目と違ってかなり重いって聞きましそれに細い何かで網状に編んでるみたいですけど」
「残念ながら鉄じゃよ」
「鉄?鉄だったんですか?」
「うむ、本当は『ミソシル金属』が手に入ればよかったんじゃが・・・のうノイド」
「「「ミソシル???」」」
若干いたずらっ子のようにニヤニヤしたゴーダンに意味が分からないロイン、レネ、ペンダーはハテナ顔だ。
「ゴーダン殿、人の言い間違いでいつまでも遊ばないでください。あと味噌汁は金属ではありません。食べ物です」
「良いじゃろ、なかなか良い響きではな・・・」
―ガンッ!!!―
大きな金属音とともにゴーダンが地面に突っ伏し、その足元にはフライパンとショートソードを手にしたトトが微笑んでいた。
勿論フライパンの方で殴ったのであって決して剣で切り伏せたわけではない。
「おほほほ、ごめんなさいね、ミスリル金属の事よミスリル」
「「「ああ~」」」
とりあえず3人は見てはいけないものを見なかった事にして納得した。
ピクリとも動かなくなったゴーダンに代わってトトが説明する。
「本当はミスリルが入手できれば良かったんだけど手に入らなくて・・・ミスリルだったらもっと強く軽く出来たんだけどね~。それと金属を糸のようにして編む、私たち『火の妖精ドワーフ』が誇る最高技術の1つよ、方法は企業秘密だけどね」
トトはフライパンを肩にかついで可愛くウィンクした。
「ところでトト殿、その剣が頼んでいた?」
「ええそうよ」
ノイドはトトが持っていたショートソードを受け取り鞘から抜いて剣を確認した。
刃渡り60センチくらいの両刃の剣だ。
剣を鞘に収めロインに差し出す。
「これだ、お前に渡したかった物は」
「これは両刃の剣?」
「本当は本差に合わせて脇差の方が良かったんだが・・・色々あってな。まぁ予備だ、何かあれば使う程度の物と考えれば良い」
ロインは剣を受け取り同じように鞘から抜いて具合を確認したり少し離れて軽く素振りしたりしてみた。
「どうだ?試し切りなどしてみるか?」
「いや、ゴーダンさんが作ったんだから安心して実戦で使えるよ」
「そうか・・・ならばそろそろ行くか」
「はい!」
「の~やっぱり旅なんてやめんかの~」
いつの間にか復活したゴーダンが両手を組み目をウルウルさせて旅を止めさせようとノイドを説得する。
もっとも見た目がじじいなので可愛くない。
「おまえさんがおらんようになったら店はどうなる~?」
「新人の育成もうまくいってますから修理程度なら私が1年いなくても大丈夫ですよ」
「うっ!・・・いや、ほら、あれ、故郷なんてどうでも良いじゃろ、ワシなんてもう30年以上帰ってお・・・」
―ズガァンッ!!!―
先ほどより大きな音で再びゴーダンが突っ伏し倒れ歪んだフライパン片手にトトがにこやかに微笑んでいた。
今のは会心の一撃だったのかココが何やら面白そうに・・・もとい心配そうに前足でちょんちょんとゴーダンをつついているがやはり全員に見なかった事にされた。
「おほほほほ、本当にごめんなさいね~。あ、『これ』の事も仕事の事ももう気にしないで。
ノイドさんもロイン君も気をつけてね、旅の無事を祈っているわ」
「ありがとうございますトト殿」
「ありがとうございますトトさん、剣とチェーンメイル、存分に使わせていただきますとゴーダンさんにお伝えください」
ノイド達がいなくなってすぐゴーダンは目を覚まし頭を抑えながら起き上がった。
「ううういてててて・・・まったくお前は無茶するの~少しは手加減してくれんか」
「何言ってんのさ、あんたの1番の長所は頑丈な所でしょ?1番しかないけど」
「いっぱいあるじゃろ!男前とか!・・・それであやつら行ってしもうたか?」
「ええ、つい今さっき」
「そうか・・・で?」
「で?って何?」
「ワシらの故郷、東アティセラでもしかすると戦争が起こるかもしれん話だ。伝えたのか?」
「言えるわけ無いでしょ、レネちゃんやペンダーさんもいたのよ・・・余計な心配させるだけよ。
それに東に行くってまだ決まった訳じゃないし戦争だってデマかもしれないし」
「まぁ・・・のぅ・・・はぁ~こっちとちごうて東は人間も幻魔も比較的仲がええから安心しとったのにまさか人間同士でやらかそうとは・・・」
ゴーダンは故郷があるであろう東の空を見上げた。
見えるのは青い空と雲を貫くほど高い山脈が見えるだけだった
その後ろではバレないようこっそりトトが完全に壊れたフライパンをゴミ箱の底に隠していた。
それからおよそ10分後4人と1匹は町の西門に立っていた。
西門は正門である北門と違い街道がある側ではないので扉は小さく小さな馬車が1台通れる程度の大きさしかない為あまり利用される事はなかった。
北門ではなくこの西門を選んだのはこの出立をあまり目立たないように、家族内だけでやろうとの事だった。
この15年でノイドはこの町の守り手として、剣の先生として、また賢者レネの夫でもある為に町の人々からはかなりの信頼を得ていた。旅立ちの事を聞けば勿論快く送り出してくれるだろうが多少の騒ぎは起こるだろうと内緒で話が進められた。
「いってらっしゃいノイド。いってらっしゃいロイン」
「ああ、行ってくる」
「いってきます母さん」
「ノイドもロインも腕が立つのは知ってるけど無茶しないように・・・僕が言うのも何だけど危険な事だけはしないでくれよ」
「承知しました父上殿」
「いってきますお爺ちゃん。お婆ちゃんにもマローネにも心配しないでって言っておいて」
「はは、分かったよ・・・ココも二人の事頼んだよ」
レネは二人を抱きしめペンダーも二人を抱きしめ背を叩いた後にココの首を撫でながら二人の無事をお願いした。
もっともそれほど心配はしていないのかもしれない。
何しろ神獣という最高の加護があるのだから。
「では行くか」
「はい!」
ノイドは一瞬だけレネに視線を向け微笑みながら小さく頷くとくるりと背中を向けて林に向けて駆け出した。
ロインももう一度「行ってきます」と声をかけてノイドの後を追いかけて、そんなロインに合わせてココも走り出した。
その姿はほんの数秒で見えなくなったがレネもペンダーも暫く消えた場所を見続けていた。
『どうか無事に帰ってきますように』
レネは心の中で二人の旅の無事を女神、アセラとテセラに祈った。