109・スナノオロチ
「それで八助、なんでお前がここにいる。俺は大陸の東側、お前は西側から捜索するんじゃなかったのかよ」
火の玉を必死に躱し続け、この時火の玉を一つ風遁刃をかけたクナイで消し去るも、攻め手に欠け避ける事に必死なノイドを横目に、轟之助は質問をするがそれは別の形で返ってくる。
「そんな事はどうでも良い。お前は一体どう言うつもりだ? 言ったはずだ、現地の者に見つかるな、係わるなと。にも拘らずこの国の者と戦って、且つ手配までされて、それでも忍か?」
「げっ、なんで知ってんだ」
驚く轟之助に八助は声を出さず人差し指を一本立てた。それが一を示すものではなく、空を指差している事に気が付き轟之助、僅かに送れてロインとココが空を見上げ、気が付かなかったユーティーは釣られる形で上を見上げる。上空には非常に小さな黒い三つの点が浮んでいた。
「鳥? 黒い鳥っぽいけど、もしかしてカラス?」
「カラスはカラスでも魔獣だけどね。一匹はフクロウみたいな魔獣だけど」
ユーティーとロインの呟きに合わせ、旋回しながら三匹の魔獣は答え合わせと言わんばかりに地上近くに降りてくる。
地上に近づけば近づくほどその大きさがよく分かった。見た目こそ普通の鴉と梟のままだが、二メートルを超える体長はここにいる誰よりも大きい。
鴉二匹の魔獣は道の両側、五人を挟むように降り立ち、梟の魔獣は木の枝に止まりこの状況を見下ろしている。
「俺達の行動は筒抜け、余計な事はせぬ方が良い」
「ちっ! ……しょうがねぇだろ、腕の立つ奴だったんだからよ。これでも攻撃はせず逃げたんだぜ」
舌打ちした轟之助、その舌打ちは三つ目の火の玉を消されたからだけではない。
「待ってよ、なんで魔獣が仲良く一緒にいるの?」とユーティーが三匹の魔獣を順番に見て声を上げるも、八助達はもちろん、答えを知らないロインもそれに答えることは出来ない。
「なってしまった事は仕方がない。仕方がないが、目の前の現状、幻十朗をどうするかだが、目的はこんな所で幻十朗を殺す事ではないが。……ならば試すか。小僧、名は?」
いつでも刀を抜けるよう身構えていたロインは、睨みつけ「ロイン」と名乗った。
「ロイン、気持ちは分からんでもないが、もう一度言っておくが弟子風情が余計な手出しはするな、冷静になって先ずよく考えろ。それとお前にこの手紙を渡しておく。」
そう言うと懐から白い紙を取り出す。細長い、しかし自分達が使っているような筒状に丸めた手紙ではなく、綺麗に何回にも折られ、上部下部も手紙が開かないよう折ってある。
「もし幻十朗が無事生き延びていたなら、これを奴に渡せ。そして妖刀とガキと一緒にその場所まで来いと伝えろ」
ロインは睨んだまま視線は外さず構えを解き、手紙を受け取るとユーティーに「下がろう」と、八助から離れていく。それを確認した八助は、今だ火の玉を操り続けている轟之助に向かって歩き出す。
「轟之助、目の前にちょうど海がある、かの醜女でも呼んでやれ」
「おいおい、良いのかよ。そもそも幻十朗はどうする? 妖刀は目の前にあるが、ガキがどこにいるのかわからねぇぞ」
この時点で、火の玉は五つと半分になっており、轟之助の右手には手斧がまた握られていて、左手だけで火を操りながら攻めようと構えていた。
八助は持っていた鎖鎌を砂浜に放り投げ、代わりに腰の刀を抜きながら、入れ替わるように八助が前に出た。
「時間は俺が稼ぐ。こんなに早く見つかると分かっていたらもっと準備をしていたんだが、まぁいい。今回の責任は俺が全て負ってやる、代わりにお前は十割増し本気でやれ。幻十朗と、それを邪魔する者は殺せ」
「それなら話が早い、あいよ」
「カラス共! 俺の声を聞いているな、幻十朗が死んだ時はお前達が妖刀を回収しろ。……では今度は俺とこいつとでやろうか。合遁、大蛇」
投げ捨てた鎖鎌は砂浜に沈み込み、その数秒後地面から大きな砂の蛇が現れる。同時に残った四つの火の玉は消えた。砂浜に出現した大蛇を見て、「似ている」と小さく呟いたロインに、未だ背中に隠れているユーティーは「どうしたの?」と聞くが答えは返ってこない。
八助が刀を構えノイドに突進、それに合わせ意思を持ったかのような砂の大蛇は砂浜の上を滑っていく。上段からの初撃をクナイで防いだノイド、糸術で八助の足を絡めようとするも、あっさりと抜かれ胸に蹴りの一撃を食らったノイドは数メートル後方に吹き飛ばされる。
そこにめがけて大蛇が飲み込もう食らい付こうとするが、不安定な体勢を器用に修正し、地面を蹴って更に大きく跳ぶ。対象人物がいなくなった地面と激突した大蛇、そのまま衝撃で破砕すると思われた砂の大蛇は、土に統合するかのように、あるいは地面が水であるかのように地中へと消えていった。
右手に持つ一本の髪に風遁刃をかけ、今度はノイドの方から八助に迫りクナイだけで何度も斬りつける。
当然簡単に躱し防がれ、ノイドの持つ一本の髪だけを警戒している。砂浜から大きく口を開けた大蛇が再び出現、近づいてくる大蛇より先に、糸術の斬撃を振るうも、最初から警戒されていた為、「ふん」と鼻で笑われながら簡単に防がれていた。
結局一撃を入れる事無く再びノイドが離れると、とぐろを巻くように八助の周りを数回まわると、鎌首をもたげさせ、まるで八助を守るよう前を陣取った。
離れて見ていたロインは大蛇を見て衝撃を受けていた。
(あれはサジさんが使った魔法、炎の蛇とほぼ同じだ。もちろん火と砂、液体化した地面と変化の無い地面、違いはあるし威力の程は分からないけど、多分同等の力を持った忍術だ。ただ圧倒的に違うのは、サジさんは詠唱にあれだけの時間をかけたのに、あの人は一瞬。サジさんでさえ動けなくなるほどマナを消費していたのに、あの人はマナを消費しているようにとても見えない。)
「あれは危険かもしれない。あの忍術は一体どうやって……」思わず心の声が漏れてしまったが、意外にもユーティーが応えていた。
「あれってマリオンさんでしたっけ? あの女性が言っていた触媒を使った魔法じゃないですか?」
「あっ、なるほど、触媒魔法か。合遁だったな、なら土と水の合遁術と、砂と海水を触媒にしたのか。それに加え鎖鎌、触媒としてはどれ程の効果があるのか分からないけど、何らかの効果を発揮しているの間違いないかもしれないな」
「やるねぇ、さすがは八助」
「感心している場合か、貴様もさっさとやれ。あの状態でなくとも腕を上げた幻十朗相手に、大蛇一つじゃ心もとない」
「おっと、そうだったすまんすまん」
軽い雰囲気に戻り、口笛を吹きながら感心していた轟之助だったが、八助に急かされ頭を掻きながら謝罪をする。そして海の方角に体を向け、両手で強く叩くと真剣な表情になっていた。今まで彼が発した声の中で一番遅く、まるで呪いでも込めたような暗く重い口調で、「それじゃ本気の本気……いくぜ」とゆっくり両手で印を結ぶ。
……臨……
先に大蛇が動き、その頭の上を八助が乗る。
……兵……
「火遁、火矢、連」三本の火の矢が一本ずつ放たれていく。避けた方向に二本目、三本目と時間差で放たれるが、ノイドは簡単に回避する。
……闘……
大口を開けた大蛇、そのままノイドを飲み込むかと思われたが、突然海に向かって方向転換、八助は大きく跳び刀を上段に構えた。
……者……
「雷遁、神滅雷獣咆哮」振り下ろされた刀より、イタチにも似た雷獣がノイドに向かって落ちていく。
神滅雷獣咆哮は肉体を破壊する為の術ではなく、人の持つ五感全てを一時的奪う術。なによりその術は空気を伝わる為、、離れていてようが直撃しようがその威力、効果に大差は無い。
……皆……
慌てて千里聴を解除したロインは、「耳を塞いで!」とユーティーに向かって叫び、空気の振動を遮断し音を消す術「風遁、空停無音」を使い、念の為、自らの耳を塞ぎながらも一か八か、信仰系魔法を一つ使用する。
……陣……
雷獣はまるで落雷の如くノイドに直撃した。その瞬間、自然界の落雷とは違う稲妻が、ノイドの全神経を貪ろうとしていた。
……裂……
着地と同時に八助はノイドに向かって走る。地中の大蛇も音、振動、気配全てを消しさりノイドに近づく。
……在……
足を止めた八助は「馬鹿な!」と思わず叫び、自分より僅かに早く、同じように間合いを詰めてきたノイドの一撃を受け止める。
大蛇はノイドが先ほどまでいた場所から出現、空中に停止した髪の毛を飲み込みながら上昇していく。
たった一本の髪の毛により中の鎖鎌を破壊された大蛇は、上空でボロボロと砂の体を崩壊、砂は風に流れ砂浜と海にサラサラと散っていく。
……前……
「どうやって耐えた? 何故動ける? 俺の術でお前の五感の全てまともに働かないはず、今のお前に大蛇の正確な居場所を探す事すら出来ぬはず……だがまぁいい、時間は稼いだ」
受け止めたクナイを力ずくで押し返すと、ノイドはよろめくように数歩後ろ下がり力なく方膝を付くと、動けないのか立ち上がる事無く、そのまま荒くなった息を整えようとしていた。
「やはりな、耐えたと言っても全く効いていない訳ではないようだ」
大きい跳躍、数回で轟之助の傍まで下がると轟之助はちらりと視線を向ける。その視線は「本当に良いのか?」と、最終確認しているようだ。「やれ」と即答が返ってくると小さく頷く。
「開くは生と死をつなぐ扉。雲散霧消の千引岩、具現せり黄泉比良坂、そこにおわすは醜悪の女神、水遁、誘波」
轟之助の正面の海からまるで巨大な海獣でも浮んでくるように大きく膨らんでいく。どんどんと高さを増していく波は山のように大きくなり、ロイン達の視界から青い空を半分ほど奪っていた。
数キロに渡り延々と続く砂浜はおろか、轟之助が出てきた比較的大きい森さえ飲み込まんとする波を前に、「これはちょっと、いやもの凄く不味いよね」とロインは顔を引きつらせており、ユーティーに至っては口を開けて白目を剥き完全に気を失っていた。